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011_第2章-3_魔導探究者

レオンは自ら先頭を歩きアーチ橋を渡った。焦るでもなく悠然と歩を進めて。

補佐のミスミがこちらの歩調に合わせて寄り添っていた。

彼のことだから不足の事態に備えて、魔法を詠唱可能なようにローブの中で杖を握りしめていることだろう。


後方には都市国家連正規軍の戦闘員が10名、更に後方には成り行きからアン一行が続いていた。


ひとつ目の橋を渡り終えると、一辺が200メートルほどある橋間の踊り場に出た。

対岸の丁度中間地点に飛び石のように孤立する岩柱を橋台として、橋全体の支えとしていた。


後半のもうひとつの橋の前に立つ正体不明な2人と対峙した。


一人は3メートルを超す長身を汚れの目立つ貧相なローブですっぽりと覆い隠していた。

ゆえに顔や武装はわからない。場所が場所なら傭兵崩れの浮浪者のようだ。


もう一人は対照的な小男で、背丈は0.6メートルほどしかない。

最初は子供と錯覚した。が、軽装のプレート製鎧で武装しており、その顔は土気色、特に眼球は末期の白内障のように色味を失っていた。

頭頂部に髪は一本も無く、代わりに人工の角と覚しき突起物が無数に伸びていた。

風貌から、人ならざる者であろうことが推察された。


有難いことに、場を沈黙が支配する前に、長身の男が切り出してくれた。


「お初にお目にかかる。私はモルフェオ。隣はバゴダと申す。供に魔導探究者である」


「自由貿易を基調とした都市国家連合ギルド推薦英雄軍総司令官レオン・トムソーヤと申します。

人類の進歩に貢献されている探究者の方とお近づきになれたこと光栄に思います」


「こちらの主張はひとつだ。我らは静寂を好む者。無駄に迷宮内の魔素を乱すな。早々に立ち去りたし」


「我が軍は逆賊討伐の為、迷宮第2層へ進軍しております。あなた方魔導探究者に危害を加える意図はありません。

そこを通して頂ければ、寄り道することなく第2層へ赴く予定です。お通しくださいますね?」


「迷宮上層は我ら魔導探究者のテリトリである。無断の往来は敵対の意志と判断する」


雲行きが怪しいが、予感はしていた。

事前の遠隔魔法による索敵の結果、手前のアーチ上にひとり、二つ目の橋を渡りきった先の岩影にひとり、身を隠す者を認めていた。

何らかの目的があって我々を待ち伏せていたのが明らかだった。


「それは間違っていますね。あなた方のテリトリはバハナスギャバンとの契約で明確に定められていたはず。

私は事前に地図を確認していますが、この橋を含む第2層へ続く道はテリトリに含まれておりません。

あなた方が土地借用の契約をされているバハナスギャバンからも行軍にあたり何ら問題無いと伺っています」


「ふん、世俗から離れて暮らす我々に俗界の理を振り翳したところで響かんわ。

神聖な神の住みかで戦を始めんとする不届き者を通す訳にはいかぬ」


「この地を戦火に晒す行為は我等とて不本意なのです。賊徒の身の程を弁えぬ愚行を正すことこそ目的です。ご理解頂きたい。

バハナスギャバンと契約することで理想的な研究環境を得ているあなた方にとっても、進軍を阻止する行為は契約違反ではないですか?

この迷宮のように濃密な魔素を気兼ねなく使うことが出来る場所など世界中探しても見つからないでしょう。それを反古にするメリットがあるとは思えませんが?」


「見たところ、バハナスギャバンの代表が見えない。どういう理由か」


「諸事情で遅れて参ります。ただ通行許可証を託されています」


レオンがいざという時の為に忍ばせていた第1軍指揮官の署名入り証書を取り出した。

軽く印を結び物体浮遊魔法を発動させると書面を前方に向けて投げ放った。

証書は紙飛行機のように緩やかな速さで、しかし目標に向けて一直線に飛んでいった。


「魔法でのやり取りにて失礼。証書をご確認ください」


魔導探究者モルフェオが証書を受け取ったのを確認し判断を相手に委ねる意図を示した。


返答は瞬時に下った。

モルフェオが紙面を眼前に掲げたかと思うと次の瞬間、証書に火が灯りそのまま中空で灰と化した。


周囲の兵から動揺を含んだ声が上がった。

ミスミが声量を抑えて「分かりやすすぎですね」と呟く顔は呆れていた。


「その行動は我々に対する敵対の意志と受け取らないといけないのでしょうか?」


「ふん、人間如きが我ら超越者と対等と思うなよ。契約など方法論のひとつに過ぎぬ。

魔導を追求する者は自由こそが信条。力を貸すも敵対するも我らの都合こそが優先される」


言い終わるが先か、モルフェオが動いた。

魔力を込めた2本の指が中空に描線を描いていく。

魔術師が魔素に命令を与える為の魔法式と呼ばれる図形を生成しているのだ。

時間にしておよそ5秒で二重の六芒図が完成した。

モルフェオが天を仰ぐと魔法式が光を放った。魔法の顕現だ。


レオンは周囲の魔素が蠢くのを肌で感じた。

異変は刹那に訪れた。

踊り場の四辺から黒い壁がわらわらと競り上がった。

レオンは最初、虫の群体が現れたと思ったが、すぐに間違いだと気付いた。

それは黒い荊棘(イバラ)だった。

荊棘(イバラ)(ツタ)が凄まじい速さで成長し四方に壁を作ったのだ。

壁で止まらず終いには天井をも形成し、ついに踊り場は荊棘(イバラ)のドームに覆われてしまった。


「閉じ込められましたね」


「ミスミ、援軍の要請をして?

あの荊棘(イバラ)、剣で切れないのかな?

お、彼等の背後だけ道を開けて退路としている。用意周到だ」


レオンは思ったことを次々言葉にした。

他の者ならいさ知らず、ミスミは頭の回る優秀な補佐官だ。なんなくレオンの思考に付いて来れた。


「クセルサザー様とヘンリ様に援軍要請送りました。

荊棘(イバラ)には切り掛かると発動するカウンタートラップがあるかも。なので今は止めた方が得策です。

ただ植物なので、火を放ってみるのは手ですね。

彼等の背後は向こう岸へ続く道。そちらに探究者が逃れたと仮定すると追って行くのは本隊から孤立する悪手です。

それより気になるのは、ここに閉じ込めた意図が不明なことです」


高々我等十数名を包囲して全滅させたとしても背後に3000からなる本隊が控えている。

彼等が指を加えて待っている訳もなく、2人で正面から戦いを挑むのは頭が悪すぎる。


「やはり大将であるレオンさんの首が目的なんでしょうね」


ミスミはレオンの前に立ちながらも、相手の動きを見逃さないよう視線を決して切らさない。


「もしくは僅かな時間でも私達をこの場で足止めしたいのか」


確証は無いがそんな気がした。


魔導探究者の小さい方、バゴダが動いた。

傍らに置いていた布袋から人間の倍は有ろうかという髑髏(ドクロ)を取り出して足元に置いた。

骸骨を中心にすえ、硝子ビンに入った紫色の液体で魔法陣を描いていく。


レオンは即座に不死者製造の儀式と判断した。骸骨を寄り代にする気だ。儀式の完了をただ見ている訳にはいかない。


レオンは背後の兵たちに指示を出す。


「弓や魔法を使える者は、今すぐ小さい方の魔導師に遠隔攻撃だ。

近接攻撃可能な戦士は距離を詰め、2名に切り込んで。

相手がどのような魔法を使うか未知数だから無理は禁物。正面は避けて側面から行こう」


指示を受けたメンバの動きは素早かった。

まず戦士が走り出し、その背後から弓をつがい放つ者、魔法を永昌する者と各人やるべき事を判断していた。

ただアン一行だけは、戦況の変化に付いて来れず、背後で何事か言い合っていた。


弓矢の初弾がバゴダに到達する前にモルフェオが前に出た。

右の掌を前方に翳すと弓矢は見えない壁に当たり、次々と彼等の足元に降下した。

魔法戦闘の基本中の基本、物理障壁の魔法だ。


次は詠唱を終えた魔術師たちの光弾魔法だ。

術者から放たれた弾丸が音速で標的との距離を詰めると、派手な火花を発して物理障壁に激突した。

立て続け3発までは阻まれたが、ようやく4発目が障壁を割った。

しかし、モルフェオは既に左の掌を掲げて次の障壁を発動させていた。

光弾は光が拡散するように霧消していた。今度は魔法防御に特化した魔法障壁のようだ。


遠隔攻撃はすべて空振りとなったが、その頃には左右から回り込んだ戦士達が魔導探究者に迫っていた。


「齢800を越える老人に左右同時に攻撃とは敬意がないな。せめて順番にこい」


モルフェオが再び右手を振るった。

モルフェオから見て右側から回り込んでいた戦士たちが次々と気勢をあげて剣を振りかぶった。

しかし彼らは誰一人としてモルフェオに剣を振り下ろすことはかなわなかった。


荊棘(イバラ)の壁から刺付の(ツタ)が伸び、彼らを絡め取っていったからだ。

必死に(ツタ)を振りほどこうと抵抗していたが、わらわらと伸び続ける(ツタ)に全身を覆われていき、あっという間に屈強な戦士4名の姿は見えなくなった。


これでモルフェオは左側からくる者に的を絞れる状況になった。

レオンはそれでも自軍の戦士が優位だと考えていた。

魔術師にとって近接戦闘は畑違い。力弱き者にとって、身体能力を磨く者との接近戦は相手の長所に自分の短所で挑むようなものだからだ。


しかし直ぐに淡い期待だと知った。


驚くべきことにモルフェオの力は、剣や斧を振るうことを生業とする者たちを遥かに越えていた。

迫りくる戦士の一撃を最小の動きで交わす。と同時に素手で鎧の上から殴り付けていった。

その力が明らかに人外の膂力で次々に殴り飛ばされ地に伏していった。


想定外の事態にレオンが次の策を考える間もなく小人バゴダの足元から禍禍しい黒い光が天に登った。

それは儀式の完成を意味し、足元の巨大な骸骨が大きく口を開いた。


次の瞬間、思わず耳を塞ぎたくなる程の絶叫が荊棘(イバラ)のドームに反響した。

絶望をまき散らすような骸骨の叫びに呼応して、荊棘(イバラ)の壁から幾本もの(ツタ)が骸骨目掛けて伸びていった。


呆気に取られて固まるレオン達の眼前で、見る間に(ツタ)が骸骨に絡み付いた。

最終的にひとつの頭に複数の蛇の体を持つかのような形状で、骸骨が宙に持ち上げられた。


「あれ動く屍(アンデッド)ですよね。指揮官はご存知で?」


レオンは好奇心と警戒心がない交ぜとなった心情から思わず苦笑していた。


「恐らく知ってる。見たことはないけどね。魔人列伝に記載されているペインマンじゃないかな」


「ええと、激情の魔人の僕・・でしたっけ」


「うん。ほら骸骨の頭に荊棘(イバラ)が冠状に巻き付いている。あれは痛みの象徴だ。ペインマンは周囲に痛みを」


言っている傍から骸骨が金属的な叫声をあげた。心に不安感を刻み付けるような響きを帯びていた。

レオンは経験から精神を集中することで事なきを得たが無防備な者が聞けば自律神経をやられただろう。

これはまごうかたなき魔法だった。


「・・ペインマンは痛みを撒き散らすんだ。ミスミ、心を強く持って。あの声は精神魔法だよ」


ミスミは頭を押さえてうずくまった。


「これ・・ききました。集団恐慌魔法の類ですね。しかも滅茶苦茶強目の」


ペインマンに気を取られていると、モルフェオがレオンたちに近づいてきた。

ミスミに頼ることができない今の状況では自分の力で戦うしかなさそうだ。


「ミスミ、危ないから頑張って下がって。くるよ」


レオンとモルフェオの間に6人のパーティが割って入った。

アン一行だった。


彼らは無防備なくらい統率なく歩いてくると、一応の体でアンを先頭に陣を敷いた。


「レオンさん、大丈夫ですか?ここは微力ながら私達が防ぎます」


アンが背後のレオンに向けて笑顔を見せた。

ペインマンの魔法の影響を全く感じさせない。どんなトリックだろうか。


「遅刻したから、少しは見せ場を作らないとでしょ?」


セリーヌが人差し指をクルリと回しながらアンの横に立つ。


「あの長身の方は俺が当たろうか。魔術師と考えない方が良い相手のようだしな」


戦士の男、確かロイが大柄なソードを構えてアンの前に出た。


「いいえ。ロイはセリーヌと骸骨にあたって。大柄の魔導探求者は私が受け持ちます」


「言っても無駄かも知れないが、無謀な賭けだけはするな。引くときは引け」


「了解。ピーナとピオは小柄な方を引き付けて。ガズバーンは皆の援護をお願い」


纏まりがないようで、奇妙な調和を感じる不思議なパーティだ。

レオンはアンたちの適正を把握できない不安を抱えながらも、自分のできる最善手を実践した。

この隙にミスミを担いで後ろに退くことだ。


「みなさん、決して気を抜かないで!魔王級とは言わないが強敵です!」


人形のようなペインマンの口が開いた。

アンたちの戦闘が始まった。

お読みいただきましてありがとうございます。


はげみになりますので、よろしければブックマークや、下記☆☆☆☆☆にて評価をいただけるとうれしいです。


よろしくお願いいたします。

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