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010_第2章-2_エルザの想い

切り立った絶壁の間を縫うように進軍していた一行の前が開けた。

渓谷の先は断崖だった。


裂目は見渡す限り続いており、対岸までは160メートルほど。およそ渡れる距離ではない。


底を覗くとまったく光を寄せ付けない闇が広がっており、目眩に襲われ目を背けた。

きっとここを下れば迷宮の深部への近道ではないかと思ったが、間違いなく命が無いだろう。


エルザは地をわかつ傷の如き裂目にそっての行軍中、漫然とした思考に囚われていた。


兄に聞いた話しだと討伐隊に同行したバリスタスは、ひとりだけ帰還しなかったという。

昔の知人に会いに行くと一言残して迷宮の闇に消えたらしい。


迷宮内に知古など居るのかと思ったが、兄ヘンリから説明を受けた。


100年前、バハナスギャバン時の教皇モーリス・リビングストンは莫大な褒賞金を積み、世界中の猛者を集めた。

その目的は500年以上、進展が無かった女神の迷宮の探索だった。


教皇モーリスは保守的なバハナスギャバンには珍しい進歩的な考えをもった男だったが、金と権力を傘にきて、すぐに政治的な腕力を振るいたがる性格から神の国の暴君と揶揄されていた。

しばしば他国の代表も「神託を金で買う男」と蔑視を含んで言ったものだ。

迷宮探索の目的も、神の真実を何としても追求したいという自身の溢れでる知的欲求を満たすことだったと言われていた。


その探索メンバーにバリスタスもいたらしいのだ。

元々バリスタスは謎多き男で、本人は200年生きていると公言している長命の人間だ。

100年前の探索行に加わっていてもおかしくはない。


さてそのモーリス探索隊はどうなったのかと言うと一定の成果を挙げて帰還した。

ただ帰還者はバリスタスを含め10人しか居なかったようだ。

その中のひとりが探索後、この迷宮の魔導探究者となったらしい。

バリスタスはこの人物に会いに行ったのではないか、というのがヘンリの推測だった。

放っておいても、そのうち我らに追い付くさと、軽い口調でヘンリは話を終えた。


単純に聞けば、昔の戦友との再会が目的だろうが、エルザは妙な苛つきを覚えた。

今回の遠征参加が決まっても、私に挨拶すら無かった男だ。

同じ戦友でこの差は何なのか?

エルザ自信、理由は分かっていたが、言語化して認識するのにプライドが邪魔をした。

なので、ひたすらにバリスタスの不義に怒りをぶつけるしかない。


あいつは私の気持ちをわかっている筈だ。それなのに避けられているということは。

いや、私は気持ちを伝えたと思い込んでいるだけなのか?

あいつが一般的な恋愛感情を理解できるとは思えないし・・


止めよう。

バリスタスのことを考えると必ず不毛な思索に囚われてしまう。


「姫、あれを」


横を歩くララザードの声で現実に戻された。

ララザードが指し示した方向に、曲線を描く巨大構造物が現れた。

大地の裂目に掛かるアーチ橋だ。どうやら対岸へ渡るにのに、あの橋を使うようだ。


遠目から確認すると、橋は2つのアーチ部分を直列に接続した構造で、2つの橋の間には踊り場が設けられていた。

踊り場は裂目のちょうど中央部分に位置しており、その下方に支柱が通っている。

隊列を離れ崖際から覗くと、支柱は光の届かない裂目の闇に消えている。いったいどうやって建造したのだろうか。


「他に道は無いようなので、あの橋をわたるのでしょうね。しかし、周囲に障害物がない。罠を張るには格好の場所ね」


橋を通過時に魔法攻撃を受ければひとたまりも無い。橋ごと奈落に落とされるのはゾッとしない死に様だ。

リスクを考え少数単位で渡るしかないだろう。まあ指揮しているのはレオンだ。万事怠りは無いだろう。


進軍の布陣は先頭が第3軍で、その直ぐ背後にサイア王国魔導兵団が続いていた。

ヘンリ率いる第2軍本体は殿を勤めていた。


今は全軍歩を止めてその場に待機中だ。

先頭を行く部隊には指揮権を持つレオンがいるので、安全確保を優先しているのだろう。


「進軍が始まりましたね」


橋が一望できる崖側に立つララザードだ。十数名がアーチ橋を歩み出す姿をエルザも確認した。


「橋の中央の踊り場に人が居ます」


ララザードは目が良い。

目を凝らすがエルザには全く分からなかった。

双眼鏡を覗くと確かに2人の人物が我々の進軍を待つように橋間で立ち尽くしていた。


「誰かしら?敵にしては少ないし・・。第3軍の斥候でしょうか?」


ララザードが感想を述べた。


「ローブを羽織って杖を持っているわ。斥候という感じではないわね」


「第1層に定住している魔導探究者でしょうか?だとしたら嫌な予感がしますね」


「魔導探究者だとしても、別に我々を敵視している訳ではないのでしょう?魔軍もこのコースを通っているのだから、私たちだけ邪魔する道理も無いでしょうに」


言いながら好奇心が沸き上がってきた。何よりこの場で傍観していても仕方ないではないか。

唯ひとつ心が痛むのが、またしてもララザードを困らせてしまうことのみだった。


ララザードと目が合うと、こちらの思惑を聡しく読み取ったのか、露骨に嫌な顔を見せた。

そんな顔を見せないでほしいわ、本当に悪いと思っておりますのよ、と心の中で懺悔した。

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