001_序章1_エルザ姫出陣
迷宮は霊峰トリア山の麓にあった。
由緒ある神殿のように巨大な脊柱が立ち並び、訪問者を誘っていた。
壁面には巨大な磨崖仏が立ち並び、人々を見下ろす形で林立している。
遺跡を見渡せる高台よりエルザ・サイアは双眼鏡を覗いていた。
遺跡前に陣取っている敵兵を観察するためだ。
「やはり主力は北方の蛮族ね。数は三千から三千五百。斥候の情報を鑑みるに全軍の七割が結集している計算ね」
横に並ぶ兄のヘンリー・サイアは水筒を口から離した。
「まあそうだろう。何千もの軍勢を迷宮探索に連れて行くのは適所運用とは言えない。兵の使用法としては、迷宮外で使うのが正しい」
「迷宮に隣接する形で砦を築いての籠城戦。これが最悪のシナリオだと思ってたから、正面切って戦ってくれるのは寧ろ願ったりですわ」
「ああ、北の蛮族だからよかったな。奴らの建築技術はカードで作った城のごとしだ」
ヘンリーは水筒を押し付けるようにエルザに渡し、兵の輪へ下がった。
軍団長との軍議だろう。
エルザは顔に荒野特有の乾いた風を受けながら、水筒を口にした。
我が方は3軍合わせても五千に満たないが、精鋭揃い。後手を踏むことはないだろう。
ただし、時間的猶予が無い点が問題だ。今回は先行した敵の追撃戦になる。開戦に時間をかける訳にはいかない。
「入口付近を厚めにする訳でもなく均等に横陣を敷いてますね。数でも質でもこちらが優勢だし、素直にこちらも横陣で当たれば問題ないように思えます。怖いのは敵の意図が読めない事だけ」
サイア王国魔道兵団団長補佐ララザードだ。エルザの直属の部下である。
「細工があるかもと?実は私もそう思っているのだけれど」
「実は両翼に精鋭を配して包囲殲滅を狙っているとか」
「どうかしらね。蛮族だけに無策で力押ししたいだけかも知れなくてよ。ただ、相手を束ねる人物がそんな無駄な事をするかしらと思っているの」
「ミカ。元バハナスギャバン枢機卿にして、あの組織のグランドマスタですね」
「ええ。人智を超えたる知識故に常人とは会話すら成立しないとの人物評。ふふ、そんな人間がいるならお話ししてみたいわね」
「神の頭を覗く者ですね。そんなお方に姫様は何をお話しになられます?」
「あなたの好みの異性はどのようなお方?って聞いたら会話も弾むのではないかしら?女性同士ですし」
エルザは風に戯れる前髪をかき上げてララザードに笑みを見せた。冗談を受け、ララザードは肩をすくめた。
「どうかしら?軽蔑されて無言で去られるか、常人では理解不能な理由をまくし立てられてしまうかも」
「理解不能な理由って、例えば?」
「理解不能なので私に分かる訳がございませんわ」
「目と耳が2つずつ、口と鼻が1つずつ、ああ、鼻の穴は2つが良い。あと角は何本でも良いから有るお方を、なんてどお?」
「誰でも良いと言っているようなものですわ。さあ姫様、そろそろ皆が動き始めましたわよ」
「淑女は会話を楽しむものですよ」
「ここは戦場です」
思いのほか速く軍議が終わったのか、兄ヘンリーが戻ってきた。
「さて、我が軍の出陣ですね」
エルザは額から突き出た角に絡んだ髪を分けながら、兄の元へ向かった。
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