parallel lines 作/p-man
(朗読/鶯)
臨海部にある埋め立て地。大型の工場やゴミ処理場などが、カーナビの画面上に映し出される。時折、大型トラックとすれ違う。目的の公園まであと5キロ。車内の時計に目を移す。午後8時25分。アクセルを強めに踏み込む。高速で後方に飛び去っていく街路灯の光が3年分の思い出の断片と重なる。
零細企業の営業マンと有名な研究所の研究員。僕のくたびれたスーツと売れない商品カタログ。彼女の清潔な白衣と僕には一文字もわからないたくさんの数式。
交わるはずのない平行線が、奇跡的な偶然とタイミングで傾いて交差した。ちょうどY字路のように。
物事を世間の感覚とは全く違った捉え方をして、その反応が面白くて、愛おしくて僕は彼女を好きになった。
ただ、僕とのアンバランスな感覚はなんとなく心にはずっと残っていて、そのずれの幅が気がつかないうちにほんの少しずつ、まるでプレートが動くように広がっていったのかもしれない。
ダッシュボードに貼り付けた付箋を見る。
彼女はカラーペンと付箋をいつも持ち歩いていて思いついたアイデアを書き留めて、所構わず貼り付ける癖があった。そうして、何度も僕の部屋を付箋だらけにした。
後2キロ。
半年前から様子がおかしくなった。会って話をしても、いつもなら僕の営業先での失敗話で大笑いするはずなのに、笑わなくなった。どんなに研究に行き詰まったときでも、そんなことはなかったのに。大好きなパイナップルも食べなくなった。僕たちは元の平行線に戻りつつあった。
そんなことが続いたある日、彼女はぽつりと言った。
目的地付近です。カーナビの無機質な音声が車内に響く。車を駐車場に入れて公園の一番端、海に面した場所まで急ぐ。冬場のこの季節誰もいない。海風が肌を刺す。対岸にある飛行場の誘導灯が煌々と、灯っている。
「アメリカの研究所に欠員がでたの。所長が私のことを推薦してくれるって」
「そっか。良かったじゃん。昔、そこの研究所に行きたいみたいなこと言ってたし」
会わなくなった後、しばらくして、僕のアパートのドアに付箋が貼りつけてあった。
そこには彼女らしい簡潔さで「行きます」とだけ書いてあり、その下に日付とフライト時間「午後8時25分」が記されていた。
「いつ戻れるか、わからないよ」
「夢だったんだろ。行ってこいよ」
僕は柵にもたれてタバコに火をつけ、澄んだ空を見上げる。
点滅する飛行機のライトが見える。
「それ、本気で言ってるの?」
怒気をはらんだ言葉が、僕の意思を萎えさせる。
怒りに満ちた目は、やがて悲しみの色に変わり、彼女は涙を一筋流した。
ここに来る途中、何度も空港行きのレーンにウインカーを出そうとした。もし、会ったとしたらきっと彼女の夢を諦めさせる言葉が口から出ていただろう。
そうなったら自分自身に失望しただろう。
点滅する灯りが冬の空に遠ざかり、やがて見えなくなった。
いつの日か、もう一度僕の部屋がカラフルな付箋と数式で溢れることを祈った。