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パイナップル甘し     作/Mu

(朗読/きき)

 

「あれ? ユカ、もう帰っちゃうの?」

「あ、うん、ごめん」

 いつもなら部活終わりにはみんなとダラダラ過ごすのだけど、今日は別。ゴールデンウィーク真っ只中の5月初日。ハル(にい)が帰ってくる日だからだ。

 

   ○


 家の近くまで来て、そわそわしてきた。だって二年ぶりに帰ってくるのだ。二年ぶりに顔を合わせるのだ。そう思ったとたん急に怖くなった。

 私、ちゃんとした格好してるだろうか? 汗が匂ったりしてないだろうか? さっきまで会うのがあんなに楽しみだったのに……どうしよう? けれど自宅はもう目の前だった。

 躊躇(ためら)いながらドアに手を掛けた。そっと扉を開いて中を窺う。玄関に男物のスニーカーが一足。とくんと胸が高鳴った。ああ、ハル兄だ。その瞬間、さっきまでの怖気(おじけ)が嬉しさへと返った。

「お母さん、ただいまー」

 急いで靴を脱いで奥へ。リビングの扉を開けて

「ハル兄、帰ってきてるん…」でしょ、と言いかけた言葉が止まる。

「よう、ユカ、元気だったか?」

 心臓が跳ねた。盛大に跳ねた。笑顔を浮かべたハル兄が手を振っていたからだ。

「お、お帰り……ハル兄」

 声が震える。

「なんだなんだ、元気ないなあ」

 ハル兄がすたすたと近づいてくる。さっきの不安が胸をよぎった。

「はい、これお土産」

「え?」

 とっさに差し出した手の上にパイナップルが乗せられた。それからくしゃくしゃと髪をなでられる。

「な、なにするの!?」

「いやあ、大きくなったなあと思って」

 はあ? 子供扱いされてる? サッと頭に血が上った。

「私もう、子供じゃないよ!」

 彼の手を振りほどいて睨んだ。ハル兄は一瞬驚いた顔をしてから、表情を緩めると

「そうだよなあ。ユカももう高三だもんな。俺が家を出た時はまだ中学生だったんだけどな」

「そうだけど」

「うん、確かにもう大人だな」

 ハル兄は一つ頷いて、それから

「綺麗になったな」

 うわあ! 

 さっきとは別の感情で頬に血が上る。その時、おかあさんの声が聞こえた。

「ユカ、いつまで制服でいるの。はやく着替えてきなさい」

「は、はーい」

 慌てて自分の部屋に飛び込んだ。カラーペンで今日に印をつけたカレンダーが目に飛び込んでくる。まだドキドキしている胸に手を当てて、ふうと息を吐いた。


  ○


 ハル兄は私の従兄だ。でも彼は高二から我が家で暮らすことになった。ひとり親だった彼のお母さんがーー私のお父さんの妹さんなのだけどーー病気で亡くなったからだ。父方の親戚は遠方で、近くに住んでいた我が家で暮らすことにしたのだ。その時私はまだ小学生で、高校生のハル兄は凄く大人に見えていた。でも、お葬式の時、(ひつぎ)の前でむせび泣く彼の姿にすごくショックを受けた。その姿に私も号泣してしまった。

 それからしばらくハル兄はふさぎ込んでいたけれど、少しづつ元気になっていつもの笑顔を見せてくれた時には子供ながらにホッとしたことを覚えている。

 そしてハル兄は医者を志した。

 彼は猛勉強の末、現役で国立大の医学部に合格し、それから下宿もせず、長時間の通学を続けて卒業し医師免許を取った。今から考えたらハル兄はうちの家の負担にならないように大学を選び下宿もしなかったんだとわかる。

 そんなハル兄は私の自慢だった。かっこいいと思った。尊敬できた。ただ、彼が卒業後の研修医を沖縄でやると聞いた時は、なんで? と思った。その理由が将来、医者のいない離島で働くためだと聞かされた時は、驚きと納得が同時に来た。ハル兄らしい。けれど同時にとても寂しくなった。だから私は……


  ○


 夕飯時に始まったハル兄の研修医修了のお祝いはお父さんとハル兄の酒盛りに移行していて、私は縁側で一人腰かけて背中でその様子を感じていた。

 ハル兄はまたすぐ沖縄に戻る。今度は診療所で働き始める。

 ああ、遠いなあと思った。距離も時間も。早く大人になりたい。

 不意に目の前に切ったパイナップルの皿が差し出された。驚いて振り返ると彼の顔が近くにあって肩が跳ねた。

「食べるか?」

 とっさに言葉が出ない。

「なんだ、酔ったのか?」

「私、飲んでないよ」

「もう子供じゃないから、飲んでるかと思った」ははっと彼が笑った。

「……早く飲めるようになりたいよ」

 私は思い切って言う事にした。

「ねえ、ハル兄」

「うん?」

「大人になったら、私、ハル兄の所に行ってもいい?」

「え?」

「わたし看護師になる。看護師になってハル兄と一緒に働きたい」

 驚いた顔のハル兄を見つめながら

「ハル兄の手伝いがしたいの。隣を歩いていきたいの。……だめ?」

 ハル兄はクシャッと相好を崩すと私の髪をわしゃわしゃと撫でた。

「ありがとうな、ユカ。期待してる」

 期待してくれるんだ! その言葉に震えていた心臓が高鳴りだす。

 じっとしていられずパイナップルを取って口に放り込んだ。髪を撫でていた彼の手が私の頭を引き寄せる。私は目を瞑って口いっぱいに広がる甘ずっぱさを噛み締めていた。


 

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