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『パイナップル太郎』を栽培する   作/おとかーる

(朗読/JOJO)


 ホームセンターのガーデニングコーナーは、たくさんの人で賑わっていた。色とりどりの花々が可愛らしい花の苗のコーナーの隣に、ひとつも花を咲かせてないのに人だかりが出来ている一角がある。トマト、ナス、キュウリ…。夏野菜の苗のコーナーだ。GWのホームセンターといえば、夏野菜の苗がピークを迎える時期になる。朝晩の気温が安定して遅霜の心配もなくなり、心地いい初夏の日射しの中で土いじりをするのは、連休中の家族のイベントとしても大人気だ。

 種苗会社や各メーカーも、この時期に合わせて改良した新品種を全力で投入してくる。例えばトマトの苗ひとつ取っても、「高糖度」「薄皮」「リコピン三倍」と様々で、最近は「ハート型で可愛い」なんて品種まである。野菜の種類もナス、キュウリ、ピーマンの定番夏野菜の他にズッキーニやスイカもあり、中でも「家庭菜園で出来る編み目メロン」は近年の大ヒットだ。野菜作りに興味がなくても見てるだけでなかなか楽しめるし、家庭菜園をやってるならなおさらだ。

「今年も色々出てるな〜」

 西村は買い物カゴを手に売り場を回っていた。カゴの中にはすでにいくつかの苗が入っている。定番野菜のコーナーから離れると、ペピーノ、パッションフルーツ、食用ホウズキなどの、マニアックな苗のコーナーになる。今年は何か変わったのでも植えようかなぁ。ぶらぶら見ていると

「…おっ?」

 ある苗に目が止まった。

極早生(ごくわせ) 家庭菜園用ミニパイナップル』と札にあり、その名も『パイナップル太郎』。

「すごいネーミングセンスだな…」

 ポットに挿してある札の裏には、このパイナップルの特長や栽培方法が印刷してあり、それによると『品種改良により栽培期間四ヶ月での収穫を可能にしました』とある。四ヶ月なら九月頃には収穫できて、秋冬野菜との切り替えにもそれほど影響しないだろう。

 面白そうだな。

 元気そうな苗をひとつ選んで、カゴに入れた。


 西村は『パイナップル太郎』を小さな家庭菜園の一角に植えつけた。ネットで栽培方法を調べると酸性土壌を好むとあったので、石灰は使わず肥料だけを入れて耕し、水をたっぷりとやった。

 『パイナップル太郎』はすくすくと育った。真夏の猛暑に耐えかねたトマトやナスが勢いを失くす中、その暑さを「むしろ来い」とばかりに元気に成長を続けた。時おり追肥をしたり傷んだ葉っぱを取り除いたりと世話をした結果、『パイナップル太郎』は少し小さいながらもちゃんと実を着けた。固く青い実が日ごとに色づいていき、九月も半ばになる頃にはオレンジがかった黄色に熟して、甘い匂いを漂わせるようになった。

 いよいよ収穫だ。

「ほんとに四ヶ月で出来るんだな…」

 品種改良の技術の進歩に感心しながら、西村は『パイナップル太郎』を株から切り離した。甘い匂いを楽しみながら持ち帰り、冷蔵庫に入れて冷やす。夜、風呂上がりにその味を楽しむことにした。

 ちゃんと甘いといいな。

 樹上完熟させたから味はいいハズだが、やはりこういうのは食べてみるまで分からない。まな板の上で葉っぱと底の部分を切り落とし、立てるように置くと真ん中に包丁を当て、まずは縦半分に刃を入れた。底の部分からまな板に溢れる果汁を見て……西村はぎょっとして手を止めた。果汁に赤い色が混じっている。

 どこか切ったか?!

 慌てて自分の手を見るが、怪我どころか痛みすらない。

「おかしいな……?」

 どういうことだろう。西村は『パイナップル太郎』を見ながら考えた。『パイナップル太郎』。『太郎』……。

 そのとき、西村の頭にある昔話がよぎった。川を流れてきた桃から男の子が生まれてくる話だ。「桃から生まれた桃太郎」……。

「まさか…?!」

 思い当たると同時に全身から血の気が引いて、背中に嫌な汗がにじんだ。

 まさか、『パイナップル太郎』というネーミングは「そういう意味」だったのか?!

 まな板の上に立てて置いたままで、まだ『パイナップル太郎』の断面は見ていない。その可能性に思い至ってしまったら、恐ろしくて中を見ることなんてとても出来ない。絶対に卒倒する。

 ど、どうしよう…

 しばらくの間、苦悩と後悔に苛まれていたが、やがて苦渋の決断をした。新聞紙を取り出すと『パイナップル太郎』の断面を見ないよう慎重に包み、ビニール袋へ入れた。外に出るとスコップを片手に持ち、夜の中を家庭菜園へと向かう。菜園のすみっこに小さいが深い穴を掘りながら、辺りが真っ暗であることに感謝した。

 これだけ暗ければ、埋め終わるまで何も見なくてすむだろうから。



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