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夏の夜の夢    作/sleep

(朗読/おとかーる)


 それは、経済学の授業中。教授のたるい説明を聞きながらテキストにカラーペンで印をつけていた時のことだった。

「なぁ祐介(ゆうすけ)、来週この講義休講だってよ」

「ってことは、来週十連休じゃん。ラッキー」

 特に何をするということもないのだが、『休み』というだけで得をした気分になる。

「ところでさぁ、GWヒマ? ヒマならウチでバイトしねぇ?」

そんな提案が耳を掠めたのは、比嘉から視線を外し、面白くもない授業に視線を向けた時だった。

「比嘉の実家って」

「石垣島。パイナップル農園なんだけど、今年はバイトの数が足りないんだとさ」

「マジ? 行く行く」

 南の島への誘いに、思わず心が躍る。突如舞い込んだ楽しみに浮き足立ちながら、祐介は退屈な講義を乗り切った。




 羽田から三時間。そうして到着した空港から一歩外に出ると、熱風と突き刺すような日差しが襲ってくる。そこはすでに夏だった。

 海岸沿いを道なりに走って約二十分。直売所でタクシーは停まる。タクシーから降りると、日に焼けたおじさんが出迎えた。

 荷物を部屋に置き一段落すると、軽トラで案内が始まる。海岸沿いにあるパイナップル畑は、すべて農園のものらしい。

「気持ちー! 比嘉ぁ! このバイト、誘ってくれてありがとな」

「はいはい」

 もはや呆れたような相づちが返ってくると、頬を掠める風が緩やかになり車輪が止まる。

意気揚々と祐介が荷台の上から降りると、ぐらりと地面が揺れた。

「うわ?!」

「あぁ、最近たまにあるんだよな」

 軽トラから降りてきた比嘉の父はそんなことをぼやく。

「津波は大丈夫らしいけど」

 横でスマホをいじっている比嘉の言葉に安堵し、祐介は気を取り直して畑に向かった。


 パイナップルの収穫は思ったよりスムーズに進んだ。炎天下の上、虫に刺されはしたが、こまめに水分補給の休憩はあったし、パートのおばちゃんたちも割と好意的に接してくれる。休憩時間、世間話に花を咲かせるおばちゃんたちに対して祐介と比嘉は蚊帳の外だったが、居心地は悪くなかった。

 人魚の伝説を聞いたのは、その時だったと思う。

 昔、この島で身重の人魚が捕らえられ、不老不死の妙薬として食されそうになった。しかし、人魚は自分を見逃がしてくれたら海の秘密を教えるといい、津波を予言する。人魚の言葉を信じた村の人々は無事に高台に避難し事なきことを得たが、信じなかった隣村の人々は津波の被害に遭ったという話だった。

「まぁ、伝説としてはよくある話さぁ。それよりマサ坊。あんた、ノリちゃん覚えてる?」

「ああ。確か、去年あたりに結婚したよな」

「そうさぁ。それが、半年くらい前から奥さんの姿が見えなくなってね。かと思ったら、つい最近新しい女が住んでて」

「やるなぁ、ノリちゃん」

 比嘉は適当に相づちを打っている。そんな世間話を交えたお茶会を、祐介はぼんやり眺めていた。





 日が落ちると作業は終了し、おばちゃんたちと入れ違いに比嘉の父親と同世代の男たちがやってきて酒盛りが始まる。

「よおっ、マサ! 帰ってきてるんだって?」

「ノリちゃーん」

 宴も中盤にさしかかると、先程話題になっていたノリちゃんとやらが酒を持ってやってきた。周囲はすでに酔っ払いだらけである。そんな様子を横目で見ながら、祐介は酔いを醒まそうと席を立った。


 外に出ると、辺りは静かで波の音が聞こえる。頭上に星が輝く様子は、まさに絶景だ。車のいない道路を渡って海岸に着くと、祐介は波打ち際に駆け出す。

「冷てー」

 酔いなど忘れてはしゃいでいると、どこからか赤ん坊の泣き声が聞こえた気がした。先程までの浮かれた気分も酔いも覚めて、慌てて声の方を向く。そこでは、白いワンピース姿の美女が寂しそうに微笑んでいた。一瞬、昼間聞いた人魚の話が頭を掠める。

「貴女は、どうしてこんなところにいるんですか?」

「分からない。お願いだから、私を見つけて」

 え

 意味不明なその言葉に、人魚ではなくヤバい人だと気づく。が、それよりも祐介は彼女の美貌に見とれてしまっていた。

「こっち」

 そう言って彼女は祐介の手を取り岩場の影へと連れて行く。ひんやりとした手が離れたかと思うと、その手は砂浜の上にある白い骨のようなものを指し示した。

「うわぁ!」

 思わず腰を抜かして彼女を見る。

紀夫(のりお)さんに気をつけて」

 そう言い残して、彼女は消えた。

「紀夫?」

 聞き慣れない人物の名を頭で反芻しながら、元来た道を戻る。

 それがノリちゃんたる人物と結びついたのは、宴の会場に戻った時だった。


「よおっ、遅かったな」

 出迎えたのは、「ノリちゃん」の声一つだけだった。酒に酔って濁った目と血の臭い。その手に握られているナイフと事切れた周囲の男たちの姿に、そこで何が起こったのかを知る。


『紀夫さんに気をつけて』

 

 先程の彼女の言葉を反芻させながら、あの白い骨が祐介の脳裏に過ぎった。



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