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いつかまた     作/鶯

(朗読/紫伊)

 

 パイナップルが食べたい。

 唐突にそんなことを思いついて、翔子は仕事帰り、深夜のスーパーにふらりと立ち寄った。二十四時間営業のそこそこ大きなスーパーだが、今はまだ五月。お目当ての南国の果物が店頭に立ち並ぶ季節はまだ先のようだった。それでもどうしても食べたい気持ちが抑えられず、仕方なく缶詰めのコーナーに足を向ける。

 どうして急にパイナップルなんて食べたくなったのか。

 答えは簡単だ。今日、絵に描いたから。


 今日は、保育園の子供たちとのレクリエーションのある日。翔子たちスタッフは、大きなスケッチブックに三十六色のカラーペンを用意していた。子供たちに好きな絵を描いてもらい、施設の壁に貼ろうという企画だった。

 思い思いの絵を描いている子供たちの間を見回っていると、一人の女の子が翔子の手を取った。どうしたの、と聞く間もなく、その手に握らされたのは鮮やかな黄色のカラーペン。

「おねえちゃんもいっしょにかいて」

そうねだられて、翔子がその絵に描き足したのが、黄色のパイナップルだった。何せ、その少女の絵はチョコレート、ドーナツ、イチゴ、と彼女の好きな甘いもので埋め尽くされんばかりだったので。

 その絵に、わあっと少女は嬉しそうな声を上げた。

「パイナップルだ!」

 それから、翔子を見てふふんと自慢げに笑って、

「きょねんおまつりでたべたよ! おいしいね!」

と教えてくれたのだった。


 青果コーナーを横切りながら、翔子はそういえば、と昔を振り返る。自分も子供の頃は、よく夏祭りの露店でパイナップルを買ってもらっていた。普段食べる缶詰とは違う瑞々しさが新鮮で、見かける度に親にねだっていた。そういう時に甘い顔をするのは大抵父親で、母はちょっとだけしかめっ面になって、食べ過ぎないようにしなさいねと釘を刺すのを忘れなかった。


 缶詰コーナーで無事にパイナップルを見つける。それをひとつだけカゴに放り込むと、翔子はレジに向かった。


 最後に生のパイナップルを食べたのはいつだったかな、と何気なく考えてみる。小さな頃の思い出を辿っていたが、不意に、そうじゃなかった、と気づいた。


 あれは一昨年(おととし)のことだ。

 当時、一緒の職場で働いていた同期の家に遊びに行った時のこと。暑い夏の日だった。何をするでもなく、冷房の効いた部屋でだらだらとおしゃべりをするだけの時間。それでも、時間になればお腹は空くもので、昼食には彼女のお手製のパスタを美味しくいただいた。そろそろ三時というタイミングで、おやつ食べる? と言い出した彼女が持ち出したのが、パイナップルだった。

 当時は驚いたものだ。一人暮らし用の小さな冷蔵庫の中から、パイナップルが丸ごと一個。普段料理する食材も入っているだろうに、どうやって入れていたのか。そしてそもそも、生のパイナップルを家で食べるという発想が翔子にはなかった。

「それどうやって食べるの」

 思わず翔子の口をついて出た疑問に、彼女は簡単よ、と笑って見せてくれたのだった。

 まずは上下をすとんすとんと切り落とす。それから、外側の皮を削いで、四等分。最後に芯の部分を切り落とす。

 ごつごつした見た目に似合わず、あっさりと解体されていくパイナップルを、翔子は茫然と見守っていた。

「……パイナップルって、食べるのもっと難しいと思ってた」

「確かに、見た目からするとハードル高そうだよね」

 そんな会話の裏で、ころころと一口大になっていくパイナップル。翔子は一つつまむと、少し大きめに開けた口の中に放り込んだ。

 瑞々しい甘さと酸っぱさが口の中に広がる。調子づいて二つ、三つと頬張ると、未だ包丁を握りころころとパイナップルを刻んでいる彼女が、包丁を持った手の甲で翔子を突っつく。その口にも手元のパイナップルを放り込んでやると、もごもごとしばらく咀嚼した後、満足げに頷いた。

 結局、パイナップルまるまるひとつを二人で食べきってしまったのだった。食べ終えるころには、二人ともが舌がピリピリする、なんて言いながら、口の中で果実を転がしていたのだけれど。


 しゃく、しゃく、と甘ったるい缶詰のパイナップルを咀嚼しながら、翔子はため息をついた。楽しい思い出のはずなのに、この世間の状況が、単純に楽しかったと思うことを許してくれない。どうしても、あの頃は楽しかったなあ、と思ってしまうことにそわそわして、なんとなく、食べかけのパイナップルの写真を撮ってみた。あの時の彼女に送り付けてみようか。また一緒にパイナップルを食べたいね、なんて言葉を添えて。

 何て言ったって、まだ半分も減っていない缶詰のパイナップルでさえ、翔子の舌を痺れさせるには十分すぎる量なので。



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