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9.静謐


 街にプラネタリウムが覆いかぶさった様な夜にエルとエルレンは二人でトボトボ目的地へと歩いていた。その足取りは重い、それはこれから不吉な事が起こると知っていて尚進まなければいけない騎士の如く。



「えーと沈黙塔 サイレント・ロンドルオンさんはね…とにかく謎の多い人なんだぁ…たまに協会で見る事があるんだけど、一回も声を聞いた事が無いよ…」


「それもう無理じゃぁん…」



 それはもう絶望したような声音を出すエルにかける言葉がなにも浮かばないエルレン。この二人の周辺だけより暗く感じられるほどだ。



「なんかね…こう真っ黒で凹凸の無い仮面をつけててさぁ…頭から足先まですっぽり覆う長い外套を着てるんだけどね…遠目に見たら…ホント…もうただの棒なんだよ…」


「ぼう…」


「多分街角で出くわしたら、数日後にはそこ心霊スポットになってると思うよ…」


「みためがおばけ…えぇ…やだ…」



 エルは想像する…この角を曲がったところに…棒のような黒い人影が…!



「ヒィン…」



 カタカタ震えているエルに気が付かないエルレンはそのまま歩みを進める。少し歩いていると夜でもやっている酒場やその他の店の光で明るくなっている大通りに出る。



「そういえば…前にこのお店で見かけたことあるんだけど…」



 もしかしたら、と思いエルレンが店の中に入ると何やら店の様子がおかしい。本来なら大笑いして酒を呷っていそうな大男や雰囲気創りの為に音楽を奏でる日雇いのミュージシャンも皆同様にカタカタ震えながら足元を凝視している。…まるで"何か"から目を背けるように。



「…!!…ッ!!」


「え、なんだろう?」



 若い店員の男が震えて、目元に薄っすら涙を浮かべながら必死に何かをエルとエルレンに訴えかけている。エルレンには分かる、あれは強い恐怖の感情、この店内に"何か"が確実に起こっていると。



「ねぇエルレン、なにが…」



 なにがあったんだろう?その言葉は最後までエルの口から出る事は無かった。そう、"見えて"しまった。



「あっ…!ぁ…!ひ、ぃ!」



 エルはあまりの恐怖に言葉が出なくなる。店の一番端、一番照明の光が弱い場所に、"それ"はいた。


 古いテーブルに突っ伏している。真っ黒で棒のようなナニか、明らかに曲がっているのは腰の位置ではない、やはり…人外…いや"亡霊"。


 エルは理解する、さっきの店員は《逃げろ》と言っていたのだ。店に起こっている異常、それらの全てに辻褄があった瞬間、必死に押しとどめようとしていた恐怖が一瞬にして臨界に達した。



「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」



 誰かの悲鳴、それが皮切りとなって店に居た客や店員は絶叫と共に外へ外へと大氾濫を巻き起こした。



「うっわ!ちょっと!いてて!!」



 店から大勢が逃げ出し、亡霊とエルレン、そして号泣しているエル以外誰もいなくなってしまった。



「はぁ…危ないなぁ…もうみんなどうしたって言うんだ…ってあれ?」


「え、え、え、えるれん…!お、おば、おばけッ」


「サイレント・ロンドルオンさん!!まさか本当にいらっしゃるとは!」



 それを聞いた瞬間エルは全てを理解した。ああぁ、これは勘違いだったのだ。そうか…そういえばお化けみたいな見た目してるって話だったな…と。



「ってどうしたんだい!?エル!?」


「な゛ん゛でも゛な゛い゛…」



 涙声だった。



〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



 二人はサイレント・ロンドルオンの対面に座る。エルレンは休憩がてらジュースでもエルに買ってあげようと思って居たが…知っての通り店はがらんどうなので無理だった。



「あの、サイレントさん今日はお話がありまして…」


「…」


「あの~…(え、無視?)」



 エルは早速サイレント・ロンドルオンにも苦手意識を覚えた。もはや恒例だが、六本線シクスラインが特別変人だからエルは苦手意識を覚えるだけなのでエルは悪くないのだ。ちなみに現在サイレント・ロンドルオンは話しかけられているにも関わらず先ほどと同じくあり得ない角度でテーブルに突っ伏している。



「…ほら、エル事情説明して」


「え!?わかった…」



 エルは聞いているかさえ分からない相手に本日三度目の事情説明を行う。それはもう丁寧に何から何まで親切に全て話した。



「といったワケがありまして…そのよかったら、生徒にしてもらえないかなぁって…」


「………………………………………………………………………………………………」


「駄目っぽいね……」



 しかしそれを話したところで何かが変わるわけでもなく、返事をするわけでもなく。まるで独り言を言っているかのような気分になるエル。



「だめかぁ…」


「………………………」


「か、帰ろうか…」


「………………」



 帰った。



〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇


 二人は協会へと戻ってきた。協会は24時間常に明かりがついており巡礼する信者に対応する為の受付も居る。



「どうしようか…僕もそろそろ今夜発の飛行船に乗らなきゃだし…」


「エルレンはどこか行くの?」



 エルレンは腰のポーチから一枚の紙を取り出してエルに見せる。文字は細かく、明かりが無ければ見えないところだっただろう。



「これで一度実家に帰るんだ、エルを連れて行ってもいいんだけれど…1週間くらいかえってこれないんだよね」


「そっか…なら仕方ないよね…わたしは大丈夫だから楽しんできて!」



 こんなに若いエルが自分も大変なのにこちらの事を思ってそんな言葉を掛けてくれるやさしさにエルレンは渋々甘える事にした。本当はエルを連れて行きたかったが、きっとこの少女はそれを断ると分かっていた。



「ありがとう…エル、それと力になれなくてごめんね…」


「ええ!?いやいやもう一杯おちからになってっもらっちゃったよ!」


「エル、君は本当に優しい子だ…!どうか君に神の祝福があらんことを…」



 エルレンはそう祈ると時計をちらりと見て顔を青くした。それはもうゲッ!と言った感じだ。



「やばい!!?もう行かなくちゃ!また会おうエル!」


「うん!またねエルレン!!」



 名残惜しそうに手を振ったエルレンはそのまま走り去っていった。そしてエルはそんな彼の背中が見えなくなるまで手を振った。



「さぁ…!がんばれエルっ!お化けなんてっ…!いないんだから…!」



 エルは暗い夜道を走り抜ける。時々陰にびびりながら。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■



 羊も帰る未明、エルは目的地にたどり着いていた。



「よいしょ!」


 ガラン ガラン



 大きな鐘を一生懸命鳴らす。鐘は大きくエルの半身ほどあったが、一生懸命頑張ればならせる程度には錆び付いていなかった。



「ごめんくださ~い…」



 そしてエルの倍はある巨大な扉が重い音を響かせ、光を零しながら開かれる。




『……………入れ』



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