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5.入信


「あ、この服街に居た人も来てたやつ」



 少女がシャワー室から出ると洗面台の横に今まで着ていた服の代わりと言わんばかりに別の服が置かれていた。この服は協会に属すると支給される一般的な服だ、過酷なヘヴンの環境下でもしっかりと身を守るために頑丈な布で作られている、ポケットも多い為とても便利である。



「少し大きいかな?」



 若干身の丈より大きいがそれもその筈、そもそもこの若さで信者になる者が存在しない為である。少女は身体をタオルで拭き、新しい服を着て更衣室を出る。



「もう上がったのかい?…って髪を乾かしていないじゃないか、こっちにおいで」


「?」



 少女は青年につれられてもう一度更衣室に入る。青年は洗面台の前に立つと暖かい風を発生させる賜物を使用して少女の髪を乾かす。熱すぎず温過ぎず、丁度良い風だ。



「きもちいい…これも賜物?」


「そうだよ。本来の使い方とは違うのかも知れないけれどね」



 少女は目を細めて青年に髪を委ねる。少女の髪は肩程まで伸びており乾かすまでは時間が掛かりそうだ。



「乾いたらお嬢ちゃんの写真を撮ろうか、それが終わったら正式に信者として巡礼出来るようになるよ」


「うん、ありがとう…えっと」



 青年は少女が何か言い淀んでいる事に気が付き口を開く。



「エルレン・ウリサ、僕の名前だよ」


「エルレン、いい名前だね」



 小さく微笑みをこぼす青年と少女。髪を撫でる温風の音と協会の外にある風車の音だけが更衣室に流れる。少しの沈黙の後エルレンが少女に問いかける。



「そういえばお嬢ちゃんの名前、思い出せる?」


「あー…思い出せない、かも」


「そっか…」



 エルレンはさっき写真を撮ったら信者として正式に巡礼出来るようになると言っていたが、実はまだ名前の欄だけは空白だった、本来の名前が分かれば一番良いのだろうが…本人が思い出せないのであれば仕方がない。



「そうだなぁ…"エル"とかどうだろう?」


「どんな意味なの?」


「それ聞いちゃうか…えっと…僕の名前から取っただけなんだ」



 エルレンは少し恥ずかしそうに、また若干情けなさそうに話す。そんなエルレンを洗面台の鏡越しに見た少女は嬉しそうに口元を緩ませる。



「うん…気に入った!今日から私はエルよ!」


「はは…本名が分かるまで、ね」



 どことなく嬉しそうな表情を浮かべたエルレンは手元の感触からエルの髪が乾いた事を感じ取ると賜物を洗面台の上に置いた。



「よし、こんなものかな」


「おお…!さらさらだ!ありがとうエルレン!」


「どういたしまして、さぁ写真をとろうか」



 更衣室から出ていくエルレンに追従するエル、更衣室から出てふと窓の外を見るとさっきまで自身が着ていた服が他の服と一緒に洗濯竿に干されていた。



「服!洗ってくれたんだ」


「僕が勝手にやった事だから気にしないで、それより…その服少し大きよね。ごめん、それが一番小さい物なんだ」


「ううん、大丈夫」



 エルはエルレンの誘導に従い椅子の前に座る。



「今写真機を持ってくるから少し待っててね」


「うん」



 エルレンは受付の奥にある扉へ入って行った。一人椅子に座っているエルが写真映りを気にして毛先をいじっていると数分も経たぬうちにエルレンが写真機をもって帰ってきた。



「それも賜物?」


「いいや、これは人間の発明品だよ」


「へー」



 写真は知っているのに写真機を知らないという何とも歪な記憶だがエルレンは何も言わずに写真機をセットしていく。あっという間にいつでも写真を撮ることが出来るようになった。



「それじゃ、笑ってね~」


「に」



 エルがニッと笑うと、すぐにパシャっと音が鳴る。フラッシュにエルが少しびっくりしているのをみてエルレンが少し笑う。



「ごめんごめん、フラッシュの事言ってなかったね」


「うぅ~…別に驚いてないし…」


「ははは、とりあえずこれで写真は取れたから大丈夫だよ」



 エルレンはセットした機材を回収していく、あっという間に写真機は片付けられてしまった。協会の中は綺麗に掃除されているのか、バタバタと回収していたのにも関わらず埃が舞っている様子は無い。



「うん、後は名前を書いて…これでよし!」


「もう終わり?」



 エルレンは受付の引き出しからタリスマンを取り出してエルの首にかける。タリスマンの模様は"一本線ファーストライン"であり、すなわち新人である事を示していた。



「これで今からエルも信者の仲間入りだよ」


「お、おおぉ…!ありがとうエルレン!!」



 目をキラキラさせているエルを見て複雑な心境になるエルレンだったがエルの事情を知っている為何もいう事は無かった。ただ、どうかこの子が長生き出来ますように、と願った。



「?どうしたのエルレン」


「…いいや。何でもないよ、おめでとうエル」



 そしてそういえば、と言った様子でエルレンは続ける。



「本当だったら訓練を受けて少しずつ上の試練に行けるようにしていくんだけど…」


「え!?…でもわたし、早く上らなきゃ…!」


「…だよねぇ。うーん…どうしたもんか」



 渋い顔になるエルレンを見てさらに渋い顔になるエル。暫し渋い顔が続き、ついにその瞬間が訪れる。



「そうだ!!」


「なに!!??」



 二人してパァッ!と表情が明るくなる。そしてエルレンは人差し指を立ててエルに話す。



「"六本線シクスライン"の生徒になればいい!!」



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