29.二人
「あれは…ミファンさんなんですね…?」
「ああ、美人だろ?」
「え?はい、綺麗な方ですね」
デイルは一人でミファンの方へ歩いていく。そしてミファンもデイルの元へ歩いていく。エルがまたさっきみたいに刺されないか心配そうにするが、デイルはエルに待つように手で合図する。
「よう、ミファン」
「デイルの様な顔でデイルみたいなこと言わないで」
「俺はデイルだよ」
デイルはおどけるように自分を指さしてそう言った。そして会話を続ける。
「そろそろこの関係も飽きた」
「…っ…そう、ね」
ミファンは何故か悲しそうな表情をする。そして懐から刃物を取り出す、良く見ると刃物には繊細な模様が描かれておりただの刃物では無い事が分かる。
そして一気にデイルに距離を詰めて押し倒す。
「…抵抗しないのね」
「ああ、愛してるからな」
ミファンはデイルの胸板に刺さるギリギリの所で刃物を止めていた。
「関係は飽きたんじゃなかったのかしら?」
「ああ、飽きたさ…もうこりごりだ」
そしてデイルはミファンの首に掛かっているペンダントに触れる。
「だから…結婚しよう」
「…………はぁ!?」
ミファンはデイルの胸板に少しだけ刃物を食い込ませる。
「馬鹿を言わないで!何も知らないくせに!!」
「俺は…デイルじゃないんだろ?」
「ッ!どうしてそれを…」
デイルは話を続ける。
「それどころか、人間ですらない…違うか?」
「……そうよ…あの日デイルは死んだのよ」
ミファンはぽつぽつとあの日、ミファンに…いやデイルに何があったのかを語りだした。
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「うおおおおらあああああッッ!!!」
衝撃が走る。
降りしきる豪雨の中、デイルは窮地にしか使用できない賜物をつかって私を突き飛ばした。
「ぐっ!?」
何をするのか、そんな事を言葉は出なかった。
視界の中でズタズタになって飛び散るデイル。
空中で私は考えを巡らせる。何があった?なぜこうなった?原因はすぐ目の前に居た。
「…!!」
カミナラシ。どこから現れたのか、何処にいたのか、分からない。ただ分かるのはデイルが死んでしまったという事だけ。
「うぐっ!…はぁ…で、いる…!」
地面に落ちた私の視界の中で、彼の"頭"が約2m先に転がった。いつも気にしていた白い歯は赤く塗れている、私は彼が笑う時にちらりと見える白い歯が好きだったのに。何度も私に触れた手は泥の中に落ちている、私は彼に触れられるのが好きだったのに。でも…もう、二度と、二度と。
「う、あぁ…っ!」
彼と共に過ごすことが出来ない。それを受け入れるのは不可能だった、愛していた、愛しすぎていたんだ。
彼の身体をカミナラシが捕食しようとする。
《ジジジジジジ》
「わたし、も、ころせ…よ!害獣!!!」
カミナラシはこちらを見る。目が合う。死ぬ。
だがカミナラシは一向に襲ってこない。それどころか呑気に空を見ている。
「なにを…している…!!」
カミナラシはまるで興味を無くしたかのように明後日の方へ閃光と雷鳴をまき散らしながら去っていく。段々と閃光と雷鳴の感覚が長くなっていく。いつの間にか空に雷雲は無くなっていて、ただただ静かに雨が降るだけだ。
「そん…な…」
何故私も殺してくれなかったのか。そんな事を嘆いてみてもあの死神が帰ってくる事は無い。
「ああ…デイル…こ、こんな…事に…」
私はデイルを集めた。沢山のデイルの欠片を両手いっぱいに抱きしめるように。
そして…カミナラシが大きく抉った泥の中に光る何かが埋まっている事に気が付く。そしてそこにデイルの血液が流れて行き…埋まっている何かにデイルの血液が触れた瞬間、デイルの死体が溶けて消えていく。
「あ、ああああああッ!!!デイル…!まって…私を一人にしないで…」
デイルは完全になくなってしまった。血液もオレンジ色の髪の毛も、爪のひとかけらも残さず溶けて消えた。私はこの光る何かのせいでデイルが消えたんだと理解して怒りに任せソレを掘り起こす。
「返せ!!!私のデイルを返せえええ!!!」
すると私が掘り起こした四角形のナニかが強い光を放つ。そして四角形のナニかも溶けてなくなってしまった。
だが…それで終わりでは無かった。
泥が、ひとりでに動いて一か所に集まり始めたのだ。段々とそれは人型になって行き…泥は肉の様に変化した。そして…そこに現れたのは…。
「…助かったのか…?」
「う、嘘…」
泥だった物はデイルの姿をしてデイルの声で喋った。
「貴方は…デイル…いや…でも」
「ミ…ファン?」
雨は止み、空に居た雨雲たちはどこかへ去っていく。まるで、これが神の奇跡だと言わんばかりに。神の力を誇示するかのように。
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「ねぇ…デイル」
「ああ」
ミファンはひとしきり語って、再度…確認する様にデイルに問う。
「貴方は…"何"?」
デイルはミファンを見つめる。そして今までにないくらい真剣な表情で答える。
「俺はデイルだよ」
今のデイルには生前のデイルの記憶、その全てが残っていた。ミファンと初めて会った日の事、ミファンと恋人になった日の事、ミファンと愛し合った日の事。全て、全て自身の記憶だと納得できる。むしろ自分が泥から形成されたと聞かされても初めは納得出来なかった。
「違うわ…貴方は、死んだのよ…」
デイルの頬に雫が落ちる。ミファンの瞳からは沢山の涙が零れていた。もう無理だと分かっているのに希望を捨てきれない目をしている。
「俺は生きてる」
「それでも…貴方はデイルじゃないわ…」
デイルはミファンの涙を人差し指で掬う。
「確かに、俺は泥人間かも知れない。この気持ちも貰い物なのかもしれない」
「…っ…うぅっ…」
「でも、な。俺は、俺がどんな姿になっても…やっぱりお前が好きみたいなんだよ…」
ミファンはデイルが掬いきれないほどの涙を流して慟哭する。
「わたし…!私は!!貴方に…!自分が泥人間だなんて知らずに生きて欲しかったのよっ!!」
「ミファン…だからずっと…君は…」
「その為には私自身も邪魔だったッ!私を嫌ってくれないと…!貴方は…っ!」
ミファンは手から刃物を落とす。
「貴方はずっと私を愛してくれるって…!信じてたから…!!」
「ああぁ…そうか…そうだったのか……君は、本当に…」
デイルは一筋の涙を流す。
「俺を…愛してくれていたんだな…」
「うぁぁああああっ!!」
ミファンはデイルを抱きしめる。あの日分かたれた日からずっと待ちわびていたかのように、強く、強く…今度こそ一番愛している者を失わない為に。
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二人はひとしきり泣いて、抱きしめ合った。もうお互いに隠し事は無くなりやっと腹を割って話し合えるようになったのだ。
「ミファン、さっきの言葉覚えてる?」
「…何よデイル」
お互い目尻を赤くして、見つめ合いながら話す。
「結婚しよう」
「忘れてなかったのね…」
デイルはミファンの両肩を掴む。
「俺は、ずっと覚えてるよ」
「あっそ…」
「前にも一度プロポーズしたの覚えてるかい?」
「……ふふっ、じゃあもう一度…一言一句間違えずに言えたら…」
貴方が本物のデイルだって認めてあげる、とは口に出さなかった。だが、その気持ちはデイルに伝わった。そしてデイルにしてはやはり珍しい真剣な表情でミファンに告げる。
「青い砂漠を裸足で歩きたい、君とのキスで息をしたり、同じ言葉で話がしたい」
「…」
「あるいはふるえを分かち合わない」
ミファンはまたしても涙を流す、だが…今度は先ほどとは違い嬉し泣きだった。
「何でプロポーズ前の会話まで覚えてるのよっ…」
「君が好きだから、愛しているから」
デイルはミファンの涙を人差し指で掬う。この行動自体生前のデイルが行って来た行動と全く同じでミファンは笑みをこぼす。
「ふふっその言葉もう百回は聞いたわ」
「返事は?」
「イエスに決まってるでしょ」
二人はキスをした。
これは天のもたらした奇跡だったのか、それとも試練だったのか…答えを知る者はいない。




