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23.天へ


 グウィンドとウェイルは白装束の死体を隠すこともせずにウェイル宅の玄関内で会話する。エルはシャワーを浴びていた。



『…迂闊だった。もっと早く気付くべきだった』


「ぐ、グウィンド…何が起こってる…の」



 ウェイルは心底心配そうな表情でグウィンドに尋ねる。エルとは知り合ってたった一日しか経っていないが友情の深さは時間に比例しない。


 そしてそこに着替えたエルが暗い表情で現れる。グウィンドが持ってきた少しサイズの合っていない巡礼装備を着ていた。



「グウィンドさん…わたし…」


『…ずっと疑問に思って居た事がある』



 グウィンドはエルを見下ろしながら問う。それは質問というより…審判の様であった。



『お前は…本当にヘヴンを"上がっていたのか?"』


「…え?」


「グウィンド…?それ、それってどう…いう…」



 グウィンドは忘れられた街でエルを拾ったときからずっと疑問に思って居たことがある。エルを発見した時、既に彼女は怪我をしていた…それは数日前に作ったであろう傷跡と、まだ新しい傷跡であった。まず…ここで一つ目の疑問が生まれた。


 何故この少女はこの程度の怪我で済んでいる?


 エルを発見した場所は忘れられた街の入口辺りだ、あの傷であれば"第三試練"の代償を受けていても可笑しくは無い。第三試練 後悔の海の代償は身体の歪みと自制心の欠如だ。この代償は人間の骨格を強制的に、無理やり…変形させる。それは勿論激痛を伴うし運が悪ければ骨折もする、更に肋骨が肺や心臓に食い込み死に至る事もある、しかしグウィンドが見つけたエルは身体の歪みは愚か骨折すらしていなかった。



『…お前は怪我をしていたのに後悔の海の代償を支払って居ない様だった』


「後悔の海って…た、たしか代償は身体の歪みと自制心の欠如…」


「そうなんですか…?」



 エルは混乱する。彼女には本当に記憶が無い、記憶が無くなる前に知っていたであろうヘヴンの事を少し覚えている程度だ。だから…第三試練 後悔の海を渡ったかなんて覚えていなかった。



『…救助した時に着ていた服にも疑問がある。調べたがあれは少なくとも地上で作れる物ではない…』


「…たま、賜物って…事なの?」


『…賜物である可能性は低い。第七試練で私が見た物質に似ていた、地上ではあんな物は作れない…もしあれを作れるとしたら…』



 グウィンドは玄関の窓に指を指す。その指の先には天国門があった。



『…"ヘヴン"しか…無いだろう?』


「…っ!」



 エルは息を呑む。そうだ、確かにその通りだ。何故それに気が付かなかった?何故自分はヘヴンを"上っていたと思って居た?"



「…だか、だから残光巡礼隊の人達が…」


「…わたし…どうすれば…これから何を目指せば…いいの…?」



 エルは目的を失った。自分が目指したのは天では無かったのか?地上を目指していたのか?分からない、記憶を失ってしまった以上もう知る由は無い。これからどうすればいいのかすら分からない。



『……簡単な話だ。"ヘヴン"に行けばいい…そこに記憶を置いてきたのだろう』


「何を目指せばいいのかも全部…あそこに…?」



 エルはクリアストリの中心で煌めく天国門を眺める。あそこに行けば答えを得られる。自分が何者で、何を目指せばいいのか…全て分かる。エルはエルレンから貰ったタリスマンを強く握りしめた。



『…それに』


「グウィンドさん…?」


『…信者とはそういうものだろう』



 手の中にあるタリスマンが表す模様は"一本線ファーストライン"…まだ私は一番初めのラインに立ったばかり。そうだ、ここから始めるんだ…何を成すのかも、理由を探すのも…全ては"初めなければ始まらない"のだ。



「…ふふっ…グウィンドさん。提案があるんです」


『…なんだ』



 エルは身体の痛みすら忘れて微笑む。



「わたしと一緒に天の果てに行きませんか?」

【俺と一緒に天の果てに行かないか?】



 グウィンドは聞き覚えのある言葉に一瞬驚く。それは…忘れるつもりは無かったのにいつの間にか忘れかけていた言葉、そしてエルが思い出させてくれた言葉。


『(ああ…やはり運命だったのか、アサイア…お前はこうなる事すら知っていたのだろうな)』



 グウィンドは数年前と全く同じ行動を取る。それは大切な記憶を二度と忘れない為に繰り返すように…または今度こそ約束を守る為と言わんばかりに。



『…ああ、俺から誘おうと思って居た所だ』



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「ね、ねぇ…グウィンド…本当に行っちゃうの…」


『…ああ』



 グウィンドは自分が持ってきた巡礼装備をエルにも渡して装備させる。最初から二人分持ってきていたので問題は無い。以前祝福の園に行った時より重装備だが仕方がない。エルが残光巡礼隊に狙われている以上、協会の補給は余り期待できないからだ。


 それにグウィンドは一つ確信めいた答えを得ていた。前回足りなかった物、アサイア巡礼隊が第八試練にたどり着けなかった理由、死地から生きて帰れなかった理由…その答えを得たのだ。



「ごめんなさいウェイルさん…グウィンドさんを連れて行ってしまう事になって」


「…う、うん…悲しいけど…でも…」


『…』



 ウェイルは瞳に薄く涙を浮かべながら話す。



「グウィンドもエルちゃんも…帰って来てくれるって…信じてる…か、から」


「ウェイルさん…!」



 エルはウェイルに抱き着く。記憶を無くした自分にこんなにも温もりを与えてくれた人を悲しませるのがこんなに辛いなんて知らなかった。…でも、だからこそ必ず生きて帰ってくるという覚悟を決める事が出来た。



「それ、と…グウィンド、これをも、持っていって」


『…これは…"九九式"まだ持っていたのか』



 ウェイルが特殊なガントレットをはめて持ってきたのは巨大な銃だった。そう、これは紛れもなくかつてグウィンドの背中に設置してウェイルが撃っていた銃だ。賜物では無いこの銃は単発ながらもヘヴン内で取れた物質を弾丸として利用した強力な遠距離武器である。ウェイルの引退と共に装備更新された為、この銃はウェイルが預かっていたのだ。



『…恩に着る』



 グウィンドはウェイルから銃を受け取り、懐かしさを覚えながらも背中に装備する。そして玄関のドアに手を掛ける。



「ぜっ!絶対に!帰ってきてね…!」


『……』


「?」



 グウィンドは背を曲げてウェイルの顔に自身の顔を近づける。エルの位置からは何をしているのか全く分からなかったが、エルはここで何をしているのかを聞くのは無粋だと察して黙った。


 3秒程経ってグウィンドはいつもの身長に戻る。そして今度こそドアを開いた。



「……気を、付けてね…二人とも」


『…ああ、またな』


「ウェイルさん、また会いに来ますね…!」



/////////////////////



「お待ちしておりました」


「グウィンドさん…」


『…』



 エルとグウィンドが外に出てると白装束を纏った者が数人居た。皆同様に武装しており明らかに一般人ではない。更に先ほどグウィンドが殺した二人の白装束は既に跡形もなく片付けられている。



「さぁ、グウィンド様。貴方は頑丈ですがそのソレは危険です、お引渡し下さい」


『…断る』


「何故でしょう。ソレは貴方の家族でも無ければ所有物でも無い筈」



 グウィンドはずしんと一歩前に進む。



『…ああ、その通りだ。だが…"俺達"にはこいつが必要だ』


「理解不能」



 グウィンドは白装束の襟を掴んで持ち上げる。白装束はあっさりと地から離される。



「"壁抜の剣(ゴーストソード)"」


『…』



 白装束は壁抜の剣(ゴーストソード)と呼んだ剣でグウィンドを突き刺す、するとまるで外套を無い物の様に通り抜ける。…が、その剣がグウィンドの胸板から先へ進むことは無かった。



「グウィンド・ヴァンヒートの推定硬度を上方修正」


『…希望的観測が過ぎたな』


 くしゃっぐしゃっ



 グウィンドは白装束を両手でつかみぐちゃぐちゃに丸める。白装束だった者は本来の4分の一くらいのサイズになり、道端に捨てられる。



「ひ…グウィンドさん…や、やりすぎじゃ…」


『…邪魔をするなら殺す』


「人々の平穏の為、私達も引けません」



 周りに居た白装束達も皆武器を手に取りじりじりと距離を詰める。それを見たグウィンドはため息をつかない。



『…面倒な奴らだ』


「グウィンドさん?何を…」


『はァッ!』



 グウィンドはエルを担ぎ、力いっぱいに石畳の歩行路を殴りつける。強烈な打撃に石畳が耐えられる訳も無く、まるで散弾の如く砕けた石片が周囲に飛び散る。グウィンドの周りに居た白装束達は死にはしないまでも吹き飛ばされる。



『…走る…落ちるなよ』


「えっ?…ええっ!?」



 グウィンドはエルを背中に乗せる。巨大な背嚢と銃を背負って居る為掴むところが多いのが唯一の救い…なのかもしれない。



『…ッ!』


「きゃあああああああああああッっ!?!?」


ドドドドドドドドド



 グウィンドは尋常ではない速度で坂道を下っていく、常人では出せない速度だ。一歩一歩が地を揺らし、造りの悪い建物は倒壊した…まるで地震の様だった。ずっとこちらを観測していたのかいたるところから白装束が現れて追ってくる。



『最短距離で行くぞ』


「ひゃああああああ!?!?」


ドドドドドドドドド



 今度はエルを片腕で抱えて外套の内側に匿いながら走る。そしてそのまま…。



「ぎゃああああああっ!?!?」


 ドドドドドドドドドガッシャアアアアアァァン!!!



 建物に体当たりした。だがぶつかった…という感じは無く、次々と建物を"ぶち抜いて"直進している。グウィンドが怯んでいる様子は全く無い、一体この男は何処まで頑丈なのだろうか。



「!!??ちょちょちょちょっと!?この先は天国門ですよ!!止まりなさいッ!!」


「グウィンドさん!?!?アレ協会の人ですよ!?やばいですよ!!」


ドドドドドドドドド



 建物をぶち抜き続けたグウィンド達と天国門を遮る最後の壁…当たり前の様に閉まって居る大扉が前方に見える。ついでに協会の受付らしき人も見える、グウィンドに止まるように言って居るのでこのままだと衝突してしまうだろう。そしてグウィンドはとてもやさしく相手を気遣った言葉をヘルメット越しのぐぐもった声で吐く。




『どけッ!!死ぬぞ!!!!!』


「いやあああああ!?!」


ドドドドドドドドド



 ぶつかる瞬間、何者かかが受付を押しのけて助ける。一瞬で通り抜けて誰か見えなかったエルはグウィンドの外套から顔を出して後ろを見る。



「エルレン!?」


「エルーーー!!さっきは本当にごめんーーー!!僕!応援してるからッ!!」


ドドドドドドドド



 エルレンは涙と鼻水でくしゃくしゃになった顔でエルに向かって叫ぶ。きっとこれがエルと最後に交わす言葉だから…悔いは残したくなかったのだ。



「えるれん…」


『騒がしい奴だ!』


ドドドドドドドドガッシャアアアアアン!!!!!



 最後の扉をぶち抜いて天国門が目前に迫る。そしてその逆にエルレンの姿はすぐに小さくなっていく。エルはエルレンを恨んではいなかった。きっとエルレンにも事情があるのだと、理解していた。…さようなら、もし次会えた時はまた六本線シクスラインの話を聞かせてね。



「何言ってるのか全然聞こえなかったけど」


『…………』


ドドドドドドドド



 二人の物語はここから始まる。ヘヴン…神が居ると言われている異郷の地を巡る、長い…長い旅の始まりだ。最後にエルは短い間だったが自分が暮らした街を見る。



「ばいばい…お世話になりました」



 グウィンドとエルは天国門に飛び込んだ。

やっと一章終わりになります。

ぶっちゃけここからが本番です、今後ともよろしくお願いいたします。

面白かったらブクマや評価をよろしくお願いいたします!

勿論低評価でも真摯に受け止めます!

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