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20.黄昏


「…ロンドルオンさん…ナギ・ユキヤさんに一体何をしたんですか…」



 一階のソファーに寝かせられているナギ・ユキヤの呼吸は荒い、苦しんでいる事が一目で分かる。例の騒動の後、グウィンドは倒れたナギ・ユキヤをソファーに運び、手際よくその場にいた一部の者に防毒具を配っていた。そして今はデナーが渡された薬をナギ・ユキヤに投与している。



「ああ本当に可哀想なグウィンド。どうか悲しまないでくれ、お前が悲しんでいるのを見ると俺は…俺は気が、気が狂ってしまいそうだ」


『…落ち着け、ロンドル』


「相変わらずわたしの事は無視なんですね…」



 ロンドルオンはグウィンドの上半身に寄りかかるようにして、優しく撫でている。明らかに身長はグウィンドの方が高いのだが、ロンドルオンは手をにょきにょきと伸ばしている為届いている。真横に重病人がいるというのに呑気なものである。



『…万病の感染槌(イルネスナーサリー)で殴られると一撃につき…2から10個の病気をランダムで併発させる賜物だ』


「い、陰湿がすぎる…!人間に使っちゃダメなやつじゃないですか…」



 万病の感染槌(イルネスナーサリー)はロンドルオンが良く使う賜物の一つである。この凶悪な見た目をした賜物で殴られると、世の中に存在する様々な病気の中からランダムで2~10個の病気を発症する事になる。とても性格の悪い賜物である。勿論形状がモーニングスター状なので普通に殴るだけでも死に至る場合は沢山ある。



「よし…これでいいかな?」


『…ああ…問題ない。後は致死熱が併発していない事を祈っていろ』



 デナーがナギ・ユキヤにグウィンドから渡された薬を投与し終わる。それから暫くするとナギ・ユキヤの呼吸も少しづつ穏やかな物になっていった。幸いなことに難病を引き当ててはいなかったらしい。



「それにしても良くこんな薬を持っていたね」


『…こういう事は良くあるからな…一応持ってきて正解だった』


「こういう事って…」



 視線がロンドルオンに集まる。だが全く気にしている様子は無く、先ほどと同じく…いや、先ほどよりグウィンドに絡みつきつつある。今はローブと仮面を装着している為ある種の邪神の様である。



「グウィンド、また身長が伸びたんじゃないか?ああ…俺が言っているんだ間違いない」


「クリアストリで何回か見かけたことはあるけれど…声を聞いたのは初めてだね」



 デナーはまじまじとロンドルオンを見る。デナーの知っているサイレント・ロンドルオンという人物は全く喋らない、目を離すとすぐに消える、といった感じで本当に謎めいていたはずなのだが…案外自分の知らない事は多いのかもしれないと思った。



「ううん…あれ?僕は…何を…ん!?あれ!?」


「あ、起きたんだね」



 黒髪の青年が目を覚ます。そしていつの間にか顔に防毒具が付けられていたことに驚くが、勝手に外すような事はしなかった。賢明な判断である。現在ナギ・ユキヤが患って居る病気の中に感染する物があれば大変な事になるからだ。



『…私達はそろそろ行く』


「ああ、分かった。エル君、教師の件…力になれず済まないね」



 申し訳なさそうにするデナー。エルはそれに向き合って話す。



「いえいえそんなっ!こちらこそ…ご迷惑をおかけしました」



 エルはロンドルオンが暴れたせいでくっちゃくちゃになってしまった室内を見渡して謝罪する。するとデナーは軽快に笑う。



「ははは、君のせいじゃないさ。また何かあったらおいで」


「ありがとうございます…!それではお邪魔しました!」



 エルはドアを開けて待っていたグウィンドについて行き退出する。傍迷惑な客が去った室内で黒髪の青年は口を開く。



「…行っちゃいましたね…で、これは何が起こったんですか…はぁ」


「はは、ひと悶着あってね。悪いけど片付けを頼むよ」



〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



 ヘヴン第一試練 祝福の園にて三人は歩いていた。ヘヴンに来た時からそれなりの時間がたっているが、祝福の園には夜が存在しない為空は明るい。



「はぁ…結局断られちゃいました…」


『…』


「…」



 エルの言葉に返す声は一つも無い。もとより返事が欲しくて発言したわけでは無いのだが何となく寂しい物がある。だかしかしこの面子ならば仕方ないか、と納得するエルであった。



「グウィンドさん、今何処に向かっているんですか?」


『…クリアストリだ』



 エルは結局何も成し遂げる事無くクリアストリに戻ることに少し情けなさを感じた、こんな調子ではいつまでたってもヘヴンを上ることが出来ないだろう。なにか良い策は無いかと考える、一人で上ってみる…いや絶対に死ぬだろう。しかもそれどころか今日泊まるところも無いのである。



「はぁ…どうしよ」



 悩む、しかし答えが出ることも無く三人はクリアストリへと繋がる扉にたどり着いた。来た時に使った場所とは違う場所にあるソレは意外にクロックオーバーの近くに存在していた。



「ここを通るとクリアストリですか?」


『…ああ』


「…」



 グウィンドとロンドルオンは先に扉の先へ進んでいった。そしてそれを追ってエルも扉に入る。



△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽



「よっと…わぁ、ここに出るんですね」



 一行は来た時に通った天国門とは全く違う広場にたどり着く、空は茜色に染まっており既に夕方である事が分かる。グウィンドは相変わらず重そうな足音を響かせながら協会へと向かう、勿論おいて行かれない様にエルも追従した。



「うぉぉ…綺麗っ…!」



 朱色に染まるクリアストリは昨日気が付かなかった美しさにあふれていた。優しく長い影を伸ばす時計塔、穏やかな明かりを零す地平線。まだ祝福の園にしか行っていないエルだが、長い巡礼の旅から故郷に帰ってきた信者がここにたどり着いて何を思うのかを理解した。



『…』



 グウィンドはそんなクリアストリの街並みには目もくれず協会へと進む。エルはそんなグウィンドの背中が妙に哀愁を漂わせている事に気が付いていたが、何も言わないでおいた。



「…(やっぱり…なにかあったんだろうなぁ…)」



 エルはそんなグウィンドに事情を聞き出そうとする度胸など持ち合わせていなかった。


 暫くするとエルは見覚えのある道まで着ている事に気が付く。エルの記憶が正しければもうすぐ協会にたどり着く。昨日同様人通りは少ない。



『…私は手続きを済ませてくる…お前は洗濯物を回収してこい』


「あ、はい!ありがとうございます!」



 グウィンドの言葉を、エルの分も手続きをする、という事だと察したエルは石創りの端を渡り、自分の服を取りに向かった。



「え~っと私のは~…あったあった」



 エルは風になびく自分の服を物干し竿からおろして回収する。そして手に服を持つとポケットに何かがあるのに気が付く。



「ん?なんだろ…」



 エルはポケットから何かを取り出す。ソレは平たい陶器っぽい質感の物体であった。だが見るからに割れて残った破片といった感じだ。



「これ…なにか…」



 記憶を遡る。覚えている、これは確かに自分の物だった筈。でもどんなものだったのか、どこで手に入れた物だったのかは覚えていない。ただ、これは本来お面だった筈…そんな記憶がある。



「何か…大事な事を…忘れてる…わたし…私…」


『…何をしている』


「きょわああああッ!?!?…はぁはぁ…驚かせないで下さいグウィンドさん…」



 エルはいつの間にか背後にいたグウィンドに気が付かない程に自分の世界へ浸っていた。その後すぐにグウィンドは背を向けて歩き始める。ふと隣を見るとロンドルオンもちゃっかり居る。夕焼けに染まる大きな背中が妙に頭に引っかかる。



「…あれ…この光景……」


『…帰るぞ』


「え?…いいんですか?」


『…』



 グウィンドは止まる事無く歩き始める。エルはニッとほほ笑むと何かを思い出せそうだったのも忘れてその夕焼けに染まるその大きな背中を追いかけた。



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