19.報復
クロックオーバーにて5人は何とも言えない葬式のような雰囲気に苛まれていた。主な雰囲気の発生点はナギ・ユキヤである。段々と雰囲気が重くなっていく。黒髪の青年はついに気絶してしまったほどである。
「先生」
「なんだい」
「四肢を失ったから、ですか」
ナギ・ユキヤはデナー・ガーデンに問う。デナーはそうだというべきか悩むが、ナギに嘘はつきたくなかった。確かに四肢の欠損はデナーの引退理由に大きく影響している、勿論それだけでは無い、一番大きいのは…もう、天の果て…ヘヴンに挑む気持ちが薄れてきてしまったからである。
「まぁ…それも理由の内には入っているね」
「そ…うですか」
ナギ・ユキヤは暗い顔を上げる。怒りと憎しみが満ちた顔だ。ナギ・ユキヤは左手を前方にかざす、指輪がはめられた細く綺麗な指はグウィンドを指していた。
「"結晶古老の輪"」
「ナギさん!?」
しゅきんっ
子気味良い音を立ててナギ・ユキヤの指先から結晶で構成された剣が射出される。非常に薄く、速い…更に半透明の為視認性も悪い、そんな結晶の剣がグウィンドに突き刺さらんと飛来する。
『…なんのつもりだ』
カシャン
結晶の剣がグウィンドの胸板に当たる瞬間、剣は異様な軌道を描き壁に当たって砕けた。
「今のは…」
「"不定の多重可能性"…チッ…本当に厄介ですね」
『……なんのつもりだ、と聞いている』
グウィンドは攻撃されたのにも関わらず微動だにしない。それを見て更に機嫌が悪くなるナギ・ユキヤ。
「殺してやろうかと」
『…簡単に殺される程弱くは無いぞ』
「ええ、そうでしょうね。本当に残念ですが今の私にはお前を殺す術はありません」
そしてナギ・ユキヤは忌々しそうに話す。それはもう嫌そうに、気持ち悪い物を見たかのように、蔑む様に。
「物理的な攻撃を遮断する"不屈の外套"…空間を掴める右手のガントレット"虚を掴む右手"…超高熱の刀身を発生させる左手のガントレット"茜差す境界線"」
『……』
「壁を上る事すらできる靴"地喰らい"精神的苦痛を消し去る仮面"俯瞰する形相"…そして攻撃を回避する服"不定の多重可能性"」
『……それがどうした』
「調べたんです。お前を殺す為に」
ナギ・ユキヤが凄い勢いでグウィンドの賜物を暴いていく様子を見てエルはプライバシーどうなっているんだ!?と真面目に心配した。
「あの…デナーさん」 こそこそ
「なんだい?」 こそこそ
「クリアストリにはプライバシーとか存在しないんですか…」 こそこそ
「いや、あれはナギの賜物を使って調べたんだと思うよ」 こそこそ
「え…気持ち悪い」
ナギはこそこそ話しているのに気が付いていたが、追及せずに早口でまくし立てる。
「しかも昔死にかけた時に"死者の霊薬"を丸々一瓶呑んだらしいですね…気持ち悪い、あれ本来は死体に少量振りかけて無理やり戦わせる為の賜物なんですよ、聞いてますか?この薬漬け木偶の坊が」
『…そう…だったのか…』
「それの副作用で人体のリミッターが外れたとかどうとか…頭のリミッターも外れているのでは?」
『…』
ナギ・ユキヤは心底嫌そうな顔でそう吐き捨てた。
だがナギ・ユキヤがあきれるのも仕方ない、実際ここまで防御系の賜物を身に着けている者は極めて少ないのだ、ヘヴンでは殺られる前に殺れが基本だからである。勿論そもそも戦闘にならないように逃げるのが最善なのだが、もし戦闘になった場合は殺される前に殺すのが正しい。
「ん…?今何か…」
エルは一瞬何かの気配を感じた気がしたが気にしない事にした。
「おや、一部の賜物は装備していないようですね…ああ、そうでした。射手が居なければ使えせんよね」
『……何が目的だ』
「いえ?何故クリアストリ中に名を馳せたアサイア巡礼隊、それも守りの要である役割を持つ人間がのうのうと一人でヘヴンに居るのかなぁと思っただけです」
空気が凍った。何となくエルでも察した、これはグウィンドの事だと。これは簡単に触れてはいけない深い事実なのだと。だがナギ・ユキヤは話すのを止めない。誰も止められない、こんな状況で声が出せるほど勇敢であり愚かな者など…居なかった。
「どれだけ防御を固めようが、もう守るべき者なんていない。勘違いしないで下さい…この…」
『…』
「…裏切者が」
「……!」
直後、その場にいない筈の6人目が現れてナギ・ユキヤの顔面を鷲掴みにする。真っ黒なローブを着た黒い棒のような人影、それは凹凸の無い仮面をつけていた。
「あれぇ寝てたはずじゃ!?」
「ぐっ…!?貴方は…サイレント・ロンドルオンですね!?」
ガッシャァンッ!
ロンドルオンはナギ・ユキヤを受付の奥にある薬品棚に片手で投げつける。投げつけた直後にそのままスルスルと近寄って行きローブから何かを取り出す。それはまるでモーニングスターのような武器であった。
「"万病の感染槌"」
「ぎっ…!?ぐぅっ!?く、"結晶古老の輪"ッ!!」
ロンドルオンがナギ・ユキヤを万病の感染槌で二回殴った後、ナギ・ユキヤは反撃に出る。結晶の剣はロンドルオンに当たるとまるで柔らかい何かに包まれたかの様に勢いが殺されて床に転がる。そして一瞬の隙を見てナギ・ユキヤはロンドルオンから距離を取る。
「はぁはぁ突然…はぁ襲って…はぁ…おえぇ…!?ゲホっ…ごほっ…はぁはぁ」
ナギ・ユキヤは口から大量の血を吐く。それに万病の感染槌で殴られた腕も変色してきており、穴の開いた皮膚の周りがどろっと溶け落ちる。
「………」
「…げほっ…ごほっ…はぁはぁ…この中の誰でもなく…おえっぇ…はぁ私を狙う…ごほっ…理由が…はぁわかりません…ねぇ…はぁ…」
「……」
ロンドルオンは無言でスルスルとナギ・ユキヤに近づくと満身創痍の彼女の前に立つ。まるで病人から魂を回収しに来た死神の様に。
「……」
「まってくれ、もうナギは十分反省している。許してやってくれないか」
デナーがロンドルオンに話すが、ロンドルオンはそれをまるで聞こえていないかの様に平然と無視して万病の感染槌を振り下ろす、がソレがナギ・ユキヤに命中する事は無かった。
『…ロンドルもういい』
「ごめん遅くなってしまった、でも安心してくれ。俺は分かっているから、グウィンド。だからもう俺から離れないでくれ、頼むよ」
グウィンドはロンドルオンの手を掴む。もしもグウィンドが物理的に止めていなければ本当に殴り殺していただろう。ロンドルオンはグウィンドの手を握る、それはもう大切な物に触れるように。
『…流石にお相子とは言わない。これを飲ませてやれ』
「ありがたく受け取っておこう。…それとサイレント・ロンドルオン、君は一体何をしに来たんだい?」
「…………………」
ロンドルオンはグウィンドの手を握っているだけであり、声掛けに返事しない。
「無視か…まぁいい。次から殴るときには声をかけてくれ、流石に無言でいきなりは卑怯だろう?」
『…昔のお前に全く同じことを言ってやりたいな』
「ははは、それは耳が痛いな」
「(あんな事があったのに…やっぱり六本線ってみんな変人なんだ…!怖いなぁもうっ!)」
エルはまたしても六本線に新たな苦手意識を覚えた。




