18.過去
「悪いけど今私は機嫌が悪いんだ!フッ!!」
『……何のつもりだ』
私は"猛る馬車"を踏み台にして飛び上がり男に蹴りを放つが巨大な砲を離した左手で掴まれる。
「なんて力だ…!くそ、放せ!」
『…足癖の悪い女だ』
追撃を食らうのを覚悟したが、追撃は行われずに放り投げられる。幸いここは失楽園の中でも地面から氷柱が生えている訳でもなく、水のような土でもなかった為無事に着地する事ができた。
「少なくとも不意打ちで倒せる相手じゃ無さそうだね…!」
『…何を考えている…早く引き返せ』
子供だましが通用する相手ではない。賜物を使用しなければ倒すことは難しいだろう。ならば…相手がまだ油断しているうちに最大火力を叩き込む!
「"距離崩し"ッ!!」
『……まだ来るか』
距離壊しを使用して一瞬で男に詰め寄る。このまま真っ直ぐ攻撃すれば確実に先ほどの二の前になる、だからもう一つ賜物を使う。
「"隙通しの輪"」
『…大盤振る舞いだな』
隙通しの輪を使用して男の身体をすり抜ける。だが背中には巨大な銃が設置されている為攻撃の通りが悪いとみた、そのためもう一度距離崩しを使用して男の横っ腹に潜り込む、見るからに硬そうな装甲版の付いている外套越しに攻撃する必要などない。
「"貫く"ッ!!!」
『…!』
ダァンッ!!
目にも止まらぬ速さで鋼鉄の杭が男の脇腹に打ち込まれる。どうせ当たったところで何かしらの賜物でダメージは軽減されるだろうと理解しての行動だ。
『…容赦無しか』
「ば…かな…!?」
私の貫くは明らかに異様な外し方をする。相手は動いていない、私の技量も問題は無い筈…だが、脇腹に当たる瞬間にするりと…まるで初めから当たらない運命だったかのようにあっさりと外した。そして呆気なく巨大な砲を手放した右手で肩を掴まれてしまった。
『…これが最後の通告だ…引き返せ…お前の生徒はもう死んでいる』
「ふさ…けるな!まだ…生きているじゃないか!!!こうしている間にも!!」
言い聞かせる様に男は更に続ける。
『…アレは死体から体液を吸っているわけでは無い。死体に体液を無理やり注ぎ込んで動かしているだけだ』
「そんな事…信じれる訳が無いだろう…!!あんなに苦しんでいるのに…!!」
男はほんの少しの沈黙の後、諦めたのか独り言の様に喋った。
『…時間の無駄だ』
「な、何を……ッ!?」
『"茜差す境界線"』
ぶじゅっじゅっ
男は左手を右から左へと軽く振る、すると紫色の光の刃が一瞬手の平から出現した。次の瞬間に両足の付け根辺りが凄まじい熱を感じ取るが、叫ぶほどの痛みでは無かった。ただ、両足の感覚が…無い。
「あ、ああ…!足がっ…!?」
『…もう引き返せ…無いか…そこで見ていろ』
地面にゆっくりと降ろされる。足の断面は焼けふさがっていて血は出ていない。地面に横たわったまま横を見ると私の足が二つ落ちていた。生まれた頃からずっと私を支えていた足が、幼い頃に速さを褒められた足が、そこに落ちている。
大切な足が、私の足が、私の身体が…失われてしまった。ミュレバはどうなった?もし男の話が本当ならば私は何のために足を失ったんだ?何故私がこんな目に合わなければいけないんだ?
「……違う…違う!」
『……………』ボソボソ
男はぼそぼそと何かを喋ると、背中に背負って居た巨大な銃のようなものを展開させた。銃にはしっかりトリガーがあるが自分で引けるようには見えない。
精神がぐちゃぐちゃになりそうだ、だが私は知っている。覚えている。ここは第五試練 失楽園だ…代償は…精神の崩壊、価値観の喪失、人格の変化…。まだだ、まだ時間はある。完全に代償を払いきる前に、ミュレバだけは!助けなければいけない!!
「はぁ…はっぁ…!"距離ッ崩し"ッ…!!」
『ありえんまだ動けるのか…!間に合わん…!来るなウェイル!!』
今さっきまで隣に居た男を置き去りにしてミュレバとの距離を縮める。十字架に磔にされているミュレバと目が合った。まだ…生きている!
「ミュレバ!!」
十字架が一瞬光る。目が少し痛くなるほどの光だ。その瞬間、誰かに正面から抱きしめられた。
「っ!?」
そして光が収まる頃、私は誰かに抱きかかえられていた。
「済まない…胴体と頭しか守れなかった」
「ぁ……ぅ……」
声が出ない、両腕の感覚も無い。ただ私を抱きしめている人の悲し気な声だけが聞こえる。
「僕の隊員が酷い事をしてしまった。でもそれは君や僕たちを守る為だったんだ…どうか理解してあげて欲しい」
「ぃ……」
そして青年の優しい手が私の頭を撫でる。
「安心して。君は僕が絶対に守るから」
私は何故かその言葉をとても信用して、眠りについた。
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「そんな…事が…」
「つまらない話だったろう?」
エルはデナーの昔話を聞いた。デナーとグウィンドの因縁を知った、どうしようもない話だった。どちらの言い分も分かる。ミュレバを吸収したパラサイトは近寄ると大爆発するものだったのだ、それを知っている者と知らずに吸収された人を助けたかった者。
どちらにもそれぞれの正義が有った。
「生徒を救おうとなされた先生の判断はとても素敵です…それを…!あの屑が…!!」
「え、っと多分グウィンドさんも仲間を守る為だったんですよ…」
『…守れなかったがな』
いつの間にか帰って来ていたグウィンドは相変わらず少し猫背気味に棒立ちしている。それに気が付いたナギ・ユキヤはまたしても不機嫌になり舌打ちをした。
「チッ…嫌味ですか?本当に陰湿なカスですね…前頭葉にカビでも生えているんじゃないですか」
『…事実を言ったまでだ…ベインはあの爆発から身を守る術が無かった』
場の空気は最悪だ。黒髪の青年もとても息苦しそうにしている。今にも倒れそうな青白さになってきた。
「それは悪かったね。私なんて失楽園に置いていけばよかったのに」
『…アサイアの…リーダーの判断だ…俺は後悔していない』
「ははは、そうかい」
笑うデナーを見ていると実はもうそこまで因縁は強く無いのかもしれないと思ったエルであった。だが実は失楽園の代償で性格がまるっきり変わっているからだったりする。
「そういえばアレ!凄いですよね!!」
「んーこれかい?」
「そうです!それです!!」
デナーは指輪を取り出す。隙通しの輪だ、コレの話を出したときにエルの目がキラキラしていたのをデナーは覚えていた。
「グウィンドさんをすり抜けたんですよね!?すごいなぁ…」
「だろう?これを手に入れるのは大変だったよ」
そして綺麗な指輪を見ているうちにエルはとても大切な事を思い出す。むしろこれの答えを得なければ何のために来たか分からない。
「あ~~っ!!?!忘れる所でした!」
「おや、どうしたんだい」
『…』
突然バッと立ち上がるエルに黒髪の少年だけがびくっと驚いていた。
「私を生徒にしてくれるかの答えまだ聞いてません!!」
「ああ、それね。うーん…正直私はもう引退しようかと思っていたところなんだ」
「先生!?!?じょ、冗談…ですよね…?」
エルが驚くよりも先にナギ・ユキヤが立ち上がって驚いていた。ナギ・ユキヤにとってデナー・ガーデンは敬愛すべき教師であり、大切な家族同然の存在である。そんな存在が突然の引退宣言だ、驚かない筈が無い。
「まぁまぁ、ナギ。君たちが完全に巣立つまでは引退しても面倒見るさ」
「うぅ~…先生…そんなぁ…!私はいったい何を目指せばいいと仰るのですか…」
「ナギさんが涙目に…」
ナギ・ユキヤは半ベソかきながらデナーの手を握る。それはもう必死に、だ。
「どうか、どうか考え直して下さい先生ぃ…!先生程の方が引退だなんて…人類にとっても大きな損失ですよぉ…!」
「ははは、大丈夫さ。私はもう後継者を見つけている」
デナーはナギ・ユキヤの頭を優しく撫でるとエルに向かって話す。
「申し訳ないけれど、君の教師にはなれそうに無い…許しておくれ」
「あ、いえ…!大丈夫です!私、断られ慣れてるので!」
エルはすっかりたくましく…断られる事になれてしまって居た。子供の適応力は恐ろしいものである。




