17.回想
「…といった感じでして…」
「へぇ…君にそんな事情がねぇ」
エル達はロビーにある丸テーブルを囲う様に座ってエルの事情を聴いていた。勿論何も隠すことなく正直に今の状況を伝えた。…ちなみにグウィンドだけ椅子を出されなかったので棒立ちである…だされたとしても潰してしまうので座らないのだが。
「昨日私が聞かされた内容と同じですね。先生、どうなさりますか?」
「そうだね…もう数年早ければ二つ返事で生徒にしていたんだけれど…」
『…』
デナーは義腕を撫でながらそう話す。もう数年前、それ時はまだ手足が付いていた頃の事なんだろうとその場にいた全員が理解していた。そして少しの沈黙の後ナギ・ユキヤが口を開く。
「貴女、恨むならこの木偶の坊を恨んでください」
「え?それって…えと、どういう事ですか?」
「ナギ、止めなさい。何度も言ったが…私はもうあの事を気にしていないよ」
エルはグウィンドとデナーの間にも何かしらの確執があるんだろうと察した。きっととても深い、そう直感が告げていた。
「その、何があったのか聞いても…?」
「…どうして聞きたいんだい?」
デナーは不機嫌気味でも無ければ怒っている訳でもなく、子供のくだらない話を聞く母親のような穏やかな表情て問う。エルはグウィンドをちらりと見てそれに答える。
「ナギさんが凄くグウィンドさんを嫌っていらっしゃるようでしたので…気になって」
「ははは、確かにこの子が彼を嫌っている理由はこれにあるだろうね」
苦笑したデナーは義腕を閉じたり開いたりして見せるつける。そして先ほどと変わらぬ穏やかな表情で口を開く。
「いいよ」
『……俺は煙草を吸ってくる』
グウィンドはポケットからシガレットケースを取り出して建物から出て行く。少しもしないうちに窓の外に白い煙が見え始めた。
「きっと貴女もこの屑が嫌いになりますよ」
「こらこら…そうだなぁどこから話そうか」
デナーは思い出す。自身のターニングポイントの一つを。自身の四肢を失う事になった事件を。
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事の発端は一つの報告だった。
【先生ッ…!たす、げほっごほげほ…ミュレバを…助けてください…!!】
私は8人の生徒を受け持っている、その中の一人シィクアが帰還予定日を3日ほど遅れて私の元へ帰ってきた。私も馬鹿では無い、だから生徒が巡礼に行くときは必ず3人以上で巡礼隊を編成して向かわせている。だが…帰ってきたのはシィクアたった一人だった。
「やっと着いたか」
私は多少の疲労はあれど問題なく第五試練 失楽園に到着していた。失楽園に来るのはこれが初めてではない、だが時間的余裕が無かったため一人で賜物に乗って来た。
シィクアの報告によると第四試練 捨てられた街の巡礼中に予期せぬ襲撃に会い、退路を断たれた為仕方なく逃げる為に失楽園へ強行したという。最近やっと第三試練 後悔の海を三人で越えられるようになったばかりだというのに。
「全くふざけた連中だ…!」
私の可愛い生徒達を襲撃したのは背信者だった、復讐として皆殺しにしたが。シィクアからは聞いていなかったが3人の生徒の内一人、エミィを殺ったのは背信者だったようだ、忌々しい。
「ミュレバ…頼む…どうかまだ生きていてくれ…!」
シィクアの情報によるとミュレバは"胚胎の墓地"付近でパラサイトに捕まってしまったらしい。偶々ほかの巡礼隊が近くに居た為シィクアだけは逃げる事が出来たらしい、ついでにミュレバも助けてくれよ、とは思ったが見ず知らずのシィクアを助けてくれただけでも大恩だ、文句は言えない。
【ジィイイイイイイイイイイイ】
咄嗟に岩陰に身を隠す。岩陰からこっそりと周りを見渡すと少し上空にオトグイが飛んでいた。珍しい、失楽園には数少ない原生生物だ。だが感動している暇は無い、早く行動するべきだろう。
「もう胚胎の墓地に近い…いま助けるから」
【あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!い゛だい゛ッ…!だずげて゛ぇ…】
声が聞こえた。ミュレバの声だ、間違いない。私が間違える事は無い、幼い頃から面倒を見て来たんだぞ。そんな事よりもまず一つ目の問題はクリアだ、とりあえず生きてはいる。
「ミュレバ…もう少し待っていてくれ」
私はまず身を潜めて声のした方角を望遠鏡で見る。ここで走り寄っていくなんて馬鹿な事はしない。5~6匹程度ならば蹴散らせるが、10匹以上いるとミュレバを守り切れるか怪しい。まずは情報を集める。
「…なっ…!?」
望遠鏡で探して見つけたのは生きてはいるものの変わり果てたミュレバの姿だった。
瞼を食いちぎられたのか目は開きっぱなしになっており、身体中に突き刺さった管から赤い…血を少しづつ吸われ続けている。両手両足は十字架型のパラサイト?に半ば吸収されている、もし救い出せたとしても両手両足は帰ってこないだろう。
「…新種の…パラサイトなのか…!?」
これはまずい、あんなものは見たことも無ければ聞いたことも無い。どう対処するのが最適だ?呑気に考えている時間は無い、こうしている内にもミュレバは体液を啜られている。早くしなければ…早くしなければ、ミュレバは死んでしまう。
「くそ…!考えている暇は、無い!!」
現在私が持っている中で一番早く移動できる賜物、"猛る馬車"のアクセルをグッと握りこむと猛々しいエンジン音が辺りに響く。この賜物に難しい操作はいらない為乗りこなすのも簡単だ。だからといってパワーが不足しているわけでは無い。
「ぐッ…!相変わらず凄まじい加速だっ…!」
流石にここまで普段スピードを出すことは無い為少しふらつきそうになるが、ふらついたら最後簡単に転倒してしまうので気を付けてハンドルを操作する。このエンジン音でパラサイトが寄ってくるだろうが、もはや気にする暇は無い。
「…!見えたッ!!」
ついに肉眼ではっきりと視認出来る距離まで近づいた瞬間。大声で誰かが叫んだ。
『止まれッ!!!』
「!?グッ…!!」
咄嗟に後輪をスライドさせるようにして"猛る馬車"を停止させる。声がした方を見ると少し遠くてもはっきりと分かるデカい男がこちらにズシンズシンと重たそうな足音を鳴らして歩いてくる。
「はぁ…ハァ…一体何だ?」
『…ここから先は危険だ。引き返せ』
近づくと異様さがより濃く伝わる。明らかに2mは超えているであろう身長に、地面がえぐれる程の体重、…見たことの無いヘルメット型の賜物、背中に背負って居る巨大な銃のようなもの。そして両手で持っている私より巨大な"砲"らしきもの。
「ご忠告ありがとう。だが…あそこに居るのは私の生徒だ」
『……駄目だ、引き返せ』
得体の知れない男に足止めされることに苛立ちを覚えるが、見ず知らずの信者に忠告する辺りは背信者ではないと判断して説得を試みる。
「大丈夫だよ、こう見えても私は六本線だ。自分の身ぐらい自分で守れるさ」
『……お前は…デナー・ガーデンか』
ヘルメット越しに私の装備を見ているのが気配で分かる。この間は長年の巡礼で培ったものであり賜物の力ではない。まぁ"猛る馬車"を使って居る六本線なんて私くらいだから特定されるのも仕方ない。
「ああ、そうだとも。では私は行くよ」
『…駄目だ、引き返せと言っている』
はぁ、と一つため息をつく。こんな言い争いをしている間にもミュレバは苦しんでいる。これ以上付き合っては居られない。
「悪いけど、本当に時間が惜しいんだ。悪いけど私は行くよ」
『…駄目だ』
私は男を無視して"猛る馬車"のアクセルを握りこむ。エンジン音が轟いて私はミュレバの元へ…行けない。
「な…!?バカな…なんて馬鹿力だ…!?」
『…引き返せ、と言っているんだ』
男は"猛る馬車"の後輪を直で掴んでいた。普通の人間だったなら指が後輪に巻き込まれ、ただでは済まない…筈なのだが。
『…あの少年はもう助からない、諦めろ』
「そんな事…」
諦めろ…?何を言っているんだ…私がミュレバを見捨てろと?そんな事…そんな馬鹿な事。
「諦められるわけが、無いだろうッ!!」
『…残念だ』
私はこの分からず屋と戦闘を開始した。




