16.王子
その後二人は会話も無いまま歩き続けた。最初こそエルがはしゃぐせいで遅れていたが、アレがあってからはしょんぼりとしていたので遅れを取り戻していた。
「………」
『……』
暫くそのまま歩き続けていると大きな川がありその向こうに大きな建物が見える。あれこそが監視拠点クロックオーバーである。川にはそれなりの幅を有す橋が掛けられているのでそれを渡ればすぐに着くだろう。
「グウィンドさん…あれ…!」
『…着いたか、あれがクロックオーバーだ』
エルの表情はパッと明るくなる。たった数十分前にあんな事があったというのにもうそこまで気に病んでいる様子は無かった。子供特有の立ち直りの良さは尋常では無かった。
「すっごい…!あっ…そうだった、油断したらだめだめ…」
『……』
エルは走り出しそうになるが、そうしたいのをグッと堪えて辺りに気を配りながら慎重に進む。
…といっても特にパラサイトに襲撃される訳でもなく順調に橋の前にたどり着いた。橋は木製だったが随分としっかり作られている様で、木と木の間に隙間が一切ない。
「…あれ?グウィンドさん?何してるんですか?」
『…俺は橋を渡れない』
橋の半ばまで渡ったエルだったが、ふとグウィンドの足音が止まっている事に気が付いて後ろを見ると、グウィンドは橋の手前で棒立ちしていた。そして何を考えているのかそれなりに流れのはやい川へと入って行った。
「グウィンドさん!?何してるんですか!?」
『………………』ぼそぼそ
エルは橋から半身乗り出して、川を渡るグウィンドに問うが微妙に距離があるのと川の音でグウィンドの声は聞き取れない。だがエルは前にも石橋を渡らないグウィンドを見ていたので何となく察していた。
「おお…ここがクロックオーバー」
『…』
エルは先に橋を渡り切りクロックオーバーを見上げていると背後からびしゃびしゃと水音がきこえたので振り返る。後ろには川から上がってきたグウィンドが立っていた。水音が聞こえたのにも関わらず服は濡れていないように見える。多分賜物かな?と考えたエルは、そんなことよりも気になっていたことをグウィンドに問う。
「あの。グウィンドさんは、なんで橋を渡れないんですか?」
『…俺が重いからだ』
エルは頭の上にはてなを浮かべる。確かに重そうな足音はしているが…彼は肥満体では無い。
「100キロくらい…あるんですか…?」
『…計った事は無いが…少なくとも数十トンはある』
「えぇ…」
そういわれたエルはぶっちゃけどれくらい重いのか想像も付かなかったが、クロックオーバーに入るまでの道の途中で、昔石橋を時短の為に渡ったら崩れて大変だった話を聞いて何となくヤバさは理解した。
「…ついに着きましたね…」
『…何をしている…入るぞ』
「あっちょっとグウィンドさん!今感動してる途中なんです~!」
エルがやっとここまでたどり着いたのをしみじみと感動していた所、グウィンドがさっさと扉を開けてしまった。
監視拠点クロックオーバーの内装は何とも摩訶不思議であった。天井や壁には明るく光る液体が詰まった瓶が吊り下げられており、窓から入る光が少ないのに室内は明るい。光る瓶以外にも巡礼に使う道具や賜物がいくつも置いてある。そのほかにも乾燥させたテルノキの葉や光る石…とにかくごちゃごちゃとしている。
「お疲れ様です。トラブルですか?」
受付らしき場所に立っていた黒髪の青年がこちらに気が付いて駆け寄ってくる。巡礼服の上からエプロンを着ており、手には何かの草が握られているのを見るに丁度今さっきまで薬の調合でもしていたのかもしれない。
『…デナーは居るか』
「ああ、所長に用事があるんですね!かしこまりました、少々お待ち下さい!」
黒髪の青年はすたすたと階段を上って上の階へ行ってしまった。誰も一階にいないのを確認したエルはもう我慢が仕切れない様子で室内にある様々な道具や賜物をキラキラした目で観察し始めた。
「わぁ…!これなんだろ!?…ええっナニコレ…!」
『…怪我はするな』
グウィンドは特にエルを咎める事も無く、黒髪の青年を待つ。
暫くすると、上の階から足音が聞こえてきた後、黒髪の青年が帰ってきた。
「会えるそうなので二階にどうぞ!」
『……悪いが下に来るように伝えてくれ…』
「え…?分かりました」
黒髪の青年は特に勘ぐる様子もなくさっさと二階へ上がり、先ほどと同じ奥の方へ走って行った。暫くするとずかずかと明らかにイライラしているような足音が聞こえてくる。
「何がそっちから来いですか!ふざけないでください先生に失礼で…しょう…」
階段から姿を現したのは先ほどの黒髪の青年では無かった。
ウェーブがかった肩まである白髪に金色の瞳を持つ女性、眼鏡が良く似合う彼女は…
「チッ…今日は厄日ですね」
「あれ?ナギ・ユキヤさん!?何でここに!?」
『…』
そう、改革塔 ナギ・ユキヤ本人だった。何故彼女がここにいるのか、それは何を隠そうナギ・ユキヤはデナー・ガーデンの生徒であり、頻繁にここへ訪れているからだ。そしてそれが偶々本日だったわけだ。グウィンドが大嫌いなナギ・ユキヤからしてみれば最悪も最悪、ド最悪である。
「お引き取り下さい。先生は今忙しいんです」
『……そうか、ではいつなら時間がある』
「チッ…とにかく忙しいって言っているでしょう。もう二度と来ないで下さい」
露骨に嫌そうな顔をして舌打ちをするナギと、そんな対応をされても一切怯まないグウィンド。もう場の雰囲気は最悪である。
『…それは困る、本人に確認を取りたいのだが』
「しつこいですね…チッ…ボソボソボソボソと、公用語話せますか?」
「あうぅ…グウィンドさん…ナギ・ユキヤさん…怖い…」
「ひぃ…」
めげないグウィンド、煽るナギ・ユキヤ、怯えるエルと黒髪の青年。地獄絵図である。ここまであからさまに嫌われているのに一切気にしていない様子のグウィンドも頭がおかしい様に見えるが、自分より遥かにデカいグウィンドに一切怯まず煽り続けるナギ・ユキヤも相当に頭がおかしい。
グウィンドは身長が高く少し猫背気味の為、ナギ・ユキをほぼ真上から見下ろしている。そしてその逆にナギ・ユキヤは真上を見上げてガンを飛ばしている為首が痛そうである。
『…………………』ぼそぼそ
「あぁァん!?バカにしてるんですか!?」
「聞こえてるじゃん…」
ちなみにナギ・ユキヤはしっかりと一寸先視を装着しているが、グウィンドはヘルメットをかぶっている為口元が見えず、ナギ・ユキヤはいつもの様に先読みして話すことが出来ないでいた。
「騒がしいね。何があったんだい」
「先生!?…えっとこれは…」
『…久しいな』
そうこうしているうちに上から3人目が下りてくる。
同性でも目で追ってしまう様な美しい…いやカッコ良い顔に、金髪ショートカットが王子様感を二割増しで放っている。だが女である、そう彼女は女性からモテる王子様系であった。
確かに顔の良さは目を引くが、その次に必ずどんな者でも気になる点がある。それは両手両足が義足義腕という点だ。だがこの義腕と義足はただの道具では無く、賜物である。噂では手のひらから火を放つことも出来れば、水の上を走る事も出来る…とか。
「グウィンド…か。…何の用だい」
『……俺はただの同行者だ』
「何?では一体…まさか…君かい?」
デナーは一瞬驚いていたが、すぐに察したようでエルの目の前にしゃがみ込んで目線を合わせる。こういった小さい所で気を使えるのがこの王子様風女の美徳である。
「はい…!えっと、私の教師になっていただけませんでしょうかっ!!」
「成程…ね」
「貴女は…昨日の。デカブツが邪魔過ぎて気づきませんでした」
『…………………』




