10.虚人
何から何まで大きく頑丈そうな家具に何だか落ち着かなくなる程の殺風景な室内。明らかに家主サイズな小物や道具群がまだ小さいエルに疎外感を与える。また床を歩いた時の感覚が非常に固い、カーペットの下はきっと木製では無いのだろう。
『………座れ』
「ありがとう、ございます…」
彼は見るからに重くて頑丈そうな椅子をテーブルから引き出した。きっとエルでは引いて移動させる事すら出来無いだろう。そしてエルは見るからに重くて頑丈そうな椅子に座り部屋を見渡す。暖色系の照明が照らす室内は一人暮らしするには少し寂しく感じさせる。
部屋の隅には大きな暖炉があり部屋の中は温かいのが幸いだった、これが無ければ気を病んでしまいそうな部屋だったからだ。壁にはいくつかの巡礼時に使うのであろう賜物が掛けられており、せっかくヘヴンから帰ってゆっくり休める自分だけの空間だというのに全くヘヴンから気を離せなさそうだ。…むしろそうする為にあるようにも見えた。まるで自分の居場所はここでは無いと自分に言い聞かせるように。
「ん…いい匂い」
しばらく待っていると隣の部屋から良い匂いが漂って来た。今までの緊張の連続で忘れていた空腹を思い出させるような良い匂いだ。そういえばエルはヘヴンから救出されてから紅茶しか口に入れていなかった為急激に腹が空いてくる。
ドスン ドスン
隣の部屋から足音…にしては重すぎるが、とにかく聞き覚えのある足音が聞こえてきた。
『…喰え』
「あ!…ありがとうございます」
エルは緊張から敬語になりながらも目の前の重く頑丈そうなテーブルの上に用意された食べ物を食べ始めた。何故知っているのかは覚えていないがコレがシチューだという事は分かった。一緒に出された飲み物が酒とかじゃないか一瞬だけ心配になるがそれは杞憂だった。
「あぁ…身体にしみこむおいしさ…」
『…』
彼はそんなエルに見向きもせず暖炉の前にある重くて頑丈そうな椅子に腰かけて酒を呑み始める。エルは一緒に食べないのかな?と一瞬考えたが時間も遅いしきっと既に食べたのだろうと判断して重いスプーンを口に運んだ。
「……」
『…』
会話は無い。彼はエルに話しかける事も無く、またエルもシチューを食べるのに必死で喋らない。少しづつお腹が膨れ初めて精神的にも落ち着いてきたエルはゆっくり夕食を続けながら部屋を観察し始める、またかと思うかもしれないが暇なので仕方がない。
まだ日が高い時に彼が身に羽織っていた外套を部屋の隅に見つける。あれも重そうだ…ただの外套では無く外側に非常に大きな装甲板のような物が付いている、あれ一枚でも持ち上がらなそうだ。
「…(そういえばなんで家の中なのにヘルメットつけてるんだろう…)」
ふと彼を見ると丁度酒を呑もうとしているタイミングだったので観察を続ける。
ガバァ
『…』
「…!?」
顔が見れるかもと期待していたが、実際に見れたのはヘルメットの口の部分だけが恐竜の顎のように開閉する瞬間だけであった。きっとアレも賜物なんだろう。
『…』
「…」
そしてやはり沈黙が訪れた。夕飯は順調に食べ終わり、お腹も丁度良く満腹だ。そうすると沈黙が段々と辛くなってくる。とりあえずエルは沈黙を破るために会話を試みる。
「…お夕食!ありがとう、ございました」
『…』
「あの、ぅぅ…お皿っ…洗っておきます!」
『…ああ』
とりあえずエルの第一目標、彼に何かしら声を出させる作戦は成功した。そしてエルは自分が使った食器をそそくさと先ほど彼が調理していたであろう場所へ洗うために持っていく。
「んしょ…(お皿おっもい…!)」
やはり彼が先ほどまで居た隣の部屋はキッチンになっていたようで調理器具やら食器などが並んでいた。食器棚に並んでいる食器の殆どは陶器ではない頑丈そうな物ばかりであり、ガラス製のコップや陶器のお皿はほんの数点しかない。
「これを捻れば水が出るのかな?…おおあったかい…!」
お湯の出る蛇口に少し感動しながらも食器を洗うエル。思いのほか苦戦しながらも自分の使った分のお皿は全て洗った。洗った食器は水切りかごに置いて洗い物は完全終了だ。エルは彼のいる部屋へと戻る。
「お皿洗い終わりました!」
『…そうか』
彼はそれだけ言うとまたヘルメットをガバァと開かせて酒を呑む。そんな彼をずっと見ていると少しずつエルの緊張もほぐれてきたのかエルは彼に話しかける。
「グウィンドさん、わたし今日色んな六本線に会って来たんです」
『…そうか』
…それからエルは今日会った六本線の話を始めた。エルの力ではさっきまで座っていたテーブル前の椅子を暖炉の前まで持ってくることが出来なかった為、グウィンドの隣に体育座りしてだ。
「はじめはくようとうのジロテヴァンス・ハイントって人に会って話をしたんです」
『…』
グウィンドは何も言わないがエルは話を続ける。
「わたし…早くヘヴンに上りたいから生徒にして欲しいってお願いしたんですけど…ことわられちゃいました、あはは」
『……あいつが戦闘用に使って居る賜物を知っているか』
今まで『ああ』とか『そうか』ぐらいしかまともに話してくれなかったグウィンドが普通に話した事に感動したエルはどうにかこの流れが終わってしまわないように会話を続ける。
「えと…しりません、どんな賜物…なんですか?」
『……"輝き"…他人の命を消費して使用する賜物だ』
「えっ…なんで…そんな…」
エルは驚愕する。何故そんな危険な物を好き好んで扱っているのかと。そして、一つだけ頭の中で答えらしきものを自分で見つける。《まずまともな人は居ない》エルレンはそう言っていた、そうか、だから…。
『…六本線だからだ』
「たくさんいた巡礼隊のみんなは…」
『…全てストックだろうな』
エルは納得する。供養塔 ジロテヴァンス・ハイントを探す際、何故一番初めに墓地に行ったのかを。そして…何故、供養塔と民衆から呼ばれているのかを。
「そんな…そんなの…許される…はずが…」
『…お前は神が創りし創造物を否定するのか』
「っ!そんなのっ…」
そうだ、とは言い切れない。何故なら賜物は神が作り、人間に与えて下さった恩寵なのだから。このヘヴン信仰の厚いクリアストリではそれを否定する人間なんて誰も居ないのだろう。きっとそれが当たり前…なのだろう。
『…狂っていると、思うか。狂信だと思うか?』
「……っ」
やはり、そうだとは言えなかった。目の前に居る彼も、隣の家にいる誰かも、今は空に居る青年も…皆同じ物を信仰する信者だ。今日一日この明るく優しい街で過ごした自分には…言えなかった。
「ストックにされている事を…巡礼隊のみんなは知っているんでしょうか…?」
『…そんな事は知らん、お前が会った男は事情も説明せずに同志を消費するような男だったのか?』
エルは思い出す。ジロデヴァンス・ハイントに言われた言葉を。
【少女、君は美しい心を持っているな。…ならば、やはり君を生徒にすることは出来ない】
ジロデヴァンスはエルを生徒にしなかった。本当の理由をエルは知る由も無いが、少なくともあの男は何も知らない少女を知らせないまま生徒にするような事はしなかった。
「…ううん…違うと…思い、ます」
『…そうか』
それ以上グウィンドが追及する事は無かった。またしても沈黙が訪れそうな予感を感じ取ったエルはすかさず次の話へつなげる。




