生まれつき目が見えない令嬢と『人魔将軍』と呼ばれた男の話
リィス・ティラーは生まれつき『目が見えない』少女である。
故に、『人魔将軍』との縁談は、彼女の両親にとっては実に好都合な話であった。
魔族も多く暮らす『帝国』において、魔族友好関係を結ぶための道具としても使え、体のいい厄介払いもできるのだから、と。
こうして、リィスは住み慣れた家を離れることとなった。
「不自由はないか?」
椅子に腰かけるリィスに声をかけてきたのは、重低音な声の男性。人間的ではないというのは、耳のいいリィスだからこそ、よく分かる。
声の主こそ『人魔将軍』と呼ばれる男であり、人間とはおよそかけ離れた容姿を持つ男である。
しかし、リィスは目が見えない――ただ、男の声が、リィスを気にかけているものだということだけはよく分かった。
「大丈夫です、マルク様」
「そうか。何かあればいつでも言うがいい」
男――マルクはそう言って、部屋から出ようとする。いつもそうだ……時折、心配するように部屋にやってくるが、リィスと一緒にはいようとしない。
嫁いだはずなのに、夫婦のようなことは何一つしていないのだ。
「……それであれば、一つだけ」
「……なんだ」
ピタリ、とマルクが足を止める。
リィスから願いを申し出るのは、この屋敷にやってきてから初めてのことだ。
「お手を、握らせてください」
「……手、だと?」
やや驚いた様子の声が返ってくる。リィスの願いが予想をしていなかったものだったからだろうか。
「何故だ?」
「……私とマルク様は、共に暮らす夫婦となったのです。手を握るくらい、してもよいのでは?」
「……それはお前の両親が勝手に決めたことだ」
「マルク様は、納得していらっしゃらないのですか?」
「俺だけではない。お前もだろう?」
「……私が?」
「そうだ。目の見えぬお前には分からぬだろうが、俺の見た目は人からは程遠い――『獅子』の姿をしている。それが魔族であり、血が濃い証拠でもある。戦場で活躍した実績があるからこそ将軍という地位にあるが、俺をよく思わない者も多い。お前も、人ならざる者に嫁がされて困っているのではないか?」
……初めて、そんな話を聞かされた。
だが、リィスからすれば考えもしなかったことだ。元来、目の見えないリィスからすれば――相手を判断することは、耳に聞こえる音や触れ合った時の感触だ。
「私は、困ったことなどありません。マルク様は私に優しい声をかけてくれて、とても……柔らかく暖かな肌をしています」
一度だけ触れたその手は、たとえるのならば『毛布』のよう。人ではないということは、リィスもすでに知っていることであった。
「……それが、俺の姿を見ても言えることか?」
マルクがリィスの元へと近寄ってくるのが分かる。ピタリと、リィスの額にマルクの手が触れた。暖かく、柔らかな感触が伝わってくる。
「お前に、『魔眼』を与えてやろう」
「……魔眼、ですか?」
「そうだ。魔力さえあれば、お前は目が見えるようになる。魔族の持つ特有の技術の一つだが……どのみちお前も目が見えぬままでは不自由だろう。もしも、俺の姿を見ても『困らない』というのなら、傍に置いてやる」
そんな提案をされるとは思わなかったが、気付けばリィスの両目に妙な違和感があった。今まで感じたことのない感覚――見えなかったはずの目に、『光が灯る』。
「……っ、こ、れは……!?」
「初めて見る『光』は強烈か? これが、お前の知らない世界だ。さあ、お前の見えるようになった目で
私を見てみろ」
うっすらと目を開けて、リィスは顔をあげる。――見える。
何もかもが初めての経験。
そんなリィスの目に飛び込んできたのは、灰色の毛並みを持つ、『獅子の顔』。
二本の鋭い牙に、雄々しい鬣。いずれもリィスからすれば初めて見るものであったが……そんな衝撃的な姿を見て、リィスはぽつりと本音を漏らす。
「か……」
「……か?」
「か、可愛い、です」
「……なんだと?」
リィスの言葉を聞いて、丸くが目を見開く。見開いても円らな瞳が実に可愛らしく、それがリィスの抱いた感想であった。
「紳士な姿を想像しておりましたが、私が思っていた以上に、可愛いです」
「……可愛いと言うな」
ふいっと顔をそらし、部屋を去っていくマルク。
こうして目の見えなかった令嬢は、人ならざる者と本当の意味で夫婦としての道を歩みだしたのだった。
こういう感じの恋愛物が好きなんです、というのを短編で書いてみました!