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辺境銃士とAI少女  作者: 柏ちと
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AI少女の日常

AIの少女、リリィを活動拠点であるホームに連れて帰って3日程経った。あの日からは全員で"外側"に出ては行っていなかった。3日前、リリィを連れて帰ってからクロは少しだけ話をした。


「あのビーム?凄かったな。幾らでも撃てたりするのか?」クロはリリィに尋ねる。


『否です。発射に大量のエネルギーを消費するので、複数回に渡る使用は出来ないと思われます。』リリィは淡々とクロの質問に答える。


リリィはAIを搭載したオートマタである。幾許かリリィと話をしている際、気づいたことが幾つかあった。この子にはまだ、感情といった代物がない。だが、恐らくは"今は"なのだ。ホームに帰った初め、リリィに名前を与えた。その時、彼女は笑った。周りの関係性、培った経験を人と同じように吸収し記憶するのだろう。過去に少しだけAI技術についての話は多少なりとも耳にしてはいたが、実際に目のあたりにしてみると、これが本当に機械なのかと疑ってしまう程である。"プロジェクトreality"その名称で開発され、起動には至らなかった少女が目の前にいる。


『マスター?どうかなさいましたか?』リリィは不思議そうに自分を見つめるクロに言う。


「あぁ、いや。なんでもないんだ。」クロはあははと笑い、近くのテーブルに置いてあった珈琲を手に取る。


「そういえば、リリィ水や食料はいらないのか?」はっとクロはリリィに尋ねる。


『不要です。私はオートマタ…機械ですので。太陽光や空気をエネルギーに変換して貯蓄しているので。』やはり、淡々と答えるリリィ。


「なるほどな…やっぱすげぇな。あぁ、そうだ。話は変わっちまうけどその服のままだとちょっとアレかな」クロはリリィが纏っている服を見て言う。


『私は何かおかしいですか?』自分腕や体を見てリリィは言う。


「いや、おかしいというかな。今は冬だからなぁ。」銃器のメンテナンスを終わらせたリズがリリィの後ろで困った顔をして言う。


「仮にクロ君がリリィちゃんを外に連れてったら、小さい女の子を薄着のまま連れまわしてる変態みたいに見えちゃうねぇ。」ニマニマと笑ってクロを見ながらリズは言う。


「言い方が実にアレだが…まぁそういうことなんだよな。」流石にやらねぇよ、とクロはリズに苦笑する。


「いや、やったらヤバいからね。…んー、そうだねぇ。私とクロで何か服買ってこようか。幸い市場には売ってるだろうし。」リリィちゃんを連れて行くのはそれからだね、とリズはクロに言った。


「そうだな。じゃあ、10分程したら準備して行くか。」動くなら早い方がいいしな、とクロはリズに言う。


「了解、じゃあ時間になって行けそうだったら声かけて。私はエントランスで待ってるよ。」リズはそう言って離れていく。


このホームで皆が生活しているわけではないので、リズは別にある自室へと戻っていく。クロも出かける準備をする為に珈琲を飲み干し、リリィを自室へと連れていく。


「さっきのちょっと広い部屋が俺らのホームで、こっちが俺の個人部屋だ。」クロは扉を開けてリリィを入るように促す。


『ここがマスターの部屋ですか。』リリィは少しだけ部屋を見回して呟く。


「まぁなんもない部屋だけどな。で、俺とリズが出かけている間はここに居てもらえるか?」他の人にはなるべく知られたくないから、とリリィに言う。


「了承しました。マスターのお帰りまでこの部屋にて待機いたします。」リリィは変わらず淡々と言う。

リリィは部屋に置いてあるベッドに腰かけ、その間にクロは市場に外出する為の支度を整えている。


グレーのガウチョ、白いロングパーカー、そして黒いロングコートを着る。資源物資の少ないこの地域でクロが数年地道に集めて来たお気に入りの品である。普段の戦闘では履けないものの、厚底のブーツなども好みである。一通り支度を済ませ、リリィに出かけると伝える。


「それじゃあ、俺は行ってくるから留守番頼むぞ。誰か来ても部屋の扉開けなくていいからな。」なるべく早くに戻って来るから、とクロはリリィに言う。


『了解致しました、マスター。どうかお気を付けて。』部屋を後にするクロにリリィは言った。


部屋を後にしたクロは、約束の時間が近いのでエントランスホールへと足早に向かう。いつもの面子だと時間はルーズな方ではあるのだが、今回はリリィの服を取引しに行くので、急ぎたいのである。


「よう、来たな。まぁリリィちゃんはお留守番だよな。」壁にもたれ掛かって待っていたリズは、クロを見つけると歩み寄ってくる。


「まぁ流石に外の目は気になるからな。」変な噂は広まるのは御免だと、クロは笑う。


「しかし、クロは相変わらずなんというか可愛いと言うべきか、大人な感じだよな。」市場に行くときはいつもだけど、とリズはクロを見て言う。


「まぁお気に入りというかこういう趣味なもんでね。それならリズだってそうじゃないか。薄紫のシャツに黒いジーパン、そして黒いロングコート。カッコいいかよ。」リズの服装を見てクロは言う。


「私もこれが趣味なもんでね。カッコいいだろう?」ニマっと笑ってリズは言った。


お互い真逆だなぁと笑って、リズとクロはアパートを出る。旧市場と呼ばれる場所はアパートからさほど離れていない大広場という所を囲むように位置している。以前にも話したかもしれないが、ここには応急処置用の薬品や食品、雑貨など幅広いものが有志の手によって揃え、金銭と物資の物々取引を主な交渉条件として商売を成り立たせている。


今回、クロとリズは数日前に工場を探索した際に手に入れた機械部品や破棄された衣類などを交渉材料として持ってきている。


「とりあえず、まずは質屋に前に"外側"に行ったときに手に入れた衣類とか渡して金銭と引き換えてもらうとするか。」バッグに詰めてきた物を見ながらクロは言う。


「私の方も、多くはないけど多少の物資は持ってきたよ。足りるといいけどねぇ。」まぁ、交渉でなんとかすればいいさ、とリズは笑う。


しばらく歩いて、質屋が見えてくる。クロとリズは暖簾をくぐり、質屋のオーナーに声をかける。


「やぁ、イリナさん。久しぶり。」よう、と手を振り、クロはオーナーであるイリナを呼ぶ。


向かいのカウンター奥に座って煙管を吸っている女性はクロとリズを見ると、よぅ、と手を振り返す。


「お二人さんかィ。今日は何持ってきたんダ?」煙管を吸いながら、イリナは頬杖をついて二人を見て言う。


「あぁ、大したもんじゃないんだけどな。この衣類と電気回路だ。」物資をバッグから取り出して、カウンターに置きクロは言った。


「私も似たような物だが、こんな感じだな。」リズも同じように物資をカウンターに置く。


置かれた物資を眼鏡で見つつ、イリナはふぅ、と息を吐く。


「ココらじゃ見ない物ってことはまたアンタら"外側"に行ってたのカ?」じーっとクロとリズを交互に見ながらイリナは言う。


「確かに、アンタらみたいのがいるからアタシらの商売が成り立ってるのも事実だけどサ。あんまし無茶はするもんじゃないゼ?」若いんだからさ。と、イリナは笑う。


「あぁ、そうだな。だけど、そうでもしなきゃ商売も出来ない非才の俺みたいな輩は生きていけないもんでね。しょうがないのさ。」あははとクロは笑う。


「まぁ、言いたいことは分かるつもりだけどサ。"外側"に行って死なないなんて保証はないんだからサ。行くにしても、ちゃんと戻って来いよナ。」ほれ、金額はこの程度ダ、とイリナはカウンターに金銭を置く。


「あぁ、勿論だ。あんなとこで死ぬわけにはいかねぇからな。」換金ありがとう、とクロはカウンターの金銭を取る。


「思った以上にはなったか。これなら買えそうかな?」カウンターに置かれた金銭を取りリズは言う。


「何か買いたい物でもあるのかィ?」アタシのとこのなら安くしとくよ?とイリナは言う。


「あぁいや、ここのじゃなくて、ちょっと服が欲しくてね。」申し訳ない、とリズは笑う。


イリナの質屋はどちらかというと大人が身に着ける物が多く、護身用の武器などが多い。リリィの身長では、ここで服を買っても大きすぎて着れないことだろう。


「ここにある服じゃダメ…?子供用なのカ?」むむ?と分からない表情をしてリズを見るイリナ。


「まぁ、なんというか…訳アリでね。上手くは言えない。」ごめん、と困った表情を浮かべ謝るリズ。


「そうカー…まぁアタシが関わることじゃなさそうだかラ、追及はしないケド。」大変そうだな、とイリナはなんとなく察したようだ。


「とりあえず有難う、イリナ。また今度寄らせてもらうよ。」世間話はこれくらいに、とクロは一度話を切り、他に行こうかとリズに促す。


「あぁ、そうだな。じゃあまた今度ね、イリナ。」バイバイ、と手を振って店を出るリズ。


クロもリズに着いていくように店を出て、店の中はイリナ一人だけになった。煙管をふかし、また頬杖をついて彼女は黄昏る。


「子供…か。面倒なことにならなきゃいいケドネ。」ボソッとイリナは呟き、店に静寂が訪れる。


質屋から出て、数分歩く。旧市場の端にある雑貨屋に着く。そこそこ広い店内にクロとリズは入っていく。


「さて、着いた訳だが。子供が着れるサイズの服はあるかな?」店内を見回してクロは言う。


「一応、凡そのサイズは覚えてるから、その大きさので探せばあるんじゃないかな。」はい、とサイズを表記してあるスマホの画面をクロに見せる。


「おぉ、流石リズ。じゃあさっそく、探してみるとするか。」そう言って手短に並べられている衣類を片っ端から見ていくクロ。


「こういうのはどうかな?」リズがそう言って持ってきたのはゴスロリ風の服だった。


「そんなのも扱ってるのかここ…。いやにしても目立ちすぎるだろ。」可愛いけども、とクロは笑う。


「そうか、残念。他には…シンプルにスカートとジャケットでも合わせてみようか。」これもいいなー、と色々な服を手に取って見比べるリズ。


「やっぱりシンプルなのがいいよな。…それにリリィはオートマタだから寒さとかは度外視でいいし。」"暖かそうな"格好であればいい、とクロは呟く。


「じゃあやはりこの辺かな?スカートにセーター、パーカー、あとは軽めのコート。お金少し余るから、そうだね、帽子もついでに良いかもしれない。」ふふん、とハミングをし、凡そのコーディネートを構成していく。


リズは普段、私には似合わないからと可愛いものは着ないが、彼女も女性である故、お洒落な着こなしなどには詳しいのである。


「うん、そんな感じでいいんじゃないか?やっぱ詳しいなリズは。」リリィに着せるのが楽しみだ、とクロは言い、リズが持っている服の値段を確かめる。


「全部合わせても少し余るくらいだ。旧市場にいる序だし、帰りに食料とかも買っとこうか。」補給品だけじゃ中々厳しいからね、とリズは言う。


「じゃあ会計済ませようか。セナさんとカイルさんは奥かな?」カウンターの前に行き、設置されているベルを鳴らす。


チリン、とベルの音が響くと、奥の部屋から一人の大柄な男性が出てくる。


「よぉ、クロ。リズも一緒か。二人で来るなんて珍しいな?」いらっしゃい、とカイルはカウンターの前に立つと、珍しいといった顔で二人を見る。


「ちょっと入用でね。この服を貰いたい。」早速、とリズはカウンターに持ってきた衣類を置く。


カイルは置かれた服を見て、驚いた様子で二人を見る。


「これ、子供用の服じゃねぇか。どうしたお二人さん?いつの間に子供なんか作ったんだ?」まさかお前らがなぁ…とカイルはまじまじと二人を見る。


「いや、作ってないぞ?!ちょっと必要になったから買いに来ただけで、別段俺らがそういう関係じゃないって付き合いの長いカイルさんなら分かるだろ?」いきなり子供の話題を振られ、慌てて答えるクロ。


「クロとなんてあるわけないでしょー。せいぜい友達ってとこでしょ。」横目でクロを見て、はん!と笑うリズ。


「いや、辛辣だなオイ。まぁその方が楽だけどさ。」そんなもんだろ、と苦笑しながら頭をかくクロ。


冗談冗談、とカイルは笑い、カウンターに合計の値段を出してくれる。


「悪い悪い。お詫びに少しまけとくぜ。」常連だしなと笑い、カイルは少しだけ値段を下げてくれる。


「助かるよ。じゃあこれで、お釣り頼む。」お金をカウンターに置き、お釣りを求めるクロ。


チャリンチャリンと小銭を手に取り、カイルはカウンターに乗せる。


「はいよ、お釣り。他にもお仲間さんがいるのは知ってるが、あんまし無茶するなよ。」常連が減っちまう、とカイルはリズとクロに言う。


「分ってるさ。会計有難う。それじゃ俺たちはもう行くよ。」お釣りをしまい、衣類をバッグにしまうクロ。


雑貨屋を出て旧市場に出るクロとリズ。必要な物は買えたので、ついでに食料品を買い足し、アパートに戻る。一先ずクロは自室に戻り、リリィをホームに連れていくことにする。


「ただいま、リリィ。変わったことなかったか?」クロは自室の扉を閉め、リリィの頭を撫でる。


『おかえりなさいませ。マスター以外の人が訪問されたようですが、マスターのご指示ですので扉は開けずに待っていました。』誰かが来た、ということを伝え目を瞑って撫でられるリリィ。


「誰が来たんだ…?まぁ用があるならまた来るだろう。」問題はないなとクロは思い、服を買ってきた事を伝える。


「リリィ、服を買ってきたから一度ホームに行って、着替えてみようか。」クロは手に持ったバッグを見せて、ホームに行こうとリリィの手を握る。


『了承、マスターに着いていきます。』リリィはすっと立ち上がると、クロに続いて部屋から出る。


クロはリリィを連れてホームに入ると、すでに他の面子は揃っていた。リズはリリィの着替えた姿を見たいのか、うずうずした様子で待っている。


「お、来た。ほら、早くリリィちゃんを着替えさせよう。」早速、といった感じで、クロに促すリズ。


『マスター、ご指示を。』リリィも気になるのか、クロの指示を仰ぐ。


「じゃあ、とりあえず着替えようか…」そういってリリィを連れて行こうとするクロ。

そんなクロの腕をリズが掴む。


「いや、あんたは待ってて。"年頃"の女の子なんだから、流石に着替えは私がするよ。」ほら、行こうリリィ。そう言ってリリィを連れて行こうとするリズ。


『マスター?どうしましょう。』若干困惑したような顔をしてクロに尋ねるリリィ。


「うん、リズに着いていって。やってくれるだろうから。」頼んだ、とリズに目配せをしてリリィに答えるクロ。


クロから衣類の入ったバッグを預かったリズは、ホームの隅にある個室へとリリィを連れて入っていく。


残ったクロは、特にやることがないので離れた窓際に移動し、常にポケットに入れてある煙草を取り出し火をつける。


「しかし、クロとリズが二人でリリィの服を買いに行ったのか。」近くにいたクロを見て、フミがふと呟く。


「リリィが動けないのは可哀そうだしなぁ。なんかあったか?」煙草を吸いながら答えるクロ。


「いやな、男女二人で子供用の服買いに行くって、傍から見たらまず勘違いされそうだなと思って。」買い物の現場を見ていたかのようにフミは言った。


「あー…。まぁ他の人の反応はご想像の通り、だと思うわ。」参るねぇ、と頭をかきながらクロは言う。


「まぁやっぱそうなるよなー。なんとなく想像つくけど。」だよなー、と笑ってフミは言う。


そんなもんなのかなぁと、クロとフミは二人で笑う。


一方、リリィを連れて個室に入っていたリズは買ってきた服に着替えさせるために、リリィの服を脱がせていた。


「しかし、改めて見るとほんとに人間と見分けつかないよねぇ。」リリィの肌を触りながら、リズは関心したように言う。


『はい。私は限りなく人に近づけて作られたオートマタですから。』リズの呟きに、リリィは変わらず淡々と答える。


どんな素材で肌を作ったんだろう、と興味を抑えつつ、リズはバッグから衣類を取り出し、慣れた動作でリリィに服を着せていく。セーター、スカート、パーカーと買ってきた服を着せ終え、個室に備え付けてある大きめのスタンドミラーの前にリリィを立たせる。そこには、カジュアルコーデに身を包んだ、金髪の少女の姿が映っていた。


「うんうん、可愛い…すんごく可愛い!」きゃー!、と興奮を隠さずリリィの頭を撫でるリズ。


リリィは鏡に映し出された自分を見つめ、恐らくは初めて見るであろう己の姿に、言葉が漏れる。


『これが…私?』リズに着せて貰った服を隅々まで見て、手を動かし、これが自分であるとの認識を持つリリィ。


「そうだよー、これがリリィちゃんだよ。可愛いとは思ってたけど、予想以上に似合う…!」どこからどうみても美少女、とリズは自分が選んだ服が似合っているのでどこか誇らしげである。


『あの、リズ…さん?で合っているでしょうか。』リズの顔を覗き込むようにしてリリィは尋ねる。


「うん、リズだよ。どうしたの?」可愛いなぁと、リリィを撫でながら答えるリズ。


『その、マスターに見せてきても…よろしい、でしょうか…?』リリィはリズに尋ねていた。


初めて自分の姿を目にしてから、マスターであるクロに今の自分を見て欲しい、という何かがあった。これは何なのだろう。自分の中に構築されたデータには、このようなものは載っていない。自分に組み込まれたAIが行った思考の末、辿り着く答えが"見て欲しい"この結論だった。


「リリィちゃん、あなた…、うん、そうだね。早速クロ達に見せてあげようか。」リズはリリィから出た言葉に一瞬驚いた。だが、直ぐに気を取り直し、皆に見せる為に個室の扉を開ける。


リズはこの時、リリィに人間でいう感情、もしくは心といったものが芽生えつつあるのかも知れない、と直感的に感じていた。


「お、着替え終わったみたいだな。」扉が開いたことに気づくフミ。


「お前ら待たせたな!リリィちゃんを見るがいい!」おいで、と意気揚々と個室からリリィを連れてくるリズ。


『どうでしょうか…マスター』新しい服に身を包んだリリィは、クロに感想を求める。


ラフな印象になったリリィに、クロは目を奪われていた。機械ではなく、誰が見ても紛れもなく一人の可憐な少女である姿が、そこにはあった。


「おーい、クロ。言うこと、なにかあるだろ?」どうなの、とリズはリリィを横目にクロに言う。


「あ、あぁ。似合ってると思うぞ、リリィ。」可愛いよ、とクロはリリィを撫でる。


『有難うございます。嬉しい、です。』リリィは少しだけ笑い、口をついて出た"嬉しい"という言葉が、先ほどリズと話をした際に感じた違和感、自分のデータベースに載っていない感情…つまりは心という代物なのだろうかと、幾度も巡るまとまらない思考の果てに導き出された回答なのであった。


「へぇ、可愛いじゃん。何、リズが選んできたの?」リリィをまじまじと見つめ、ソノナが言う。


フミやイッチーも同じように可愛い等と各々に見たままの感想を口にしている。


「そりゃあ勿論。クロにこういうセンスはないでしょー。」リズは横目でクロをみてふふっと笑う。


「確かに、俺はあまりこの手のモノには詳しくないけどもな…。」釈然としない、といった感じでリズを見つつも、仕方ないかとクロは肩をすくめる。


「まぁいいや、満足したし。そうだ、クロ、ちょっと煙草吸いに行こう。」一服しよう、とリズはクロに窓際へ行くように促す。


「ん、いいけど、どうかしたのか?」促されるまま窓際に移動し、クロは煙草に火をつける。


少し考える素振りを見せながら、リズは口を開く。


「私が言うのもあれかと思ったし、クロはもしかすると気づいたかも知れないけども…リリィちゃんに、AIのプログラムとしてでは無く、"感情"が芽生えて来たりするのかも。」どういう表現が正しいのかは分からないけども、とリズは話す。


「あぁ、やっぱお前も感じてたんだな。」先ほどリリィの口から出た"嬉しい"という言葉に引っかかっていたクロは、リズも気になっていたことを聞き、やはりなとリリィを見る。


「私たちとの関係を築いていくことで、ヒトと同じように学習してるってことなのかな。」個室で着替えさせた時にもクロに見せたいと言っていた、とリズは言う。


「そうなのか。それに、少しだけど笑うようになったな。心が芽生えつつあるってことなのか。」にわかには信じ難いが、とクロは呟く。


しかし、先ほどまで見ていたそれは、確かに"喜怒哀楽"、心の一部であるかのようであった。


「まぁ、今すぐに確かめなくても、いづれ分かることだろうさ。」心があっても無くてもリリィはリリィ、そこは変わらない、とクロは笑う。


「そうだよね、ごめん。成長が早くて驚いただけだから、気にしないで。」そう言ってリズは煙草を吸い終わると、また先ほどのようにリリィを愛でに行った。


「…自我の芽生え、か。」クロはリズ達と触れ合っているリリィを遠巻きから見つめ、これからどう変わるのだろう、と呟く。


クロも煙草を吸い終わり、リリィたちの元に戻る。


「リリィちゃんも外出が出来るわけだし、明日は旧市街の皆に紹介しに行くか?」せっかくだし、とイッチーは5人に提案する。


「確かに、俺らと一緒に行動する以上は他の人も知ってたほうが色々と動きやすいかも。」いいんじゃないか?とソノナは賛成する。


『マスター、私もマスターと一緒に行きたいです。』ダメでしょうか?とリリィはクロの顔を覗く。


「そうだな、皆で出かけるか。朝、支度が出来次第ホームに集合って感じにしようか。」元々そのつもりだよ、とクロは苦笑する。


その日はもう外は暗くなっていたので、クロやその他のメンバーは各自の部屋へと戻っていく。リリィはクロと離れないと言っているので、クロの部屋に連れて帰ることにした。


『明日は、皆さんと外出ですね、マスター。』ベッドに座り、足をパタパタと揺らすリリィ。


「そうだな。朝早くなるし、今日は早めに休んでおこうか。」ぐっと背伸びをして体を伸ばしベッドに横たわるクロ。


『そうですね。私には睡眠は必要ありませんが、エネルギー充填の為にしばらくスリープモードにさせていただきます。』そう言ってリリィはクロの隣に真似して寝転ぶ。


「あぁ、おやすみ。行く時に声かけるよ。」クロはそう言って部屋の電気を消す。


瞼を閉じ、体中の力を抜き、次第に意識が遠のいていく。



『…ター。マスター。朝ですよ。』


体を揺さぶられる感覚がして、誰かの呼ぶ声が聞こえる。


『マスター、朝ですよ。』クロの体を揺らしてリリィは呼ぶ


「ん、もう朝か…」クロは眠たげに瞼を擦り目を覚ます。


『おはようございます、マスター。』リリィはクロが目を覚ましたことを確認して、ベッドに座る。


「あぁ、おはようリリィ。起こしてくれてありがとうな。」クロは座っているリリィの頭を優しく撫でて、ベッドから立ち上がる。


「集合するまでに、とりあえず朝食は済ませとかないとな。」棚からパンを取り出し、焼いていく。


『私は食事等は必要ないので、着替えを済ませておきますね。』そう言ってリリィは先日かった洋服に着替えていく。


パンを焼いてる間、珈琲を入れる為に粉を取り出す。フィルターに珈琲粉を入れて、コップに乗せてお湯を注ぐ。次第に、部屋に珈琲のいい匂いが広がってくる。


「さて、パンも焼けたし珈琲も淹れた。早いとこ食べるか。」いただきます、と両手を合わせ双方を口に入れていく。


『マスター、その黒い液体はなんですか?』着替え終わったリリィがクロの飲んでいる珈琲を見て聞いてくる。


「あぁ、これか。これは珈琲って言うんだ。リリィは飲んだりすることは出来るのか?」パンをかじりながらリリィの質問に答えるクロ。


『味覚はあるようです。珈琲、飲んでみたいです。』リリィはコップの中をじっと見つめて言う。


「いいぞ、熱いからゆっくり飲めよ。」ほら、とコップをリリィの手に渡すクロ。


『えっと、いただきます…』コップに唇をつけて、少しずつ飲むリリィ。


「…………。」クロは珈琲を飲むリリィをじっと見つめる。


『…マスター、この珈琲とても苦いです。』少しだけ舌をだして答えるリリィ。


「まぁなにもしてないと珈琲は苦いものだからな。」あはは、と笑ってクロはリリィからコップを貰い残りを飲み切る。


「なぁリリィ、飲食した場合は排出とかはどうなるんだ?」興味本位でクロは尋ねる。


『おそらく普通の人間と同じようなものかと思われます。あと、飲食によるエネルギーの補填も可能なものと見られますね。』私の中の残エネルギーが増えてます、とリリィは答える。


「へぇ、なるほどなぁ。ということは皆で一緒に何かを食べたりは出来るってことか。」良いことを聞いた、とクロは呟く。


「さて、朝食も食べたことだし、ホームの方に向かうとするか。」食器を片付け、外出用の服に着替える。


クロが着替え終わったとき、部屋をノックする音が聞こえる。


「私だ、クロ。いる?」リズはクロの部屋の前まで来ていたようだ。


「あぁ、いるぞ。鍵開けるから少し待ってくれ。」そう言いクロは部屋の鍵を開ける。


部屋の前に立っていたリズは、外出用の服を身に着けいつでも行けるといった様子だ。


「おはよう、クロ。リリィちゃんも。」ぱたぱたと手を振り、二人に挨拶を交わすリズ。


「おはよう、リズ。俺たちももう行こうかと思ってた所だ。一緒に行くか。」せっかくだし、とクロは言う。


「もちろんそのつもりで呼んだんじゃない。クロ、というよりリリィちゃんとだけど。」やっほー、とリリィに手を振り、アンタはおまけ、と横目でクロを見るリズ。


『おはようございますリズさん。』ペコ、と頭を下げリズに挨拶をするリリィ。


「大丈夫だったーリリィちゃん。寝てる間にクロに変なことされなかった?」ニマニマと横目でクロを見ながら言うリズ。


「俺がそんなことするわけないだろ、ましてやリリィに。」冗談はやめてくれ、とリズに言うクロ。


『はい、マスターは何もしてませんよ。』意味が分からずか、小首を傾げて答えるリリィ。


「あはは、なら良かった。まぁ行こうか。」ふう、と一息つき、リズはホームに向かって歩き出す。

クロもリリィを連れて、リズの後を追ってホームに向かう。


「よぅ、おはよう皆。今日は早いな。」クロは扉を開けてホームに入ると、すでに他の面子は揃っていた。


「お、来たか。おはよう。」ソノナは本を読みつつ、入ってきたクロ達に目を向け挨拶する。


すでに他の面子は、テーブル囲んで座り、各々自由なことをしていたようだ。


「さて、クロたちも来て皆揃ったし、ぼちぼち準備しようか。」そう言ってイッチーは立ち上がり、壁に掛けてあったジャンパーを着る。


座っていた皆も上着を着て、出かける準備が出来たようだ。


「おし、じゃあ行きますか。旧市街でいいんだよな。」フミはそう言ってホームから出ていく。


「あぁ。ついでに色々買い足して来よう。」ソノナも本をしまいフミの後を追っていく。


アパートから出て、旧市街までの道のり。クロはリリィに話しかける。


「リリィ、ちょっといいかな。」渡したいものがある、とクロは言う。


『…これは、銃?マスター、私が持っててもいいのですか?』リリィは渡されたものを見て、クロに尋ねる。


「あぁ、普段は兵器を使えないと思うから、身の危険があると思ったら使ってくれ。そんな状況がなければいいんだが。」"外側"よりかは安全だけど、念のために、とクロは言った。


「ホルスターをそのコートの中に付けて、入れとくんだ。」リリィの背中に手を回し収納できるようにするクロ。


『分かりました。では、預かっておきます。』リリィは渡されたハンドガンをホルスターに収めてコートの裏にしまう。


そのやりとりを遠目に見ていたリズは、はぁ、と軽くため息をついていた。


「さて、着いた。まぁここからは各自好きに動こうか。」ちょっと見たいものもあるし、とフミは言い離れていく。


「俺らもなんか必要ないか見てくるよ。」ソノナとイッチーも一行から離れ他を見に行った。


「じゃあ、俺たちはリリィを紹介しに行くか。」クロはリリィの手を引き、質屋に向かう。


少し歩き、質屋に着き暖簾をくぐる。


「イリナさん、いるかい?」クロはカウンター奥で煙管を吸っているイリナに声をかける。


「いるヨー、今日はどうしたんだイ」クロ見てひらひらと手を振るイリナ。


「昨日話した子供の件、紹介しておこうかと思ってさ。」リリィを隣に連れてきて、イリナに見えるようにするクロ。


「例の子だネ。ハジメマシテ、名前は何て言うのかナ?」イリナはリリィに尋ねる。


『はじめまして。マスターからは、リリィという名前を頂いてます。』ペコ、と頭を下げイリナに挨拶をするリリィ。


「マスター…クロ君だね?名前をあげたって言うのは一体。」イリナはむむ?と眉間にしわを寄せて、クロの方を見る。


「あぁ、ちょっと訳アリなんだ。数日前に出会ってから、俺たちと一緒に行動してる。」今はちょっと話せない、とイリナに言うクロ。


「訳アリね。まぁ深くは詮索しないでおくヨ。」気にはなるけど、と苦笑いするイリナ。


「有難う、助かるよ。」申し訳ない、とクロは謝る。


「まぁ、なんかあったら、アタシに話せることなら相談に乗るよ。」困ったらきなヨ、とイリナはクロの肩をポン、と叩く。


「そうさせて貰う。」ありがとう、とイリナの手をそっと放すクロ。


クロの話が終わったことを確認し、後ろで腕を組んで待っていたリズが口を開く。


「話は終わったみたいだね。次の店に行こうか。」リズはクロに他の店に行くように促す。


「そうだな。イリナさん、また今度寄らせて貰うよ。」俺はこれで、と店を後にするクロ。


質屋から出たクロとリズは、次に雑貨屋に向かう。数分歩き、雑貨屋に着き店内に入る。


「セナさん、カイルさん、いますかー?」クロはカウンターの前まで行き、置いてあるベルをチリンと鳴らして呼ぶ。


少しばかりして、カウンターの奥の部屋からぱたぱたと足音を立て、少し小柄な女性が現れる。


「はいはーい。あ、クロ君。久しぶりだねー。」カウンター前にいるクロを見つけ、小柄な女性、セナが声をかける。


「お久しぶりです、セナさん。といっても、前に来た時からそれほど経ってませんけど。」セナに挨拶を返すクロ。


「今日はどうしたの、何かお求めのモノがあるのかな?」セナはクロに尋ねる。


「実は、セナさんとカイルさんに紹介したい人が居まして…。」クロはリリィを隣に連れてきて、セナに見せる。


「紹介…?って、どうしたのその子!」可愛い子連れちゃって、とリリィを見つめるセナ。


「リリィって言うんだけど、数日前から一緒に行動してるんだ。」リリィを撫でながら、クロはセナに紹介する。


『リリィと申します。よろしくお願いします。』ペコ、とリリィはセナに挨拶をする。


じーっとリリィを見て、はっとしたようにセナは口を開く。


「あぁ!昨日、旦那が話してたクロ君の子供ってリリィちゃんのことか!」だよね?とセナはクロを見て言った。


「厳密には俺の、ではないですけどね。」あはは、と苦笑いして頷くクロ。


「今日はウチの旦那はいないけど、リリィちゃんのことは私から話しとくよー。」でも、そのうちまた顔見せてね?とクロに言った。


「えぇ、その内にまた来ますよ。」リリィも一緒に、とクロは答える。


「さて、とりあえず紹介は終わったね。他は追々でいいでしょ。」後ろで会話を聞いていたリズが会話に加わってくる。


「誰にリリィちゃんの紹介したの?」カウンター前に来たリズに、セナが尋ねる。


「質屋のイリナさんと、ここ…雑貨屋のイリナさんと、まぁあとカイルさんだけだよ。」他にはあんまし行かないし、とリズは答える。


「そうなんだ、了解。もしなにかあったら、いつでも頼って来てね。」出来ることは少ないけど、とセナはクロとリズに言った。


「そうさせて貰うよ。」クロはセナに答えてリリィを連れて雑貨屋を出る。


雑貨屋から出たクロは、スマホに合流のメールが届いているのを見つけ、指定されていた広場に向かう。


「悪い悪い、ちょっと話し込んでたもんで気づかなかった。」皆が集まっていたところに合流し、クロは詫びをいれる。


「来たか、クロ。俺たちは用事済ませたけど、これからはもうフリーでいい感じか?」集まっていたフミがクロに尋ねる。


「あぁ、そうだな。用は済んだし、各自飲みに行くでもそのまま帰るでもいいと思うぞ。」特に予定はないし、と他のメンバーにクロは言った。


「じゃあ、俺は先に帰るわ。またな。」じゃあな、と後ろ手を振ってイッチーは帰って行く。


他の人も、帰って行く。リズも他に用事あるから、と別れて行った。


「じゃあ、今日のところは帰ろうか、リリィ。」リリィの手を引き、クロは言った。


『そうですね、マスター。帰りましょうか。』頷き、クロとアパートに歩くリリィ。


何事もなくアパートの自室に戻り、ベッドに寝転がるクロ。やがて、意識が薄れ、クロの一日が終わった。そして、クロとリリィが寝て静まっている中、ポロンと部屋に着信音が響く。クロのスマホに、一つのメッセージが入るのだった。

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