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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
四章 堕天の雪華
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十五話

続きです。

 声が聞こえる。

 必死にこちらを呼ぶ声はこの世界で初めて友となった男のもの。

 答えたいと思った。けれども思考は混濁していて考えが上手くまとまらない。ただ目の前の敵を殺す――それだけが望みだと勘違いしてしまう。

 僅かに残った理性の欠片が止めろと訴えかけてくるが、それを上回る殺戮の本能が炎を上げていた。


(止め、ないと……)


 頭の何処かで鳴り響く警鐘――されど殺意にかき消されてしまう。

 もうダメかと諦めかけた、その時だ。


『ヤコー、落ち着いて』

『ヤコーさま、どうかお気を強くお持ちください』

「――――っ!?」


 脳裏に声が響き渡った。

 二人の女性の声――どちらも聞きなれたものだ。

 片やもう一度聞きたいと希っていた声で、もう一方は今すぐ聞きたいと願っていた声。

 しかし前者は二度と叶わないはずで、後者はあまりにも距離が離れすぎている。どう考えても聞こえるはずがない。

 けれども――、


(ああ、お前たちのおかげか……)


 赤く染まる視界に映りこんだのは白銀の光を発する剣と、蒼き光を発する盾だ。

 色彩は違えども両者に共通しているのはどちらも暖かな光を発しているということ。主である夜光のことを励ます、あるいは叱咤する意思を感じて彼は知らず笑みを浮かべていた。


「……そうだな。本能に支配されて戦うなんてのはただの獣――〝白夜王〟(間宮)〝王の盾〟(夜光)には相応しくない振舞いだ」


 託された意思、向けられた想い――それらを裏切るなど夜光の信念が許さない。

 彼がそう思った瞬間――〝天死〟と〝王盾〟の加護が全身を包み込んだ。その暖かな光は左眼から発せられている禍々しい紅を抑え込んで封じ込める。

 そうすると、夜光の五感がいきなり鮮明になった。


「――ヤコウ、もう止めよ!〝なりそこない〟は全滅した!だが、暴風雪やルイ第二王子の軍勢がすぐそこまできている!今すぐ体勢を整える必要があるのだぞっ!」

「……悪い、クロード。ちょっと冷静さを欠いていたみたいだ」

「ヤコウ!?気づいたか……」


 視界が晴れた時、眼前にはクロードの精悍な顔があり、地面には異形の死体が無数に転がっていた。

〝死眼〟の副作用から解放された夜光が周囲を見渡せば、四方を取り囲む荒々しい風の壁があり、前方にはこちらへ迫りくる軍勢の姿があった。


「クロード、俺は――」

「弁明は後程聞こう。今はこの危機的状況を乗り越えることが先決だ」


 確かに釈明よりも先にこの場を乗り切る必要があるのは事実だ。荒れ狂う暴風雪は既に周囲一帯を取り囲んでいるため逃げることは叶わず、こちらへ向かってきているルイ第二王子率いる軍勢にも既に捕捉されているため同様だろう。

 脱出、逃走、後退は不可能。ならばどうするか。


「答えは一つだけ――この場で迎え撃つしかない」

「その通りだ。全軍、密集陣形を取れ。敵を迎え撃つぞ!」

『応ッ!!』


 指揮官の命に応えた光風騎士団が動き出す。一か所に集まって盾を前に、剣を構える。その姿は固い甲羅に閉じこもった亀のようだった。

 夜光もまた迎え撃とうと〝王盾〟(アイアス)を戦闘状態へと移行させ、〝天死〟(ニュクス)をしっかりと握りしめた。

 そこへクロードがやってくる。


「ヤコウ、暴風雪は初めてか?」

「ああ、生まれて初めて経験するよ。元の世界でもこんなの見たことがない」

「そうか、なら時間がない故、手短に注意事項だけ話そう。決して皆から離れるな。暴風雪の中では強すぎる風のせいで声がほとんど届かない。だから連携を取るには傍に居るしかないのだ」


 と、暴風雪(ブリザード)の中での戦闘における注意事項を幾つか説明された夜光は、それを頭に叩き込むと頷く。

 だが、一点だけ受け入れることを拒否した。


「初めに言ったなるべく離れないって点だけど……おそらく俺は離れると思う」

「何?どういうことだ」


 眉根を顰めるクロードに夜光は己が考えを告げる。


「この暴風雪は確かにこちらにとって不利だけど、それは相手方にも言える話だ。視界が悪く、声も届かない」


 されど、それは利点にもなりえると夜光は考えている。


「要は不意打ちが成功しやすいって話だ。不意をついてルイ第二王子を本隊から引きはがし、一人にすることができれば……」

「捕らえることができる、か……。考えはわかったが、果たしてそう上手くいくだろうか」


 クロードの懸念はもっともだ。この吹雪の中、万を超える人の集団からたった一人を探し出して引きずり出すということはかなりの困難といえる。

 しかし――先ほどから感じている異質な気配を察知している夜光は即答した。


「大丈夫、上手くいくさ。さっき暴走した俺が言えたことじゃないが……俺を信じてくれないか」


 虫の良い話だと自覚している。つい今しがた〝力〟を制御できずに暴走した奴が言っていい言葉ではない。けれども――それでも、と夜光は力強い視線を向けた。

 それを受けたクロードは、しばし夜光の隻眼を見つめて――、


「……分かった、信じよう。その代わり――必ず生きて戻ってくることを約束してほしい」


 その言葉を言ったクロード自身、自らに驚いていた。戦場ではそのような約束はご法度だったからだ。

 これまでの人生の中で一度も言ったことはない台詞に戸惑うクロードだったが、夜光は深く頷いた。


「ああ、必ず戻る。だからクロードも死ぬなよ。ここであなたと光風騎士団が耐え切ることが勝利の前提条件なんだからな」

「……うむ、この場は任せよ。頼んだぞ、ヤコウ」

「おう。……この戦いが終わったら全部話すよ」


 そう言った夜光は返事を待たずに暴風雪の中へと飛び込んだ。

 たちまち見えなくなる少年の背を見送ったクロードは僅かに笑みを浮かべるのだった。





 そして遂に――両軍は接触した。

 吹き荒れる白き風の中では二歩先すら満足に見ることが叶わない。それ故に北方軍先鋒は唐突に眼前に出現した敵兵に驚愕した。

 それは敵方――光風騎士団の騎士たちも同様であったが、ここで練度の差が出た。

 いくつもの戦場を経験してきた騎士たちは突然の接敵であったにもかかわらず動揺を見せなかった。

 槍を突き出し北方軍兵士の喉笛を破壊する。剣を振るって雁首を刎ね飛ばした。

 

『ひっ――!?』

『て、敵だっ!迎撃しろ!』

『見えないぞ、どこに敵なんているんだよっ!?』


 そもそもルイ第二王子が集めた兵士たちは都市防衛の任に就いている者ばかりで、実戦経験など数えるほどしかない。

 故にこうして狼狽えてしまうのは必然――それがわかっていたルイは最前線に出張ると騎士を切り伏せて大声を発した。


「恐れるな!姿が見えないのは敵も同じだ。味方から離れずに前を見るんだ。敵は必ずそこにいる!」


 これほど天候が悪い中では戦術などほとんど意味をなさないものだ。そうすると必然的に真正面からのぶつかり合いになる。

 そうなれば勝つのは基本的に数が多い方だ。


(けれど例外もある。神器〝王剣〟の所持者であるクロードは一般兵では止められない。コレ(、、)を持つボクじゃないと)


 吹きすさぶ雪の中、ルイは手にする愛剣を意識する。と、感覚が鋭敏になり、常人離れした覇気を放つ存在を感知することに成功した。

 ルイは微笑むと手綱を引っ張った。


「キミは相変わらず気配を隠すのが下手だね、クロード大将軍。見つけたよ――」

「それはこっちの台詞だ、ルイ第二王子」

「――ッ!?」


 突如として横合いから飛び掛かってきた人影に直前まで気づけなかったルイは、そのまま押し飛ばされて落馬してしまう。

 その人物はルイを掴んで離さず、そのため二人はゴロゴロと雪原をもみ合いながら転がる羽目になった。


「く、この……放せ!」

「そういわれて分かったっていう奴がいると思うか?」

「ボクに言われて拒否する人の方が珍しいよ!」


 王族たるルイの命令に背くものなどこれまでいなかった。当たり前だ、誰だって不敬罪で死にたくなどない。

 しかしここは戦場で、相手はそういった常識が通じない〝異世界人〟――間宮夜光なのだから、ルイの命令が通ることはない。

 けれどもルイだってやられっぱなしというわけではなかった。


「この――離れろ!」

「ぐあっ!?」


 隙を見て夜光の腹部に蹴りを叩き込み、吹き飛ばしたルイは顔についた雪を掃いながら立ち上がった。愛剣を喚べば、遠くの地面に転がっていた青く透き通った剣が一瞬で手元に収まる。ついでに魔力を放出して全身についた雪を蒸発させた。

 その間に蹴り飛ばされた夜光もまた体勢を立て直していた。

 右手に〝天死〟を現出させ、左手で〝王盾〟を握りしめる。強化された視力はこの天候をものともせず対峙するルイを捉えている。


(この気配、それに今の魔力。やはりそういうことなのか……)


 ルイから感じる異質な魔力には覚えがある。否応にも理解してしまう。何せつい先ほどまでほぼ同質の魔力を宿す異形と戦っていたのだから。


 一方、戦場にたどり着いてからずっと感じていたクロードとは違う覇気の持ち主と対峙したルイもまた脳裏にある情報を思い浮かべていた。


(これほどの覇気を放っている以上、一般兵じゃないのは確かだ。それにあの盾は……)


 蒼光を放つ盾はかなり昔だが直接見たことがある。王城に保管されていたエルミナ最古の武具の一つにして、〝王剣〟と対をなす存在――〝王盾〟だ。

 そして前に小耳にはさんだことがある。つい最近になって〝王盾〟の所持者が現れ、シャルロット第三王女の幕下に加わったという話を。

 その時は忙しかったことや、王城にあるはずの〝王盾〟が東方にあるはずがない、どうせ権威付けの一つで真実ではないのだろうと判断してしまい頭の片隅に追いやってしまった。

 だがしかし――今、確かに〝王盾〟は目の前にあって、その力を発揮している。

 となれば対峙するこの少年こそが、噂の――、


(新たなる〝王の盾〟……確か名前はヤコウ・マミヤ、だったかな)


 随分と聞きなれない感じの名だ。ルイの持つ知識によれば、このような名前は遥か東に存在するヴァルト王国――そのさらに東にあると言われている東国で使われているはずだ。ならばこの少年は東側からやってきたということだろうか。


(国交が断絶している今、それはあり得ないはず……いや、今考えるべきことはそれじゃない)


 相手の出自を気にしている場合ではない。確かなこととして敵であるのだから。

 そして少年が放つ覇気は尋常ではないほど強大、ならば全力で迎え撃つだけだ。

 ルイが考えをまとめ終えた時、向かい合う白髪の少年が口を開いた。


「……ルイ殿下、できればあなたのことは傷つけたくない。どうか退いてはくれませんか?」


 銀髪銀眼の美青年、しかも放つ覇気は絶世ときた。ならば眼前の人物は探し求めていた第二王子に違いないと夜光が確信を込めて言えば、対する青年は微笑みを向けてくる。


「それはできないね。たった一言で退くならボクは今ここにはいないさ」


 青年――ルイ第二王子が肩をすくめて見せてくる。

 しかし、そんな軽い調子とは裏腹に彼が身に纏う魔力は明らかに異常だった。


(この魔力……それに右胸にある魔力の塊は〝魔石〟だな)


 となればルイ第二王子が自身の身に何をしたのかは明らかだ。


「〝堕天〟……そうまでしてあなたは玉座に就きたいと?」

「ヤコウくん、キミならわかっているはずだよ。この先のことを考えれば力ある者が王位に就いた方がいいってね。もう二百年の安寧は終わってしまったんだよ」

「……確かに今後を考えればそうかもしれません。しかし武力による統治は長くは続かない。この先に待つ苦難を乗り越えたあとはどうするんです?」

「それはその時考えればいい話さ。今はこの国を護ることが優先される。そしてそれを実現できるのは真に力ある者だけだ」


 そう言い切って見せたルイ第二王子だったが、何故か言葉とは裏腹に浮かべる表情は物憂げなものだった。

 けれどもそれは天を仰ぎ見た一瞬の間だけ、こちらに顔を向けなおした時には鋭い殺気を放っていた。

 

「対話では解決できない。ボクを止めたければ力ずくでやってみるといい。新たなる〝王の盾〟くん?」

「…………なら、そうさせてもらいますよ」


 もはや言葉では止められない。わかってはいたことだが……と、苦々しい表情を浮かべた夜光だったが、それも短い間のこと。次の瞬間には湧き上がる戦意のまま口端を吊り上げた。

 臨戦態勢を取る夜光から禍々しい魔力が立ち上がったことで、ルイは眼を細めた。


「なるほど……やはりキミはボクと同じ――いや、似て非なる者というところか」


 ならば手加減は無用。全力で叩きのめすだけだ。

 ルイは剣を構えると腰を落として夜光を見据える。対する夜光もその隻眼でルイのことを注視していた。

 そして――、


「ハアッ!」

「オオォ!」


――〝堕天の雪華〟と〝王の盾〟は同時に地を蹴った。

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