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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
二章 運命の邂逅
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十六話

続きです。

 いたる所で火の手が上がっている。

 逃げ惑う人々、響き渡る悲鳴――彼らを襲っているのは粗暴さの滲む男たちだ。


「早く行って下さい!領主の館に向かって!!」


 そんな地獄にあって大声を発し人々を誘導する者がいる。美しい金髪は煤に覆われ、その美貌もまた陰っていたが、それでも彼女は多くの人の眼を惹く魅力にあふれていた。

 シャルロット・ディア・ド・エルミナ第三王女である。

 彼女は火に怯えて進まなくなった馬から降りた後、町の広間で右往左往する人々の避難誘導を行っていた。こういった事は普通衛兵がするものなのだが、その衛兵が何故か一人も姿を見せなかった。故にシャルロット一人で行っているわけだが、思いのほか上手くいっていた。

 何故なら――、


『あ、あの!お願いします、どうかこの子を助けてください!!』

「分かりました。早くこちらへ」


 この混乱によって怪我を負った者たち――彼らをシャルロットが助けていたからだ。

 今も年端もいかぬ子供を抱きかかえて走り寄ってきた女性をシャルロットは助けている。

 燃え盛る家から逃げ出してきたのだろう、酷い火傷を負ったその子供にシャルロットが手をかざせば温かな黄金の光が生み出される。その光が子供に触れた瞬間、瞬く間に火傷が治り息が落ち着いたものになる。


「これで大丈夫です。さあ、行って下さい」

『ああ……本当にありがとうございますっ!』


 シャルロットがほほ笑んで促せば、女性は涙を流して感謝を述べながら走り去っていく。

 その光景はまるでおとぎ話の一幕のようで、人々はシャルロットに信頼を寄せた。


『なんという……素晴らしい方だ』

『女神だ……!』


 そういった出来事が何度も繰り返され、そのたびにシャルロットの評価が上がる。だからこそ人々はシャルロットの言葉に従って館へと向かうのだ。


『なんとお礼したらいいのか……』

「大丈夫です。それよりも今は逃げてください」


 一体何人治療したのか、もはや自分でも覚えていない。シャルロットは急激な魔力消費から生み出される倦怠感に深い息を吐いた。


「……中々きついですね」


 人々を一瞬で治癒した奇跡の正体――それはシャルロットが持つ固有魔法〝天恵の涙〟(ハーモニー)によるものだった。

 その力は任意の相手を回復させる、といったもので、その絶大な効果は今しがた証明されたばかりだ。

 けれどもそれはあくまで魔法によるもの。故に魔力を消費する行為であり、有限の奇跡だ。

 

(そろそろ魔力が尽きる。そうなっては傷ついた人たちを助けられなくなりますね……)


 魔力剤という飲めば体内魔力を回復できる物も存在するが、今は持ち合わせていない。こうなることが分かっていれば持ってきていたのに……とシャルロットが歯噛みした時、前方から複数の人がやってきた。

 手には血塗られた直剣を持ち、何が楽しいのかニヤニヤと笑みを浮かべている者たちだ。

 そんな彼らを見た人々は恐怖から悲鳴を上げて逃げていく。一見してそれは無秩序のように見えるが、シャルロットの言葉を守ってしっかりと領主の館方面に向かっていた。


『おいおい逃げんなよ。せめて女は置いていけよな』

『お前、阿呆だな。そんなこと言ったら誰も残んねえだろうが』

『違いねえ――っと、なんだ?』


 喜悦を湛えて我が物顔が闊歩する男たち、その前にシャルロットが立ちふさがる。逃げる人々を背にかばうようにして。

 煤に塗れ、怪我をした人々を助けていたことで汚れてしまっているが、その美しさを隠すことはできなかったようで男たちは突如として現れたシャルロットに下卑た笑みを向けた。


『すげえな!この町にこんな上物がいたなんてよ』

『件の貴族の娘とかじゃねえのか?だったら人質にしてその貴族も捕まえちまおうぜ』

『あん?なんでそんなことしなきゃいけないんだ?』

『お前……もう忘れたのかよ。ノンネさんが言ってただろ、貴族は捕らえてくれって』

『……そういやそうだったな。ここまでお膳立てしてくれたノンネさんの頼みだし、いっちょやりますか』

『その前に味見くらいはいいだろ?捕まえて頭の所に連れてったら一人占めされちまうよ』

『はははっ!それもそうだな』


 勝手気ままに喋る男たち、その身勝手さとこの地獄を生み出した原因であることにシャルロットは怒りを抱いた。


「いい加減にしなさい!町を焼くだけでは飽き足らず人々まで襲うとは……このようなこと、許されませんよ!!」

『はんっ、誰の許しがいるんだよ。領主か、王か、それとも神にか?』


 しかしシャルロットの怒気を男たちは鼻で笑って流すだけ。それどころか彼女の全身を舐めまわすように見やって震える両足に眼を止めて嘲笑した。


『小鹿みたいに震えてるくせに無理すんなよ』

『ゲヘヘ……大丈夫だぜ、今に怖くなくなるからよぉ』

『そうそう、気持ちよくなってそれどころじゃなくなるぜ』


 人の血を浴びた剣を手に距離を詰めてくる男たち。怖いと思うし逃げ出したいとも思う。けれども人々が逃げる時間を稼がなければとシャルロットは己を奮い立たせて男たちを睨みつけた。

 しかし迫力など皆無――男たちの嗤いを誘うだけ。

 その姿がシャルロットの記憶を刺激し、以前盗賊に襲われた時のことを思い出させた。


(怖い…………けど、逃げちゃだめだ)


 守るべき民を背にしているのだ。逃げるわけにはいかない。たとえどんな目にあっても――とシャルロットが覚悟を決めたその時だった。



「それは不敬罪に当たると思うぜ?」



 かつてシャルロットを救った声が再び耳朶に触れた。

 刹那、白光が横を通り抜け――驚愕する山賊たち、その一番前にいた男が喰われた。


『ガァアアッ!?』

『な、なんだ!?』


 悲鳴を上げた男――その胸には白銀の剣が生えていた。それを手にする少年がゆっくりと抜き放てば鮮血が宙に舞って男は地に頽れる。

 唐突な展開、生み出したのは一人の少年だった。

 纏う衣服――貴族が修練の時に着る服は白が基調の物で、短い白髪と相まって存在感を希薄にしている。手にしている白銀の剣は返り血など皆無で、一切の汚れを知らない処女雪のよう。左腕に着装されている盾もまた白を基調としたものであるが、青い海のような蒼光を放っていた。

 それらが合わさることで神々しさが生み出されるが、少年の顔を見た時、人は悟るだろう。彼は決して天界からの使者などではないと。


「…………」


 少年の顔――その左半分は武骨な眼帯で覆われていた。それだけでも異質だというのに、残る隻眼が不気味さを醸し出していた。

 その黒瞳は奈落より深く、深淵よりも濃い虚無を湛えていた。そこに狂おしい渇望と怨念が交じり合うことで相対する者の背筋を凍らせる迫力を醸し出している。

 白と黒、光と闇、聖と魔――相反する属性を携えた少年は、今しがたその手で殺した男を無機質な眼で一瞥してから踵を返す。無防備にも山賊たちに背を向け、立ち尽くす少女の元へと向かい、


「……いろいろ言いたいことはある。けどそれは後だ。シャル、お前も逃げろ――といってもきかないだろうから、せめて俺の後ろにいろ」

「あ、あの――」


 小声でそう言って何か喋ろうとするシャルロットの前で片膝をついた少年――間宮夜光は、今度は山賊たちにも聞こえるよう声を張り上げた。


「遅くなり申し訳ございません、シャルロット殿下。守護騎士としてあるまじきこの失態、後ほどいかようにも処罰は受けます。しかし今はどうか剣を振るうことをお許しください。姫殿下の剣として盾として、外敵を切り払うことをどうか」


 これは勝手な真似をしたシャルロットへの皮肉が多分に含まれていたが、その本質は彼女に気づいてもらうための言葉だ。王族であるシャルロットの行為に対する責任が他者へ及ぶということを夜光は知ってもらいたかったのだ。


(今回は俺とテオドールさんが責を負うことになるだろう。王女を危険な目に晒したという事実は厳罰に値するだろうからな)


 シャルロットが勝手に先行した。たとえ事実がそうであっても、彼女に危害が及べば責任を取らされるのは本人ではなく守護する立場にあった者たちとなる。それが世の常なのだ。

 だからこそ、この先多くの人に迷惑をかけてほしくないと思った夜光はそのように言ったのだった。


(俺一人の責任なら俺が耐えればいいだけだけど、そんなわけにもいかないんだよ)


 守護騎士である夜光、町を警備している衛兵、領主であるテオドール――他にも様々な人が責任を取らされることになるだろう。それを見逃してしまえば国家の沽券に関わるし、軍人としての規律にも関わる。故にどのような形であれ、後ほど処罰を受けることになる。


(はあ……面倒だけど仕方がない)


 守護騎士になった以上、そういった体裁も気にしなければならない。

 夜光が頭を下げながらこっそり嘆息すれば、彼が発した言葉の真意に気づいたのか、シャルロットはハッとした表情を浮かべた。咄嗟に謝罪の言葉が喉まで出かかるが、しかし今はそうではないと飲み込んで眼下で膝をつく己が騎士に視線を向ける。


「……面を上げなさい、我が守護騎士よ」

「はっ」


 片膝をついたまま顔を上げた夜光にシャルロットは凛々しい眼を向けた。


「罰は後ほど受けてもらいます。しかし今はあなたの要望を聞き届けましょう――我が守護騎士ヤコーよ、民に仇成す敵を討ち滅ぼしなさい」

「承知致しました、姫殿下」


 それはまるで物語の一幕のような光景だった。姫が仕える騎士に命令を下し、受諾した騎士が立ち上がって敵を見据える。一連の動作は自然であり、それ故に山賊たちは魅入ってしまった。

 しかし夜光が一歩前に踏みだした時、彼らは我に返って剣を構えた。


『ちっ、くせえ芝居見せやがって……ぶっ殺してやる!おい、お前ら囲め。相手はたった一人だ、さっさとやっちまうぞ』

『へへ、姫だか騎士だかしらねえが、てめえは女の前で嬲り殺しにしてやるよ』


 そう言ってこちらを包囲するように動き始める山賊。それを見た夜光はシャルロットに館へと続く階段まで後退するように指示する。そこは一本道で両脇には建物が立っていた。けれどもそれらは火によって炎上しているため壁として期待できる。つまりは夜光を突破しなければシャルロットの元にたどり着けないようにという思惑と、包囲を免れるための措置であった。

 それに気づいたのか、一人の男が舌打ちするも関係ないとばかりに声を張り上げる。


『こっちは十人、てめえは一人だ。しかも荷物を背負ってる。降参したほうがいいぜ。今なら命だけは助けてやるからよ』

『ああ、命だけはなぁ』


 と下品な笑い声を上げる山賊の眼は夜光の背後に向いている。既に勝った気でいるのだろう、その姿勢は夜光の眉を寄せるものだった。


「数がどうした。それにな、勝てる勝てないじゃないんだよ」

『ああ?じゃあなんだってんだ?』

 

 夜光の言葉に嗤いながら山賊が問いかければ、彼は白銀の剣を構えていった。


「勝つしかないんだから勝つだけだ」


 それは理屈が破綻した言葉。勝てる勝てないといった可能性の話ではなく、勝たなくてはいけないから勝つのだという屁理屈じみた根性論みたいなものだった。そのような言葉、一体誰が真に受けようか。

 案の定、それは嗤いを誘うだけで。


『ハハハッ!おいおい、どうしようもないからって現実から目を逸らすなよ』

「ちゃんと〝視〟てる。だから黙れよ」


 そう返した夜光は確かに〝視〟ていた。眼帯に隠された魔眼〝死眼〟(バロール)で。


(勝算は……あるな。ならいい)


 どう動けば敵を殺せるのか、それが左眼から情報として流れ込んでくる。しかしこれは絶対の未来視ではない。だが、そのようなことは知ったことではない。少しでも勝てる確率を上げるためのものでしかないと割り切っている。


『おら、どうしたこないのか?』

「……お前らから来いよ」


 背後にシャルロットを庇っている以上、夜光の側からは打って出ることができない。どうしても受けに回らざるを得なかった。

 だから夜光は右手に〝天死〟(ニュクス)を握りしめ、左手で〝王盾〟(アイアス)を掴んで構えた。


(頼むぜ〝王盾〟)


 どう使えばいいのかはある程度分かっている。ここまでの旅路で何度か使用しているし、先ほどテオドールからも情報を得ていた。しかしそれによればどうもこの特殊な盾にはいくつかの機構が備わっているらしい。だが夜光は未だそれらを使えずにいた。


(けど盾としては使えるんだ。なら問題はない)


 と、夜光が割り切った時、山賊たちが遂に動いた。


『死ねぇえええ!!』


 やはりかと夜光は思った。〝死眼〟の予測では相手は数の利を生かして一斉にくるというものだったが、現実にも山賊はその選択肢を選んできた。


『オラァッ!!』

「っ……!」


 一斉、と言っても完璧に同時攻撃を行えるわけではない。人である以上、どうしても各個人ごとにばらつきがでる。夜光はそこを突いた。

 まず一人目、左から向かってきた男の上段からの振り下ろしを〝王盾〟で受け止める。衝撃が腕を伝ってきたが、加護によって強化されている夜光の動きを阻害するには至らない。左腕の膂力だけで押し返すと、今度は正面から切りつけてきた男に対処する。右手に握った〝天死〟を振るえば男の剣はあっさりと折れた。そのまま勢いに乗った白銀の刃が男の雁首を刎ね飛ばす。

 打ち合うことなく剣が折れたという事実は山賊たちを震撼させた。それによって生まれる隙を夜光は見逃さない。


「お前らが死ねよ」

『あがっ!?』


 左足を力強く前に踏み出せば、バンッと激烈な音を奏でて石畳の道が割れた。踏み込みで盾を押し込み左側の男を地面に押し倒す。そのまま体重をかけて押し込めば信じがたいことに抵抗していた男の腕が折れ、〝王盾〟が彼の胸を圧迫して心臓を破壊した。

 ビクビクと血を噴き出して痙攣する男を踏み台にして態勢を立て直し、近くで動揺していた男に切りかかる。男は咄嗟に剣をかざして防ごうとしたが、無駄だといわんばかりに白銀の剣が剣ごと身体を両断した。

 

「次はどいつだ」

『ひっ……!?』


 頽れる男の身体から噴き出す鮮血を浴びながら表情を変えずにそう言ってのけた夜光に残る男たちは後ずさる。ここにきてようやく少年の異常さを悟ったのだ。

 人を殺めるという行為は普通行った者の感情を揺さぶるものだ。恐怖、後悔といった負の感情から喜悦、興奮といった正の感情――人それぞれではあるが、何かしらの思いを抱くことは共通している。

 けれども眼前の少年は違う。その隻眼からは何の感情も掴み取れない。戦闘が始まる前と同様に深い虚無があるだけ――否。


「さっきまでの威勢はどうした。嬲り殺しにするんじゃなかったのか?」


 挑発を口にする少年――されどその表情は無のまま。言葉にも相手を嘲る色は含まれていない。ただ言ってみただけ、そう思えてしまうほどに感情の揺れ幅がなさすぎる。

 返り血を浴びて赤く染まった少年の顔――武骨な眼帯と相まって禍々しさを覚えるものだ。

 山賊は襲い来る恐怖を振り払おうとあえて夜光から眼を逸らして背後に立つ少女を見やった。


『だ、黙れ!てめえはただじゃ殺さねえ。手足を切り落として黙らせてからそこの女を眼の前で犯してやる。そいつが泣き叫ぶ姿を見ながら首を刎ねてやるからなっ!』


 完全な虚勢だった。こけおどしにもほどがある。しかし度重なる挑発は夜光の堪忍袋の緒を遂に破壊した。


「……なんだって?聞こえなかったな、もう一度言えよ」


 どす黒い感情を孕んだ声が耳朶に触れた――そう知覚した時には眼前に少年が迫っていた。悲鳴を上げる間もない。剣を切り飛ばされたかと思えば次の瞬間には男の視界には黒天が広がっていた。


『あ……?なに、が……』


 両の太腿が熱い。肩も同様だ。一体何が、とやけに重い首を動かせば――両腕と両足が無かった。

 それを知覚した時――してしまった時、男は激烈な痛みと喪失感に襲われた。


『あ――アガァアアアア!?な、なんで!!どうしてっ!?俺の腕、足はどうしたぁあああ!?』


 泣き叫ぶ男は仲間に助けを求める。しかし恐怖から硬直したままの男たちは口すら動かせずにいた。

 認めがたい現実を直視できずにいる男の視界を影が覆った。涙と痛みから相手が誰かすら把握できていない状態で男は助けを乞う。


『お、お前!た、助けてくれ……っ!このままじゃ死んじまう』


 自尊心をかなぐり捨てた懇願――あっさりと切り捨てられた。


「そうか、なら死ねばいい」

『ふ、ふざけるなぁ!!助けてくれよ……っ!』

「そういった町の人をお前は助けたか?違うだろ、むしろ嬉々として殺したんだろうが」


 だから死ねと、夜光は吐き捨てて〝天死〟を振り下ろした。恐るべき切れ味を誇る白銀の刃は泣き叫ぶ男の心臓をあっさりと貫いた。

 絶命した男に誰の面影を重ねたのか、夜光は憎悪の眼差しでしばしそれを見下ろしていたが、やがて顔を上げて残りの山賊たちを見回して言った。


「お前らも殺してやるよ」


 その言葉を聞いた時、山賊たちの中で何かが弾けた。


『あ、ああ……アァアアアアアア!!』

『クソがぁあああああっ!!』


 彼らは半狂乱になって突撃してくる。夜光はそれを迎え撃つが如何せん数が多すぎた。

 一人の攻撃を盾で受け止めるが、他の者たちも〝王盾〟を抑え込むように次々と剣をぶつけてくる。その勢いに押されてしまい動きを止めてしまう夜光。そんな彼に別の男が切りかかる。〝天死〟で剣ごと切り捨てるも男は捨て身で白銀の刃を腹に受けた。


『捕まえたぞォオオッ!』

「な――」


 男は狂気の笑みを夜光に向けてくる。夜光が慌てて剣を抜こうとすれば男を両手で白銀の刃を掴んだ。刺し貫いたまま留めようという算段だったのだろう。しかしそれは失敗に終わる。


『ぎゃああ!?』


 鉄でできた剣をあっさり切り飛ばした時から分かっていたことだが、〝天死〟の切れ味は想像を絶する。鉄すら容易く切ってしまう刃に人の手などで触れてしまえばどうなるかなど火を見るよりも明らかだ。

 水晶のような刃を掴もうとした男の指がボトボトと落ちていく。〝天死〟を封じようという試みは失敗に終わった。けれどもその光景は一瞬だが夜光の思考を奪った。

 その隙は残る山賊にとって格好のものだった。


『オラァ!!』

「あっ――」


 肉を貫く気味の悪い音が響く。それは立て続けに鳴った。奏でるのは複数の剣と夜光の身体。

 ぐるりと視界が回る。一気に喉元までやってきた液体を吐き出せばそれは石畳を紅く染め上げた。


『やったぞ、クソッたれが!!』

『まだだ、確実に殺せっ!』


 近くで発せられているはずなのに、どこか遠く聞こえる野太い声。その合間を縫って少女の悲鳴が聞こえてきた気がするが、意識が混濁とする夜光には判別がつかなかった。

 地に頽れた少年に何度も凶刃が振り下ろされる。そのたびにビクリと身体が痙攣するも男たちはやめなかった。

 やがて刺してもまったく反応を示さなくなった少年の様子を確かめた男たちはそこでようやく手を止めた。六人まで減ってしまった仲間で顔を見合わせながらようやく安堵の息を吐く。


『……やったか?』

『ああ、死んだみたいだ』

『は、はは……このクソがっ!』


 恐怖から解放されれば次に浮かぶ感情は怒りだ。

 山賊たちはまったく動かなくなった夜光の身体を足蹴にする。


「や、やめてっ!やめてください!!」


 そんな光景に一部始終を見つめていたシャルロットがたまらず声を荒げた。しかしそれは注意を集めるだけの悪手である。


『おい、みんな。まだあの女が残ってるぞ』

『あん?逃げなかったのかよ、馬鹿だな』

『丁度いい。こいつの死体の前で嬲ってやろうぜ』


 口々にそう言った男たちはシャルロットの元へと向かう。誰もが怒りと情欲が入り乱れた眼をしながら。

 そんな彼らの剣幕にシャルロットが自然と後ずさってしまうが――、


「え……!?」


 男たちの背後で起きた事象に眼を奪われてしまう。

 地に転がる夜光――血だまりを作っておりどう考えても生きてはいないはずだった。

 けれども白銀の剣から白光が発せられ夜光の身体を包み込んだ――かと思えば、彼がゆっくりと立ち上がったではないか。

〝天死〟を石畳に突き立て、それを使って立ち上がる夜光。その物音にまさか、という表情で男たちが一斉に振り向くと――



――そこには悪鬼羅刹が立っていた。



 全身に至る数々の傷が白光によって修復されていく。徐々に上がる顔――見てしまった男たちはかつてない恐怖に襲われた。

 何故なら夜光の隻眼が――あふれんばかりの憎悪に塗れていたからだ。あたかも生者を呪う亡霊のように、その黒眼は男たちは捉えて離さない。


「…………す」


 少年がぶつぶつと呟きながら歩き始めた。そのたびに血が滴るが、傷口が徐々に塞がれていくためその量は驚くほど少ない。

 恐怖に固まる男たちの前までやってきた羅刹(やこう)。彼の呟きが遂に聞き取れた――、


「……ころす、コロす、殺す」


――その呪詛のような声を聞いても、今度は動けなかった。

 眼前の化物は一体何なのか、どうすれば殺せるのかわからない。あれだけ剣でめった刺しにしても殺せなかったのだから抵抗など無意味ではないのかと心底絶望したのだ。


「死ね」

『ぎゃあ!?』

「死ね」

『ごふっ……』

「死ね」

『あがぁ!?』


 少年の姿をしたナニかが殺意を口にするたびに一人、また一人と死んで逝く。五、四、三、二――遂に一人になった男は壊れた笑みを浮かべた。


『は、はは…………このバケモノが』

「死ね」


 白銀の剣を一振り、男の首が宙を舞う。

 夜光は辺り一面に広がった凄惨な殺戮後を見回してから立ち尽くす少女を見やった。


「あ…………」


 シャルロットは何も言えなかった。少年が秘める異常性、禍々しき闇を直視して絶句していたのだ。

 けれども彼の憎悪に滾る隻眼に悲壮な色が過ぎったのを見てハッと我に返った。こうしろと命じたのはほかならぬ自分――ならばどうして彼を責められようか、避けられようか。

 そう思った時、眼前の少年への視線が変化した。今、目の前に立つ少年は殺戮者ではあるのだろう。しかしシャルロットには母親からはぐれて途方に暮れている幼子にしか見えなかった。

 

「――――」


 だからシャルロットは彼を抱きしめた。一人じゃないと知ってもらうために。

 自らが血で汚れようとも構わない。そうなるよう命じたのは自分だ。ならば彼が背負う罪は自分も背負うべき罪なのだ。

 ここに至ってシャルロットは仕える騎士を持つ主とは何かを理解した。

 

「ヤコーさま、あなたは一人ではありません。わたしが居ます。あなたの主として、あなたの罪も、痛みも、苦しみも――わたしが一緒に背負います。だからどうか泣かないで……」

「……泣いている?俺が?」


 ようやく言葉を返してくれた。シャルロットが頷いて抱きしめる力を強くすれば、夜光はゆっくりと両膝をついた。もう安心だと、そう言わんばかりに。


「ええ、泣いていますよ。あなたの瞳ではなく、あなたの心が」

「――――」


 膝をついたことで自然と夜光の頭はシャルロットの胸元まできていた。シャルロットはようやく届いたと右手で優しく彼の頭を撫でる。


「ありがとう、わたしの騎士、ヤコーさま」


 久方ぶりに感じる温かな熱――嬉しく感じた夜光は、その熱に包まれながらそっと意識を手放した。


 いつの間にか太陽は傾き、穏やかな夕日が騎士と姫を照らしている。

 その光景は犯しがたい美があった――衛兵を連れて現場に駆けつけたテオドールは後にそう語ることになる。

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