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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
十章 王道を歩む者
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五話

 太陽が中天に差し掛かった頃。

〝竜帝〟の導きによって飛空艇オルトリンデは北大陸の中央付近までやってきていた。

 周囲には変わらず山々が広がり、その麓は山腹にかかる厚い雲によって視認することは叶わない。

 そして進路上に見えているのは山脈の中でも一際高い山であった。


『あれが余の住まう地――ノア・ルーナ山だ』


〝竜帝〟が発する〝竜声〟がオルトリンデ内に居る面々の思考に響く。

 目的地が迫ったことで一同は艦橋に集合しており、その中には先ほどまで苦しんでいた明日香の姿もあった。

 新はちらりと彼女の様子を伺うが、平時の姿となんら変わらない。

 誰が見ても普段通りだと思うだろうが……もう新にはそう思えなかった。


(明日香……それほどまでに、お前は――)


 こちらの世界にやってくる以前から彼女が〝力〟を欲している傾向はあった。

……彼女は元の世界、元の国で有数の名家に生まれた。

 武士と呼ばれる国家鎮護の役目を担う家柄――それが武家であり、その中でも大家の一つが江守家である。

 男系継承が基本の武家において明日香は異端中の異端であり、自らの父だけでなく、当代最強と謳われていた祖父さえも倒して次期当主の座に就いていた。

 その時点で既に実家の流派である江守流の免許皆伝を得ており、そこからひそかに改造を施した江守流改を編み出すほど彼女の才能は傑出していたが、それでも彼女が満足することはなかった。

 故に彼女は武者修行と評して全国を回り、様々な武士と戦ったが、彼女を打ち負かす存在は現れなかった――ただ一人を除いて。


あいつ(、、、)に負けてからの明日香はまるで人が変わったかのようだった)


 それまで自分を超える者がいない状況に日々退屈そうにしていた明日香であったが、ある日、非公式の立ち合いにて同年代の少年に敗北を喫したことで変わっていった。

 厭世観に満ちた態度だったのが、一転して社交的な態度に変わったのだ。

 学校でも孤高の存在、高嶺の花として浮いていたのだが、彼女は積極的に他者に関わり始める。

 それによって彼女は近寄りがたい名家のお嬢様、という立場から笑顔の絶えない話しやすい存在として認識されるようになっていった。


(それもこれもあいつのおかげではあるけど……)


 明るく変わった彼女は己を打ち負かした少年によく絡んでいた。その二人に加えて少年の保護者的存在であるとある少女が明日香を邪険にし、それに負けじと明日香も絡みを強くする。

 それを眺め時折介入するのが新や勇、陽和たちの関係性であった。

 傍目から見れば微笑ましいやり取りであっただろうが、武家の事を良く知っている者からすれば冷や汗ものの光景であった事もまた事実ではあるが。


(あいつの家や姉代わりの先輩の家と江守家の関係性を踏まえると、な……)


 とはいえ、明日香が良い方向に変化したのは事実だった。現に、あの頃の彼女は以前とは異なりただひたすらに己の力を高めることだけに注力しなくなっていた。あくまで同年代の友と切磋琢磨して研鑽を積もう、という考えに変わっていた。

 だが、現在は――、


(確実に以前の明日香に戻っている――いや、それよりも悪化している)


 世界が変わり、意識していた少年にも会えない日々が続いた。

 加えて本当の戦――殺し合いも経験し、友人の裏切りや喪失も経ている。

 そうした過酷な体験が彼女を再び悪い方向へ向かわせた事は少し考えれば分かることだ。

 新とて正直結構参っていたが、テオドールやカティアに内心を打ち明けることで何とか耐え抜いていた。

 しかし明日香はそうではない。


(明日香は誰にも本心を吐露していない。ずっと内に溜め込んだままだ)


 良くない傾向だと新は思う。それに加えて二振りの神剣を所持したことで心身共にかなりの負荷がかかっているとなれば、彼女の精神面が不安定になることはむしろ当然だと言えよう。


(何とかしたいけど……)


 と、新は表情を曇らせる。

 先程目撃してしまった彼女の笑みが――狂気に満ちたそれが忘れられない。

 あのような顔、元の世界でも見たことがない――否、一度だけ見たことがあった。

 彼女が一人の少年と行った野良試合の時だ。あの時、少年と斬り合う明日香の表情は喜悦に満ちていた。

 心底愉しいのだと、そう言わんばかりの笑みに、立ち会っていた新はゾッとしたものだ。

 だが、あの時はその狂気を受け止めてくれる相手がいた。明日香を超える技量を持った少年が。

 けれども異世界に召喚された今、その少年はいない。そしてこの世界で明日香を倒すことのできた者は一人だけ……しかもその人物は既にこの世に居ない可能性が高い。


(やっぱりお前がいないときついよ、夜光……)


 思い悩み、嘆息する新。

 そんな新の様子をカティアが心配そうに見つめていることに彼は気づけなかった。



*****



 やがて一行は目的地であるノア・ルーナ山の頂上にたどり着いた。

 遥かなる大地の上、空に近い場所にあるそこには何処か厳かな雰囲気が漂っていた。

 円形の荒涼とした広い地があり、その奥には石造りの古い神殿のようなものが鎮座している。

〝竜王族〟の長が住まう場所にしては簡素、質素とも言えるが、新たちはそこに威厳さを感じていた。

 永い、永い年月――気の遠くなるほど太古から存在しているそこからは、積み重ねられてきた刻の息吹を感じる。

 ある種の神聖さすら感じられるその地に、新たちは神妙な顔つきで降り立った。飛空艇を何台止めてもまだ空きがあるであろう広場を見回す彼らに〝竜帝〟(バハムート)が告げる。


『各種族が集う際に、広い場所がないと不便だからな。故にこの地は広く、我ら〝竜王族〟が降り立つのに邪魔な障害物もないというわけだ』

「なるほど……そういった理由があるのですね」


 と、最後に飛空艇から降りてきた〝人族〟の少女の台詞に、首を回して振り向いた〝竜帝〟の瞳が驚きに見開かれた。


『この気配……それにその外套は…………まさか』

「お初にお目にかかります、〝竜帝〟陛下。わたしの名前はシャルロット・ディア・ド・エルミナ。南大陸、〝人族〟国家、エルミナ王国の第三王女であり、現在は亡命政府の長を務めさせて頂いております」


 そして、と〝王国の至宝〟と呼ばれし王女は身に纏う白銀の外套の裾を掴んだ。


「この子の名は〝天銀皇〟。とあるお方から授かったものです」

『…………』


 そのようにシャルロットが説明するも、〝竜帝〟は驚きに固まったままであった。

 困惑するシャルロットであったが、直後、〝竜帝〟の巨体が光り輝いたことで瞠目する。

 眼がくらむほどの発光は一瞬のことで、収まった時には白銀の竜の姿は消え、そこには一人の老人が立っていた。

 銀髪銀眼の老いた人――されど、その身から放たれる強大な気配は〝竜帝〟のものと変わりない。


「〝竜帝〟陛下……?」

「……我らは魔力を用いて人化することもできる。それよりも……もっと近うよれ。余にその外套を良く見せてくれ」


 人型になり公用語であるアインス語を発声する老人――〝竜帝〟の姿にも驚きであったが、その弱々しい態度にも動揺と困惑を隠せない一同。

 しかし、彼らの主は違った。制そうとしてくるクロードをその場に留め、一人〝竜帝〟の元まで歩いていくと彼が伸ばしてきた手を優しく取って身に纏う外套に触れさせる。

 人化したとはいえ発する気配や魔力、圧に変化はない。故に常人であれば近づくだけで卒倒してしまうほど気圧されるものだが、シャルロットは気をしっかりと保っていた。

 それには多大な努力が必要であったが、これまでの経験や旅路が彼女を強くしていた。


(守られているだけの立場では駄目……それに、一人で傍に来れない者を一体誰が信用するでしょうか)


 これは〝竜帝〟からの信を得るための第一歩であるとシャルロットは考えていたし、何より彼の銀眼から深い悲しみの色を感じ取っていた。

 この瞳には覚えがある。かつてシャルロットの母が亡くなった際に父王や兄姉が同じ眼をしていた。


(大切な人を喪った人がする眼……このお方もきっと――)


 そう思ったシャルロットは外套を撫でて哀しげな表情を浮かべる老人を静かに見守る。

……やがて落ち着いたのか満足したのか、〝竜帝〟はゆっくりと外套から手を離すと数歩距離を空けて口を開いた。


「その外套……授かったと言っていたな。どなたからだ?」

「…………白き〝王〟からです、〝竜帝〟陛下」

「何と……〝夜の王〟からだと!?だが、それはしかし……いや、あのお方との関係性を踏まえるとあるのか……?」


 同じ人を愛する彼女(、、)の事を口にすることに少し躊躇し、御名を避けて伝えることにしたが、竜の長は即座に反応を示した。

 驚愕と疑念が入り混じった声を発した〝竜帝〟だったが、何やら一人でぶつぶつと呟いたかと思えば、次いで納得したように頷いた。


「よく分かった。……急にすまぬな。余は〝竜王族〟の長であるが、それでも初対面の〝人族〟、それも一国の王族であり代表の身に触れることがどれほど礼儀がなっていないかは理解出来ているつもりだ」


 謝罪の言葉を口にする竜に、シャルロットは首を振った。


「構いません。それにこちらの外套は伝承が真実であれば〝竜王族〟に深く関係するものでしょうから」


 千二百前、〝英雄王〟と呼ばれた一人の英傑が身に纏っていたとされているのが〝天銀皇〟だ。

 そしてこの高貴な外套にはとある逸話がある。〝白黒ノ書〟にのみ記載されているその話によれば、この外套は一人の〝竜王族〟の遺骸から生み出されたものだという。

 その事をシャルロットが告げれば、老人は微かな驚きを示しながらも首肯した。


「今の世においてその事を知る者がいるとはな……」


 そして小さく息を吐くと、哀哭と痛切、そして深い後悔が宿った声音で真実を述べた。


「確かにその外套は〝竜王族〟の遺骸を使い〝王〟たちの手によって生み出されたものだ――」



――余の愛娘エーディンの遺骸を。

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