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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
十章 王道を歩む者
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三話

続きです。

 新が〝精霊族〟の三名と共に艦橋にたどり着いた時、大窓越しに視界に移りこんできたのは峻厳な山々である。

 広大な北大陸――それは無数の山脈が連なる剣山のような大地であった。

 まだその全容が見えていないにも関わらず分かってしまう――あれは弱き生命を拒む地であると。


「おー凄いね!竜が住まいし大陸に弱者無し、故に強者のみが住まうことを許される地形である――伝承通りだったみたいだね」


 艦橋側面から全面に広がる窓硝子越しの光景に、興奮交じりの声を上げたのはエピスだ。

 彼女は眼下に広がる大海の如き蒼眼を煌めかせて徐々に輪郭を表す北大陸を凝視している。

 そんな少女を微笑ましそうに見やりながらイグニスもまた興奮を隠し切れない様子で言った。


「他の伝承も事実ならあそこには五大系種族最強の〝竜王族〟が住んでいる――最強種に挑めるってわけだ!」

「いや、いきなり戦おうとするなよ……。ここに来た目的を忘れたわけじゃないだろうな?」


 相変わらず血の気が多いな、と新が嘆息すれば、イグニスは分かっていると言いたげに片手をヒラヒラと振った。

 それから周囲を見回せば、程度の差はあれど誰もが高揚していることが分かる。


(無理もない、か。〝竜王族〟は他の四種族と比べて歴史の表舞台に出てきた回数が極端に少ない。だから他種族から半ば伝説の生物扱いされているわけだし……)


 空の支配者、天を泳ぐ者、蒼穹の覇者――〝竜王族〟を表す言葉は多いが、そのどれもが彼らを天空の王者だと称えるものばかり。

 直接的な武力においては全種族の頂点に位置する最強種であり、彼らを単体で超える存在は〝王〟くらいなものだろう。神剣所持者の中にもいるかもしれないが、少なくとも新自身にはその自信はなかった。


(孤高にして最強――そんな彼らが崇める神が〝黒天王〟というのも納得いく話だな)


 神々の中でも最強と謳われし〝天の王〟――〝竜王族〟ですら敵わないとされた三ツ首の黒竜を従え、空を縦横無尽に舞い、世界を破壊しかけた〝終焉を齎す者〟。

 それほどの絶対強者を打ち破った〝英雄王〟とは一体どのような存在なのか、興味が尽きることはないが……今は目の前の事に集中すべき時だ。

 と、新が思考を切り替え外に広がる景色に眼をやれば、雄大な山々が屹立する様子が見て取れる。

 現在、飛空艇オルトリンデは北大陸の南西方面の空を進んでいる為、大陸の南と西の姿を確認することができる状態だ。

 見た限り、年中冷気を放出している中央大陸に近い南側は猛吹雪に覆われる地のようで、一面白い世界が広がっているようだった。

 対する西側は正反対の光景が広がっており、無数の活火山が気炎を吐き出す世界になっている。

 新たち〝勇者〟が元居た世界では見たことがない光景――故に疑問も湧き上がってくる。


(この世界が〝地球〟と同じ惑星ならあり得ない光景だけど……)


 異世界シュテルンには月があり太陽があり、場所によっては四季もあった。元の世界に非常に酷似しているのだが、〝地球〟上の赤道に当たる部分はまるで北極のような寒冷地帯であり、その逆にそこから離れれば離れるほど気温が上がっていく。

 だが、それでは太陽との位置関係は〝地球〟とは異なるということだろうか。なのに太陽は東から昇り西に沈んでいく。訳が分からない、と新は溜息を吐いた。


(まぁ、それを言ったら人間以外の種族やら魔力やらがいる世界だしな……。類似点はあっても同一ではない――それは世界の在り方もってことだろう)


 そもそも神が現実の生物として存在する世界なのだ。世界の仕組みなど考えるだけ無駄なのかもしれない。ただ、そこに世界があり生命が暮らせる――それでいいのかもしれない。

……そんな風に新が仰々しい考えを巡らせていた時だった。

 突如としてエピスと共に騒いでいた明日香がピタリと口を閉じて剣呑な視線を北大陸に向けた。

 次いで〝精霊族〟の三名も何かに気づいたように目を細めて窓外を注視し始める。

 遅れてクロードが表情に緊張を奔らせ主君たるシャルロットを庇うように窓辺へと身体を向けた時、新も両腰から伝わってくる熱を感じ取って異変を察知した。


「なんだ、何か強大な気配が……近づいてきてる!?」


〝干将莫邪〟が警戒を示すように発熱していた。ふと明日香の方を見やれば、彼女もまた両腰に二振りの刀を現出させている。神剣〝曼珠沙華〟と〝天冥鳳凰〟――激烈な覇気を纏っている。

 ふいに彼女が艦橋上に上がれるハッチに向かい出す。その足取りは険しいものだった。


「明日香、何処に行く!?」

「飛空艇の外に出る――新くんも察してるとは思うけど、何か強い存在が一直線にこっちに向かってきてる。敵だった場合、迎え撃たなくちゃ」

「……それは理解できるけど、今のお前じゃ無茶だ!俺が――」


 代わりに、という言葉が発せられることはなかった。明日香が向けてくる視線には明らかに新の力不足を指摘する色合いがあったからだ。

 そしてそのことは新自身がよく自覚している。故に咄嗟に反論できない。

 そんな彼を見かねたのか、これまで場の様子を伺っていたテンペストが明日香の元へ進み出た。


「ワタクシもお供させて下さい。天馬形態ならば主と共に空を舞うこともできます。どうやら相手は空中を一直線に進んでいる様子――ならばここは飛行能力を持つワタクシの出番でしょう」

「うん、お願い。一緒に来て」


 恭しく首を垂れるユニコーン族に明日香の返答は速かった。梯子を上りハッチを開けて外に向かう二人にエピスとイグニスが続く。


「私たちも出るよ。知ってると思うけど〝精霊族〟は魔力体になれば空を飛ぶことも出来るから」

「……かたじけない。お二方、頼みまする。某は姫殿下のお傍に」

「でしたら私は固有魔法〝不動金剛〟(ミネルヴァ)を使い飛空艇を覆う結界を発動させます」

「怪我をしたらすぐ飛空艇内に撤退してください。わたしが〝天恵の涙〟(ハーモニー)で皆さまを癒やします」


 クロードが、カティアが、シャルロットが――誰もが何かしら役に立っている。特異な力を持たないテオドールも飛空艇の操縦という大役がある。

 ならば翻って自分はどうだ、と新は思う。弱い己は何の役にも立てていないではないか。


(くそっ、俺はこんな時でも役立たずなのかよ……!)


 固有魔法を持ち、神剣すら有しているというのに。これなら己の代わりに夜光がいた方がよっぽど戦力になったはずだと歯をかみしめる。


(あいつだったら空が飛べなくても、この場で役目がなくても戦ったはずだ。何の役にも立てそうにないからってりゆうで、有事に何もしないなんて選択肢をあいつなら取らない)


――では、夜光(かれ)ならどのようにするだろうか。

 ハッ、と新は後ろ向きな思考から脱却する。


(そうだ、あいつなら飛べなくても外に出て戦うことを選ぶはずだ。飛べなくても剣を振るうことはできるって言って。なら俺は――)


 勇者でない彼よりも勇者として特異な力を与えられた自分が何故そうしない?分かりきった理屈に囚われて動きを止める?


(ざけんな!それじゃあ今までと何も変わらないだろうが!俺は変わる――強くなるって決めたばかりだろ!)


 初めは見よう見まねでも良い。不格好でも無様でも構わない。

 できるできないなんて理屈ではなく、やるんだという気概を持って初めの一歩を踏み出すことこそが重要なのではないのか。

 そんな風に考える主の様子に、両腰に吊るされた双剣が微細な震えを発する。彼の考えを肯定すると言いたげであった。

 

「……テオドールさん、俺は――」

「皆まで言わずともよろしい。往きたいのだろう?ならば往かれよ。姫殿下は私たちに任せなさい」

「ありがとうございます……っ!」


 全て理解しているといった風に頷くテオドールに、感謝の言葉を向けた新はエピスたちの後に続いて艦上へと向かった。

 その背を暖かな目で見送るテオドールの傍でカティアが微笑んだ。


「男の子ですね。テオドール様にもそのような時期が?」

「……昔の話だよ。遠い遠い――昔のね」


 かつて〝王の剣〟として先代国王や〝征伐者〟と呼ばれた男と駆け抜けた青春を思い出したテオドールは苦笑した。懐かしくもあり取り戻せない過去――共に戦場で並び立った二人の戦友は恐らくどちらもこの世にいない。自分だけが残ってしまった。

 だが、彼らから託されたものがある。自分にはそれを守り、導く使命がある。それが一人生き残らされた自分に与えられた命の使い道だろうと彼は確信していた。


「若人を見守り、時として道を示す……それが先達として相応しい在り方だろう」


 そして若者は時に向こう見ずで良いとテオドールは考えていた。その尻拭いは大人のするべきことだ。


「理屈ではなく感情を優先して動ける。それもまた若人の特権だよ」


 そしてそれこそが神剣の力を引き出す鍵の一つであると、かつて神剣所持者であった友を持つ男はよく理解していたのである。


「……二百年前、始まりの神剣所持者たちは今のようには呼ばれていなかった」

「ではなんと?」


 テオドールの独り言に興味を引かれたのかカティアが問いかければ、彼は天井に顔を向けて目を細めた。その先には三人の〝精霊族〟と二人の――、


「――〝勇者〟と。そのように呼ばれていたそうだよ。神から宝剣を授かり魔を打ち破る使命を負った勇気ある者、とね」

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