二話
続きです。
オルトリンデの艦内は割と華美に装飾されている。
これはエルミナ王国初の飛空艇であることや王族が搭乗することを前提としていた為に、内装に注力した為である。
その所為で納期が遅れ、危うくアインス大帝国の侵攻から逃れることが叶わなくなりそうだったというのは笑えない話であった。
(まぁ、内装工事が終わった段階で大帝国が侵攻を開始したわけだから仕方がないんだよな。他国の侵攻を想定した工期ではなかったわけだし)
と、思いながら新は艦内の床を覆う絨毯を踏みしめる。柔らかな素材のそれは余程力を入れて歩かない限り足音が出ないようになっている。
壁は木製の板で覆われており、その内側にある武骨な配管や金属は隠されていた。更に一定間隔で絵画すら飾られているのだから驚きだ。本当に空飛ぶ船なのかと疑ってしまう。王城の廊下だと言われても納得する水準であった。
新は辺りを眺めながら歩を進め、やがてとある一室の前にたどり着く。そこには現在、この飛空艇内で〝人族〟以外の種族が集まっている。
彼が扉を数度軽く叩けば、内側から入室を許可する声が聞こえてきた。
失礼する、と言いながら新が扉を開けば、中に居た三人の視線が飛んでくる。
「おや、誰かと思えばシン殿ではないですか。何かご用ですかな?」
「シン、あまり元気ないね。ちゃんと食事摂ってる?」
「おう、シン!なんか用か~?」
〝精霊族〟の中でも高位の存在である三者の問いに新は「まぁ、ちょっとな。食事は摂ってるよ」と返しながら後ろ手で扉を閉める。
それから部屋の中央にある長机を囲んで椅子に座る三人に促され空いている席に腰を下ろして顔を見まわす。
興味津々といった表情を浮かべているのは快晴の空のような青髪に深海の如き青眼の美少女――〝精霊族〟ウンディーネの長の娘であるエピスである。彼女は水属性魔法の達人であり、先の戦いではたった一人でデモン族の軍勢を圧倒する活躍を見せた。
その隣に座すのは〝精霊族〟サラマンダー族長であるイグニスだ。燃えるような赤髪に情熱を宿す赤眼を持つ美青年であり、火属性魔法を使わせたら右に出る者はいないと言えるほどの使い手である。
彼もまた先の戦いでは単騎で敵軍を相手に圧倒する活躍を見せていた。一見すると粗暴さを感じさせる見た目と戦い方であったが、その魔法制御の技量は際立っており、周囲に被害を出さずに敵だけを燃やしていた。
最後に二人の高位精霊の対面に座するのは気品を感じさせる金髪に黄金の如き金眼を持つ美青年である。
彼の名はテンペスト。ユニコーン族長であり他の〝精霊族〟の高位精霊と違って馬型にも慣れるという稀有な存在だ。その状態だと天を駆けることができ、それによって先の戦いでは敵に連れ去られたシャルロット第三王女を救出する大功を挙げている。
(しっかし元が魔力体だからか高位精霊ってのは見目麗しいのばっかりだな。まぁ、テンペストは見た目だけで中身は変態だけど……)
ユニコーン族は雷魔法を司り、誇り高い種族であるが、生娘を好むというあまり褒められた性癖ではない性質の存在だ。
それ故に天馬形態だと基本的に生娘しか背中に乗せないという拘りを持つ。
そんな彼は生娘であり圧倒的な武威を持つ明日香に惚れこんで彼女を主として敬っていた。
新はそこまで考えて思考を切り替えると徐に口を開いた。
「少し三人に相談したいことがあってな。今って時間大丈夫か?」
「大丈夫だよ。私たちも暇してたし」
と言って手元にあった本を翳して見せるエピス。本のタイトルからして恐らく三人は〝竜王族〟に関する情報を得ようとしていたのだろう。
(〝竜王族〟――単純な暴力では頂点に君臨する最強種、か)
孤高にして最強と謳われし種族――それが〝竜王族〟である。
彼らは北大陸を住処としており、〝魔族〟が猛威を振るっていた千二百年前からほとんど大陸外へ進出することがなかった。
その理由としては種族の性質として俗世に興味が薄く、他者への関心もまた薄いからであるとされている。故に〝魔族〟が世界を席巻していても放置していたのである。
例外は二度だけ。一度目は驕った〝魔族〟の軍勢が北大陸に侵攻した時である。その際はたったの一夜にして侵攻軍は壊滅、只の一人も生存者はいなかったという。
二度目は〝人族〟の〝獅子心王〟と〝英雄王〟が来航した時のことだ。彼らは当時八種存在していた〝竜王族〟と互角以上に渡り合い、最後には〝竜帝〟との謁見に成功し協力を取り付けることにも成功する。
それによって〝竜王族〟は筆頭種である〝天銀竜〟を先頭に大戦に参戦、これを契機に戦況は四種族連合有利に傾いて行ったという。
(だが、大戦後に忽然と姿を消した〝英雄王〟の件を巡って〝人族〟と仲違いをしてしまい、以降はずっと北大陸に籠ったままだという話だ)
〝竜王族〟は他種族と異なり、その巨きな翼で以って長距離飛行を可能としており、荒れ狂う世界の海事情を物ともせずに他大陸へ赴くことが出来る。
それでも住処である北大陸から出てこないということは、大戦前のような俗世への無関心さを取り戻してしまったのだろうと予想されている。
(そんな種族の協力を取り付ける、か。……難しいだろうな)
恐らくは〝精霊族〟の時以上の困難が待ち受けていることだろう。加えてこちらには千二百年前の〝獅子心王〟や〝英雄王〟のような〝人族〟の英雄はいない。故に興味なし、と一蹴されることすらあり得る。
(でもやるしかない。そしてその困難を乗り越えるには更なる力が必要だ)
新はそこで〝竜王族〟に関する思考を打ち切ると黙り込んだ彼に首を傾げている三者に向かって再び口を開いた。
「俺は弱い。恐らくこの場にいる誰よりも。だからこそ強くなりたい――いや、ならなくちゃいけないんだ」
「ほぉ、良い気迫だ。それでこそ益荒男ってもんだ。で、何かお前自身に考えはあるのかよ?」
「ある――これだ」
好意的に笑うイグニスの問いかけに新は手元に召喚した双剣を机上に置いた。それを見た三者の雰囲気に真剣なものが交じる。
「……神剣か」
「ああ、そうだ。〝月光王〟が創生した神剣〝干将莫邪〟――夜を司る双剣だ」
〝干将莫邪〟。
二百年前の第一次人魔大戦期に〝人族〟を守護する神である〝月光王〟の手によって精製された五振りの神剣の一振りである。
二振りで一つの神剣であり、闇夜においてその真価を発揮するという極めて限定的な力を有している。
されど、この神剣は二百年前の大戦時に一人だけ所持者が居たのみであり、新が手にするまでは歴史に登場することはなかった。
加えて当時の混乱によりどのような活躍をしたのか、どのような性質を持っていたのかという情報は紛失しており、辛うじて夜を司る、ということだけが文献に記されるのみである。
「だからどういった使い方が最善なのかとか、どうすれば力を引き出せるのかとかが全く分からないんだよ」
神剣には意思があり、所持者を自ら選ぶ。
そしてその意思が好む気質というのは大抵判明しており、同じ〝人族〟の神剣の〝天霆〟なら智、武、勇の全てを持つ勇士を好むし、〝聖征〟なら自分と共に歩む意思を示すことのできる相棒を好む。
〝炎滅〟なら燃え盛るような激情を持つ者を、〝呪殺〟なら狂おしいほどの殺意を秘めた者を。
しかし〝干将莫邪〟のみほぼ伝承が失伝している為、どのような気質を好むのか不明なのである。故に他の神剣のように意思が好む気概を狙って示す、ということが難しいのだ。
「それが分かれば先に進めると思うんだが……〝精霊族〟には何か伝わっていないか?」
「う~ん、少なくとも私は知らないなぁ。前にお母さまにも聞いたことがあるけど知らないみたいだったし、〝精霊帝〟様なら知ってるかもってレベルじゃない?」
「オレ様も知らねぇな。馬はなんか知ってるか?」
「馬とは失礼な物言いですが……申し訳ありませんが、ワタクシも存じ上げないですねぇ」
ただ、とテンペストはわざとらしく咳払いをしてからその金眼を新に向けてきた。
「昔、ゼヒレーテ陛下との会話の中で少しだけ聞いたことがあります。なんでも〝干将莫邪〟の所持者はほとんど表舞台に出てこなかったとのことです」
「……らしいな。それは俺もゼヒレーテ陛下から聞き及んでいる」
新は先の戦いの後、〝精霊族〟の頂点たる〝精霊帝〟ゼヒレーテに己が神剣について聞いていた。
彼(または彼女)はその際、新が腰に差している二振りの神剣に目線を注いでこう言ったのだ。
『その神剣所持者とは我も直接顔を合わせたことはない。ほぼ表舞台に上がることはなく、その素顔を知っているのは〝月光王〟のみやもしれぬ』
「なるほどな」と何かに気づいたのかイグニスが腕を組んでしかめっ面を浮かべた。
「もしかしたらその事実こそが鍵なのかもしれねぇ。人前に出ない――陰に徹する生き方こそが〝干将莫邪〟の好む気質なのかもな」
「あぁ、なるほどねー!それが答えかも。だって神剣所持者って普通顔バレしないなんてありえないじゃん。あれだけ強力な力を持っていてそれでも正体を隠すなんて無理だし。でもその無理こそがその子が求めるモノだとすれば……」
「〝干将莫邪〟自体が所持者の正体を隠すことに肯定的で、力を貸していたってわけか……」
話の筋は通っているように思えた。何より神権である〝夜刻〟は夜闇、もしくは暗闇において所持者の魔力や身体能力を向上させるというものであり、それは陰に徹するという生き方を肯定しているかのようでもある。
だが――、
(何か違うような気がするんだよな。方向性はあってるけどニアミスしているかのような、惜しいという思いがこいつらから伝わってくる)
――机に置かれた双剣の柄に手を這わせれば、抗議するかのような意思が伝わってきた。それは正解ではないと言いたげに微熱を発している。
(だとすれば正解はなんだ。影に潜み敵を狩る生き方、闇の中で活動する、正体が暴かれてはいけない……?)
それはまるで――、と新が思考した瞬間だった。
突如として艦内放送が鳴り響いた。
『北大陸の姿を確認した。これより当艦は南の寒冷地帯を避け、西側から侵入を試みる。総員、直ちに艦橋に集まられたし』
オルトリンデを操縦しているテオドールからの指示である。
これ以上は話を続けることは出来ない。
新は〝精霊族〟の三人と顔を見合わせて頷くと、共に艦橋へと向かうのだった。




