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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
十章 王道を歩む者
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一話

 時は少し遡り――神聖歴千二百年十一月五日。

 北大陸(グリューン)近海、天空を往く銀色の船の姿があった。

 優美さを感じさせる船体を持つ飛空艇――オルトリンデである。

 現状、エルミナ王国唯一の飛空艇であるこの船はエルミナ亡命政府の一行が乗っている。


「まぁ、亡命政府といってもこの数じゃ見栄えがな……」


 と、呟くのは黒髪黒目の少年であった。その両腰には一対の双剣が吊り下げられている。

 彼の名は宇佐新。異世界より召喚された〝勇者〟の一人であり〝闇夜叉〟(タナトス)の二つ名を持つ人物だ。所持する固有魔法も、神剣も彼の二つ名の由来となっている。

 

「なんか言った~?」


 新のぼやきに反応したのは同じく異世界より召喚された〝勇者〟の一人、江守明日香だ。

 彼女は剣才に溢れた少女であり、所持する固有魔法と合わせて〝剣姫〟(ミトラ)の二つ名を持つ。

 陽光の当たり具合では茶色にも見える明るい黒髪を持ち、同色の双眸には僅かに稚気が垣間見えている。どうやら新の事をからかおうとしているらしい。


「只の独り言だ。それよりも体調は大丈夫なのか?」


 その気配を敏感に察知した新は先手を打って会話を逸らした。しかも簡単には流せない話題である。


「……私は大丈夫だよ。そう言う新くんこそ大丈夫なの?神剣所持者から攻撃されて気絶したんでしょ?」

「大丈夫に決まってる。西大陸を出立する前には完治してたの、お前だって知ってるはずだろ」

「えへへ、そうだっけ?ごめん、忘れてた~」

「お前な……」


 快活な笑みを浮かべる明日香に新は呆れた声を発する。けれどもその瞳には不安げな色が宿っていた。


(明日香はエクサルとの戦いでかなり負傷したという。でもそれは直後に得た神剣の加護で回復している。だから問題は戦闘によって受けた傷じゃない。神剣を二振りも手にしたことによる弊害の方だ)


 西大陸における決戦時、明日香は〝黒天王〟が創生したとされる神剣〝曼珠沙華〟と〝天冥鳳凰〟の二振りに選ばれた。

 それによって得た力は圧倒的で、神剣〝破邪〟によって鉄壁の護りを有していた〝精霊族〟のエクサルを打ち破ることに成功している。

 けれども本来、神剣は一人につき一振りしか所持出来ない。理由は単純で、神剣から得られる膨大な力を受け止め使用する所持者側の限界があるためだ。


(神剣一振りですら使用者に多大な負担を強いる。俺も〝干将莫邪〟を振るっている最中はかなり身体に負荷がかかっている。そんな神剣を二振りも使用するなんて無茶もいいところだ)


 神剣が〝王〟の手によって生み出された二百年前から現代に至るまで、二振り以上を所持した者などこれまで存在し得なかった。だが、ここにきて初めてその前例が生まれることになる。


(前例がない以上、負荷がどれだけのものかは察するしかない。だけど……とても耐えられるものじゃないと思うんだよな……)


 新は神剣〝干将莫邪〟(ヤグルシ・アイムール)を所持している。それは双剣の形を成しており、二振りではあるが、一対として一振りの神剣である為、負荷は一振り分しか掛かっていない。

 だが、それでも使用時には人の身には過ぎたる力だな、と感じてしまうほど強大な力の奔流を感じるのだ。それが単純計算だけでも二倍となると身体が爆発していない方が不自然だと思ってしまう。


(接している感じ、今まで通りみたいだけど……)


 現在二人がいる場所――オルトリンデの艦橋から外の景色を見つめる明日香の姿は平常時のそれだ。

 特に苦しんでいる様子はなく、何時もの屈託ない笑みを浮かべている。

 誰が見てもいつも通りの彼女だな、と感じる姿であるが、それが却って新には不安を感じさせていた。


(明日香はあまり人前で弱みを見せない。例外は夜光の前だけだった)


 間宮夜光――新たち〝勇者〟四人の異世界召喚に巻き込まれる形でこの世界にやってきた人物である。

 新や明日香にとっては良き友人であり、陽和にとっては頼れるもう一人の兄のような存在であった。

 勇はその陽和に対する感情から夜光のことを良く思ってはいなかったが、他三人にとっては信頼のおける存在である。


(何故か夜光の前だと弱さや悩みを見せてもいいかって気持ちになるんだよな……)


 彼の生真面目な気質は相談事にはもってこいと言えた。どんな悩みを話しても彼は真剣に受け止め、前向きな方向へこちらの意識を切り替えてくれる。

 それに責任感が強いことから途中でこちらを見放したりもしない。そういった性格であるから自然と悩みを相談してしまう――そんな存在であった。


(その夜光が居なくなったことで皆の精神面が不安定になっている)


 明日香だけでなく、新自身もそうだし、シャルロットやクロードもそうだ。彼らは大なり小なり夜光を頼っていた。だからこそ精神的支柱を失った現在は何処か不安定さを感じさせる。


(何とかしなくちゃいけないな。このままでいいはずもない)


 精神的に不安定な状態ではこの先の戦いで生き残れる可能性が低下する。相手の精神を揺さぶる攻撃を得意とする、新たちにとって宿敵であるノンネがまた現れでもしたら付け込まれる危険性があった。


(問題なさそうなのはテオドールさんとカティア先生くらいか)


 艦橋で飛空艇の操作を行っているテオドール・ド・ユピター公爵は一貫して安定した態度であった。

 一行の〝人族〟最年長でもある彼は先代〝王の剣〟としてだけでなく、公爵として長年エルミナ王国に仕えている。権謀術数蠢く貴族社会を生き抜き、生死の狭間を彷徨う戦場を幾つも乗り越えてきた。

 その豊富な経験から精神的に安定しており、そんな大人である彼がどっしりと構えていてくれるからこそ一行は何とかやっているのだ。


(っていうかテオドールさんはこの中で唯一の大人だしな。カティア先生もまだ十八歳――俺の一個上だし)


 と、制御盤を操作しているテオドールの隣に立ち彼と会話している女性に眼を向ける。

 長い白髪に翠玉(エメラルド)の如き翠眼を持つ女性――それがカティア・サージュ・ド・メールである。

 彼女は整った顔立ちに穏やかな表情を浮かべていることが多く、新たち〝勇者〟が彼女を師として教育を受けていた時はまるで聖母のようだと感じたものだ。

 そんな彼女は教職に就いており、博識である。特に四大元素魔法に詳しく、その四種の魔法においては王国随一とまで呼ばれていた。

 更に固有魔法〝不動金剛〟の所持者でもあり、その鉄壁さから〝楯の乙女〟という二つ名を付けられている。

 才気に溢れ、若くして飛び級で教職に就いた彼女は精神面も成熟しており、安定している。とはいえ年相応の反応を示すこともあり、安定度でいえばテオドールの次くらいだと新は評価していた。


(年齢だけで言えばクロードさんが次点に来るんだけど……)


 次いで視線をカティアから外して艦橋の先端を見やる。カティア達が立っている場所から数段低い位置にあるそこには二人の〝人族〟が立っていた。

 その内の一人、茶髪金眼の青年に視線を向ける。


(パッと見は安定しているように見える。けれど――シャルロットさんを見つめるあの視線は……)


 と、新は不安げに青年――クロード・ペルセウス・ド・ユピター大将軍を眺めやる。

 彼が主君たる姫に向ける視線には時折苦し気な色が混ざっていることに新は気づいていた。そしてその度に、そのような視線をかつて一人の少女に向けていた親友の姿が重なって見えるのだ。


(まさかとは思うけど、クロードさんはシャルロットさんに……?でも彼女には夜光がいるし)


 だからこそあり得ないと思ってしまうが、それでもかつての経験が全くないと断じてくれない。

 どうしても重なって見えてしまうのだ。愛憎に狂い、裏切った親友の姿と。


(それに想い人の相手が夜光だというのも重なって見える原因なんだろうな。……全く、あの女たらしが)


 本人にその自覚はないのだろうが、夜光は元の世界でもモテていた。勇のように表立って騒がれるタイプではなく、裏でこっそりとあの人良いよね、と囁かれるタイプではあったが、それでも彼に好意を寄せている女性を何人か新は知っていた。


(だが、シャルロットさんと夜光の場合は全く話が違ってくる。二人が恋仲なのは公然たる事実だ。それは彼女が〝守護騎士〟に夜光を任命している時点で分かりきっている)


 故にクロードもそのことについてはとっくに承知しているはず。だが、それでも諦めきれない想いというのが恋心というものであることも新は理解していた。


(それに夜光は生死不明、加えて今回の長旅ではクロードさんはシャルロットさんの護衛として動くことが多い。……拙いかもしれないな)


 しかしどうしようもない事だとクロードとて理解しているはずだ。シャルロットは夜光を生きていると思っているし、当然想いも彼に向けたまま。それはこの場にいる誰もが理解している事だ。


(クロードさんは大丈夫なはずだ。彼は勇と違って分別ある大人だし、夜光の事を戦友だと思っている。勇のような真似はしないはずだ)


 理屈の上では問題ないと判断している。しかしそれでも不安を隠し切れないのは勇という前例があるからだ。

 けれどもそういった懸念があるからといってもどうしようもない。ただ信じて見守る事しかできないのだ。


(それにシャルロットさんの方も心配だしな……)


 と、クロードの斜め前に立つ少女に眼を向ける。

 腰辺りまで伸ばした金髪が美しい少女だ。純粋さを感じさせる碧眼は窓の外の大空に向けられている。

 そんな彼女の名はシャルロット・ディア・ド・エルミナ。エルミナ王国の第三王女であり、今は亡命政府の主でもある。

 彼女は先の西大陸での戦いでナイトメアという名の神剣所持者によって一度は拉致されたが、その後明日香とユニコーン族族長のテンペストの手によって救出された。特に何かされた形跡はなく、ただ魔法によって眠らされていただけだったのだが、彼女は何もできなかったどころか足を引っ張ってしまったと自分を強く責めていた。

 新たちとしては守護するべき主をみすみす敵に奪われたことに慚愧の念を抱いているので、彼女が自分を責める必要などないと思っている。悪いのは主君を守れなかった自分たちであり、主である彼女がそのように思い詰める必要などないと。

 けれども彼女は己が無力感に苛まれており、あの一件以降、言葉数が減っている。表向きの対応は変わらないが、今のように考える時間が多いとあのように窓の外に広がる景色を眺めて物思いにふけることが多くなっていた。


(気にするな、とも言えないしな。彼女の悩みは同じ立場にいる者にしか分かりえないだろう。だけどそんな存在はそうそういない)


 生き残った――残してもらった王族としての責務、重圧は半端なものではないだろう。国を、民を背負って他種族に助けを求めに行かなくてはならないという責任はあまりにも重い。いくら王族といえども若干十四歳の少女に背負わせて良いものではないだろう、と新は思っていた。


(そこに加えて愛する者の生死不明――しかも死亡した可能性の方が高い――とくれば精神的に崩れてもおかしくはない)


 けれども彼女は崩れることなく〝精霊族〟と対話し協力を取り付けるに至った。一度、本人にそう言ったことがあるが、彼女は「皆さんが頑張ってくれたおかげです。わたしは何もしていません」と力なく微笑んでいた。そのようなことはないし、そもそも主として配下の功績を自分の事としても全く問題ないのだ。


(けれどそれをよしとしない所が彼女の美点でもあり欠点でもある)


 儘ならぬ現状に溜息を吐く。

 このように悩みが多い新自身もまた問題を抱えていた。

 

(俺も強くならなくちゃいけない。早くこいつらの真価を引き出せるくらいにならないと)


 と、両腰に吊るしている双剣に軽く手を這わせる。

 新は先の戦いで同じく神剣所持者であるナイトメアに成すすべなく敗北している。しかも一撃で気絶させられるという醜態を晒してしまっていた。


(このままじゃ他の神剣所持者の誰一人にも勝てない。あのノンネとまた会った時に手も足も出ないだろう。それじゃあ駄目だ)


 新の現在の目的はノンネを打ち倒し、勇を改心させて陽和を取り戻すことだ。だが、その為には力がいる。今の実力ではかつてのように敗北を喫するだけだろう。


(雑兵を倒して粋がってる場合じゃない。下ではなく上を見続けて実力を向上させていかないと)


 だが、その為の手段が分からない。通常の魔法や固有魔法の修練は継続していて、少しずつ成長していると師たるカティアからお墨付きをもらっている。

 しかし神剣となるとそうはいかない。博識なカティアも神剣の力の引き出し方は知らなかったし、新自身もよく分かっていなかった。

 故に同じ神剣所持者となった明日香に聞きたい所ではあるのだが、果たして今の彼女に負担を強いるような真似をしていいのかと新は躊躇してしまっていた。


(どうするべきか……いや、待てよ。〝人族〟の皆に負担をかけるのが拙いのなら――)


 今現在、特に大きな悩みなど持っていなさそうな面子がこの船には乗っている。

 その事を思い出した新は艦橋から離れ、一人艦内へと足を向けるのだった。

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