プロローグ
雄大なる山々が連なる大地――五大系種族最強と謳われし種族の住処。
幾つもの高低差を生み出す山脈の中で、最も天に近い山の頂上に立つ少女が居た。
絹糸の如き金髪――自ら肩口まで短くしたそれは決意の証だった。藍方石の如き純度の高い碧眼にも覚悟の光が湛えられている。
身に纏う白銀の外套は吹きすさぶ風に煽られはためいている。
「よくぞ試練を乗り越え再び余の元へたどり着いた」
少女と対峙する存在が声を発した。たったそれだけの事、されどその一言は空を斬り裂き大地を震わせた。
圧倒的な存在感――並みの者であったならば即座に意識を手放していたことだろう。
されど、少女は気圧されずに気迫の眼差しで天に浮かぶその存在を見つめるだけだ。
その態度に空の支配者は満足げな吐息を溢した。
「……見違えたぞ、〝人族〟の姫よ。ここに至るまでに随分と成長したようだな」
ならば再び問おう――と男は顎を開いた。銀色の鱗が太陽を反射して煌めいている。
「汝は誰が為に、何が為に力を欲するか?」
〝竜王族〟を統べし〝竜帝〟の問いはかつても投げかけられた物だった。けれども当時、迷いの中にあった少女は答えられなかった。
しかし、今ならば答えられる。多くの試練を乗り越え、自らの内を見つめ直し、覚悟と決意を経た今ならば。
少女は空に浮かぶ巨大な生物の眼を見た。薄い銀色の瞳は悠久の刻を生きた者特有の達観した眼差しをしている。
「わたしは――わたしを信じて下さる人の為、国元で待つ多くの民の為、そして愛する人の為に戦います!」
そして、と少女は周囲で吹き上がる風音に負けじと声を張り上げる。
「その人々を救い、導く為に――力を欲します!」
迷いなど一切ない言葉を受けた〝竜帝〟は、自らより遥かに弱者たる少女の姿に王者の気配を見て取って笑った。その気性は正しく〝竜王族〟が好む性質であったからだ。
「良かろう!ならば与えん、汝が望む力を――!」
空の支配者たる〝竜王族〟の頂点に君臨する帝の声に――山々で満ちる大陸のあちこちから幾多もの咆哮が上がった。その音波は空気を震わせ、世界に〝竜王族〟ここにありと示す証となる。
銀の鱗を持ち、そこに多くの古傷を残す歴戦の古竜は巨体を支える大翼を広げて天に吼えた。
「千二百年の時を経て、今ここに新たなる〝竜の巫女〟が誕生した!我が同胞達よ、巫女の呼びかけの元に馳せ参じよ!」
天が、地が、人が震える時代が再びやってくる。かつて世界を席巻した〝魔族〟ですら支配できなかった最強種が今、動き出すのだった。




