エピローグ
続きです。
〝雷帝〟と〝王の盾〟が激突していた頃――ノンネは大帝都北に位置する近郊にいた。
身に纏う外套は襤褸切れのようになっており、その下で艶めかしい肢体を覆う革続服も所々が破けていて白い素肌が見え隠れしている。
その素肌も無数の裂傷で赤く染まっており、左腕に至っては可動域を越えた方向に曲がってしまっている。
唯一、顔を覆う仮面だけが微かに亀裂が入っているだけで大した損傷はなかった。
「ふふ、流石は最強にして最恐の〝王〟……あわや死ぬかと思いましたよ」
〝仮面卿〟の襲撃を受けたノンネは辛うじて生き延びあの場を脱出することに成功していた。
だが、その代償は大きく、ノンネは左腕を折られ全身を負傷、勇は両手足を切り落とされて意識不明の重体にされた。
「ですが、ヒヨリ様を奪われることはなかったですし、ユウ様も〝魔人〟である以上、いずれ回復することでしょう」
神剣〝曼陀羅〟の力を最大限使用し、勇に気を取られていたシュバルツを欺いた。今頃はあの場に残しておいた幻影で形作った陽和の身体に気づいて激昂していることだろう。
「それにしても……妙でしたね。何故、あのお方は〝王〟としての力を振るわなかったでしょうか」
〝王〟としての気配を隠して接近されたが故に奇襲を許してしまったが、それ以降は隠す必要などなかったはず。
だというのに彼は〝力〟を使用せず、王権であるあの黒刀の権能すら封じて戦っていた。
故にノンネたちは助かったわけだが、何故彼がそうしたのかという疑問は残る。
「可能性として考えられるのは……他の〝王〟に感づかれたくなかった?それならば一応は納得できますが……」
大帝都には〝黄金の君〟と〝天獄の門を開く者〟が居た。後者はまだ〝王〟として未覚醒だが、前者は〝王〟としてこの世界の開闢から君臨している。あの場で〝王〟としての力を振るえば間違いなく感づかれただろう。
「しかし何故気づかれたくないのかが分かりませんね。仮令、見つかったとしても今の〝終焉を齎す者〟であれば撃退は容易なはず――いえ、そもそもの前提が違う?」
攻撃されるのを恐れたのではなく、正体を暴かれることを避けたのだとすれば。
「……なるほど、であればあの仮面を着用している理由にもなりますか。〝陽の王〟と〝天の王〟は顔見知りですからねぇ」
ノンネは納得したと含み笑いを浮かべるも、直後に全身から発せられる痛みに顔を顰めた。
「今は大帝都から離れることを優先するとしましょうか。妹君を連れ去られたことに気づいたあのお方が追ってくるでしょうから」
彼女は〝曼陀羅〟を振るい己の痛覚を誤魔化すと、地面に転がっている二人の〝人族〟を風魔法で宙に浮かせてその場を後にした。
……それから暫くしてその場にやってきた黒衣の男は、大地に点々とついた血の跡を見つめて声を漏らした。
「……殺してやる」
低く、唸るようなその声音は殺意に塗れており、彼が発する覇気と交じり合って世界に静寂を強いた。
生ある者全てが息を潜める夜闇の中で、死と恐怖の化身たる〝王〟の赫怒が空間を歪ませるのだった。
今回で九章〝明けぬ夜〟は終了です。
次回より十章〝王道を歩む者〟が開始します。




