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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
九章 明けぬ夜
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十四話

続きです。

 神聖歴千二百年十一月二十日。

 大帝都クライノート、帝城アヴァロン――玉座の間。


 この場所は永い年月が経過しようとも変わらない、とシュバルツは感慨に耽った。

 磨き上げられた大理石の床は魔法によって保護されており傷一つなく、等間隔で立つ支柱もまた同様である。

 出入り口である大扉から玉座へと真っ直ぐに赤絨毯が敷かれており踏みしめても音がほとんど出ない。

 頭上を仰ぎ視れば吹き抜けになった二階部分――行事がある際には楽団が入って演奏する場所が見て取れる。

 中央に眼を向ければ天窓の先から覗く月明りを認識することができた。

 深夜の玉座の間――昔であれば蝋燭の頼りない光しか光源がなかったが、現代においては発光する魔導具がある為、歩行に支障は出ない。けれども意図的に光量を抑えているからか薄暗く感じ、それが場の荘厳さや神秘性を高めていた。

 と、シュバルツが感慨深げな思考を漂わせながら部屋の奥へと向かえば、この場に居たもう一人の人物が声を発してきた。


「このような時間にすまないな、シュバルツ大将軍」

「いや、気にすることはないさ。要件が要件だからね」


 この場には二人しかいない――故にシュバルツも、玉座に座する青年も砕けた物言いであった。

 シュバルツは黒き仮面に手を当てて位置を調整しながら応じる。


「脱走したヤコウ・ヴァイス・ド・セイヴァーについては以前も説明した通りだよ。交戦はしたけれども結局取り逃がしてしまった。その事については僕の失態だと思っているし処罰も受けると伝えてあるはずだけど?」

「ほう、そなたほどの武人が取り逃がすとはな。相手は長期間の拘束で弱っていたはずだが?」

「だからこそ油断したのさ。弱っていると思い込んでいたから力加減を誤ってしまった」

「そなたが何者であるかについては余も何となく悟っている――と言ってもか?」

「……なら僕もキミが何者と手を組んでいるか悟っている、と言っておこう」


 互いにけん制の応酬――両者が放つ覇気が衝突し場の空気が目に見えて重くなる。

 玉座の下に立つシュバルツは濃密な闇を従えており、玉座に腰かける青年――レオンハルト皇帝の身体からは雷電が迸っている。

 場を侵食する緊張感が高まってゆき弾けそうになった瞬間――レオンハルトは威圧を消して微笑んだ。


「まあ、良い。互いに口に出すのを憚る内容だとは理解している。目的や手段は違えどもこの国を護るという一点においては余とそなたの意見は一致していよう。故に我らは今日までやってこれたのだ」


 確信と共に言い切ったレオンハルトは肘掛けで腕を曲げると頬杖をついた。


「とはいえ失態は失態だ。主として臣下に適正な論功行賞を行わねば示しがつかんからな。……そなたには年明けに姉上と共にエルミナ属州に向かってもらう。二人には属州の治安回復任務に当たってもらうが、そなたには別途任務を命ずることで罰としよう」

「……何をさせる気だい?」

「そう警戒するな。……そなたには禁忌指定保管庫について探ってもらいたい。出来れば発見しその場を抑えてもらいたい所だな」


 禁忌指定保管庫。

 それはエルミナ王国が聖王国時代から連綿と保っていると言われている禁術を保管している場所だ。

 禁じられた魔法や威力や代償が高すぎて封印指定とされた戦術級、戦略級の魔法の数々が眠っているとされている。

 もしそれを確保出来れば今後の戦争においてアインス大帝国が有利になることは間違いないと言えよう。

 しかし――、


「眉唾な話だろう。もしそのような場所があって、そのような物が保管されているのなら、何故先の戦争で使用しなかったのかが分からない」

「しなかったのではなく出来なかったのだとすれば?それほどの禁忌を封じている場所であれば解放条件が難解になっていることは予想に容易い。加えて当時のエルミナ王国は内乱、それが終結した直後に我が国からの侵攻を受けており時間もなかったはずだ」

「一理あるけれど……」


 ない、とはシュバルツも言い切れなかった。聖王国時代の千年間、あの国を裏から支配していた〝王〟の権能を鑑みれば存在している可能性は十分にあるからだ。


「……分かったよ。探してみるとしよう。けれどあの国に残された王族は二人――内一人は潜伏しているから実質一人だ。それに先の戦争で国王はその一人の手によって討ち取られている。仮に王のみの口伝だとすれば失われた可能性がある。あまり期待はしないでくれ」

「それでも良い。最悪、我が国以外が使用できなければそれで良いのだ」


 そう言ったレオンハルトは嘆息交じりに呟いた。


「我が国にもそういった物があれば良かったのだがな……」

「…………」


 だが、それはあり得ない。アインス大帝国は二百年前までは魔法はおろか魔力すら扱う術がなく、それらは〝魔族〟しか扱うことが出来ないものだと思い込まされてきた。その為、魔法技術に関してはここ二百年分しか有していない。それは他国も同様であるが唯一の例外がエルミナだった。かの国には二百年前まで魔法技術を秘匿してきた存在が居たからだ。


あの女(、、、)は死んだ――はずだけど……)


 と、シュバルツの思考が逸れそうになった時、レオンハルトが身じろぎしたことで注意を再び眼前に向けることになった。


「ない物ねだりをしていても仕方がないか。それに我が国には他国より遥かに発展した魔導技術があるからな。奇才アルヒミーや天才アウレリウスを始めとする大勢の魔導技術者が日夜様々な物を生み出してくれている。これらがあれば千二百年前に初代皇帝陛下や英雄王陛下が成し遂げられなかった世界統一も可能であると余は確信している」

「版図をこれ以上拡大しても治め続けることは出来ないと思うけどね――いや、既に綻びが生まれているか」


 とシュバルツが皮肉気に指摘してやれば、レオンハルトは理解していると頷きを見せた。


「そうだな。だが、それら有象無象の抵抗ももうじきなくなるであろう。圧倒的な力の前には何者であろうとも膝を屈する以外の選択肢はなくなるものだ」

「……仮に出来たとしても長続きはしないと思うけどね。力による不満の押さえつけ、圧政は必ず崩壊する。それは歴史が証明していることだ」

「今回ばかりは違うと余が証明してみせよう。有史以来、今日に至るまで生まれてこなかった絶対的な力――神々さえ防ぐことの叶わぬ究極の力によってな」

「…………」


 妄言にしか聞こえない台詞であるが、これを言っているのが〝雷帝〟レオンハルトであることが問題だった。

 彼の資質や魅力は本物だ。そしてそんな彼に魅了され集った面々も綺羅星の如き将星や天才奇才揃い――はっきり言って帝国の歴史上、最も人材が厚い時代だとシュバルツは思っている。


(二百年前はおろか千二百年前の〝天軍〟や〝天部〟に勝るとも劣らない陣容の厚さ――いや、技術面だけでいえば勝っている。本当に世界全土を征服することが出来るのかもしれないな)


 だが、それが長続きするとは考えにくい。古今東西、武力を背景にした統治は短命に終わっているし、シュバルツ自身の考えとしても無理だと思っていた。


(どうやっても人々から反抗の意思を完全に消すことは出来ないだろう。人に自我があり、意思がある限りそれは叶わない。仮に弾圧――恐怖政治体制を敷いたとしてもだ。いつかは必ず終わる)


 それにこの世界には権能を行使できる神々――〝王〟が存在している。彼らが静観し続けるはずもない。レオンハルトはその〝王〟さえも抗えない程の力、と言っていたが、シュバルツとしては懐疑的だった。〝王〟が本気になれば大国とて滅びる。仮に全ての〝王〟が敵対しその絶対的な力を振るえば世界さえも耐え切れないだろう。

 それほどの〝暴〟と対峙して超克できると考えているのは〝王〟の力を目の当たりにしたことがないからだろうとシュバルツは思っていた。


(そのような安易な考えでこの国を危険に晒すのは止めて欲しいんだけどな……)


 不満には思うが、だからといって排除するわけにもいかない。手段や過程がどうあれレオンハルトは愛国者だ。この国を想い護ろうとしている意思は本物である。

 そんな彼と同じくこの国を護りたいと考えている身としては意見は違えども敵対する気はおきない。


(まあ、この先の展開についてはある程度予測出来ている。この国が生き残る道を僕の方でしっかりと選んでいけば問題はない)


 シュバルツはそう考えを纏めると踵を返して歩き出した。レオンハルトも言いたいことは言い切ったのかこちらを止める気配はない。

 ふと、シュバルツはあることを思い出して半身で振り返ると玉座からこちらを見つめる青年を見やった。かつての戦友にして義兄弟でもあった男によく似た美顔――端正さの中に若獅子の如き勇猛さを秘めたその顔に哀愁を感じながら言葉を発する。


「気になっていたんだけど――先ほどのやり取りで確信したよ。どうやらキミは〝天霆〟の寵愛を得たようだね。……その前所持者については知っているのかな?」

「エルミナ王国で召喚された勇者の一人がそうだったと報告を受けているが……こうして余の元に来たということは先の戦争で戦死したのではないのかと思っているがな。討ち取ったという報告はないが」

「…………そうかい。なら良いんだ」


 しばし仮面の下からレオンハルトの金眼を見つめたがそこに嘘や誤魔化しの色はなかった。

 故にこの件について彼はノンネとは無関係だと判断したシュバルツは今度こそ玉座の間を後にするのだった。

新年明けましておめでとうございます。

今年も宜しくお願い致します。

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