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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
九章 明けぬ夜
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十三話

続きです。

 真夜中の満月――月明りが照らす薔薇園に出た夜光は中央に立つ一人の人物に目を向ける。

 黒髪に顔を黒き仮面で覆った男だ。身に纏う衣類も黒であり、腰に吊るす得物もまた同色の刀であった。

 全てが漆黒に包まれた男――月明りが遮られれば闇夜に融けて消えてしまいそうなほど儚い雰囲気を纏っている。

 けれどもその身から放たれる隠しようもないほどの覇気が存在を嫌と言うほどに主張していた。

 そんな男の正体を夜光は知っていた。忌々しい記憶――敗北の思い出と共にその名を口にする。


「シュバルツ大将軍……!」


 すると彼――アインス大帝国における武官の頂点〝護国五天将〟が一人、〝帝釈天〟ノクト・レン・シュバルツ・フォン・アインスは軽く頷いて言葉を発した。


「そういうキミは夜光(、、)・ヴァイス・ド・セイヴァー大将軍だね」


 先の戦いにおいてバルト大要塞で交戦した身――故に互いを認識している。

 けれどもこちらの名前を発したその声に、以前とは異なる感情が宿っていることに気づいた夜光は怪訝そうに眉根を寄せた。

 その仕草に気づいたのか、シュバルツは左手で仮面を撫でながら呟く。


「そうか、キミはあの時の記憶がないんだね。まぁ、意識が混濁としていたみたいだから無理もないことか」

「……何の話だ?」

「僕の正体について以前キミに伝えたことがあってね。……今、改めて伝えよう」


 そう言うとシュバルツは周囲を見回した。気配を探るかのようなその仕草に思わず夜光も周辺の様子を伺うが、特に何の気配も感じない。


「この場所は特殊な空間でね。千二百年前から存在しているんだ。……だからこそ未だここには〝神力〟の残滓が残っている。故に誰の〝眼〟も覗き見ることは叶わないんだけど……念のためにね」


 と、言ったシュバルツは仮面をゆっくりと外した。その下から現れたのは意外にも何処か幼さを残す少年の顔――


「…………は?お、お前――」


――その顔は夜光がよく見知ったものだった。

 だが、あり得ない。そんなはずはない。この場所に彼が居るはずがなかった。

 幻覚か、あるいはそういった魔法かと疑い始めた夜光に素顔を晒したシュバルツは微笑んだ。


「……久しぶりだね、夜光」

「…………お前なのか――蓮」


 その笑い方も、笑顔も、声音も、仕草も――何もかもが見知ったもので。

 自然と確信してしまう。眼前の少年は本物であると。本物の――天喰蓮(あまじきれん)であると。


「なんで――どうして……」

「ごめん、夜光。あまり時間がないんだ。キミが脱走したことはとっくにバレているから追手がかかっている。だから事情を話している時間はない。けれど――これだけは言える。僕は今も昔もキミのことを親友だと思っているよ」

「それは、俺もだけど……」


 天喰蓮。

 夜光と同じ世界、同じ国、同じ場所で暮らしていた少年であり、共に過ごした時間は家族の次に長い親友である。

 この世界に夜光がやってくる前に失踪しており、行方が杳として知れなくなっていた。

 そして〝勇者〟としてこの世界に召喚された天喰陽和の兄でもある――。

 と、そこまで思考が行き着いた夜光はハッとして口を開いた。


「色々聞きたいことはあるが……時間がないならこちらも手短に言う。陽和ちゃんがこっちの世界にきている」

「それは知っているよ」

「じゃあこれもか?今、彼女は勇によって何らかの手段で操られていて、あいつのいいようにされているってことも」

「…………は?勇って……一瀬勇のことかい?彼がこちらの世界に陽和たちと共に召喚されて〝勇者〟として戦っていたというのは知っている。先のエルミナ征伐において行方不明になったとも聞いているけど……生きていて、しかも同じく行方不明の陽和をいいようにしていると?」

「そうだ。あいつは俺が捕らえられていた地下にやってきたんだ。その際、陽和ちゃんを連れていたんだけど、彼女は自我がない人形みたいになっていて、勇に身体をまさぐられても何の反応も示していなかった」

「……本当かい?」

「今は嘘を言う場面じゃないし言って何らかの利益があるわけでもないことくらい分かるだろ」


 蓮はその言葉に黙り込んだ。だが、抑えきれない怒りが虹彩異色の双眸に宿り異なる輝きを発した。

 漆黒の左眼は哀哭の光に、深紅の右眼は殺意の光に塗れている。

 沈黙は一瞬のことで、怒りを押し殺したような声音を彼は発した。


「あの男は昔からことあるごとに陽和にちょっかいをかけていたけれど……この世界にきて遂に本性を曝け出したってわけか」

「ああ。……実の兄であるお前に言うのは気まずいが、あいつの陽和ちゃんに対する執着心は異常だよ。彼女を手に入れる為に俺を殺そうとしたし、味方や勇者仲間――新や明日香さえも裏切ってノンネに寝返ったんだから」

「……ノンネ?それは白い仮面で顔を隠した女性のことかい?いつもふざけたような態度でこちらをイラつかせてくるあの?」

「多分そいつだ。エルミナ王国で暗躍し幾度も俺の前に立ちふさがった。ふざけた女さ」

「……なるほどね。あの女――僕を欺いていたわけか。何が陽和の居場所を教えるだ。とんだマッチポンプじゃないか」


 蓮は言葉の節々に怒りを滲ませる――が、時間がないことを思い出したのか首を振って夜光に近づいてくる。

 そして黒衣の懐から庶民的な衣類と旅人が使用するような外套を取り出した。次いで見慣れた眼帯と左腕を取り出して差し出してきた。


「教えてくれてありがとう。礼というわけじゃないけどこれらを返すよ。僕がキミの正体を知る前にキミから奪ってしまったものだ」

「……いいのか?お前はアインス大帝国の人間だろ?」

「それ以前にキミの友人さ。……知らなかったとはいえ傷つけてしまってごめんね」

「……良いよ別に。俺とお前の仲じゃないか」


 幼い頃からの親友――加えて交友関係の狭い夜光にとっては数少ない心を許せる相手だ。

 それは世界を跨いだ今でも変わらない。

 けれども完全に許せるかと言われれば頷けはしない。蓮はエルミナ王国の将兵を多く殺した存在でもあるし、あのクラウス大将軍の仇でもある。

 けれどもそれはこちらも同じで――夜光もアインス大帝国の将兵を数多く殺している。その中には蓮と親しい間柄の人物もいたかもしれない。


(複雑だけど……今は飲み込もう。全てが終わった後なら腰を落ち着けて話す機会もあるだろうし)


 蓮とは話したいことが沢山あった。友である彼に打ち明けたいことも無数にある。

 けれども今は時間がないし、表の関係性は敵同士である。

 故に夜光は努めて笑みを浮かべると奪われていた左手を受け取った。切断部にくっつければ〝天死〟の神権である〝全治〟が働いて瞬く間に接合に成功する。

 何度か動かして違和感がないことを確かめると眼帯をつける。顔の左半分を覆うほどの大きさのそれは皮膚によく馴染んだ。

 次いで〝天死〟を喚び出して身体についていた枷を破壊する。それから手早く貫頭衣を脱ぎ捨て差し出された衣類を身に纏う。ここは敵地――故にあまり目立たない恰好を用意してくれたことに夜光は短く礼を言った。


「助かる。ありがとな」

「礼には及ばないさ。後は――これを」

「これは……〝王盾〟か!本当に良いのか?バレた時に疑いの眼を向けられるぞ」

「気にしなくて良いさ。既に脚本は用意してある。――脱走したキミを追った僕はこの薔薇園で捕捉し交戦したものの、抵抗激しく〝王盾〟を奪い返されてしまった、ってね」

「……色々と突っ込みどころがある内容じゃないか?」

「良いんだよ。問題がある内容でも僕が言ったのならそれが真実になるのさ。何せ僕は英雄王の末裔にしてこの国の第二皇子なのだから」

「……それについても色々聞きたいんだけど」

「諸々の事は後でね。それよりそろそろ行った方が良い。この場所は外からは〝視〟れないけれど、中に入られたらすぐに見つかってしまう」


 そう言った蓮は真面目な表情を浮かべると気持ち早めな口調で言う。


「僕の目的は大きく分けて二つ――陽和を取り戻すことと、この国から〝日輪王〟を排除することだ。だからエルミナ王国と積極的に敵対する気はない――この意味が分かるね?」

「ああ……って待て、〝日輪王〟だと?あいつがこの国に居るのか!?」

「……何か因縁があるのかい?」

「あいつは〝白夜王〟(ガイア)を殺した――俺から奪ったんだ」

「…………なるほどね、そういう事か。それでキミが二代目になったわけだ」

「……分かるのか?」

「うん、僕もキミと同じ〝王〟だからね」

「……マジかよ。ほんと、色々と話したりないんだが……」

「そうだね、僕ももっと話したいけれど――」


 と言った蓮は帝城の方を見やった。遅れて夜光もそちらから近づいてくる気配を察知する。


「時間切れのようだね。行ってくれ……また会おう。陽和と勇の事は僕に任せて、キミはエルミナ王国の件に集中して欲しい。そちらが再起すれば綻びが生まれる――僕はその隙をついて問題を解決する」

「分かった。陽和ちゃんについてはなるべく急いでくれ。あいつが取り返しのつかない真似をする前に取り戻すんだ。ついでに俺の分まで殴っておいてくれると嬉しい」

「任せて。……後はこれを渡しておく。現代においては(、、、、、、、)僕しか知らない道だから追手を撒けると思う。だけど一番に自分の直感を信じて行動してくれ。無事エルミナ王国にたどり着けることを祈っているよ」

「……ありがとう。何から何まで助かるよ。こんな状況だけど、お前と再会できて本当に良かった。……またな」


 蓮から地図を受け取った夜光は感謝の言葉を口にした。

 それから互いの右拳を当てて別れの挨拶とすると夜光は薔薇園の端を目指して駆けだした。そこに帝城敷地内から抜け出す秘密の道があるのだ。

 その背を見送った蓮は外していた仮面を被ってシュバルツに戻るとこちらに向かってくる複数の気配を感じながら天を見上げた。そこには千二百年前から変わらぬ光景がある。月が無数の星々に囲まれながら優し気な光を放つ心穏やかな情景が。

 一瞬、仮面の下で笑みを浮かべたシュバルツだったが、すぐさま顔を伏せて大地を見つめた。


「……あまり僕を舐めるなよ」


 その声は冬の寒空に負けないくらい底冷えする冷たさを纏っていた。

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