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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
九章 明けぬ夜
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十二話

続きです。

 最悪の目覚めを体感した夜光は立ち去った勇を追いかけたくなったが置かれた現状がそれを許さない。

 今の夜光は長期間に亘る拘束と拷問じみた人体実験により疲弊しているし、何より〝王〟としての〝覚醒〟がまだである。加えてここは敵地――味方のいない状況で暴れた所で鎮圧されるのが目に見えていた。


(意識は……ハッキリしているな。魔力も使える(、、、、、、)みたいだ)


 かつてこの世界に勇者召喚に巻き込まれてやってきたばかりの時には魔力を持っていなかった。

 けれども第二代〝白夜王〟として目覚め始めた今は魔力を得ていた。尤もその事実を知ったのは先ほど――初代〝白夜王〟(ガイア)に夢の中で教えてもらってからであったが。


(まずはここから脱出しエルミナ王国を目指す。勇の野郎を始末するのはその後だ)


 夜光が企てた計画において夜光自身もまた駒の一つであった。

 そこで自身が先の戦争で死亡した場合と生存した場合とで計画を別々に考えていたわけだが……。


(……正直死んでいた方が個人的には良かったけれど)


 だが、それは楽になりたいが為の逃げであり責任の放棄でもある。

 大切な人々を、エルミナ王国を救う為だったとはいえ夜光には大勢の将兵を死地に追いやった罪がある。それを償わずにして死ぬなど許されない行為だ。生きて償う必要がある。彼らが命をかけてでも護ろうとした物を護る――責任が夜光にはあった。


(クラウスさん……あなたの献身を、死を、決して無駄にはしない)


 夜光はそう決意すると全身に魔力を行き渡らせた。身体能力を強化して右腕の枷に繋がっていた鎖を壁から引きちぎる。

 やせ細った身体が冷たい床に叩きつけられて思わずうめき声を上げるも、努めて痛みを無視すると今度は両足の枷と繋がる鎖を右手で引きちぎっていく。

 それから震える足を叱咤して立ち上がり部屋の出口へと向かう。長期間の拘束により身体機能は著しく衰えていたが、それを魔力でむりやり補って強引に動かす。このまま長時間動き続けるのは難しいだろうが、一先ず身を隠せる場所を見つけるまで動ければ良い。


(確か……あの糞〝博士〟がこの地下には帝城外へ通じる秘密通路があるって言ってたな)


 こちらの意識が混濁しているのを理解していたからか、夜光で実験を行っていた〝博士〟――アルヒミーは時折機密情報を含んだ独り言を漏らしていた。

 そこにはこの魔導省地下の機密も含まれていたのだ。


(他にも――〝魔導弾〟や〝魔力剣〟といった気になる単語もあったな。それらもいずれは調べないといけないわけだが……)


 今は意識の片隅に置き留めるだけにすべきだと思い歩を進める。

 身体を動かす度に全身を苛む痛みを堪えながら部屋を出て薄暗い廊下を進んで行く。壁に手をつけながらだと楽に歩けることに気づいてからはそうした。

 魔力によって鋭敏になった感覚が周囲に誰もいないことを知らせるが、同時に遠くからこちらに向けてやってくる複数の気配も感じ取れる。


(脱走がバレたか。鎖か部屋に何らかの仕掛けが施されていたか、もしくは俺の魔力を感知しているのか……)


 後者であれば非常に拙いといえた。魔力を隠匿するか使用しないようにしなければ居場所が把握され続けるということではあるのだが、今の夜光の状態では魔力による身体強化なしでは歩くことすらままならないからだ。

 

(最悪戦って切り抜けるしかないが……)


 このような疲弊しきった身体では満足に動けないだろう。しかも今は左腕を欠損している――片手を失ったことで生じている身体の平衡感覚の乱れを矯正出来ていない。

 相棒である〝天死〟(ニュクス)を喚び出すことは出来るが、身体がこの状態では何処まで戦えるか非常に怪しい所だ。一般の兵士程度ならば倒せるかもしれないが〝魔剣〟持ちやその他特異な〝力〟を持つ者が出てくれば勝敗は一気に覚束なくなることだろう。


(せめてもの救いは〝天死〟による高速回復が機能していることだけど)


 人体実験される原因となってしまった〝天死〟の神権〝全治〟(ベレヌス)によって傷は回復している。

 けれども失った血や体力が戻ってくるわけではなく、左腕も喪われたままである。


(ガイアは完全に〝覚醒〟すれば〝全治〟も本来の権能を取り戻すって言ってたけれど……)


 本来の〝全治〟であれば病気や怪我、身体の欠損すらも回復させることが出来るらしい。しかも魔力や体力といった〝力〟も回復できるという反則じみた性能を誇るとのことであった。


(それに妙なことも言っていたな。〝全治〟は〝天死〟の〝天〟の側の力であり、〝死〟の側の力はまた別にあると)


 名前からして恐らく回復とは正反対の力――破壊の力なのだろうが詳しいことは分からない。ガイアが教えてくれなかったからだ。彼女は時がくれば自ずとわかると言っていたが。

 と、苦痛を紛らわすように思考していた夜光だったが、目的の場所――通路の最奥に位置する壁までたどり着いて思考を打ち切った。

 右手で壁に触れ魔力を流し込む――と壁が独りでに動き出してぽっかりとした穴が開いた。外に繋がる秘密の通路である。

 夜光は混濁した意識の中で聞いた情報が間違っていなかったことに軽く安堵しつつも気を緩めることなく通路へと足を踏み入れた。

 背後の壁が元通りになっていく音を聞きながら内部を進む。光源が全くない暗闇であったが、夜光の左眼――〝死眼〟(バロール)を通して視る視界には問題なく通路が映りこんでいた。


(この〝眼〟にこんな力があったなんてな。知らなかった)


〝三種の魔眼〟と呼ばれる特殊な瞳の一つである〝死眼〟――夜光の左眼となっているそれは彼の意識の覚醒と共に青紫の光を取り戻していた。幸いなことに彼の意識が混濁している間は光を失っており、それによって〝博士〟の興味を引くことがなかったので実験に利用されることなく済んでいたのだ。

 

(確かこの〝眼〟も〝王〟として〝覚醒〟を果たせば本来の力を取り戻すって話だったな)


 相対した相手の殺し方が分かる、という尖った性能を持つ瞳であるが、それは権能の一部に過ぎないらしい。

〝天獄の門を開く者〟である〝白夜王〟のみが所持を許された瞳である〝死眼〟は、他の魔眼とは違って所持者の〝王〟としての目覚め具合に影響される。王権である〝天死〟と同じというわけだ。


(早い話、俺が〝覚醒〟を遂げれば良いってわけだ。だがその為の条件がいまいち不透明なんだよな……)


 ガイアは〝希望〟と〝絶望〟を後数回味わえば――と言っていたが、抽象的すぎていまいちピンとこない。


(……まあいい。これまでの経験からして逆境に陥ってそれをはねのければ良いって話だと思うし、それなら今後絶対にあるはずだ)


 ここから先、夜光を待ち受ける困難は並大抵のものではない。

 敵地から孤立無援の状態で脱出し征服された国へ帰還、そこから国を奪還しなければならないのだ。どう考えても絶望的ではあるが、やるしかない。


(そうだ、やれるかどうかじゃない。やるしかないんだから――やるだけだ)


 夜光の双眸に闘志が宿る。諦めずに抗い続ける意思の光が黒瞳と青紫の瞳に灯った。自覚はなかったが、これこそが彼が〝不屈〟の異名で呼ばれる要因である。

 やがて夜光の鼻孔に新鮮な空気が入り始めた。これは外気の気配だ。

 それを感じつつ歩を進めていくと薄っすらとだが徐々に光が前方に見えだした。

 驚くことに出口には扉のような塞ぐ役割をする物がないらしい。

 一体、どうやって見つからずに済んでいるのか。どうやって雨水の流入を防いでいるのか。

 疑問を抱きつつも壁に手をつきながら夜光が光の先へ進んで往けば――微かな抵抗感と共に何かを通り抜ける感覚がした。目の前には季節的に秋薔薇だろうか、春と比べて花数は少ないものの見事に咲き誇る無数の薔薇が存在を主張する空間があった。


「薔薇園、か……?」


 思わず出た独り言、加えて声はかすれていて小さなものだったが――


「正解だよ。ここはとある一人の女性の鎮魂の為に作られた薔薇園だ」


――それに応じる男の声があった。

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