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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
九章 明けぬ夜
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九話

続きです。

 懐かしい音が耳朶を擽る。

 泣きたくなるくらいに懐かしく、胸が痛むほどに焦がれた気配が傍にあった。


(俺は……何を…………)


 暗闇で満ちた世界に揺蕩う夜光はぼんやりとした意識を徐々に覚醒させる。

 思い出すのはこれまでの軌跡――勇者の異世界召喚に巻き込まれシュテルンという世界に降り立ったこと、そこからの艱難辛苦の日々。

 そして――訪れた破滅の時まで思い出した夜光の頬には涙が伝っていた。


(クラウスさん、兵の皆……誰も彼もが死んでいった。いや――俺が死に追いやったんだ)


 アインス大帝国の侵攻は止められなかった。故に夜光はそれによって生じる被害を最小限に留め、来る未来における反撃の戦力とする計画を企てた。

 だが、それを悟られないようにし、かつその準備を行う時間を稼ぐ為にバルト大要塞で絶死の抵抗を行わなくてはならなかったのだ。


(そう、俺はバルト大要塞の将兵が死に絶えると分かっていて戦わせた。俺が彼らを殺したんだ)


 国家の為とはいえあまりにも重い決断であった。何千、何万という命が彼の命令に従って散華していったのだ。


(俺はとんでもない罪人だ……)


 国家を、友を、愛する者を護る為の選択と決断だったとはいえ、それは散って逝った将兵に対する言い訳にすらならない。

 どんな崇高な理念や理由があろうとも喪われた命は戻ってはこないのだから。


(俺もあのままあそこで死ぬべきだったんだ……)


 だが、夜光は生きている。生きて敵国に捕まり悍ましい人体実験を受けさせられていた。

 毎日血を抜き取られ、様々な拷問器具にかけられる日々。〝天死〟の神権が傷を癒やす為、死ぬことも叶わない。血を流し過ぎても〝王〟としての覚醒具合が進んだのか、失血死することもなかった。

 もはや生き地獄といって良い毎日が続いており、それは夜光の自我や意識を混濁させていた。


(……でも、これは罰なのかもな。決して楽には死なせない、苦しみぬいて死ねという死者たちからの願いなのかもしれない)


 ならば自分はこのまま責め苦を受け続けるべきだ。そう思った夜光の意識が再び混沌に呑まれようとしたその時だった。


「…………ヤコー」

「っ……!?」


 またもや懐かしい音が聞こえた――と思えば、今度は切望した声が耳朶に触れた。

 愛おしい声――シャルロットと同じくらい愛している。


「ガ、イア……?」

「……うん、わたしだよ」


 瞬間――世界が鮮烈な音を立てて砕け散った。暗闇は消え去り、その後に残るのは暖炉の優し気な光に包まれた木組みの小屋の中。

 瞬時に理解する。ここはかつて夜光とガイアが暮らしていた〝大絶壁〟最深層に位置する小屋――それを再現した夢の中であると。

 以前にも同じ経験をしたからこその理解の速さ――故にこれは夢ではあるが同時に現実でもあると悟る。

 寝台に横たわる自分を見下ろす美しい少女の姿もまた現実なのだと、夜光は愛しさと切なさがない交ぜになった表情で右手を伸ばして頬を撫でた。

 白磁の如き素肌は柔らかくも暖かな温もりを感じられる。心の底から待望した熱だった。

 対する少女――初代〝白夜王〟ことガイアは頬に触れてきた夜光の右手に自らの左手を当ててくすぐったそうに笑う。常が無表情の彼女にしては珍しいほどの感情の発露であった。


「ヤコー、大変だったね」


 そう言うガイアの真紅の瞳が捉えているのは失われた夜光の左腕――その付け根部分であった。

 肩口から下には何もないその姿を彼女は痛々し気に見つめている。


「それは〝天の王〟の王権によって奪われたモノだからこの子(、、、)の加護では治らない。いえ、正しくは完全覚醒を遂げていれば治せたかもしれないけれど……」

「……大丈夫だ、気にしないでくれ。仮に完全覚醒とやらを成して左腕が復活したとしても、どのみちあの野郎とは戦う必要があるしな」


 黒き大将軍に奪われた左腕――同時に夜光の相棒たる神器〝王盾〟も取られている。再起を果たすのなら取り返さなければならないだろう。

 けれども――、


「俺は今、敵に捕まって拷問まがいの人体実験を受けている。脱出は容易ではないし、そもそも脱出すべきなのかも迷っている……」


 この場所であればしっかりとした意識を保っていられるが、現実世界に戻れば絶え間ない実験で受けた傷と痛みによって意識が混濁としたままであろうことは間違いない。

 そんな状態での脱出は困難を極めるし、それにこれは多くの者を死地に追いやった自分への罰なのではないかという意識もある。


「大勢の人を死なせた俺は罰を受けるべきなんだ。だから――」

「……ねぇ、ヤコー」


 苦し気な表情を浮かべる夜光の唇にガイアは人差し指を当てて言葉を遮った。それから彼の白髪をゆっくりと撫でながら努めて笑みを浮かべる。


「確かにあなたは多くの人々を死なせてしまった。敵味方、直接間接を問わなければ何万という命を奪った」


 けれどね、と彼女は微笑む。


「同時に多くの人々の命を救ったことも忘れてはいけない。ヤコーの計画のおかげでエルミナ王国の人々への被害は最小限に抑えられた。バルト大要塞以外の地域ではほとんど死者が出なかったんだよ?」


 即座に軍がエルミナ各地に撤退し潜伏できたこと、早期に降伏という道を選んだことで民への徴発等が行われなかったことからエルミナ王国は敗北こそしたものの滅んではいない。

 体力を温存し牙を研ぎ澄まして敵の喉笛を食いちぎる好機が訪れるのを待っているのだ。


「わたしは常にあなた(、、、、、)と共に居る(、、、、、)。だからこそあなたが企てた計画の真の目的を理解している」


 それにエルミナ王族たちのことも、と意味ありげに呟いたガイアの顔を見つめれば、紅玉(ルビー)のように美しい瞳が愛情いっぱいに見返しているのが分かった。


「だから自分を責め続けないで。どうしても罪の意識が消えないというのならわたしが一緒に背負ってあげる。あなたに〝王位〟を託し過酷な運命を歩ませてしまったわたしにも責任はある」

「ち、違う!お前の所為じゃないっ!これは俺が選んだ道だ、俺が決めた選択だ!だからその責を負うのは俺だけなんだ!」

「違うのはヤコーの方……って言ってもきかないだろうから――」


 と言ってガイアは興奮から上半身を起こした夜光を優しく抱きしめて耳元で囁いた。


「――わたしが背負いたいの。愛しいあなたの罪を共に背負って生きてゆきたいの……それじゃダメ?」

「…………その言い方は狡いだろ。それじゃあ拒否できないよ」


 確かな熱が込められた言葉――溺れてしまいそうなくらい深い愛に満ちたその美声に夜光は堕ちてしまう。


「分かったよ……でも、俺は俺の罪から逃げる気もないしお前に背負わせて楽になったと思うような奴じゃない。責任は必ず取る」

「なら計画を進めるの……?」

「ああ、俺がバルト大要塞で戦死した場合と生存した場合――両方に備えて計画を進めていた。さっきまではこのまま責め苦を受け続けて表に出ない形――つまりは戦死した場合にしようとしていたけれど、今はもう違う。生きてアインス大帝国から脱出して罪を償う。皆の死を無駄にはしない」


 その為には生きて脱出することもそうだが、奪われた〝王盾〟を取り戻す必要もあった。

 

(必要なのは正統性(、、、)だ。歴史ある国家だからこそ古き時代の前例は何よりも重視される)


 と夜光が前向きな思考をし始めたのを感じたのか、ガイアは抱擁を解いて寝台に座り込んだ。

 暖炉の火に照らされて煌めく白銀の長髪、絶世の美貌の中に浮かぶ深紅の双眸はまさに珠玉の宝石だ。

 身を包む純白のドレスもまた彼女の可憐さと儚さを引き立てている。

 そんな彼女はじっと見つめてくる夜光に対して不思議そうに小首を傾げた。


「……どうしたの、ヤコー?」

「いや……相変わらず綺麗だなと思ってさ」

「……それはシャルロットよりも?」

「…………同じくらいって答えで許してくれないか」

「いいよ、許してあげる。それにわたしもあの子のことが好きだから」

「……会ったのか?」

「今みたいな夢でね。彼女はとても良いヒトだしあなたのことを愛している……わたしの方があなたのことを愛しているけれど」


 少しばかりすねた表情で張り合うような台詞を口にするガイアの姿に、愛おしさが膨れ上がった夜光は思わず抱き寄せた。


「好きだ、ガイア。愛している……」

「……わたしもだよ、ヤコー。世界中の誰よりもあなたのことが好き」


 そう言ってどちらともなく抱擁を解くと互いの顔を見つめ合う。自然と唇と唇を寄せた二人の影が重なり合う。

 そしてゆっくりと少女の身体を寝台に寝かせた少年が器用に右手だけでドレスを脱がそうとして――少女に止められた。


「……嫌だった?」

「イヤ、ではない。けれど今はそれよりも重要な事がある」


 そう言って優しく夜光をどかしたガイアは上半身を起こした。その背から三対六翼の純白の翼が飛び出す。


「あなたはこれまで幾つもの絶望と希望を味わってきた。あと数回、純度の高い絶望と希望に身を浸せばあなたは〝王〟として覚醒を遂げる」

「……覚醒したらどうなるんだ?」

「あなたはわたしの後を継ぐことになる。二代目の〝白夜王〟としてこの世界の理の一部となる」

「……理の一部?」


 疑問符を浮かべた夜光をガイアはどこか苦し気に、申し訳なさそうに見つめて告げた。


「今のあなたになら受け止められると信じている。だから話す――〝王〟とはどういった存在なのか、その全てを」


 そう言ってガイアは純白の翼で己と夜光を包み込むと睦言のように密やかに語りだすのであった。

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