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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
九章 明けぬ夜
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八話

続きです。

 同時刻――帝城アヴァロン、玉座の間。


 荘厳な雰囲気を纏う玉座の間――千二百年以上もの時を経て尚、朽ちることのない神聖なる場所である。

 かつて初代皇帝が四種族の粋を結集させて創らせたという玉座が奥に鎮座しており、この世のあらゆる宝石類をふんだんに使用した珠玉の一品――如何なる御業か、作成された当初から変わらぬ姿を保っている。

 初代皇帝はまさしく神であるということの証左ともなっている玉座には現在、誰も座っていない。

 主が不在ということで見張りの衛兵もおらず、部屋の外にある大扉の前にしか存在していなかった。

 静寂に包まれた玉座の間――そこに唐突に姿を現した人物が居た。

 外套と頭巾で全身を覆い白い仮面を被った怪しげな風貌――ノンネである。


「フフ、鬼の居ぬ間になんとらや、今ならこの場所には〝眼〟がないことでしょう」


 そう呟きながら彼女は玉座に歩み寄るとその肘掛けを淫靡な手つきで撫でる。


「〝創神〟〝軍神〟〝戦女神〟……〝人族〟(ヒューマン)最大国家から生まれし神々、ですか」


 ノンネの声音には羨望が多分に含まれていた。だが、それもすぐさま失望の色に染まる。


「しかし〝創神〟以外の二柱は〝王〟という本物の〝神〟と成ってしまった。それも間違いとは言いませんが……」


 肘掛けからゆっくりと手を動かし背もたれへと移る。まるで愛撫するかのように優しく愛おし気な手つきだったが、仮面の下の彼女の表情は能面のような無表情であった。


「〝王〟とは所詮は不完全な〝神〟、世界の理の一部でしかない。〝神〟とはもっと自由でなければならない」


 誰よりも傲慢に、誰よりも尊大に、誰よりも自由に。

 唯我独尊を地で往き、邪魔する者は徹底的に踏みつけて。

 三千世界に我はこうであると声高に叫ぶ存在でなければ〝神〟とは言えない。


「故に私は求めるのです。本物の〝神〟を、〝王〟を超越せし存在を」


 ノンネは喜悦を迸らせると玉座の後ろに向かう。そこには壁しか存在しないが――。


「開け」


 その一言と共に彼女が手にする短杖を振るえば、壁面に魔力の渦が巻いた。

 一切の躊躇いなく歩を進めれば、壁を透過して先にある通路へと彼女は降り立つ。

 そうして明かりのない通路を闇を斬り裂いて往けば、質素な木製の扉が見えてくる。

 ここは皇族専用の部屋へと繋がる通路と扉であり、アインス皇家の血筋の者でしか入ることを許されない魔法がかかっている。

 けれども全てを惑わす神剣〝曼陀羅〟を前にしてはその制限も無意味であった。

 ノンネが短杖を振るえば扉が独りでに開く。彼女は無言で中に入ってそこにいた人物に声をかける。


「お元気ですか、〝勇者〟ユウ・イチノセ様?」

「…………」


 魔導具ではなく蝋燭で照らされた薄暗い室内はちょっとした執務室のようであった。

 執務机があり、椅子があり、箪笥があり、本棚がある。

 そして部屋の角には寝台が置かれており、そこには一人の少女が横たわっていた。

 黒髪の年若い少女――あどけない寝顔を晒している。

 そんな彼女に寄り添うようにして寝台の横に椅子を置いて座っている少年にノンネは話しかけたわけだが、反応がなかった。

 黒髪黒目――横合いから見て取れる横顔は暗い感情で支配されている。かつて〝雷公〟(バアル)と呼び称えられた〝勇者〟とは思えない姿であった。


(ふふ、良い感じに〝闇〟に傾倒していますねぇ。これならそろそろ行けそうだ)


 ノンネは胸中に湧き上がる愉悦を愉しみながら声音には出ぬよう努めた。


「時が来ました。今こそ契約を履行して頂きますよ」

「……それを果たせば約束を守ってくれるんだろうな」


 返ってきた声は異常なほど低かった。そこに宿る負の感情に恍惚とした表情を浮かべながら頷く。


「ええ、ええ――勿論ですとも!私は約束事はきちんと守る性質なのでね」

「……そうか。なら良い」


 そう言ってこちらに振り向いた少年の黒き双眸には昏い感情が宿っている。

 色欲、情欲、獣欲――傍に居る少女に対する欲望に染まっていた。


(叶わぬ色恋に身を捧げた果てがこれか。全く、これだから〝人族〟は面白い)


 他の五大系種族よりも〝欲〟の種類が多く果てがないのが〝人族〟の特徴でもある。

 それは様々な技術の進歩に大いに貢献する一方で、己が身を破滅へと導きかねないものだ。

 そして眼前の少年――異世界より召喚された〝勇者〟一瀬勇は後者と成ってしまった存在である。


(同じ〝勇者〟であるヒヨリ・アマジキに恋するがあまり正道を外れてしまった存在……)


 寝台に横たわる少女――天喰陽和に好意を抱いていたが、彼女の意識は別の人物に向いていた。

 しかもその人物は勇が最も嫌う相手だったのだから彼の嫉妬や憎悪は際限なく高まってしまう。

 その結果――彼はノンネの手を取り、仲間であるエルミナ王国と他の〝勇者〟達を裏切って陽和を拉致して敵対していたアインス大帝国へ亡命したのである。


(その所為で神剣〝天霆〟を失う事にはなりましたが……彼にはまだまだ使い道がある。固有魔法を持ち、〝英雄王〟と同郷の出であるという特異性、そして収まることのない自分勝手な欲望――これらがあれば私の目的に達するかもしれません)


「ヒヨリ様に関しては以前もご説明した通り、私の力で眠らせてありますからご安心を。今起こしても混乱し拒絶されるだけですからねぇ。……しかし、本当に良いのですか?契約通りに事を進めてしまうと彼女は自我なき人形(、、、、、、)と化しますけど」

「…………構わない。振り向いてくれないのなら強引にでも振り向かせるだけだ。自我がなくとも僕は彼女を愛することができる」


 万人が聞いたのなら万人が否定するであろう思考に、ノンネは嘆息を押し殺した。


(哀れな人……人形を愛でて何になるというのか。ですがまぁ、それでも問題はないですけどね。欲望と渇望が消えなければその性質が何であれ上手くいく。最終的な〝形〟に影響はあるでしょうけれど、決して他者と同じにはならないはずですからねぇ)


 ノンネはそんな風に思考を纏めると懐から紫色に輝く宝石を取り出した。


「……それは?」

「〝魔石〟と呼ばれる代物――魔力が長い年月をかけて物質化したものです。あなたにはこれを取り込み〝堕天〟して頂きたい」

「〝堕天〟?」

「ええ、〝人〟であることを捨て去り〝魔〟を取り込んだ存在――〝魔人〟へと昇華することを指します。まぁ、分かりやすく言いますとエルミナ王国のルイ第二王子のような力を得ることができるということです」

「なるほど……あれ程の〝力〟が手に入るわけか」


 そこで一旦言葉を区切った勇はノンネの眼を見つめた。激しい嫉妬の感情が渦巻く黒瞳――見つめられてノンネは背筋をゾクリとさせた。


「〝堕天〟すれば……あいつ(、、、)に勝てるほどの強さが手に入るかな」


 誰を指して言っているのか、向けられた感情から即座に察したノンネは僅かな躊躇いと共に口を開く。


「……正直な所を申しますと厳しいでしょう。あなたもご存じのように〝堕天〟したルイ第二王子は以前ヤコウ大将軍に敗北していますから」


 ですが、と唇を舐めて続ける。


「〝堕天〟の先にある進化――〝超克〟を成し遂げればあるいは、と言ったところですかねぇ」

「〝超克〟?」

「今は知る必要はありません。まずは〝堕天〟からです。それに成功すれば契約を一段階進めます。彼女を目覚めさせることをお約束致しましょう」

「……分かった」


 疑問を残しながらではあったが頷いて〝魔石〟を受け取った勇の姿にノンネはほくそ笑む。


……それからしばらくして部屋には絶叫が響き渡るのであった。

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