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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
九章 明けぬ夜
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七話

続きです。

 神聖歴千二百年十一月七日。

 大帝都クライノート――帝城アヴァロン敷地内、魔導省地下。


 ここで(、、、)意識を取り戻してから連日続く苦痛に白髪の少年の意識は混濁していた。

 自分が何者であるのか、何を目的としているのか――思考が上手くまとまらず定かではない。


『――と言ったはず――』

『――シュバルツ――何故――発たれると――』

『――見ておきたく――確認し――みたい――』


 誰かが話す声が耳朶に触れるも途切れ途切れにしか聞こえない。じわじわとした苦痛によって頭に言葉が入ってこないのだ。

 だが、声の主――年若い方が発した殺気交じりの声音に自然と身体が反応した。


『次はない。……分かったのなら出て行ってくれ。さっきも言ったけれど僕は彼に用があるんだ』

『…………承知致しました、殿下』


 その言葉を最後に会話が途切れる。不服そうな気配を醸し出す男が足早に去っていき、代わりに先ほど殺気を放っていた年若い男の気配が近づいてきた。

 その気配が間近に迫った時――妙に覚えのある匂いを感じた少年の顔が半ば無意識に上がった。

 ぼやけた視界に映りこむのは黒き仮面で顔を覆った男の姿だった。表情の読めない不気味さを感じるはずだったが、何故か少年は懐かしさを覚えていた。


「ノンネからキミの素性を聞いて思い出したことがあるんだ、二代目〝白夜王〟……いや」


 唐突に男が語り掛けてきたことで少年の意識が言葉を正確に認識し始める。否――とある単語に反応したと言って良い。

 次いで漆黒の男はやけに優しい声音で少年の名を口にした。


「僕の親友――間宮夜光」


 まみややこう……マミヤヤコウ…………間宮夜光。

 その単語、その言葉、その名前――認識した瞬間、少年の自我が僅かに回復した。


(お、れは…………)


 だが、まだ思い出すには至らない。自分を取り戻すには足りない。

 そんな少年の様子に気づいたのか、男は嘆き交じりの囁きを零す。


「神名と真名、両方で呼んでも駄目か。調べたいことがあるからと身柄を引き渡したが……あの男に渡すべきではなかったな。いや、その時点ではキミの正体を知らなかったから……」


 後悔先に立たずか、と呟いた男は仮面を一撫ですると少年の喪われた左腕――己が奪ったそれがあるべき場所を見やる。


「……その左腕は今は(、、)返せない。けれど……時が来たら必ず返すよ。あの盾もね」


 そう言って立ち上がった男は少年に背を向けて去っていく。

 去り際に発せられた謝罪の言葉に少年が反応を示すことはなかった。



*****



 一方その頃、黒衣の男――シュバルツ大将軍によって地下実験室から退出させられた魔導省長官、アルヒミーは不服も不服だと言わんばかりに表情を歪めながら自室へと向かっていた。


「全く、あのガキは……このワタクシの崇高なる実験を邪魔するなど魔導の発展そのものへの妨害だと何故理解出来ないのです!」


 先程自分に殺気を向けてきた少年も問題だが、先日の一件もそうだ。


「あの皇弟もそうだ。畏れ多くも皇帝陛下のご威光を笠に着てこのワタクシに文句を言うなど……許されるものではない!」


 現皇帝レオンハルトと皇弟アルトリウスが揃ってアルヒミーの元を訪れて忠告してきたのだ。

 宰相を除けばこの国で頂点に位置する二人が同時にやってくるだけでも異例の事だというのにその内容も忠告だと言うのだから異常であった。

 常人ならば失禁ものの出来事――けれどもアルヒミーにとっては煩わしい事でしかない。


「ワタクシがどれだけ大帝国に尽くしていると思っているのか……。それに件の少年は実験サンプルとして非常に興味深く、あの回復力の元が分かれば今後の魔導技術に活かすことだって出来るはず。それなのに邪魔をするとは……!」


 ブツブツと独り言を呟きながら歩くアルヒミーを通りすがる官僚たちは何時もの事かと道を譲りながら横目に見ていた。

 彼は昼夜問わずひたすら魔導の事だけを考えており、寝食を忘れて没頭することも良くある。そしてその思考中に邪魔をされると極めて不機嫌になることも官僚たちは理解していた。

 故に誰も彼に声をかけることはない――のだが、幾人か例外が存在していた。

 その幾人かの一人がアルヒミーの前方から歩いてきて彼の姿を捉えた。


「〝博士〟」


 そのアルヒミーの異名を負の感情が一切混じらないで呼ぶ者はごくわずかである。故にアルヒミーは即座に反応して顔を上げた。


「おお、〝銀狐〟ではないですか。久しいですねぇ」

「……その呼び方は止めて欲しいって前も言ったと思うけど」


〝銀狐〟――髪色と寝顔からアルヒミーが呼び始めた異名であるが、相手が相手だけにその名で呼ぶ者は現状他に居ない。

 無表情の中に微かな不服の色を交えたその少年の名はマルクス・ヴァイス・アウレリウス・フォン・アインス。

 その名が示す通りアインス皇家の一員であり皇位継承権第二位の人物である。

 先帝時代は第八皇子であり現在は第一皇子である銀髪紅眼の少年は、兄弟姉妹とは真逆で学者肌な人物として知られている。

 幼い頃から魔導に強い関心を示し、アルヒミーが台頭してきてからは彼に師事している。逆にアルヒミーからは己に匹敵する才能の持ち主として興味を持たれており、アウレリウスのことは共同研究者だと認識していた。

 他の皇族とは違って特にこれといった特異な〝力〟を持たない少年であるが、それを補って余りあるほどの頭脳を有している。


「今日は地下実験室にずっといるものだと思っていたけれど」

「それがですねぇ、シュバルツ大将軍に追い出されてしまいまして。全く困ったものですよ」


 アウレリウスの問いに愚痴を溢し始めるアルヒミー。第三者から見れば皇族に対して不敬を働いている状態なのだが、アウレリウス本人が不問に処している為、少なくとも魔導省内部では問題にならない。


「そうだったんだ。それは困るね。そもそもあの実験体はシュバルツ大将軍がくれたのにね」

「そうなんですよ!なのに今更横やりを入れてくるなどとは……!」


 憤懣やるかたないといった様子のアルヒミーをアウレリウスは自らの研究室に連れていく。いくら魔導省長官と第一皇子と言えども皇族批判――それも〝軍神〟の末裔を非難する行為は表立ってしない方が良い。そう考えられる程度にはアウレリウスも政を理解していた。

 研究室に入ったアウレリウスは部屋の鍵を閉めた。防音魔法が施されている部屋であり第一皇子の部屋と言えども今から話す内容は誰にも聞かれてはいけない類の物だったからだ。

 アウレリウスが紅茶を用意する間にひとしきり文句を言っていたアルヒミーだったが、用意が終わって机に運ぶ頃には治まっていた。


「……すみません、愚痴ってしまって」

「別に構わない。〝博士〟のいう事は尤もだとボクも思うし、〝博士〟くらい偉いと愚痴を溢す相手もいないと思うから」


 アウレリウスは微かに口元に笑みを浮かべると紅茶を勧める。アルヒミーは感謝を口にしながら銀杯を持ち中の液体を傾けた。

 第一皇子もまた未だ成長途上の手で銀杯の取っ手を掴むと紅茶を一口含んでから言葉を発した。


「話は変わるけど……今日ボクが〝博士〟に相談しようとしていたのは〝魔導弾〟の件」


〝魔導弾〟――その単語にアルヒミーも珍しく真剣な表情を浮かべた。狂魔導学者と呼ばれる存在にはおよそ似つかわしくないものであった。


「殿下主導で進められているアレですな。ですがアレの開発は既に最終段階まで進んでいるはず。今更ワタクシの力が必要になるとは思えませんがねぇ」

「ところがそうでもない。……威力の制御に問題がある」

「……確か予定では大型の都市一つ(、、、、、、、)を消滅させる程度(、、、、、、、、)に抑えることになっていましたよね?」

「そう。だけど試作した物の内部反応を確認したら小国一つを丸ごと消し去る威力になってた」

「…………それは拙いですねぇ」


 現在、魔導省の一大計画として進められている〝魔導弾〟計画というものがある。

 それは戦争を一瞬で終わらせ、かつ戦争という外交手段を敵国に躊躇わせる抑止力として期待されている魔導兵器開発計画のことである。

 魔導省長官アルヒミーと魔導省特別顧問アウレリウスの二人が共同考案し後者が主導しており、現在は完成間近までたどり着いていた。

 だが、その直前で威力制御の問題に直面してしまい連日頭を悩ませていたアウレリウスだったが、遂にアルヒミーに助言を求めるに至ったという経緯がある。


「レオお兄様からの要望で敵国の都市を壊滅させる程度に留めるようにと言われている。それ以上の威力は抑止力として機能しないからと」

「強すぎる力は恐怖を生み、恐怖は排斥を生む、でしたかな。まぁ、確かにそうだとワタクシも思いますし、何より美学に欠けますからねぇ。何もかも消滅させて終わりだなんてつまらない」


 と、常人が聞いたなら理解を放棄するであろう台詞にアウレリウスは同意だと頷く。


「破壊の跡には再生がある。でも〝魔導弾〟だと再生の余地がほとんどない」

「ですよねぇ……。分かりました、それならばワタクシも知恵を出すとしましょう!どうせ例の実験体には暫く手を出せませんからねぇ」

「……レオお兄様から直接忠告を受けたという事実が大きい。それを無視して実験を続けると貴族諸侯だけでなく官僚からも非難の声が上がる可能性が高い。なのに……今日まで実験を続けていたでしょ」


 十歳の少年らしい声変わり前の幼い声で責めるアウレリウスに、アルヒミーは降参だと言わんばかりに両手を挙げた。


「返す言葉もありません。……陛下から嫌われたらワタクシと言えども終わりですからねぇ。とはいえついついまだバレないだろうと続けてしまいました」


 そう弁明するアルヒミーだが、声音や表情から本気で悪いとは思っていないのが伝わってくる。

 けれどもアウレリウスがそこを言及することはなかった。


「じゃあ、今から一緒に考えよう。レオお兄様の親征前に完成させれば他種族を支配下に置くのが容易になると思うし」


 アルヒミーは対面する幼き皇子の言葉に頷きながらふと考えた。その思考、その発言は果たして幼さ故の無邪気さからくるものなのか、それとも生命の尊厳を気に留めない冷徹な魔導学者としてのものなのか――どちらなのだろうかと。

 だが、一瞬でどうでも良くなってその思考を打ち切った。どちらにせよアルヒミーにとって好ましい性格だったからだ。

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