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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
九章 明けぬ夜
205/227

五話

続きです。

 同時刻――アインス大帝国、エルミナ属州都パラディース。


 木枯らしが吹きすさぶかつての王都は寒々しい雰囲気に満ちていた。

 街路を往く者は少なく露店もあまり出ていない。

 その代わりに警邏の兵が数多く出回っており物々しい気配を醸し出していた。彼らは北方軍――先の戦争で国を裏切り国を売ったルイ()第二王子の指揮下にある兵士らである。

 彼らは属州長官の指示に従い治安維持活動と称して連日都内を武装した状態で歩き回っており不穏分子(、、、、)の摘発を行っていた。

 そのような背景から彼らを見つめる民衆の眼は冷たいものだ。だが、表立って非難の声を上げれば摘発されるのは必至――故に人々は口を、扉を閉ざすのであった。

 そんな陰鬱な都の中央に位置する王城グランツ――歴代の王が使用している執務室では、現在のエルミナを治めている者が涼し気な表情で訪れていた男に対峙していた。


「――それで、査察官殿のお話は終わりかな?」

『いえ、まだです。……いい加減はぐらかすのは止めたらどうですかな、ルイ第二王子――おっと、失礼。今は元、でしたかな』


 飄々とした態度を崩さない銀髪銀眼の中性的な容姿をしている青年――第二王子と呼ばれた彼は苦笑を浮かべる。


「安い挑発だね。それにボクが乗るとでも?」

『いえいえ、挑発などどはとんでもございません!そのような意図はこちらにはありませんよ』


 ただ……と青年の対面に座する壮年の男は唇を濡らして笑みを浮かべた。そこには隠し切れない苛立ちが混ざっている。


『王城地下にあるという戦略級、戦術級魔法が封じられている禁忌指定保管庫の捜索(、、)や叛乱軍に対する鎮圧作戦……どちらも皇帝陛下からのご命令だというのに遅々として進んでいないのは何故なのか、納得のいくご説明を頂きたいのですが?』

「…………」


 男――アインス大帝国本国から派遣されてきた査察官の瞳には拭いきれない不信の色が宿っていた。

 明らかにこちらを疑っているわけだが、それも無理はないと青年――元エルミナ王国第二王子にして現エルミナ属州長官であるルイ・ガッラ・ド・エルミナは内心で嘆息した。

 そんな内心を隠しながら彼は微笑みを浮かべて口を開く。


「まず王城地下の件ですが、そのようなものがあるという噂はボクも知っていました。ですが、具体的な入り口の所在は知りませんし、もし本当にそのようなものがあるのなら恐らく歴代国王のみに伝わる口伝でしょう。ですが、国王は――」

『ええ、あなたが殺してしまった。だから知らない、分からないと……?』

「そういうことです」


 とルイが言い切れば、査察官は呆れたように鼻で嗤った。


『そのような言い訳が通用すると本気でお思いなら考えを改めた方が良いかと。あなたのその地位は私が皇帝陛下に行う報告次第では簡単に吹き飛ぶほど脆いものだと理解していますかな?』

「…………」


 言葉使いは丁寧だが、内容は明らかな脅しだ。しかし自らの立ち位置的にそれは事実でもある。故にルイは湧き上がる苛立ちを務めて抑えると微笑みは崩さずに言った。


「勿論、理解していますよ、査察官殿。なので現在、国王の私室や王城内にある図書館を調査しています。結果が出次第、ご報告させて頂きます」

『……なるべくお早めの報告を期待していますよ、属州長官。既に二か月も経っていることをお忘れなく』


 嫌味な口調でそう言った査察官は次に、と二人の間に置かれている長机、その上に広がるエルミナ属州の地図を指さした。


『叛乱軍の件ですが、こちらはどうなっているのですか?先の戦争直後に姿をくらました連中――未だ皇帝陛下に従わない愚か者を何時までのさばらせておくというのですかねぇ』

「……そちらも現在調査中です。どうもエルミナ国内各地に散らばって――」

『エルミナ属州(、、)ですよ、長官。言葉は正しく使わなければいけませんよ』


 ルイの説明を遮って指摘した査察官の表情には明らかな挑発の色があった。その瞳には嘲笑の色すら浮かんでいる。

 本気で殺意が湧いたルイだったが、これは失礼、とこれまた朗らかに笑って流した。怒りに煮え滾る内心を押し殺すのには多大な労力を強いられたが。


「話を戻しますが――叛乱軍ですが、エルミナ属州各地に分散しており、各地で駐屯軍や北方軍と散発的な戦闘を起こしているようです。ですが、連中は小勢で嫌がらせのように軽く仕掛けてきてはすぐに逃げる、という戦い方をしており、その全てが軽装騎兵ということもあって毎回逃げられているようでして本拠地などは未だ判明していない状況です」


 中々上手い作戦だとルイは思っていた。小規模な戦闘を各地で起こすことで本隊がどこに居るのかを悟らせず、加えてこちらの苛立ちを誘い冷静さを欠かせようと画策している。


(この細やかさはモーリス将軍の手腕だろうな。流石はあのダヴー将軍が認めるだけのことはある)


 先の戦争時、ルイが王都を奪取した時点で王都周辺に集っていたエルミナ軍は撤退を開始していた。

 その中には王位継承権を持つセリア第二王女を始め、〝四騎士〟のエレノア大将軍やアンネ将軍、モーリス将軍等の名だたる武人が多くいた。他にも王都を脱した高官らも数多く同行していたと目されており、彼らを討伐しないことには属州の安定化は不可能であるとアインス本国は判断している。

 故に属州長官に任命したルイに対して叛乱軍を征伐せよと命令しているわけだが、これが上手くいっていないことに査察官は苛立っているのだ。


『ならば疑わしい村々を焼き払うなり民衆を拷問するなりしてあぶりだせば良いでしょう!どうせ民が匿っているに決まっているのだから』

「……そのようなことをすればかえって叛乱軍に与することになるでしょうね。エルミナの民からすればボクたちは売国奴であなた方は侵略者に過ぎない。今は武力で押さえつけていますが、それも極めて危うい。何かのきっかけで暴発する可能性が高い、仮初の静けさでしかないんですよ」

『別に暴発しても良いではないですか。仮に蜂起したのならこちらに鎮圧の大義名分が出来る。その際に徹底的に弾圧して牙を削ぎ落せば良い。別に属州の人間が何人死のうが大した影響もないですからな』

「――――」


 査察官の傲慢な物言い――あまりにも非情な言葉にルイの身体から魔力が溢れ出そうになった。

 けれども必死にそれを制御した彼はニッコリと気味が悪いほどの笑みをその端正な顔に浮かべて告げる。


「……そうですね、それもありかもしれません。検討してみますが……こちらでも調査は進めておりますから、その結果が出てからでも遅くはないかと」

『ふむ……ならばどちらの問題も年内に何かしらの成果を出して報告するように。年が明けてからは本国の方が忙しくなるので』

「……何かあるのですか?」

『…………属州長官にはあまり関係のないことです。あなたは目の前の問題に注力された方が良い』


 そう言って席を立った査察官は挨拶もせずにそのまま部屋を出て行った。外で待機していた帝国兵がその護衛として慌ただしくついて行く。

 彼らの気配が遠ざかり代わりに部屋に入ってきたのは二人の男たちであった。

 

「お疲れ様です、ルイ殿下。いつもの事ですが、あの者と会話した直後は魔力が乱れに乱れておりますな」

「ヨハン殿、それも無理のない事かと。いくら殿下が寛大な御心をお持ちとはいえ、あの者の傲慢さは許しがたいでしょう」


 白髪翠眼の男――北方貴族の盟主であるレオーネ家当主、ヨハン・ド・レオーネが苦笑を浮かべれば、禿頭の男――ジョルジュ・ド・ダヴー将軍が淡々とした声音で言って来た。

 そんな二人にルイは大きく息を吐いてから顔を向けた。


「立場上、仕方のないことではあるんだけどさ――本当に殺してしまいたくなる瞬間が多すぎて困っているんだよ」


 だが、それをすればルイは処断されるし彼の部下である二人も何らかの処分を受けることになるだろう。それは避けなければならない――故にどれほどの侮辱を受けても耐え凌ぐしかないのだ。

 

「向こうもそれを分かっているからこそ言いたい放題なわけだしね。ほんと、屑野郎だよ」


 ルイにしては珍しい直接的な罵倒に、これは相当頭にきているなとヨハンとダヴーが顔を見合わせた。

 だが、すぐに部下を困らせているだけだと悟ったルイは自ら話題転換を図った。


「で、話は聞いていた(、、、、、、、)んだろう?年明けに何があると思う?」


 応接用の長椅子から腰を上げ執務椅子へと移るルイの背中にヨハンが返答する。


「密偵からの情報ではアインス皇帝が大陸外へ進出するとのことです。その為に自ら軍を率いて他大陸へ遠征を行うと」

「へぇ……てことはあの若獅子は本気で世界征服でも目指す気なのかな?」


 下らない、と言いたげに小さく息を吐くルイに、ダヴー将軍が口を開く。


「ですが、これはまたとない好機かと。皇帝自らが出陣する親征となれば、かなりの数の軍勢も名だたる将兵も連れていかざるを得ないでしょう。エルミナだけでなく南大陸全土が手薄になる」

「そうなればこちらの叛乱軍だけでなく南大陸各地の属州で火の手が上がる可能性が高いだろうね。……でも、それは皇帝も理解しているはず。何らかの手を打ってくるだろう」


 だが、それも完璧とはいかないだろう。何せ皇帝自身が南大陸を離れるのだ。皇帝の優れた采配が届かなくなれば、何処かで綻びが生まれることは避けられない。


「良くも悪くも、今のアインス大帝国はレオンハルト皇帝という優れた為政者に魅せられている(、、、、、、、)状態だ。そんな彼の不在は彼自身が思うよりも大きな影響を南大陸に齎すだろう」


 レオンハルト皇帝は高い指導力と人気に加えて果断な決断力と英知に富んだ天才と言える。だが、一人の天才によって動いている組織ほど脆い物はないとルイは考えていた。


(彼は未だ未婚――直系の後継者がいない状態だ。もしその状態で死ぬようなことがあれば間違いなく帝国は荒れる)


 一人の英雄によって導かれているということは、その英雄が消えれば右往左往するということでもある。


(皇位継承権第一位の双子の弟がいるけれど……それでも荒れるだろう)


 皇位継承権第二位は齢十歳の子供に過ぎないが、第三位は現皇帝の姉にして護国五天将としての人気が高い人物だし、第四位に至ってはあの〝英雄王〟の末裔である。アインス大帝国においてアインス三大神の一角〝軍神〟として今なお愛され信仰を集めている〝神〟の末裔となれば次の皇帝として全く申し分ないと考える者は多いだろう。


「出来ればそのまま遠征先で事故死でもしてもらいたい所だけど……そう上手くは行かないだろうね」


 皇帝はエルミナ王国で安置されその後〝勇者〟の手に渡った神剣〝天霆〟を所持しているという。どのような経緯でかの皇帝の元に渡ったのかは不明だが、おそらくは〝勇者〟が神剣に見限られたのだろうとルイは予想していた。


(〝勇者〟ユウ・イチノセは精神的にかなり不安定で同じ〝勇者〟のヒヨリ・アマジキに妙な執着心を見せていた。あのような小物では皇帝の足元にも及ばない――〝天霆〟に見限られるのも必然と言えるな)


 神剣には意思があり所持者を自ら選ぶ。伝承において〝天霆〟は勇気、知恵、力を持ち自らの正義を疑わない者を好む気質があるとされている。要は勇者や英雄と言った傑物を好むのだ。レオンハルト皇帝であればその条件を満たして余りある。


(全く、面倒なことだ。ユウ・イチノセにヤコウ程の気概があれば事態はここまで深刻にはなっていなかっただろうに)


 とはいえたらればの話をしていても仕方がない。ルイは意識して思考を切り替えると眼前に立つ部下たちに銀眼を向けた。


「まだ確かな情報ではないけれど……一先ず年明けまでは現状維持といこう。査察は今まで通りのらりくらりと躱す。その上で叛乱軍の動向を探りつつアインス本国の様子も窺ってくれ。特に例の情報の裏取りが欲しい。……もし本当に()が生きているのならボクたちが目指す終着点を修正する必要があるからね」

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