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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
九章 明けぬ夜
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四話

続きです。

 その頃、地下墓所から地上へ戻ったレオンハルトはシュバルツより一足先に魔導省へとたどり着いていた。

 敬礼を向けてくる衛兵に軽く手を上げて応えながら魔導省内へ歩を進めれば、既に来ていた金髪碧眼の青年が一礼してくる。

 レオンハルトの双子の弟にして皇位継承権第一位――アルトリウスである。


「陛下、ご足労頂きありがとうございます」

「構わぬ、他ならぬそなたの頼みを余が労苦に感じるはずもない」


 自身とよく似た姿――身長、髪の色さえもほぼ同一だ。明らかに違うのは瞳の色くらいなものである。

 共に皇位継承戦争を戦い抜いた戦友にして親友、血を分けた家族でもある。その絆の強さは計り知れないものがあった。

 とはいえ公の場では兄は皇帝、弟は護国五天将である。故に慇懃無礼な態度を崩すことはなかった。


「――それで、あの〝博士〟の居城に何の用だ?よもやあ奴を労う為に訪れたわけではあるまい」

「ご冗談を。……しかし〝博士〟が全く関係ないわけではございません」


 アルトリウスのその言葉に用事が何であるかピンときたレオンハルトは小さく息を吐く。


「……例の捕えた少年のことか」


 先のエルミナ征伐時に〝帝釈天〟シュバルツ大将軍が打ち負かして捕らえた敵国の将が一人いる。

 エルミナ王国は既に一国家として機能しておらず、アインス大帝国の属州として運営されている為、捕らえた所で交渉等に使えないので意味がない。その為、何故シュバルツ大将軍が捕らえてきたのかと疑問の声が各所から上がったのだが、唯一即座に感心を示し彼の身柄を預かった者がいる。

 それがアインス大帝国、魔導省現長官――アルヒミー・パウル・フォン・ツァウバーであった。


(魔法ではなく〝魔導〟という新技術を生み出した天才。彼の者が発明した物は余の覇道を大きく前進させるに至った)


 世界に魔導技術を誕生させた素晴らしい人物だ。けれども彼を好ましく思う者は功績に比例せず少ない。

 その理由は――、


「はい、エルミナ王国において〝四騎士〟の一人でもあった大将軍――ヤコウ・ヴァイス・ド・セイヴァーのことでお話が。……彼をこのまま〝博士〟の元に置いておくのは危険すぎます」

「……また(、、)人体実験をしているのか?」


――彼が拷問まがいの人体実験や新兵器の開発と称して爆発事故を起こしたりするためであった。

 大帝国では捕虜に対する拷問は禁止されているし人体実験などは論外である。爆発事故を起こして職員を犠牲にしたり建物を損壊させるのも厳罰対象だ。

 だが、アルヒミーはこれまでの功績著しく、加えてその天才的な頭脳は唯一無二――故に処断できないという背景があった。

 その為、彼は基本的に何をやらかしてもお咎めを受けることはない。精々口頭での厳重注意くらいなものである。

 だからレオンハルトとしてもまたか、という気持ちでいっぱいであった。


「部下からの報告を聞く限りではそのようです。連日魔導省地下からうめき声と時折悲鳴が聞こえてくるとのことでして……」

「それはやってるな……」


 溜息をつくアルトリウスに同意だとレオンハルトもまた大きく息を吐く。

 だが、それが事実だとしても騒ぎ立てるほどでもないのではという気持ちもあった。何せいつもの事(、、、、、)なのだ。加えて相手は亡国の将――特別配慮する必要性はない。

 それでもこうして皇帝を呼び立てるということは何かしらの問題が起きているという事だ。


「……何か問題でもあったのか?」

「この事を知った多くの者たちから陳情や嘆願が寄せられています。特に武官からが多いのですが……」


 といって弟が手渡してきた書類を手に魔導省の奥へと歩き始めたレオンハルトは即座に眉根を寄せることになった。


「……これほどに多いとはな」


 書類にはヤコウ大将軍に対して非道な真似をしないよう求める声が記載されていた。

 それだけなら一顧だにせずとも良いが、声を上げた人物らが問題である。


「護国五天将全員(、、)と軍務省長官、魔法省長官、法務省長官、内務省長官、外務省長官――他にも副長官や一部の軍高官からも届いております」

「魔法省は魔導省嫌いだからだろうが……これほどの数が届くのは異例だな」

「そうですね。一捕虜に対する扱いを是正するよう求める声にしては多すぎます。……まぁ、エルミナ征伐に参加した者ならば、かの者の戦いぶりを称賛しそれ故に粗略に扱わぬよう求めてくるのも無理はないかと存じますが……」

「そなたもそう思うか」

「はい、あの少年はたった一人になっても逃げずに国家の為に戦い抜いた武人です。あの年若さでそれほどの志を持つ者はそう多くはありませんし、何よりシュバルツ大将軍と渡り合ったという武威も無視出来ません」


 エルミナ王国における武官の頂点〝四騎士〟の一人、〝王の盾〟にあの若さで成った人物――加えてその愛国心の高さや示された武威は武官であれば多くの者が感銘を受けてもおかしくないほどであった。

 

(文官――法務省が声を上げるのは当たり前だろうが、内務省と外務省もとはな。恐らく外務省はこの事がエルミナ属州の民に知れ渡った時のことを懸念してだろう)


〝王の盾〟はエルミナの民からは若き英雄として愛されていたと聞く。表向きには死亡したと発表しているが、万が一にでも生存が知られた際に拷問していましたでは反発は必至だ。

 内務省はアルヒミーがこの手の行いをしていると知った際にはいつも非難の声を挙げている。

 理由は明白――帝国民に知られれば悪感情を抱かれてしまい最悪政府批判に繋がりかねない。国内の政治を執り行う内務省としてそれは避けたい所だろうから当然非難するというわけだ。


(かといって余の覚えめでたいとされているアルヒミーを公然と非難するのは避けたいと考えている。だからこそアルを通して言って来たわけか)


 レオンハルトは眉間によった皺を手でほぐすと結論を出した。


「一先ずは事実か直接確認する。沙汰はその後に下す――これで良いか?」

「……お忙しいところ誠に申し訳ございません」


 レオンハルトは皇帝として元々多忙であり現在はエルミナ征伐時に滞っていた政務で忙しい。

 それに加えて次なる戦争――他大陸への遠征計画準備もあって多忙極まっている。

 そんな中、このような些事に構っている暇など本来はなく、故にアルトリウスは申し訳なく感じているというわけだ。

 だが、レオンハルトは一転して朗らかに笑うとアルトリウスの肩を軽く叩いた。


「なに、お前(、、)が気にすることはない。それにこうして二人きりで話すのも久方ぶりであろう。余は嬉しく思うぞ」

「……兄さん(、、、)は変わらないね」


 そう苦笑するアルトリウスの態度も砕けたものに変わっている。魔導省地下へ向かう階段には現在二人の他に誰もいない。だからこそ双子の兄弟としての関係性を表出させていた。


「……兄さん、話を蒸し返すようで悪いんだけどさ、本当に他大陸へ遠征に向かうの?」

「……不安か?」


 二人きりだからこそ露わにできる本音に兄は真剣な眼差しを弟に向ける。

 自分よりも遥かに慎重な考えを持つ弟の言葉はこれまで幾度もレオンハルトを佐けてきた。アルトリウスはレオンハルトにとって愛すべき実の弟であり欠くことのできない王佐の才でもあるのだ。


「先の会議で内務、外務、財務の各長官が言っていた懸念事項は全て本当のことだよ。度重なる戦で財貨は減っているし征服した各属州の政情も極めて不安定だ。いつ反乱がおきてもおかしくはない。特にエルミナ属州なんて…………兄さん、何故あの男(、、、)を属州長官に任命したのさ。危険すぎるよ」

「……お前のいう事は尤もだ。しかしだ、征服した土地が初めは不安定なのは古今東西そうだし、減った財貨も後々回収できる。それにエルミナ属州長官に関しては……あれほどの大功を成した者に与えなくてはならなかったのは理解できるだろう?」


 不快に思うのは余も分かる、とレオンハルトが窘めれば、アルトリウスは不承不承と言いたげに顔を歪めた。

 だが、仕方のないことだった。エルミナ王国を短期間で制圧できたのはあの男のおかげだし、その功績への褒美として属州長官の地位を与えなくてはならなかった。


「それにあの男ほどエルミナ属州に詳しい者もいないだろう。そういった意味では統治を任せることに不安はない」

「でも信用も信頼もできないでしょ」

「分かっている。……だからこそ属州には姉上とシュバルツを派遣するつもりだ」


 その言葉にアルトリウスが驚きに目を見開いた。


「姉さんとシュバルツ大将軍を?……なるほど、それなら安心できるかな」


 どちらも護国五天将であり、その中でも穏健な存在である。力もあり、思慮にも富んでいる。

 彼らが監視の眼を光らせてくれるのなら自分や兄が国外へ出ても問題ないと思えるほどには二人を信用していた。


「加えて本国防衛にはアイゼンを残す。余と共に出陣するのはお前とロンメル、それにゲーリングだ」


 その布陣ならば確かに安定と言えた。アイゼン大将軍は古参の将であり極めて堅実な戦い方をする男だ。

 長年大帝国の矛となり盾となってきた彼は敬意を込めて〝老師〟の異名で呼ばれている。

 出陣する者たちは逆に年若い者が多く血気盛んと言える存在が多い。帝国軍人に多い好戦的な考えの者が多いとも言い換えられる。


「確かにそれなら後顧の憂いも減るね。流石は兄さん、素晴らしい采配だね」

「そう褒めるな。お前からの称賛だと天狗になってしまうだろ」


 ようやく笑顔を見せてくれた弟にレオンハルトは軽口を叩いて応える。

 けれども穏やかな雰囲気は長くは続かなかった。向かう先からただならぬ気配を感じ取った為である。


「……どうやら事実の可能性が高いようだな。血の匂いがここまで漂ってきているぞ」

「あの男は本当に……はぁ…………」


 レオンハルトとアルトリウスは笑みを消し去ると魔導省地下に位置するアルヒミーの実験室前にたどり着くのだった。

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