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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
九章 明けぬ夜
202/227

二話

続きです。

 帝城アヴァロンの地下には墓所が存在している。

 そこにはアインス大帝国の歴代皇帝が眠っており、皇族のみが立ち入ることを許される神聖な場所であった。

 磨かれた大理石の如き滑らかさを持つ床――周辺に漂う魔力を利用して仄かな光を放っている。

 だが、それ以外の光源はなく、故にこの場所には闇が蟠っていた。

 そんな黒が支配する世界に足を踏み入れる者がいた。アインス大帝国、現皇帝レオンハルトである。

 初代皇帝から続く由緒正しい血統を示す金髪を揺らし悠々と歩を進めた彼は、やがて墓所最奥にたどり着くとその金眼を細めた。そこに先客が居たためである。


「シュバルツ大将軍、ここで何をしている?」

「……それはこっちの台詞さ。何故、このような何もない場所に現皇帝が足を運ぶ?」


 墓所最奥――閉ざされた漆黒の大扉の前、そこにある台座の前に立つのはノクト・レン・シュバルツ・フォン・アインス第二皇子(、、、、)であった。

 大帝国建国の礎を築き上げた英雄王の末裔にして英雄王当人の名前を名乗る人物である。

 けれどもその出自は極めて不透明であり、現皇帝であるレオンハルトとかつて緋巫女と呼ばれた特殊な〝血〟を持つ女性に認められたことで皇家に入ったという異色の経歴を持つ皇子でもあった。

 そんな彼の容姿はこの場の闇に融け込んでしまうかのような黒である。髪色も身に纏う服装も、顔を覆う仮面も黒一色である。腰に差している得物さえも黒刀であった。

 一度眼を離してしまえば周囲の暗闇と同化してしまい姿を認識することは叶わなくなってしまうのではないかと思うほどの色合い――身に纏う儚い気配と相まることで尚更そう思えてしまう。

 けれども禍々しいとまで感じる圧倒的な覇気を有している為、実際にはそのようなことはない。


「余とて皇族――歴代の皇帝の慰霊に訪れてもおかしくなかろう?」

「おかしくはないさ。ただ――らしくないとは思うよ。あなたという人間は過去よりも未来を重要視する性質だろう?」

「ふむ……お見通しというわけか。では腹の探り合いはここまでにして本題に入ろうか」


 レオンハルトは肩を竦めてみせると金の瞳をシュバルツへ向けた。


「此度の領土拡大、そなたは不服か」

「…………」


 誤魔化そうかとも思ったが、彼の瞳には嘘は許さないといった鋭い光があった。

 それに――彼の背後には恐らくではあるが、とある〝王〟の眷属と〝王〟の一柱すらいる。自分の過去を知る彼らと関わっているのなら遅かれ早かれこちらの真意にたどり着くことだろう。そう判断したシュバルツは溜息交じりに言った。


「ああ、不服だね。アインス大帝国はこれ以上領土を拡大すべきじゃない――というかそもそも周辺諸国を征服する時点で間違っていると言わざるを得ない」


 レオンハルトが即位する前ですらアインス大帝国は広大な領土を有していたのだ。南大陸のおよそ三分の一を領土としており、それだけでも中央の眼が届かない地域があったほどだ。


「あなたが即位する時点の領土が統治可能範囲限界だったんだ。そのことは歴代皇帝も分かっていたから領土拡大路線は取らなかった」


 だが、とシュバルツは仮面の下で輝く虹彩異色の双眸を獅子の青年へと向ける。その瞳には呆れと侮蔑の色が多分に含まれていた。


「あなたは歴代皇帝とは違う道を選んだ。二百年前に〝戦女神〟(アテナ)が結成した南大陸東半分の国々が参加した〝軍神同盟〟を破壊し、周辺諸国を武力で以って征服した。あなたはルナ(、、)の――あの女帝が築き上げた平和の連帯を壊したんだ」


 その声音には怒りすら含まれていた。彼の身体から僅かに漏れ出る殺気が空間を軋ませ威圧となってレオンハルトに襲い掛かる。

 だが、レオンハルトは悠然とした態度を崩さず傲岸不遜な笑みを浮かべた。


「かの女帝には敬意を表しているとも!あの〝解放戦争〟を戦い抜き、偽りの〝神〟を打ち倒し世界を解放し平和を齎したその功績は偉大の一言だ」


 だがな、とレオンハルトは溜息をついた。そこに宿るのは怒りと嘲りだ。


「後継者選びには失敗したと言わざるを得ない。あの愚鈍な男の所為で余やアル、それにアウレリウス(、、、、、、)がどれ程辛酸を嘗めさせられたことか、どれ程苦労したか――よもや知らぬとは言わせぬぞ」

「…………」


 その恨みつらみが込められた言葉にシュバルツは黙り込む。確かに第五十一代皇帝の治世は褒められたものではないからだ。


(政では弱腰だった為に貴族諸侯から侮られ皇家の権威を失墜させ、私生活では多くの女性に手を出して皇家の血が流れる子供を沢山生み出したことで皇位継承争いは激化……まぁ、お世辞にも良い統治者であったとは言えないな)


 先代皇帝の治世の末期には国内各地で貴族諸侯が幅を利かせ民を虐げる光景も珍しくなかったという。

 後宮では皇后たちの醜い権力闘争が行われ、帝城では官僚らが私腹を肥やす有様だったと言われている。


(そんな中で起きた次期皇帝を決める異母兄弟間での争いを双子の弟と共に戦い抜き玉座を得た男だ。さぞ苦労したことだろう)


 敵対派閥に刺客を向けられたことは数知れず、毒を盛られたことも多くあったという。そんな状況を作り上げた元凶である父帝には恨みこそすれども感謝など皆無に違いない。


(即位してからの先帝時代の後始末もあったから余計にそう思うんだろうな)


 敵対派閥と担ぎ上げられていた皇位継承者たちを処断した彼は帝位についた。そしてまず初めに行ったのは国内の貴族に対する私兵力所有の禁止令であった。中央の眼が届かないことをいいことに好き勝手していた貴族諸侯から牙を抜こうとしたのだ。

 当然、そのようなことをすれば反発される。世間を知らぬ若造が、といきり立った貴族諸侯が連合軍を結成し大帝都に迫るのは必定といえた。

 しかし彼は自らに付き従う者たちと共に僅かな兵力で迎え撃ち――見事打ち破って見せたのだ。

 

(兵力差は五倍以上もあったというけれど……それでも彼は勝った)


 歴史的大勝だったと言われている。そこで勝利したレオンハルトは服従する者には寛大な処置を、従わぬ者には苛烈な処罰を下した。

 その後、彼は宣言通り貴族の私兵力を解体、国内各地――五大領域――に軍管区を設置し方面軍の軍事権と一部制限をかけた行政権を与えた護国五天将を配置することで貴族制を事実上形骸化させた。


(その後も後宮の駆除や悪徳官僚の処罰などを行ったわけだけど……)


 それらの出来事からレオンハルトは疑り深い性格になったとも言われている。噂の範囲を出ない事ではあったが、真に信用できると判断した者にだけ特権を与え、それ以外の者には権力を握らせないようにしている事は事実である。


(だが、だからこそ解せない。何故僕を皇家に迎え入れたのか)


 突然現れた〝軍神〟の末裔――普通の神経をしていても疑いの目を向けるであろう存在を、他人をそう簡単には信じないと言われているレオンハルトがあっさり受け入れたのだ。


(勿論彼女――緋巫女の子孫からの言葉があったからでもあるだろうけれど……)


 シュバルツはもう一つ理由があるはずだと半ば確信にも近い思いを抱いていた。


(試しに聞いてみるか。彼自身も腹の探り合いはなしと言っていたしな)


 彼は周囲の気配を探り自分たち以外この場に居ないことを確認してから口を開いた。


「あなたの過去については聞き及んでいる。確かに女帝――第五十代皇帝が選んだ後継者は不出来であったと言えるだろう。そのような人物に翻弄されたあなたが人間不信になるのも理解できる」


 けれど、と言葉を切ったシュバルツは目を細めてレオンハルトを見つめた。一挙手一投足を見逃しはしないとばかりにその視線は鋭く尖っている。


「だからこそ理解できない。何故あなたは僕を〝軍神〟の末裔であるとあっさり信じて皇家に迎え入れたんだい?しかも皇位継承権まで与えるおまけつきでさ」


 アインス三大神の一角である〝軍神〟の末裔が現れた際には、その真偽を確認した上で本物であった場合は皇家に迎え入れよ、というのが初代皇帝の遺言の一つであるからそこについては受けれたのは理解できる。

 だが、皇位継承権を与えるのは時の皇帝の判断に委ねられている以上、与えないという選択肢を取ることもできたはずなのだ。

 皇位継承権を持つ以上、その存在に玉座を狙われる可能性が高まるし、当人にその気がなくとも周囲が担ぎ上げる危険性がある。

 だが、レオンハルトはその危険性を理解した上でシュバルツに皇位継承権を与えたのだ。

 そこまでするということはこちらの正体を知っているのではないかと彼は考えたのだ。


「あなたは僕が何者であるかを聞かされているんじゃないのかい?ノンネか、あるいは――〝王〟に」

「…………」


 答えはなくレオンハルトは無言であったが、微かに息遣いが変わったのをシュバルツは聞き逃さなかった。それだけでも十分答えになっている。


(やはり彼の背後には〝王〟が居るとみて間違いないな)


 劣勢であったのに玉座を掴めたこと、古き時代から生きている者しか知らないであろうことを何故か知っていること等から前々から怪しいとは思っていたが……。


(問題はどの〝王〟が彼の味方をしているかだけど……)


 それについても検討はついている。レオンハルトの苛烈な気性を好む〝王〟は一柱だけだ。


(確証が欲しい所だけど……巧妙に隠れているな。僕の〝眼〟でも見つけることが出来ない)


 シュバルツは仮面を撫でながらその下の左眼を躍動させた。哀哭の光が仮面から漏れ出て闇に融けこんでいく。


(まあいい。レオンハルトが対外戦争に出陣すれば隙は幾らでも生まれる。その時に見つけ出して始末すれば良いだけだ)


 彼は仮面の下で喜悦を弾けさせると力強い視線を向けてきていたレオンハルトを見やった。


「沈黙は肯定とみなすよ。だから、あなたが僕の正体を知っているという前提で言わせてもらう――僕はあなたの歩む道を祝福しない。これは彼女(、、)も同じだよ」

「…………」


 それでも沈黙を守るレオンハルトに、シュバルツはこれ以上いう事はないと言わんばかりに閉口して墓所の出口へと歩いて行った。

 その背を見送った金髪の皇帝は重々しい息を吐くと頭上を見上げた。

 底なしの闇が蟠る空間――まるで己が未来を表しているかのようだと思ったが、首を振ってそれを否定する。


「〝軍神〟と〝戦女神〟の力がなくとも――余にはかの〝王〟の力と信じられる仲間がいる」


 それに、と腰元を見やればいつの間にか神々しい剣が現出していた。神剣〝天霆〟(ケラウノス)――レオンハルトの新たな相棒の姿であった。

 レオンハルトが〝天霆〟を鞘から抜き放つと激しい雷電が刀身から迸り闇を照らし出す。


「未来は己が手で切り開くのみだ。たとえ一寸先が闇であっても――照らし出せば良い」


 そう宣言した主を歓迎するかのように〝天霆〟はバチバチと放電を繰り返すのだった。

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