二十八話
遅くなり申し訳ございません。
続きです。
跳躍からの振り下ろし――天翔を受けたエクサルは瞠目した。
先ほどまでとは明らかに異なる重い一撃――想定外の衝撃に後退を余儀なくされる。
「ぬ、ぅ……ッ!?」
対する明日香は追撃はせずに雪原に着地すると両手に握りしめた二振りの刀に目をやっている。
右手にある純白の刀と左手にある金色の刀――共に烈々たる覇気を放っている。
「……それは神剣か?」
「うん、そうだよ。……こっちの子が〝曼珠沙華〟でこっちの子が〝天冥鳳凰〟っていうんだ」
エクサルの問いに明日香は隠すこともなく答えた。その瞳は戦意と闘志に満ち溢れている。
彼女は二振りの刀を眺めまわすと秘められた圧倒的なまでの力に口元を歪める。
「これなら私は――全てを斬り裂くことができる」
「ッ……!やはりお前は…………!」
明日香の笑みを見たエクサルは確信した。やはりこの女は人の形をした〝修羅〟であると。
戦いこそが生きる理由、あらゆるものを斬ることこそが望みなのだ。
だが――それでこそ戦いがいがある。本当の死闘を経験できるとエクサルもまた笑みを浮かべた。
「ハハッ!いいぞ……!それでこそ俺が認める存在だッ!!」
そう吼えたエクサルは勢いよく地を蹴って明日香に飛び掛かった。
圧倒的なまでの暴――対する明日香は静の中で右手の刀に呼び掛ける。
「狂い咲け――〝曼珠沙華〟」
瞬間、右手の刀――純白の刀身が美しい〝曼珠沙華〟が新たな主である明日香から勢いよく魔力を吸い上げた。あまりの勢いに酩酊感と虚脱感を同時に覚えた明日香だったが、努めて無視すると右腕を動かしてエクサルの一撃を受け止める。
あまりにも軽い動作、されど彼女はエクサルの一撃を受け止めることに成功する。
足元の雪原が陥没し積雪が吹き飛ばされる。体重すら込めたエクサルの重い一撃を明日香は涼し気な表情で防いでいた。
加えて――、
「……なんだそれは」
彼の拳を受け止めている〝曼珠沙華〟の刀身が赤く染まり始めたのだ。
鍔の先から先端に向かって赤く、朱く、紅く染まっていく。
純白が紅に侵食されていく光景は汚される初雪を彷彿とさせるものだが、この刀に限っては美しい光景であった。
――そして、変化したのは見た目だけではなかった。
「――なに……ッ!?」
突如として深紅に染まった刀身と接していたエクサルの拳から鮮血が噴き出した。驚いた彼は咄嗟に拳を引く。〝破邪〟の神権〝護法〟によって硬化していた拳に切り口が入っており、そこから出血していることに気づいて絶句する。
自身が誇る防御を突破されて固まるエクサルの様子を見た明日香は喜悦に口元を歪めた。
「ふふっ、驚いた?この子の神権〝情熱〟の能力はね――所持者の魔力を喰らうことで切れ味を増加させるというものなの。非常に単純な力だけど――あなたのような守りに長けている相手なら効果は抜群だよね」
神剣〝曼珠沙華〟の神権である〝情熱〟の力は単純明快であった。だが、所持者の魔力を吸えば吸うほど切れ味が上昇していくこの刀は理論上、最終的に斬れないものがなくなる。
――それは詰まるところどのような防御であっても意味を成さなくなるということに等しい。
「……理屈はわかった。だが、お前の魔力がいかに強大であっても無限というわけではないだろう。必ず打ち止めになるはずだ」
斬られた拳に魔力を集中させ回復に努めるエクサルは時間稼ぎの意味も込めてそう指摘した。
だが、返ってきたのは場違いなほどに悦に満ちた笑みである。
「そこでこの子の出番というわけ――」
と、明日香は左手に握る金色の刀を持ち上げて口元に近づけた。
生ある者を殺す為の道具――されど、彼女が流し目を送りながら刀身に囁くその姿は不思議な色香を放っている。
「天昇せよ――〝天冥鳳凰〟」
艶やかに、涼し気に、睦言を囁くように告げられたその言葉に金色の刀――〝天冥鳳凰〟が震えた。
そして次の瞬間――刀身が光り輝き始めた。〝天冥鳳凰〟は凄まじい光量を放つと同時に圧倒的な魔力を放ち始める。
それは所持者である明日香に流れて往き、彼女の全身隅々にいきわたる。傷が癒え、体力が回復し、五感が研ぎ澄まされ、〝曼珠沙華〟に喰われた魔力が一瞬にして回復する。
あまりにも膨大な魔力量は明日香の身体に収まりきらずに天に立ち昇り始める。空間さえも歪める圧倒的な魔力は曇天を吹き飛ばしその先にある太陽の光が地上に降り注ぐ。それは万年雪が降り続けるこの地にとってはあり得ない光景であった。
「な、んだ……これは、この魔力量は……ッ!?」
その光景を唖然と見つめるエクサルに明日香は説明してやる。
「この子――〝天冥鳳凰〟の神権だよ。所持者の危機に応じて加護を与えるというね」
〝天冥鳳凰〟の神権〝天冥護〟の力もまた単純明快なものであった。所持者の危機に加護を与えるというものであるが、その加護とは魔力であり体力であり治癒能力であり身体能力の向上である。
明日香が新たに得た二振りの神剣はどちらも単純な神権を持つが、合わさるととてつもない効果を生み出す。
すなわち――、
「〝曼珠沙華〟が魔力を喰らって〝天冥鳳凰〟が回復させる。後はこの繰り返しをするだけで――私に斬れないものはなくなる」
〝曼珠沙華〟が明日香の魔力を喰らい切れ味を増し、〝天冥鳳凰〟が明日香が失った魔力を即座に回復させる。それをまた〝曼珠沙華〟が喰らって〝天冥鳳凰〟が回復させて……という繰り返しが行われるのだ。その果てに何があるか、答えは一つ、〝曼珠沙華〟の切れ味が無限上昇するというものである。
「私に斬れないものはなくなる……私の望みが叶うというわけ」
くつくつと嗤う明日香に圧倒されたエクサルは自然と足を後ろに下げていた。
自らが後退した――その事実に彼は表情を歪めて両拳を打ち付け弱気を吹き飛ばした。
「ハッタリだ!第一、それほどの魔力循環にお前の身体が耐えられるはずもない!お前は所詮〝人族〟――魔力操作の申し子である〝魔族〟でもなければ魔力の塊である〝精霊族〟でもない。強靭な肉体を持つ〝竜王族〟や〝妖精族〟ですらないのだ!五大系種族最弱である〝人族〟に耐えうるものではない!!」
「…………」
その指摘は事実である。あるが……。
「……だからどうしたっていうの?私の身体が壊れちゃう前にあなたを斬れば良いだけでしょ」
明日香はその指摘を一蹴すると構えを取った。右手の刀は真紅に染まり、左手の刀は黄金の輝きを放っている。
絶対的な魔力の奔流を放つ明日香にエクサルは闘志を奮い立たせて敢えて笑みを浮かべた。
「来るが良い!」
「……死ねッ――!」
剥き出しの殺意と共に明日香は相手の懐に一瞬で踏み込んで二刀を振るった。虚影――江守流改の中でも禁じ手ばかりの裏の型の一つであるその踏み込みによる超高速移動が残像を生み、エクサルは明日香の位置把握を僅かではあるが逸らされた。
振るった拳が空を切り、反撃として神剣二振りによる高速連撃が叩き込まれる。
双竜――先ほども喰らった技であるが、違うのは振るわれる得物が神剣であるという点だ。
「ぐ、ォォオオオオオッ!?」
「ハァアアアアアアアッ!!」
気迫と共に放たれる斬撃――〝天冥鳳凰〟の方は辛うじて〝護法〟の防御を突破していないが、〝曼珠沙華〟の方から繰り出される攻撃はエクサルの身体に傷を与えていた。
鮮血が彼の身体の至る所から吹き出し、周囲の雪原が朱く染まる。
このままでは押し切られる。そう判断したエクサルは一度明日香の間合いからの離脱を試みようとした。
だが、
「逃がすものかッ!」
鬼の形相でそう叫んだ明日香はエクサルの右足の甲に〝天冥鳳凰〟を全力で突き刺した。切れ味が増している〝曼珠沙華〟ではない為弾かれてしまうが、後方に跳躍しようとしていた彼の動きが鈍る。
一瞬の隙――だが十分だ。
明日香は〝天冥鳳凰〟から手を離すと〝曼珠沙華〟を腰の位置に構えた。真紅の刀身は魔力によって疑似的に生み出された鞘に収まる。
目を見開くエクサル。彼の脳裏には明日香との初戦、その最後に彼女が放ってきた一撃の事が浮かんでいた。
「ま――」
何かを言いかけたエクサルであったが、それが最後まで紡がれることはなかった。
――雲耀・下天。
納刀状態から放たれた雷速の居合い斬りが、エクサルの身体を両断するのだった。




