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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
八章 光明と代償
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二十五話

続きです。

 一方その頃、新はシルフ族族長のローシャの案内で森林地帯を進み都市を大きく迂回して守りの薄い西側から侵入していた。

 狙いは一つ、敵本陣への奇襲である。


「こっちよ。この道から進めばほとんど敵と会わずに済むわ」


 掌程度の大きさにまで縮んだローシャがその小さな羽を震わせて空中を進んで行く。

 彼女の先行に従う新は既に固有魔法〝絶影〟(エレボス)を発動させ姿を消した状態である。

 ローシャも風属性魔法を駆使して気配を極限まで薄くしている為、仮にデモン族の傍を近距離で通過しても二人が気づかれる可能性はかなり低いと言えた。

 それ自体も驚くべきことであったが、新はローシャが風属性魔法を使用して敵の位置を把握しながら進んでいることに驚嘆していた。


(風に触れている相手の位置を把握することが出来るなんて反則だろ……)


 つまりローシャに察知されないようにする為には完全な無風状態の場所に居るか、魔法で結界を張ってその中に居るくらいしか対処法がない。

 これをシルフ族全員が出来るのであれば驚異的と言えようが、幸いと言って良いのか一部の卓越した実力者にしかできない事らしい。

 現代においては族長のローシャと戦死した副族長くらいだという。


(俺が固有魔法を使用しても存在が消えるわけじゃなく気配と姿が見えなくなるだけだからな。空間に存在していることに変わりはないからローシャの〝風〟から逃れることは出来ないってわけだ)


 今回はそれが有効に働いているわけだが、これが敵に回ったら心底恐ろしいと新は思った。何せ彼女を前にしては伏兵の存在が無意味になってしまう。気配を消しての隠密行動を主軸とする新にとっても天敵と言える存在であった。


(今後も敵対は避けたい所だな……)


 と新が思いながらローシャについて行っていると不意に彼女が制止した。


「……ついたわ。ここがあいつらの本陣よ」


 ローシャと共に近くの木陰に身を潜めながら敵本陣に視線を送る。

 そこは円形の広場のようになっており、幾つかの天幕が立ち並んでいる。中央には一際大きな天幕があり、その後ろには巨大な切り株が鎮座しているのが分かった。


「信じられない……あいつら神木を折ったのね!?許せないわ……!」

「神木――ってのはあの切り株のことか?名前からして大切なものだったようだけど……」

「そうよ。かつて〝星辰王〟様から下賜された木――この都市が生まれる前からあった、わたしたちシルフ族にとっての宝物だったの。周囲の木々に恵みを与える特別な力を持っていたのよ。その力のおかげでこのウェントゥス中の木々は枯れることなく千年以上も生き続けることが出来ていた。なのに……っ!」

「……なるほどな。道理で周りの木々が枯れ始めているわけだ」


 新たちが身を潜めている木もそうだが、元は緑色だったであろう枝葉が茶色く変色し始めていた。幹も触れるとパラパラと欠片が零れ落ちてくる。明らかに生命力を失い始めていた。

 都市や周囲の森林に恵みを与えていた偉大なる樹木、加えて彼女らの神である〝星辰王〟からの賜り物となればその重要性が分かるというものだ。

 故にそれを破壊されたことで憤る彼女の心情も察するに余りある。


「……まずはデモン族をこの都市から追い出そう。その為に俺たちが任された役目を果たさないと」

「…………そうねっ!色々考えるのはそれからだわ!」


 気丈にそう宣言するローシャの声色には悲しみが色濃く出ていたが、新はそれを指摘することなく腰から双剣を抜き放つ。音もなく鞘から姿を見せたその二振りは夜闇の如き漆黒の刃をしている。

 異質な気配を放つその武器を見たローシャは息を呑んだ。


「それが〝月光王〟が創生せし〝人族〟の神剣なのね……」

「ああ、〝干将莫邪〟って言うんだ」


 神権である〝夜刻〟は夜でなければ効果を発揮しないという非常に尖った性質を持っている。それ故に日中である現在は神権を使用できないが、それでも切れ味は他の武器の追随を許さない。

 この双剣であればデモン族が使用する闇属性魔法を斬って捨てることが出来るだろうと新は判断していた。


「……行くぞ、あの大天幕に潜入し指揮を執っている連中を始末する」

「ええ、行きましょう」


 今度はより慎重に歩を進める新は、宙に浮かぶローシャを見やりながら複雑な心境であった。


(見た目は幼女だけど本当は何百歳っていう次元なんだよな。そんな年上相手に敬語抜きとか違和感しかないな……)


 初めは新もローシャ相手に敬語を使っていた。彼女が一部族の族長であること、年上であることを知ってのことだ。

 しかし当の本人から敬語は不要、むしろ嫌だからやめてくれと言われてしまったので仕方なく敬語抜きで話しているのだが、年上には敬語を使うべしと教育されてきた新からすれば違和感しかなかった。

 しかしたった二人での潜入作戦ということもあり彼女の機嫌を損ねるのは得策ではないと判断して従っているのだが……やはり違和感は拭えない。


(こればかりは慣れるしかないか……)


 新は小さく嘆息すると意識を切り替えて周囲への警戒を強める。広場には多くのデモン族が浮いているが、誰もこちらに気づいた様子はない。

 一度、あと少しでも横にずれたら触れる、という距離まで接近してきたデモン族もいたが、やはり気づかずそのまま別の場所へと移動していくだけだった。

 

(俺の固有魔法とローシャの〝風〟による不可視化は暗殺者とか密偵向きだな。こんな奴が敵に居たらと思うと鳥肌ものだぜ……)


 見えない、気配も感じない、臭いもしないでは感知の仕様がない。これを感知できるのはローシャのような風属性魔法を極めたような存在か、特異な力を持つ者くらいだろう。

 そう考えながら進んで行けば広場中央に位置する大天幕にたどり着いた。入り口の垂れ幕の隙間から中を覗き込めば数人のデモン族が浮いているのが分かる。彼らは長机に置かれた地図を見ながら口々に意見を交わし、時には周囲に居る伝令兵らしきデモン族に伝えていた。地図の上に置かれた駒が独りでに宙に浮いては別の場所に置かれる光景を見た新は納得した。


(人型になれない〝精霊族〟がどうやって物に触れたり掴んだりしているのか謎だったけど……なるほどな。魔力を使って浮かせたり掴んだりしているわけか)


 意識を集中させればデモン族の体内から体外への魔力の流れを何となく感知することが出来る。肉体がある〝人族〟ではほとんど使用する者がいない魔力の使用方法を〝精霊族〟は日常的に使用しているようだ。

 などと感心している場合ではない。新は傍に居るローシャに訊ねた。


「この中にナイトメアってやつはいるのか?神剣の気配は感じられないけど……」

「……いないわ。あの憎たらしいクソガキはいつも人型だし、その気配もない」

「ってことは予想通りの展開ってわけか。なら作戦通りでいいな」

「ええ……こいつらを皆殺しにする」


 殺気立っているローシャであったが、住処を追われた挙句滅茶苦茶にされ、更には同胞の多くも喪っているのだから当然のことかと新は首肯した。


「予定通り入り口には俺が立つ。ローシャさんは仕掛けてくれ」

「ローシャで良いって言ったじゃない……行くわよ」


 そう言ったローシャはふわりと天幕の中へ入り軽く手を振った。

 たったそれだけの動作、されど発生した現象は凄絶の一言であった。


『――!?』

『なん――ギァ!?』

『あ……グゲッ!』


 音もなく不可視の刃――風刃がデモン族を真っ二つにしたのだ。突如として仲間が絶命する様子に混乱する他のデモン族らも次々と凶刃に倒れていく。

 一部の聡い者はこれが敵の攻撃であると判断し天幕の外へ出ようとするが、そこには〝闇夜叉〟(タナトス)が待ち構えている。


『え――?』

『ゲハッ……!?』


 何もない空間――そのはずなのに近づいた瞬間刃物で切り裂かれて消滅させられる。デモン族が絶命する一瞬の間だけ鋭利な切断面が確認できることでかろうじて斬られたのだとわかるがそれだけだ。

 どこから攻撃されているのか分からない。分からないうちに――悲鳴を上げる暇もなく天幕内に居たデモン族らは一人を除いて一掃された。

 わざと殺さなかったそのデモン族に〝絶影〟を解除して姿を見せた新が歩み寄る。


『き、貴様〝人族〟か!?何故ここに――ッ!?』

「黙れ、お前は俺に聞かれたことだけ答えろ。それ以外で喋ったら――そうだな、お仲間みたいに楽には死ねないぞ。少しずつその球体を端から削り落としてやる」


 努めて酷薄な表情を浮かべた新は右手に握る〝干将〟の腹でペシペシと黒球体を叩いた。仲間を一撃で葬り去ったであろう得物を前にデモン族は恐怖からその身体を明滅させた。


「よし、まず初めにお前らの戦力とその配置から教えろ」


 と事前の軍議で決まっていた質問を幾つか行う。その間、ローシャは天幕の入り口付近に移動して外を警戒してくれていた。


「……なるほど、よくわかった。じゃあ、最後の質問だ。正直に答えてくれていたようだし、これに答えたらお前だけは見逃してやろう」

『ほ、本当か!?』

「ああ……ただし解放したら誰にも事情を説明することなくこの都市から消えるんだ。呼び止められても無視しろ。……いいな?」

『わ、分かった。分かったからその剣を近づけるのは止めてくれ!』


 どうやら眼前のデモン族も新が手にする双剣がどのようなものなのか察したらしい。

 とはいえそれは重要ではない。新は淡々と最後の質問を口にした。


「これが最後だ。……お前たちの指揮官であるナイトメアは今、何処にいる?」

『そ、それは……っ!』

「まさか知らないなんて言わないよな?お前は奴が不在の間指揮を任された者の一人だろうが」

『…………』


 これまでの質問には即答していたというのにこれには黙ってしまった。本当に知らないのか、あるいはそれほどまでにナイトメアが恐ろしいのか――。

 前者はあり得ない。ならば後者であるが、自分の命には代えられないはずだ。

 故に新は今一度神剣をこれ見よがしに動かして見せると凄んだ。


「おい、早く答えろ。じゃないと――」

「シン、上よっ!」


 突如としてローシャが叫んだ――と知覚した瞬間、頭上から強大な気配が迫ってくるのを感じた新はハッと顔を上げた。

 次の瞬間、新は身体を元の大きさに戻したローシャに飛びつかれて地を転がった。同時に天幕が頂点から崩壊していき深紅の槍が天幕の床に突きたつのが見えた。

 そして――凄まじい衝撃が全身を突き抜け痛みと共に意識が遠ざかっていく。

 薄れゆく意識の中で、新は子供のような声を耳にした。


「ボクはココに居るよ――〝人族〟のお兄さん?」

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