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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
八章 光明と代償
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十八話

続きです。

 神聖歴千二百年十月七日。

 西大陸中域北東部――ユニコーン族の都アストラ。

 緑豊かな大森林の中に存在し、街の中には至る所からは大小様々な大きさの魔力結晶が生えている。

 家屋は質素な木造の物しか存在せず森の空いている隙間に建っており、自然に溶け込んでいる――それがこの都の特徴だ。

 平時は思い思いに黄色の魔力球状態と一角を持つ白馬の状態に変化しているユニコーン族が暮らしているのどかな光景が広がっているが、東よりデモン族の侵攻を受けた現在は悲鳴と怒号、怨嗟で満たされる死地となっていた。


『ひたすら魔法を撃ちまくれ!決して近づけさせるな!!』

『駄目だ、魔法が通らない!闇魔法に吸収さえてしまう!』


 ユニコーン族は雷属性を司る〝精霊族〟であり、その雷魔法は全属性の中で二番目に速度の速い魔法だ。加えて破壊力もかなりのもの――故に魔法対決においては後れを取ることは早々ない。

 しかし今回は相手が悪かった。闇属性魔法――七種ある属性魔法の内、最も習得難易度が高く、だが種族柄生まれつき使用できるデモン族の軍勢が相手なのだ。

 魔法を撃てども撃てどもデモン族が展開する闇魔法の球体に吸収されて無効化されてしまう。

 こちらの攻撃は通らないのにデモン族の闇魔法が飛んでくる。それを躱すことに失敗すれば闇魔法に吸収されて消滅し、躱しても身体の何処かがかすってしまえばその部位が消滅してしまい戦闘継続が困難となってしまう。

 あまりにも一方的な展開――ユニコーン族だけでなく〝精霊族〟は永い年月の中で失念してしまっていたのだ。千二百年も昔、かつて〝精霊族〟最強と呼ばれていたデモン族の力を。

 要は油断と慢心が生んだ光景なのだが、事ここに至っては後悔しても遅い。このまま一方的に虐殺される――そんな絶望感がユニコーン族の胸を満たそうとしたその時だった。


「我は鋼、一切合切を切り払う剣なり」


 固有魔法――〝剣神〟(カーリー)

 見事な体躯の白馬に跨った一人の少女が二振りの刀を手に戦場に舞い降りた。

 彼女は両足の力で自らの身体を白馬の上に固定すると刀を振るった。黒い魔力球――デモン族が切り裂かれ霧散していく。

 あっという間に複数体を撫で切りにしてみせた少女に茫然としていたデモン族であったが、すぐに我に返ると闇魔法を放つ。


『どの部族の者かしらんが、すぐに葬り去ってくれる!』

『闇に融けよ!』

「それはこっちの台詞だよ」


 少女――勇者、江守明日香は敵の気勢にそう返すと勢いよく〝髭切〟と〝膝丸〟を振るった。

 瞬く間にデモン族が消滅していくが、その間に準備を終えた他のデモン族が闇魔法を放ってくる。


「……あれはまだ(、、)斬れないね。テンペスト、避けて」

「避けられる?とは聞かないのですね……ですが、行けますよ!」


 迫りくる闇魔法――無数の黒い魔力塊に明日香が目を細めてそう告げれば、白馬――テンペストは嬉しそうに嘶いて駆け出した。

 その動きは縦横無尽――何もない空間を蹴って空中を跳躍するテンペストは動きの遅い闇魔法をあっさりと交わして突破する。

 そして敵陣に降り立てば明日香の出番だ。彼女はテンペストに「好きに暴れて」という雑な命令を下すと下馬し、デモン族を次々に斬り捨てていく。

 まさに一騎当千――いくら闇魔法が強くとも当たらなければどうということはないとばかりの動きであった。

 その凄まじい光景にテンペストは笑い声を上げた。


「ははは、これは素晴らしい。流石は我が主!私も負けてはおられません!」


 そう言って額にある水晶の如き一角から雷撃を放ってデモン族を葬り去った。

 確かにデモン族が使用する闇魔法があればユニコーン族得意の雷魔法は吸収されてしまうが、使用される前に殺してしまえば良いのだ。

 テンペストは雷魔法を周囲に放ち、敵陣を奔り回る。闇魔法を避け、ある者は雷で殺し、ある者はその馬体ではねとばす。

 この二人が暴れ始めたことで前線に乱れが生じた。その隙に態勢を立て直すべくユニコーン族の副族長が号令を発している所に新たちがやってきた。


『何者か!?』

「副族長殿とお見受けする。我らは〝人族〟エルミナ王国亡命政府の者である。貴殿らユニコーン族族長テンペスト殿の導きによりここに参った。助太刀致す」

『なんと、〝人族〟だと!?それにあの馬鹿族長の案内で!?』


 急展開に訳が分からないといった様子の副族長であったが、頭を振って気を取り直すと意識を切り替えた。


『細かい話は後だ。とにかく今はデモン族の奴らを撃退せねばならん。助力してくれるのならありがたい!』

「任されよ!」


 一先ず現場責任者から言質は取った。ならば後は行動に移すのみだ。

 シャルロットは己の固有魔法の回復で傷を癒そうと負傷者の元へ向かい、護衛としてテオドールがついていく。

 エピスは早速敵陣へと突撃していったイグニスに呆れた声を漏らしつつも後を追う形で参戦、新は固有魔法を発動させつつ神剣を抜き放って敵陣深くへの潜入を試みる。

 クロードは〝王剣〟を抜き放つとユニコーン族と共に最前線で刃を振るい始め、カティアは固有魔法〝不動金剛〟(ミネルヴァ)を発動させ大規模な結界を展開、ユニコーン族を闇魔法から守った。

 彼らが参戦したことで明日香の強襲による混乱から立ち直れていなかったデモン族の軍勢は完全に瓦解、集団行動が取れずに一人一人が場当たり的な対応を始めてしまう。

 デモン族は個であっても強力な闇魔法がある為に強いが、それでも神剣や神器、固有魔法所持者というより強力な個に圧倒され一人、また一人と討ち取られていった。

 

『う、狼狽えるなっ!我らは〝精霊族〟最優の存在、このような連中に――ッッ!?』

「――死ね」


 なんとか態勢を整えようと指揮官級が大声を張り上げるもそれは自らの居場所を知らせるような真似だ。

 固有魔法〝絶影〟と神剣〝干将莫邪〟(ヤグルシ・アイムール)によって気配を極限まで消した新が忍び寄り、喉を掻っ捌いて殺害していく。

 指揮官を失った軍は脆い。頭を失った蛇は何物にも噛みつけず、何者も毒せないものだ。

 潰走――そんな言葉が似合う光景が広がろうとしたその瞬間だった。


「お前ら止まれッ!何逃げようとしてんだッ!!」


 混沌とした戦場に響き渡る大音声、同時に背筋を凍らせるほどの覇気を携えた大男が現れた。



*****



 シルフ族の都ウェントゥスから出立したデモン族族長エクサルは途中胸騒ぎがして一人、軍を置いてアストラへと先行した。

 その予感にも似た胸騒ぎは当たっており、既に攻略出来ていてもおかしくなかったはずのアストラは健在――それどころかこちらの軍勢が甚大な被害を被っていた。

 見たこともない魔力を纏った連中がユニコーン族に加勢している――それがこの状況の原因であると瞬時に悟ったエクサルは配下を鼓舞すべく大声を発すると神剣〝破邪〟(ヴァジュラ)を喚び出しその柄で地面を叩いた。

 すると凄まじい激震が大地に奔り立っていた者たちがよろめき動揺する。

 だが、一部の実力者はそのまま戦闘行為を継続した。

 その内の一人、明日香は素早く地面を駆け抜けてエクサルに肉薄するなり斬りつける。表情は無を湛えているが、その瞳には現れた強者への喜悦がちらついていた。


「シッ!」

「あん?」


 仁王立ちするエクサルに向けて加速して斬りつけた明日香であったが、硬質な音と共に刃が彼の肉体の上を滑ったことに瞠目する。

 そのまま通り過ぎて振り返る明日香が見たものは、傷一つついていない分厚い筋肉を持つ大男の怪訝そうな顔だ。


「なんだお前……それにその奇妙な魔力と技は……」

「……〝人族〟は初めて見た?」

「…………なるほど、お前〝人族〟か。通りで見たことのねぇ魔力をしているわけだ」

「ふふ……じゃあ見たことのない技も見せてあげる!」


 明日香は見る者を戦慄させる凄絶な笑みを浮かべるとその場で二刀を振り下ろした。

 地奔――大地を這う斬撃を飛ばす技を放ったのだ。

 凄まじい速度で迫るその斬撃に――しかしエクサルは微動だにせず笑みを浮かべていた。

 その余裕の態度に明日香は疑問符を浮かべるもすぐさま解消する。

 何故なら斬撃を正面からまともに受けたエクサルが無傷であったからだ。


「……中々硬いみたいだね」

「お前は軽いな。羽毛みたいだ」


 ふと明日香はイグニスから聞いたデモン族族長の話を思い出す。確か異常なほどに硬いという話ではなかったか。


「あなた、もしかしてデモン族族長の――」

「おう、エクサル様だ。死ぬ前に覚えておけ」


 その名乗りに周囲にいたデモン族が歓喜の声を上げる。自らの族長が助けに来てくれたのだと盛り上がっていた。

 明らかな士気の上昇――明日香は拙いと舌打ちをする。


「死ぬのは――お前のほうだッ!」


 縮地を使い距離を詰め二刀で斬りつける。だがどちらも〝破邪〟――戦槌から手を離したエクサルの両腕に弾かれて(、、、、)しまう。


「ッ――!?」

「だから軽いって言っただろ?」


 エクサルは二刀が弾かれたことでがら空きになった明日香の腹を蹴り飛ばした。まるで勢いをつけた鉄塊に殴られたような感覚と共に彼女は吹き飛ばされ、背後にあった巨木に激突してずり落ちる。


「ガァッ……!?」


 すぐさま立ち上がろうとする明日香であったが、灼けるような痛みと共に猛烈な吐き気が襲ってきたことで吐き気を催してしまう。

 それに耐え切れずに今朝食べた物を吐き出す明日香にエクサルがゆっくりと近づき始める。

 そこにようやく敵を突破した仲間たちが駆けつけた。


「これでも喰らいやがれっ!」

「ゼァア!!」


 跳躍したイグニスがエクサルの頭上から殴りつけ、気配を消して近距離まで接近した新が〝干将莫邪〟で斬りつける。

 だが――、


「温いな!」

「なに――ぐあぁ!?」

「っ……マジかよ!?」


 炎を纏った拳を右手で受け止め、左手で神剣の斬撃を受け止めて見せたエクサルは嗤う。

 そしてそのままイグニスを放り投げ、空いた右手で新を殴りつけた。

 新は咄嗟に受け止められている〝干将〟を手放し上体を逸らすことで回避した。〝干将〟を放り捨てたエクサルの左拳には残る〝莫邪〟で対応する。

 だが、あまりにも強烈なその一撃は神剣で受け止めたにも関わらず衝撃が新本体に伝わり彼は吹き飛ばされ森の中へと消えてしまう。

 それを見送ったエクサルは地面に放り捨てた剣を見やる。夜のように暗い刀身のそれに自身の持つ〝破邪〟が警戒を示していることに気付いて得心したと頷いた。


「なるほどな。ちょっとばかし歯ごたえがあると思ったら神剣か。ふむ、これが〝人族〟の神剣ねぇ……」


〝莫邪〟はしばらくは地面に転がっていたが、やがて音もなく消えた。おそらく主の元に返ったのだろうとエクサルは察する。

 それから戦場を見回せば複数の特異な気配を感じ取ることが出来た。どうやら千二百年ぶりに邂逅した〝人族〟は揃いもそろって何らかの〝力〟を有しているらしい。


「だが、どいつもこいつも俺に傷一つつけられねぇとは……つまらんな」


 自身に傷を負わせられる者がいるとすれば先ほどの神剣所持者くらいなものだろうが、まだ〝力〟を満足に引き出すことの出来ていない未熟者であった。あれでは見込みが薄すぎる。


「つまらねぇ。順調にいくのは良いが、俺の覇道を邪魔する障害が一つしかないのも味気ない」


 唯一障害となりえるのは〝精霊族〟を纏める〝精霊帝〟くらいなものだ。

 それは今回の侵攻を始める前から分かっていたことであるが、それでも自身に匹敵する強者がそこに至るまでまったく出てこないのは退屈だと感じている。

 エクサルはデモン族の長としてこの戦争に勝たなければならないと考えているが、同時に一個人の願いとして強者との戦いに飢えていた。

 生まれたその瞬間から神剣〝破邪〟と共にあった彼は向かうところ敵なしであり、それ故の孤独と退屈さに飽き飽きとしているのだ。


「……もういいか。とりあえずお前らを始末して――ッ!?」


 天を仰ぎ溜息をついたエクサル――その一瞬の隙に四つん這いになって吐いていたはずの明日香が眼前まで迫っていた。

 驚きに目を見開く彼の前で明日香が、エクサルですら戦慄するほどの殺意に満ちた眼で睨んでいる。その手には腰の位置で鞘とそれに仕舞われた〝髭切〟の柄だけが握られていて――、



――雲耀・下天。



 刹那、一条の光がエクサルを斬り裂いた。

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