十五話
遅くなり申し訳ございません。あまりにも忙しく書く余裕がありませんでした。
続きです。
神聖歴千二百年十月一日。
西大陸中域北部――大森林地帯。
不毛の大地たる火山地帯を南下すれば、鬱蒼とした森林が出向かえてくれる。
サラマンダー族族長のイグニスを加えた一行は生い茂る木々の合間を縫って雷属性を司る〝精霊族〟ユニコーン族の都アストラへと向かっていた。
「やっと涼しくなったねぇ~」
穏やかな気配漂う森の中、これまた穏やかな雰囲気の中で明日香がグッと上半身を反らして息を吐く。
その表情は火山地帯に居た時とは比べ物にならないくらいに緩んだものである。
「そうですな。この涼しさはありがたいものです」
と、やけに重々しく息を吐くのはテオドールであった。
彼は元々騎士であり現在でも鍛錬を続けている為、引き締まった体躯をしているが、それでも年齢は五十を超えている。加えて神剣等の特殊な加護も持たない彼からしてみれば火山地帯はさぞ身体への負担が大きかったことだろう。
「父上、あまりご無理はなさらぬよう。辛ければ言ってください。某が何とかします故」
「……いくらクロード様といえども環境を何とかすることは出来ないと思いますよ?」
何処までも生真面目に告げるクロードにカティアが苦笑交じりに言えば、シャルロットも面白く感じたのか笑みを浮かべた。
そんな和やかな雰囲気につられて新もまた表情を緩ませて大きく深呼吸する。大自然が生み出す清涼な空気が肺を循環し精神を落ち着かせてくれた。
そして一向と共に旅する〝精霊族〟の二人はというと――、
「それで、エピスが今後行きたい場所は何処だ?オレ様が連れていってやるよ」
「う~ん、そうだねぇ……この大陸なら〝天山〟には一度行ってみたいかも。お母さまも行ったことがないって言ってたし、〝精霊帝〟さまが住まう宮殿とかを見てどんな場所だったか教えてあげたい」
「なるほどな。おっし、じゃあ今から連れていってやるよ!」
と、意外にも楽しげに会話をしていた。
いきなり求婚された側とした側、どうなることやらと一行はやきもきしていたが、これならば問題なさそうだと感じていた。
「はいはい、待った待った。今から行くのはユニコーン族の所だろ。いきなり進路を変えようとするんじゃない」
「ああ?別にいいだろ少しくらい。ちょっと行ってきてすぐ戻って来れば」
「そんなコンビニみたいに気軽に行けるような場所じゃないだろ」
「こんびに?なんだそりゃ?」
猪突猛進気味なイグニスを抑える新は目元に指を当てながら嘆息した。
イグニスは裏表のない、竹を割ったような良い性格をしているが、それは悪い言い方をすれば半ば反射的に行動してしまいがちな性格であるともいえる。
(要は脳筋なんだよなぁ……)
とは口に出せない。最悪外交問題になりかねないからだ。
だが、旅に同行すると決まった際にイグニスから遠慮のない物言いをしてくれ、と言われていたので敬語は使わずに彼の行動を制止する。
と、ここで先頭を歩いていた明日香が喜色交じりの声を上げた。
「あ、川だ!皆、川があるよ!ここで水浴びしていこうよ!」
その言葉に一同が前方を注視すれば、確かに木々の合間に開けた空間があることが分かった。
駆けていく明日香の背を追っていけば水のせせらぎが耳朶に優しく触れてくる。
新は最後方を往くテオドールに歩調を合わせて軽く打ち合わせ、ここで一旦休息を取ろうと決めた。
テオドールが主であるシャルロットに許可を取りに行くのを横目に新は周囲の気配をそれとなく探る。休憩中に襲われるという事態を避けるためだ。
(問題なさそうだな……)
感じ取れたのは昆虫や鹿、馬といったこちらから手を出さなければ無害そうな生物ばかりであったが、念のため新は少し前に居たクロードにも手伝ってもらい警戒をすることにした。
そうこうしている間に一行は川にたどり着く。川幅はそれなりに広く深さも川の中央部では人の上腕までくるほどであった。
「これなら十分に身体を洗えそうだな」
「ええ、そうですね……少しほっとしました」
と、カティアが顔を若干赤らめる。その理由については新も理解できるものであった。
(ここ最近水浴び自体出来ていなかったからな……)
ノーム族の領土にもサラマンダー族の領土にも身体を洗えるほど満足な水源が存在しなかったためである。
加えて元々肉体を持たない〝精霊族〟に身体を洗うという文化がないことからも各種族の都には風呂がなかった。
身体や衣服は僅かな魔力で使用可能な浄化魔法を使えば臭いや汚れ、雑菌等は取れるので衛生的には問題ないのだが、やはり肉体を持つ〝人族〟の性というべきか頭では清潔と分かっていても水浴びをしたくなるものなのだ。
(特に女性は尚更だろう)
カティアが顔を赤らめたのもそういうことだ。要はこちらに汚いと思われたくないという乙女心からくる羞恥だろう。
(まぁ、それは男性も同じなんだけど……)
と、新がクロードに視線を送れば彼もまた無言で頷く。やはり同じように思っていたらしい。
そこに話を終えたテオドールとシャルロットがやってきた。
「姫殿下のご許可も頂けましたので本日はこちらで野営を行いたいと思います」
「いいね!最高だよ!じゃあ早速――」
「待て待て待て!!いきなり服を脱ぐんじゃない!お前には羞恥心というものがないのか、明日香!」
「えぇ~大丈夫だよ。下着まで脱がないから」
「そういう問題じゃない!」
「そういう問題だよ。だって水着と下着って布面積変わらないじゃん。水着だと思えば恥ずかしくないでしょ?」
「全然違うっ!いいからまだ服着てろ!」
いきなり脱衣し出した明日香を押さえつけながら新は顔を背けているテオドール達に声をかける。
「一先ず女性陣から先に水浴びしてもらうってことでいいですかね!?ちょっとこいつが抑えられそうにないので!」
「う、うむ!良いと思うぞ」
「そうですね。では、我々男性は周辺の警戒及び野営の準備に入らせて頂きます。よろしいですかな、姫殿下」
「ええ、宜しくお願いしますね、テオドールさま」
勇者二名の騒ぎに苦笑を浮かべながらもシャルロットは同意を示す。
方針が決まったことでその場を離れようとした男性陣だったが、イグニスが動かないことに気付いて立ち止まった。
「……イグニス殿?何をしておられるので?」
「んなもん決まってんだろ。エピスの裸をみ――ゴハッァ!?」
一瞬のことだった。超高速の水弾がイグニスの顔面に突き刺さって彼を吹き飛ばしたのだ。
後方にあった草木に突っ込み姿を消したイグニスに水弾を放った張本人がやけに静かな声音で呟いた。
「覗いたりしたら――分かるよね?」
いやに迫力のある笑みを浮かべながらエピスがそう告げれば、新たちはコクコクと無言で頷きを示してその場を早足に立ち去るのだった。
*****
男性陣が吹き飛んでいったイグニスを回収して川から離れていくのを確認したシャルロットは〝天銀皇〟に願って身体から離れてもらうと下着姿になる。
外で裸になるという行為はこれまでしたことがない。その為かどうしても下着を脱ぐことに抵抗を覚えてしまい手が止まってしまう。
しかし視線を川中に向ければ素っ裸の明日香が気持ちよさそうに泳いでいるし人型になっているエピスも彼女と一緒になって裸で泳いでいる。
「姫殿下、お恥ずかしければ下着姿でも問題ございませんよ」
下着のままか、裸になるべきか――そんなシャルロットの葛藤を見抜いたのかカティアが傍に寄ってきた。彼女の姿は下着状態であった。葛藤する主への配慮が見て取れる。
そんな臣下の気遣いにシャルロットは微笑みを浮かべると下着に手をかけた。
「お気遣い、ありがとうございます、カティアさま。ですが……心配いりません。確かに恥ずかしいですが、ここには皆さんしかいませんし、それにずっと水浴びが出来ていませんでしたから良い機会ですし」
「……左様ですか。では、私も失礼して……」
主がそのように決断したのであれば否応もない。カティアもまた下着を脱ぐと生まれた時の姿となる。純白の乙女の柔肌が外気に晒された。
その状態でカティアはシャルロットの手を握ると川へと先導して入っていく。白銀の外套――〝天銀皇〟は丸くなると所有者の頭上でふわふわと浮き始めた。
川はシャルロットの予想以上に冷たかった。だが、それも徐々に慣れていき心地よい温度であると感じ始める。
透明度の高い川――足元の砂利がよく見え、更に注視するとこちらから距離を置いた場所で川魚が泳いでいることに気付く。
川の中央付近まで行くとシャルロットの身長的に肩まで水につかることになったが、それもまた心地よいものであった。
「良い場所ですね……」
「ええ、本当に……」
傍でカティアが気持ちよさそうに瞳を閉じれば、シャルロットもまた瞼を下ろして視界を閉じる。
するとやや鋭敏になった聴覚が水のせせらぎや風に揺れる木々の囁きを拾う。少し離れた位置で明日香とエピスが楽しげに喋っているのが分かった。
穏やかな気配――大いなる自然に包まれた平和な一時。
だが、そんな乙女の聖域と化した川辺に近づく不穏な気配が一つあることにまだ誰も気づいてはいなかった。




