十三話
続きです。
突如として襲撃してきた赤髪赤眼の青年――サラマンダー族族長のイグニスはどうやらエルミナ一行を領土への侵略者だと思って駆けつけてきたらしい。
故にシャルロットはその誤解を言葉を以て解くと彼は初めは疑うような眼差しでこちらを見つめていたが、次第に態度が軟化していった。
「なんだなんだ、お前らはデモン族の野郎共の手先じゃねえってわけか。すまねえな、早とちりしちまってよ」
誤解を解いた現在はイグニス先導の元、サラマンダー族の都であるシンティラへと向かっていた。
どうやら彼は毅然とした態度で挑んできたシャルロットを好意的に見ているらしく先ほどから気さくに彼女に話しかけている。
「デモン族、ですか……?確か彼らは西大陸東部に住んでいる闇属性を司る種族でしたよね?」
「ああ、そうだ。あいつらとは領土を接していてな、前々から小競り合いが続いていたんだが、ここ最近はその動きが激しくなってきやがった。一千もの軍勢をオレ様の領土との境に配置して圧力をかけてきてやがる」
その所為でシンティラの街はほとんどサラマンダー族がいないという。
そんな物騒な情報に新たちは顔を見合わせるが、明日香は興味津々だと言わんばかりに訊ねた。
「ねぇねぇ、そのデモン族?っていう〝精霊族〟には強い人はいるの?」
「あん?……あぁ、いるぞ。二人ほど厄介なのがな。ってかそいつらがいる所為でオレ様も迂闊には動けねぇって状況なんだわ」
忌々しげに嘆息したイグニスが語ってくれたのはデモン族の強者二人の情報であった。
「デモン族族長のエクサルってやつとその腰巾着のナイトメアってガキだ。こいつらに共通しているのはどちらも神剣所持者っつーところだな」
そう言って新の腰に吊るされた双剣をちらりと見やったイグニスは言葉を続ける。
「エクサルが所持する神剣は〝破邪〟っつー大槌だ。これが中々厄介な神権を有していてな。所持者の肉体を硬化させるっていう能力なんだが……オレ様の炎で焼いても効かねぇし、活火山の噴火口に落としても死なねぇんだよ」
「それは……確かに厄介だな」
と新は唸る。
能力的には単純明快だ。けれども溶岩煮え滾る噴火口に落とされても死なないというのは単なる肉体硬化では説明できない事象だ。神剣ということもあるが、おそらく何らかの特異な効果があるとみて良いだろう。
(けど完全無欠、無敵な神剣は存在しないはずだ。神剣には神剣を――同格の武器でなら傷つけられる可能性は高い)
ならば自分の出番だろう。もしもデモン族と敵対するならばだが……。
そのように新が考えこんでいる内にイグニスの話は進んでいた。
「もう一人、ナイトメアが所持する神剣の銘は分からねぇ。〝精霊族〟の神剣かも不明だ。唯一分かっているのはそれが槍の形状をしているって点だけだ」
「……それはどういうことでしょうか。神剣とはそれぞれの種族が崇める〝王〟から与えられた賜りもの。基本的に所持者はその〝王〟を崇める種族からしか選ばれないはずですが……?」
というカティアの疑問は尤もなものだ。
歴史を振り返っても神剣が他種族を選んだことはない。〝人族〟が崇める〝月光王〟が創生した神剣は所持者に〝人族〟しか選ばないし、〝精霊族〟が崇める〝星辰王〟が創生した神剣は〝精霊族〟しか所持者に選ばないはずなのだ。
だがその疑問はすぐに氷解した。
「そもそもナイトメアが〝精霊族〟なのかが確認出来てねぇからだ。あいつは常に人型状態でしか確認されてねぇんだ。エクサルでさえ球体化している所が確認されてるってのにあいつだけはまだ確認されてねぇから確信をもって〝精霊族〟だって言えないんだよ」
「それは……確かに怪しいですね」
この世界に存在する五大系種族の中で唯一純粋な魔力の塊である球体へと変化できるのは〝精霊族〟だけだ。故に球体になれれば〝精霊族〟だと一発で分かるが、それが確認できていないのであれば途端に断定出来なくなってしまう。
「……なるほど、よくわかりました。ではその二人の神剣所持者がいることでサラマンダー族はデモン族に押されているというわけですね」
「……いや、そういうわけでもねぇんだ。数十年前まではデモン族にナイトメアはいなかったし、近年は小競り合いだけで本格的な戦いに発展したわけでもない。エクサルもオレ様の領土付近で姿を見なくなったしな。ただここ数週間の内に連中はこれまでにない数を動員しやがった。……これはまだ確認中で確かな情報じゃねぇが、うちと同じく領土を接しているウンディーネ族との領土境や大陸中央部にも派兵しているって話だ」
「え、私たちの領土にも!?」
イグニスの言葉に驚いたのはウンディーネ族族長の娘たるエピスだ。
彼女にとって生まれ故郷であり母親が待つ領土にも危険が迫っているとなればその反応も無理もないことである。
不安そうな彼女にどう声をかけようか思案する新であったが、その間にイグニスがエピスに笑いかけた。
「心配すんな。お前の所にはあの〝氷禍〟がいるだろ。あいつに勝つには神剣所持者のエクサルとナイトメア自身が直接出張るしかないが、種族の長とその側近が戦争の最前線にそうそう出てくるわけがねぇ。それに情報じゃウンディーネ領土にはこっちと同じく一千の軍勢を境目に配置しているだけで攻勢には出ていないって聞いてる」
「ってことはデモン族の標的って……」
「十中八九、大陸中央部――ユニコーンとシルフ、それにセラフ族が住まう大森林だろうぜ。だが、それはいくら何でも無謀に過ぎるって話だ。なんせあそこには三種族が住んでいるし、それに〝精霊帝〟さまもいるからな」
唯我独尊を地で行くような性格をしているイグニスでさえ〝精霊族〟全体の長である〝精霊帝〟には畏怖と尊敬を覚えているらしい。〝精霊帝〟の名を口にした彼の表情からは余裕が消えていた。
「〝精霊帝〟さまは神剣所持者だし、あの方に直接仕えているセラフ族族長のアルバもまた神剣所持者だ。神剣所持者の数では同数、だが大陸中央部に住まう三種族が共闘するわけだし、もしデモン族の侵攻が確認されればオレ様のサラマンダー族だけでなくノーム、ウンディーネの両種族も参戦するだろう。そうなりゃ孤立無援のデモン族はおしまいだよ」
そう語ったイグニスだが表情は険しく言葉ほど現状を甘く見ていないのが見て取れる。
「だが、これくらいはデモン族の連中もよく分かっているはずだ。それなのに侵攻したのだとすれば何か秘策のようなものがある可能性が高い。戦力差を覆せるような何かが」
「…………なるほど、事情は良く分かりました。そういった状況なのであれば〝精霊族〟の皆さまに助力を乞うのは難しそうですね」
西大陸――〝精霊族〟の現状を知ったシャルロットはそう言って表情を険しくさせる。
その言葉の意味を聞こうとしたイグニスだったが、目的地にたどり着いたことで一旦この話題を止めることに決めた。
「お前らの事情も詳しく聞きてぇところだが……取り敢えずは腰を落ち着けてからだな。着いたぜ、ここがオレ様の街――サラマンダー族最大の都、シンティラだ!」
険しい火山地帯の中にその都は存在した。
巨大な活火山の中腹から山麓にかけて幾つもの溶岩溜まりが存在し、そこには山頂から流れ出る岩漿が絶えず流れ込んでいる。
その周囲には赤色の球体――サラマンダー族がふわふわと浮いており、時折溶岩溜まりへと出入りしているのが見て取れる。
ノーム族とは異なる、ウンディーネ族のような街並み――それがサラマンダー族の都、シンティラであった。




