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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
八章 光明と代償
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十二話

続きです。

 神聖歴千二百年九月二十五日。

 バロンから譲り受けた地図を元に、エルミナ亡命政府一行は西大陸北部に位置する火山地帯に足を踏み入れていた。

 灰と黒に染まった不毛の大地――所々からは有毒な煙が噴出しており、燃え滾る溶岩が流れている。

 歩くだけでも一苦労という世界、加えて高い気温が一行を襲っていた。


「あつ~い……暑すぎるよ~」


 先頭を往く明日香はあまりの暑さに先ほどから同じ言葉しか発しておらず覇気も弱々しいものであった。

 それは特殊な加護を持たないテオドールやカティアも同様で、彼らは露骨な弱音こそ吐かないもののその表情はげんなりとしたものである。


「明日香うるさいぞ……暑い暑い言ってるから暑く感じるんだ。それにほら、武人には心頭滅却すれば火もまた涼しって言葉があるだろう?無心になれ、無心に」

「う~無茶言わないでよ。無念無想の境地なんて武人が戦いの中で一生涯に一度見出せるか否かって次元の話なんだよ?無理だって~」


 それに、と明日香は対して暑そうにしていない新にじっとりとした眼を向ける。正しくはその両腰に吊るされた双剣に、だが。


「新くんはいいよね。神剣の加護のおかげで暑さを軽減出来てるんだからさ。そういうの、ズルいと思います!」

「ズルではないだろ……それに特殊な武具の加護を受けているのは俺だけじゃないぞ」


 そういって暑さにやられていない面々に視線を転じれば、彼らは気まずげに目線を逸らす。


「エピスさんはそもそも水属性の精霊だから問題なしだし、クロードさんには〝王剣〟の加護がある。シャルロット殿下は……」

「申し訳ございません、わたしにはこの子がいますから」


 暑さから身を守るために球状になってふわふわ浮いているエピスや神器の加護があるクロードは別としてシャルロットには何の加護もなかったはずだ。

 だが、彼女はいつの間にか奇妙な外套を身に着けていたのである。その白衣はまるで彼女の姉であるセリア第二王女が着用していたアインス大帝国の旧軍服様式のようだが、それとは異なる点として何らかの〝力〟を内包していることが挙げられる。

 

「お姫様が着てるその外套って何なの?神剣とか神器並みの〝力〟が宿っているように見えるんだけど」


 と明日香が疑問符を浮かべれば、皆同じように思っていたのか視線をシャルロットに向ける。

 すると彼女は右手で胸元に優しく触れながら微笑みを浮かべた。


「この子の名は〝天銀皇〟というそうです。以前、わたしの大切な人から頂きました」

「……〝天銀皇〟?それってあの〝天銀皇〟?かつて〝英雄王〟が身に纏っていたって伝承がある?」


〝天銀皇〟。

 それは千二百年前、神話の時代を生きた〝英雄王〟の所持していた武具の一つだ。

 あらゆる攻撃から所持者の身を守り、あらゆる厄災を打ち払う純白の衣。

 だが、それは〝英雄王〟と共に一旦は歴史から消滅し、次に表舞台に登場したのはおよそ二百年のことだ。当時現れた〝英雄王〟の末裔が身に着けていたが、解放戦争前の戦いで彼の身体と共に〝大絶壁〟へと落下し消えたとされている。


「かつて〝英雄王〟の元に集った〝天軍〟、その中でも特に武勇に優れた者たちである〝天部〟に所属していた〝竜王族〟の最強種〝天銀竜〟の竜姫が死して尚、主である〝英雄王〟を守る為にその身体を変化させたのが〝天銀皇〟だと言われてる。そんな経緯があるから所持者には〝英雄王〟の血筋しか選ばないとされているんだけど……シャルちゃんは違うよね?」

「え、ええ。そのはずですよ?」


 エピスの問いにシャルロットは戸惑いを浮かべながらもそう答えた。この外套の具体的な来歴を知らなかったからだ。

 この外套には色々と疑問もあるが、それでも唯一分かっていることがある。それは純粋な善意から譲り受けたものであるということだ。


「詳しいことはわたしもわかりません。けれど……この子を譲ってくださった方は信頼できる方です。ですから悪いことにはならないと思っています」

「……お姫様も中々肝が据わっているね。詳細の分からない武具を身に着けるなんてさ。私だったら全部知った上で装備するかなー」

「シャルロット殿下はお前と違って他人を疑うような心をあんまり持ってないってことだろ。擦れてなくていいじゃないか」


 明日香の無礼とも取れる発言を誤魔化しながらも新は言葉とは裏腹な考えを巡らせていた。


(とはいえいつまでも無垢のままってわけでも困るけどな。彼女はもはや一国の代表だし、他者を疑う心は持っておいて欲しいものだ……って、夜光にバレたら殺されそうな考えだな)


 一国の代表に求められるのは清濁併せ呑む器の大きさだ。いつまでも清らかな水ばかりをえり好みしているわけにはいかない。時には邪な考えを見抜き、あるいは受け入れる妥協も覚えてもらう必要がある。


(既に実の兄であるルイ第二王子の裏切りを経験したことで全くの無警戒というわけではないだろう。後はこの旅路の中で得られる経験から学んでいってもらうしかないか)


 新がそのように考えていた時だった。

 不意に明日香が笑みを消して両手に二振りの刀を生み出し正面に振り返った。ほぼ同時にエピスが球体から人型へ戻って警告を発する。


「気を付けて、何かくるよ!!」


 クロードがシャルロットとカティア、テオドールの前に移動しながら〝王剣〟を抜き放つ。新は警戒を促す〝干将莫邪〟を手にして前を向いた。

 刹那――、


「誰の許可得てオレ様の領土に入ってきてんだゴラァ!」


――そんな大音声と共に前方の空から火炎が降り落ちてきた。

 

「水よ、盾と成れ!!!」


 素早く対応したのはエピスだ。

 彼女は何もない空間に水を生み出すとそれは膜状に広がって火炎を受け止める。

 膨大な量の炎と水がぶつかり合い拮抗する。水蒸気が辺り一面に広がり始めた。


「なにっ――オレ様の炎を受け止めやがっただと!?」


 火炎の主――燃え盛るような赤髪赤眼の青年はエピスの水魔法に驚きながらも喜悦を顔に浮かべた。

 

「だが――しゃらくせぇ!この程度の雨水如きでオレ様の炎が止められるかよ!」

「く、ぅ……っ!?」


 両手を上げて魔力を水盾に注ぎ込むエピスの顔に苦し気な色が浮かんだ。徐々に水盾も弱々しいものへと転じていく。

 けれども――それだけの時間があれば他の者が動くには十分であった。


「――〝天翔〟」


 場違いなほどに静謐な声が響き、同時に声の主が天空に飛翔する。

 固有魔法〝剣神〟を発動させた明日香が地を蹴って飛び、両腕を広げて〝髭切〟〝膝丸〟の二振りを勢いよく青年の背後から振り下ろした。

 

「ちっ……邪魔だ!」


 背後からの攻撃を察知した青年が片手を上げて炎を噴射した。凄まじい熱が襲い来るも、明日香は表情一つ変えずに二刀で以って炎を――正しくは膨大な魔力が宿った炎魔法を――切り払った(、、、、、)


「なん、だとォオオオ!?」


 青年の驚愕の叫びは次いで苦し気な声に変わる。

 何故なら明日香の攻撃は炎魔法を切り払うに留まらず、その下にあった青年の左腕を切断したからだ。

 だが、青年は痛みを押し殺すと攻撃を中断し距離を取ろうとして――止まった。否、止められた。


「動くな、動いたらお前の首を落とす」

「――――」


 固有魔法〝絶影〟(エレボス)を使い気配を絶っていた新が青年の不意をついてその首筋に〝干将〟を当てた。〝莫邪〟は残る右腕の肩口に置かれている。先ほど拳から出していた炎魔法を警戒してのことだ。

 一瞬で窮地に立たされた青年だったが、彼はニヤリと口角を上げる。


「……このオレ様がこの程度の脅しに屈するとでも?」

「お前が誰だか知らないから分からないな。だが、俺が持つこの双剣は神剣だ。お前はおそらく〝精霊族〟のサラマンダー族だろうが……はたして神剣に斬られても無事でいられるかな?」

「はっ、やってみろよ。オレ様が神剣に劣らねぇってことを証明するいい機会だぜ」


 新が脅しても青年の戦意は静まらない。それどころか増々猛る一方であった。

 その言葉を受けた明日香やエピスたちも表情を険しくさせて構える――が。


「待ちなさい」


 たった一声、それだけで場の支配者が塗り替えられる。

 誰もが動きを止めるしかない玉音、誰もが意識を向けざるを得ない存在感。

 殺伐とした戦場は一気に声の主――シャルロット・ディア・ド・エルミナに圧倒された。


「我が臣下たちよ、あなたたちの忠義はしかと見せてもらいました。満足です――刃を収めなさい」

「し、しかし――」

「しかしも何もありません。わたしの命令を聞きなさい。――あとそこのあなた」

「……あ?オレ様のことか?」

「そうです、あなたです。いきなり襲い掛かってきた無礼は許します。ですがこれ以上の狼藉は認めません。今すぐ戦おうとするその姿勢を改めなさい」

「はぁ?てめえに何の権利があってそんな口きいてやがんだ。オレ様は――ッ!?」


 一瞬のことだった。シャルロットが身に纏う外套の裾が揺らめいたかと思えば先端から純白の光線が放たれたのだ。

 それは青年の足元に着弾し、音もなく地面に細い、だが底の見えないほど深い穴をあけた。あまりの熱量に穴口は溶けた鉄のように融解しかかっている。

 勇者である明日香や新ですら反応できないほどの速度で放たれた脅し(こうげき)に青年も黙り込みシャルロットの碧眼を見つめる。

 藍宝石(アウイン)のように美しい瞳――だが、そこに宿るのは確固たる鋼の意思だ。

 そこに王者の資質を見出した青年は深々と溜息をついて――残っていた右手をふらふらとさせた。


「分かった、分かった――降参だ。これ以上何もしねぇ。だから解放してくれや」

「……その言葉には保証がないな」

「あるさ……サラマンダー族族長たるオレ様――イグニスが宣言したっつー保証がな」


 その言葉に驚きつつもシャルロットから解放の命を受けるまで青年――イグニスに刃を突きつけたまま新は彼の端正な横顔を見つめていた。

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