十一話
続きです。
翌日――神聖歴千二百年九月十六日。
この日、オロスの街に集ったノーム族の有力者たちは族長バロンの元、〝人族〟エルミナ王国への協力を決定した。
驚くほど速い展開だが、これは大地の中を自由自在に進むことのできるノーム族の種族特性や〝人族〟が持つ未知の技術や力に彼らの職人魂が動かされたことなどが要因であった。
「ワシらは常に新たな技術、発展を求める種族じゃし、かつての因縁から千二百年も経っておる。もう怨恨云々と何の生産性もないことを言う必要もなかろうて。それに――お主らの頭である嬢ちゃんの態度も気に入った」
とは会議後にバロンが語った台詞である。
どうやら昨日のオロスの街の視察時にシャルロットが示したノーム族に対する敬意に気付いていたらしい。
どのような種族、人種であろうとも他者から褒められれば悪い気はしない。特に己が作品に誇りを持つ職人――ノーム族であれば猶更のことであった。
このようにしてとても快調に進んだノーム族との外交であったが、やはりと言うべきか彼らもまたウンディーネ族のように〝精霊帝〟の許可を得たら、という条件付きであった。
「ワシら〝精霊族〟にとって古の時代より君臨するゼヒレーテ様の命令は絶対じゃ。あのお方の許可なくして協力はできん」
じゃが、とバロンは顎鬚を撫でながら快活に笑う。
「お主らであれば問題なく許可を頂くことができよう。――シャルロット王女、貴殿はあるがまま、己が魂に従って行動すれば良いとこの老骨が保証しよう」
オロスの街から出立する前、最後にバロンはシャルロットに対して他国の王族への敬意を払ってそう告げたのだった。
「結局あれってどういう意味だったんだろうね」
西大陸西域北部――荒野を北に往くエルミナ亡命政府一行、その先頭を歩く明日香が過去を振り返って小首を傾げれば、テオドールが口を開く。
「おそらくはオロスの街を視察した際の殿下の言動のことでしょうな。殿下の変に着飾らぬノーム族へ対する称賛の言葉や態度が彼らにとって好印象だったということです。流石は殿下、たった一日でノーム族の心を掴まれるとは」
「そんな……わたしはただ思ったことを言っただけで」
「なるほどね、それがあるがままにってことか」
シャルロットは元々心優しい人柄であり他者を尊重しその在り様に敬意を払える性格をしている。加えて阿諛追従をすることもない。そんな素朴とも言える人柄にバロンたちは惹かれたのだろう。
「つまりお姫様は可愛いってことだね!可愛いは正義って言葉もあるくらいだしバロンさんたちが好意的なのも当然ってわけだ」
「うむ、可愛いは正義?という言葉は寡聞にして知らぬが、バロン殿らの心を姫殿下がお掴みになったのは事実であろうな」
「明日香さま!?それにクロードさままで……変なことを仰らないでください!」
「まぁまぁ、落ち着いてくださいシャルロット殿下。お二人に悪意はありませんから……」
などと和気藹々とした雰囲気の一行の中で新もまた笑みを浮かべてはいたが、その瞳は鋭く友人の様子を確かめていた。
(表向きはオロスの街を訪れる前と変わってないけど……)
バロンからの助言――〝黒天王〟の神剣を求めよ、というその言葉を受けた直後の明日香の様子は明らかに異常であった。
一瞬ではあったが、あれほどの禍々しい覇気を放つ明日香など見たことがない。あれはまるで――、
(元の世界でかつて明日香を下した彼が纏っていた雰囲気に近い)
明日香の人生においてたった一度だけおきた明確な敗北――あの瞬間、あの場に居合わせた新だからこそ分かる。常勝無敗を誇っていた明日香に土をつけた相手の異質な雰囲気――殺伐としたあの覇気と同種のものを明日香が一瞬とはいえ放っていたことを。
(明日香、お前が望むものは力だと知っている。だけど――その力を手に入れた先に何を成したいのかが分からない)
彼女が力を欲しているのは新も察してる。だが、手に入れたその力を以て何をしたいのか、真の望みというものが何なのかを図りかねていた。
(これまでの明日香の言動を鑑みるに大切な人を守りたい、救いたいというものだけど……)
ノンネの策略で勇と陽和が拐かされた時や夜光が自らを犠牲にする計画を遂行したと聞いた時の悔し気な反応からしておそらくはそうだ。
そのはずだが……。
(バロンさんから助言を受けた時のあいつの表情、あれは――)
強大な力を手に入れる方法を知ったあの時、明日香は確かに嗤っていたのだ。
心底嬉しそうに喜悦を剥き出しにしていた。あれではまるで――……。
(……いや、違う。そんなはずはない。あいつは確かに戦いが好きだが、そんなことを考えるようなやつじゃない、はずだ…………)
新は浮かび上がった考えを打ち消すように首を振ると歩を進める先に眼を向けた。
次に向かう先は西大陸北部――火山地帯に住まうサラマンダー族の元である。
*****
西大陸東部――デモン族が住まうこの地は寒冷地帯であった。
ほぼ一年中吹雪いており、太陽の恵みなど与えられはしない地。誰が言い始めたか、光に見放された地とも呼ばれるこの場所はその光とは対極に位置する闇の者たちが暮らすに相応しいといえた。
「光と自然の恩恵を受けられない不毛の大地、〝星辰王〟に見放された土地……そういったのは誰だったかな」
「覚えてねぇな。どうせセラフやシルフの屑共の誰かだろ。本当にむかつく連中だぜ」
「だけどそんなデモン族が見下される時代も終わる……そうだろう、エクサル」
西大陸東域西部――寒冷地帯と大陸中央に広がる広大な森林地帯との境界手前、そこには漆黒の球体が蠢いていた。
その数なんと八千。元々個体数の少ない〝精霊族〟において一種族がこれほどの数に至ったことなど歴史を紐解いても今回が初であった。
そんな西大陸において異常であり初の光景をその集団の最前列から眺めやる二人の人物がいた。
デモン族族長たるエクサルとその側近であるナイトメアである。
「ああ、終わる……終わらせるのさ。俺たちでな」
見ろ、と大仰な手ぶりで配下の軍勢を指し示すエクサルの表情には傲慢と愉悦が見て取れた。
「ゼヒレーテの眼が届かないこの地だからこそ揃えられたこの大軍!そして神剣を持つ俺とお前!!これ以上ないと断言できるほどの戦力が今揃ったのだ。負けるはずもない」
加えて領土を接している二種族――サラマンダーとウンディーネとの領土境にはそれぞれ一千の軍勢を置いている。元々交戦意欲の少ない二種族相手であれば問題なく防衛できる戦力であるとエクサルは踏んでいた。
自種族領土の防衛体制を整えた彼はデモン族一万の残りである八千を率いて大陸中央に位置する森林地帯との境目までやってきたのだ。
全ては過去の因縁を晴らすため。千二百年前に不毛の地となったデモン族の領土に救いの手を差し伸べるどころか、侮蔑と無関心を以て接してきた他種族への恨みを晴らさんが為に。
「そして全てを蹂躙しこの大陸を支配した後、〝星辰王〟をも殺す!自らを崇める種族に無頓着なあの〝王〟を殺め、我が新たな〝王〟となって新時代を創り上げてやろう!!」
神殺しを豪語する不遜な態度。だが、それを咎める者はこの場には誰一人としていない。皆、大なり小なり他種族への恨みつらみを持っているし、そんな彼らをここまで導いてくれたエクサルに対する恩義があるからだ。
むしろ歓声を上げて天地を震わせた。その大音声を受けたエクサルは不思議な粒子を放つ大槌を天高く掲げる。これこそが今代のデモン族族長の象徴ともいえる武器――神剣であった。
「往くぞ、全てを蹂躙する!!!」
エクサルの号令の元、デモン族の軍勢は越境を開始する。
――それはつまる所、虐殺の始まりでもあった。




