十話
続きです。
オロスの街中に繰り出したエルミナ王国一行はすり鉢状に形成された街並みを見て回っていた。
「ノーム族は人型でいる者が多いようですな」
「彼らは物作りを生きがいにしているから球体よりも手足のある人型を好むんだよ。その気質があるからノーム族には高位精霊がとても多いんだ。〝精霊族〟の中で高位精霊が最も多い種であるという説もあるくらいだからねぇ」
街の至る所に工房があり絶えず金属音が鳴り響いている。炉から零れる火花が散り、職人の気迫と合わさって凄まじい熱を発していた。
別の所では空き地に複数人のノーム族が集まって話し合いをしていた。彼らの手にこれから建てるであろう建造物の設計図や見取り図が握られており、誰もが真剣な表情で言葉を発している。
また別の場所では開けた場所に魔力の壁が生み出されており、その中で二人の武装したノーム族が刃を交えていた。その様子を魔力壁の外から複数人のノーム族が紙とペンを持ちこれまた真剣な眼差しを向けている。その様子を見るにどうやら自分たちで作成した武具の調整をしているらしい。
「……凄い気迫が伝わってきます。あの方たちは皆、物作りに一生懸命なのですね」
「そんな彼らの協力を得られれば今後の戦いにおいてもそうですが、その先にある未来においても大変有意義でしょう。彼らが連綿と受け継いできた技術と〝人族〟の魔導技術が合わされば新たな発展があるでしょうから」
「そうですね……おや、あちらにあるのは――」
白銀の軍服を揺らしテオドールやエピスと会話を繰り広げながら街中を視察するシャルロット第三王女。その様子をすぐ傍でさりげなく周囲を警戒しながら見ていたクロードにカティアが声をかける。
「殿下のことがご心配ですか?」
「……カティア殿」
初雪のような白髪を風になびかせ微笑む少女の翠眼には相手を気遣う色が浮かんでいた。
それに気づいたクロードは他の者には聞かれぬよう声を潜めて返した。
「姫殿下は親兄弟と故国、そして愛する者を同時に喪ったのです。いくら王族であらせられるとはいえ姫殿下は齢十四の少女、精神的な負担は計り知れないものがあります。それに加えて……いまや姫殿下はエルミナ王国の代表者、その責務の重さは某のような粗忽者には図りかねまするが……重圧であろうことは間違いないでしょう」
亡命政府の代表者、しかもこれまで傍で支えてくれていた騎士はいないのだ。
「であるからこそ某がお支えせねばと思いましたが……どうすれば良いのか分からないのです。これまで某は〝王の剣〟として国家に仇なす者たちを剣で斬って参りました。ですが此度の旅路は武を以て道を切り開くのではなく和を以て手を取り合って共に道を歩んでいくもの。故に分からないのです。某は所詮は剣、戦うことでしか忠義を示せぬ武骨者ですから……」
クロード・ペルセウス・ド・ユピターは物心つく頃には既に剣を振るっていた。武を以て王家に忠義を尽くしてきたユピター家の嫡男であるが故にそれは自然なことであり、彼自身も疑問を抱くことはなかった。
父祖のように騎士として王家に剣を捧げ生きていく。それは今までもこれからも忠義の示し方として彼が選んでいく人生だ。
そこを変える気はないし疑問に思う気もない。けれども不甲斐ないと思ってしまうのだ。現状、この旅が始まってからこの方、クロードが剣を振るう機会はなく、傷心の主に寄り添い癒したのはカティアである。主に代わり交渉事などの政務を全うしたのは父であるテオドールである。勇者として〝精霊族〟の協力を引き出す一助となったのは新と明日香である。
自分だけが主の助けになっていないという事実はクロードの心に陰りを与えたのだ。
そんな若き大将軍の苦悩に国では教師であったカティアはしばし黙考し――やがて口を開いた。
「クロード様、あなた様はそれで良いのだと私は思います」
「……カティア殿?」
それは一体どういう意味か。言葉の真意を測りかねるクロードにカティアの穏やかな瞳が向けられた。
「あなた様は〝王の剣〟として、一人の騎士として殿下のお傍に居る。それだけで殿下の支えとなることができるのです」
生死不明の守護騎士――〝王の盾〟と共に双璧を成す騎士がクロードだ。その武威はたとえ片翼が失われても衰えることはない。
「ヤコウ様の代わりになることは出来ません。それはクロード様だけでなく誰にも出来はしないこと。ですからあなた様はこれまで通り殿下のお傍におり、剣となり盾となれば良いのです。……この激動の時代においては誰もが変わらざるを得ません。そんな中で不変の忠義を、在り方を貫くあなた様の姿はきっと殿下の支えとなるでしょう」
変化には苦労と迷いが伴う。変わってよいのか、変わったとしてもこの方向で良いのか……迷いが生まれた時、変わらぬ姿をすぐ傍で示してくれる存在というのは一つの道しるべとなる。
そして人というのは道しるべなくして歩を進めることはできない。
「これまで通りお傍にあり続け、有事にあっては剣を振るい障害を排除する。ヤコウ様のように傍を離れ主の為に全てを捧げる在り方も騎士として正しいでしょうが、クロード様の在り方もまた騎士として正しいと私は思います。騎士道の答えは一つではない、それは歴史上の数多の騎士たちが示していることです」
騎士とは知恵、力、勇気を兼ね備え仕える主に忠誠を捧げる存在だ。しかしその方法や在り方は千差万別――騎士の数だけあると歴史書は示している。
「ですからクロード様、あなた様は己が信じる方法で殿下の支えとなれば良いのです。それこそが殿下にとって助けとなることでしょう」
そう締めくくったカティアにクロードは感じ入った様子で吐息を溢した。
確かにそうだ。この激動にあって誰もが迷い、惑っている。主であるシャルロットも、父であるテオドールも、勇者である新と明日香も、こうして励ましの言葉を贈ってくれるカティアでさえも。
だからこそ、そんな中で自分だけはこれまで通りにあり続ける。どこまでも愚直に、どこまでも己が忠義を信じて、只々主を護り、只々主の敵を討つ。主にとっての盾であり剣としての生き方――己が信じる騎士道を貫くのだ。
「どの道……剣に生きる某にはそれ以外の選択肢などないか」
とカティアにすら聞こえぬほど小さく自嘲を溢したクロードは金眼を彼女に向ける。
「感謝する、カティア殿。某の迷いはたった今、消えもうした」
「っ……そうですか。それは良かったです。微力ながらあなた様の助けになれて光栄です」
「微力などと謙遜なさるな。貴殿の言葉には確かな力がある。人を教え導くような力が。……そのお力で姫殿下を、そしてシン殿やアスカ殿も助けて頂けないだろうか」
迷いの消えた覇気ある金眼を向けられて一瞬気圧されたカティアだったが、その直後の言葉にクロードも自分と同じ懸念を抱いていることを悟って目を見開いた。
「やはりシン様やアスカ様は……」
「うむ、間違いなく精神的にかなり不安定な状態にあるだろう。特にアスカ殿はそれが顕著だ。いつ崩れてもおかしくはないと某は考えている」
そして崩れた時、何が起こるかは想像に難くない。古今東西、力ある者が自らを制御できなくなった時の末路は同じなのだから。
故にクロードは一つの決断を既に下していた。
「もしもそうなってしまった時――某は主である姫殿下を最優先に動く。姫殿下の害となるのであれば……斬って捨てる所存だ」
その結果主であるシャルロットに恨まれることになろうとも――自らの信じる忠義の在り方に沿って行動する。
その悲壮とも残酷ともとれる決断に、カティアは重々しく頷いた。
「承知しました。ですが……そのような未来は訪れません。私がそうさせませんから」
明日香はカティアにとって教え子だ。教え子を守るは教師の務め――故にカティアの翠玉のように美しい瞳にもクロードに負けない決意が漲っていた。




