九話
続きです。
ノーム族族長のバロンは各代表に呼びかけを行ったが、ノーム領に散らばる彼らがこの街に集うのは速くても明日になるらしい。
そこで一行は族長の館に招かれ身体を休めることと相成ったのだが、シャルロットが見識を広める為に街に出ると言ったことでそれに賛意を示したテオドールとカティアが同行を表明。護衛としてクロードも共に往くことになる。
それならば全員で、と新や明日香も行こうとしたが、そこに待ったをかけたのがバロンだ。
「神剣と日本刀――是非とも見せてもらいたいのぅ」
とのことで新と明日香は族長バロンの館――その一角にある彼の工房へと向かうことになった。
「では早速……良いかのぅ」
「ええ、大丈夫ですよ」
街並みや館内部の優美さとは打って変わって武骨な工房に案内された新は、瞳を好奇心で輝かせるバロンの前で〝干将莫邪〟を抜き放った。
夜空のように深い黒の刀身が外気に晒される。工房内を照らす淡い光源がその双剣の存在を辛うじて認識させている――それほどまでに闇に近い色合いをしていた。
「ふぅむ、やはり澄んだ魔力を感じるが……それでいて禍々しい魔力も感じる」
バロンは〝干将莫邪〟には触れずに刀身をジッと見つめてぶつぶつ独り言を発していた。
「刀身に混じるは深き黒――〝終焉を齎す者〟の気配を感じるのぅ。……となればこれは二柱の〝王〟による合作ということか!面白い、その発想はなかった。流石は第二代〝黒天王〟じゃ」
「……あの、そろそろいいですか?」
「うん?おお、すまんの。つい夢中になってしもうた。これも職人の性――良い出来のものにはつい眼を惹かれてしまうのじゃ。もう仕舞って良いぞ」
実に十分近くも双剣を握りしめて突っ立っていた新が疲れた声を出せば、バロンは謝罪を口にした。
それから暇を持て余して工房内に置かれた武具を見て回っていた明日香の背に声をかける。
「次は嬢ちゃんの刀を見せてくれないかのぅ」
「……うん?あ、いいよ~」
振り返った明日香は軽くそう言って自身の固有魔法〝剣神〟を発動させる。彼女の両手に魔力が収斂し二振りの刀を形取った。
「ほほぅ、これは……おぬしの固有魔法かの?」
「うん、そうだよ。〝剣神〟――私がこれまで見てきた剣技や刀剣そのものを魔力で再現することができるんだ」
「なんと、剣技もか。それは中々に恐ろしい魔法じゃのぅ。おぬしと戦う者は初戦でおぬしを討てなければまず勝てんではないか」
所持者が見た剣技の再現とはすなわちその剣技への対抗策も合わせて知ることが出来るということでもある。その剣技の利点欠点を把握されてしまうのだから明日香と戦う者は初戦で彼女を討つか、再戦時には前回とは異なる戦い方をしなければ勝ち目が無くなってしまう。
だが、明日香は〝剣神〟のその力をあまり好まずほとんど使用していない。
「うーん、でもそれだと私の成長に繋がらないし何よりつまらないからあんまり使ってないよ」
「なんと、つまらないと申すか……おぬしは――」
とバロンは〝髭切〟〝膝丸〟から眼を離して明日香を見つめる。そこに彼は修羅の気配を感じ取って言葉を切った。
(ふむ、争いを――戦いを好む者の瞳をしておる。〝日輪王〟と相性が良さそうじゃが、得意とする得物が刀となれば〝黒天王〟か)
バロンは明日香のことを面白いと感じた。そこで一つ助言をしてやろうかと思い立つ。
「嬢ちゃん、確かにおぬしの固有魔法で生み出した刀は強度も切れ味も申し分なかろう。じゃが――実体なき刃に頼るは危険ぞ?」
「……それは分かってるよ。魔力がなくなったり魔力が使えない場所だと刀を生み出せないからね」
バロンの鋭い指摘に覚えのある明日香は重々しく頷いた。魔力を喰らう魔器を持つルイ第二王子に苦戦したのは記憶に新しい。また彼を対峙することになったり、あるいは魔力が枯渇した状態でも戦わなければならない場面がやってきた時、今の固有魔法だよりでは敗北は必至だろう。
しかしだからといって実体ある刀を求めるのもまた難しい。
「でも神剣や魔器といった超常の武器と打ち合える刀なんて存在しないでしょ?」
この世界における最硬の武器である神剣や神器、魔器といった存在は非常に強力だ。同格でない神の手が加わっていない武器ではまともに打ち合うことすら出来ないほどである。それではこの先を戦い抜くことなど出来はしない。
「確かに嬢ちゃん言う通りじゃ。ワシらが打つ武器でも神剣等の理外の存在にはかなわん。こればかりはどうにもならん――神々が創りたもう刃に抗うには同じく神々の力が込められたものでなくてはな」
例外として明日香の固有魔法で生成した刀剣であれば彼女の保有魔力がなくならない限りは打ち合えるが……やはり有限の魔力では戦闘継続時間に限界が生じる。
であればどうするか。答えは既に出ている。
「神剣を――〝天の王〟が創生せし神剣を求めるのじゃ。かの〝王〟が創りし神剣は五振り全てが刀を形取っておる。しかも現代においてはその五振りの所持者は現れておらん――ワシら〝精霊族〟が知る限りは、じゃが――からおぬしが所持者に選ばれる可能性は十分にある」
「……どうして私が選ばれる可能性があるの?」
「〝天の王〟……〝黒天王〟の神剣は総じて〝力〟を渇望する者を好む気質がある。おぬしはその条件に該当しておるじゃろう?」
見透かしたようなバロンの言葉に明日香は言葉を詰まらせた。図星だったからだ。
〝力〟さえあれば共に戦うことが出来た。
〝力〟さえあれば失うことはなかった。
〝力〟さえあれば取り戻すことが出来た。
そう全ては――〝力〟不足が原因なのだ。
故に明日香は――唇を強くかみしめて問いかける。
「……どうすれば手に入れられるの?」
「強く願い、求めるのじゃ。力へのあくなき〝渇望〟こそが〝黒天王〟の神剣を喚びさます」
神剣とは意思ある武器であり所持者を自ら選ぶ存在だ。
故に彼らが求める意思と決意を持つ者の前に姿を現す。
「〝黒天王〟を崇める種族は〝竜王族〟、じゃが〝黒天王〟の神剣は〝竜王族〟の神剣とは呼ばれない。それはかの〝王〟が生み出した神剣が自らを崇める種族を護る為ではなく、生きとし生ける者の中で最も〝力〟を欲する者の為にあるからなのじゃよ」
――〝絶望〟の果てに力を〝渇望〟せよ。さすれば黒き〝王〟の祝福が訪れる。
伝承に語られる〝黒天王〟の神剣所持者となる条件だ。過去にこの条件を達成し所持者となった者は二百年前の神剣創生当初の五人の英傑のみである。
「狂おしいほどの愛情を、愛おしいほどの激情を以て希うのじゃ。そして神剣が姿を見せたところで従わせる。嬢ちゃんがそれを出来るほどの器であれば手に入れることが出来るじゃろうて」
「…………なんとなくだけど分かったよ」
バロンの説明に明日香は下を向いていたが、やがて顔を上げるとそう言った。その双眸には悍ましいほどの〝力〟への渇望が浮かび上がっている。
「私の固有魔法を見るのはもういいよね?だったら私は部屋に戻らせてもらうよ」
「……何をする気だ、明日香」
「決まってるじゃない」
察してはいたが、それでも声をかけずにはいられなかった新が問いかければ、明日香は工房の入り口で立ち止まって肩越しに振り返った。
「〝力〟を求めるんだよ」
その禍々しい笑みに新は思わず後ずさるのだった。




