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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
八章 光明と代償
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七話

続きです。

 翌日――神聖歴千二百年九月五日。

 族長ラティスの家に一晩泊まった一行は一度オルトリンデに戻り旅支度を整えた。

 どうやら大自然に満ちたこの西大陸では飛空艇を発着陸できるような場所は少ないとのことで、大陸間を航行可能な唯一の手段である飛空艇にもしものことがあってはいけないとこの場に置いていくことにしたのだ。

 未知の場所に長期間飛空艇を置いておくことに不安はあったが、新たちが旅から戻るまで飛空艇をラティスを始めとしたウンディーネ族が見てくれると申し出てくれたおかげで一先ず安心といったところである。


「それじゃあ、お母さま。行ってきますっ!」

「はいはい、気を付けて行ってらっしゃい。皆さまにご迷惑をおかけしないようにね」


 朝日を浴びて銀色の船体を輝かせるオルトリンデを背に、ラティスが愛娘を見送る。千二百年ぶりに邂逅した他種族との旅に娘を送ることに不安などないと言わんばかりにその表情は穏やかなものであった。

 そんな母親にエピスは満面の笑みを返して手を振ると新たちの元へとやってくる。


「よし、じゃあ早速行こう!目的地は西――土属性を司るノーム族のところだね」


 これは昨日の話し合いで決まったことの一つであった。

 どういう順路で大陸中央部に位置する天山――〝精霊帝〟の元へ向かうかであったが、南から時計回りに西、北と進み最後に中央へと赴くのが良いとされた。


「ん、あれ?なんで東には行かないんだっけか」

「明日香お前……昨日のラティスさんとの話ちゃんと聞いてたか?」

「えっ、いやーまぁ~……なんとなくは…………えへっ」

「えへっ、じゃないぞ、まったく……」


 相変わらず能天気――表向きは――な明日香に、新は嘆息すると昨日の会話を思い出しながら説明する。


「東には寒冷地帯が広がっていて、そこには〝精霊族〟の中で唯一〝精霊帝〟に従わないデモン族が暮らしているって話だったろ」


 西大陸の東部は冷気を放出する中央大陸に近いことから一年中極寒の世界となっている。

 そこには闇を司るデモン族が暮らしており、彼らは虎視眈々と他の領域へ侵攻する機会を伺っているという。


「デモン族は勝手気ままで好戦的――千二百年前の大戦においても〝精霊帝〟に従ったというより彼らを力づくでねじ伏せた〝英雄王〟に従って戦ったという話だ。だから今回は放っておいた方が良いって結論になったんだよ」


 最善は〝精霊族〟全ての協力を得ることだが、初めから非協力的と分かっているデモン族に時間を割く必要はないと判断したのだ。千二百年経っても変わらない好戦的な種族特性だというのならば会いに行っても刃を交えるだけの徒労に終わる可能性が高いと考えたからだ。


「そうそう、シンさんの言う通りだよ。デモン族なんて野蛮なのは放置だよ放置。あいつら何度も私たちの領土に攻めてくるし本当に最低だよ!」

「何度も攻めてくるって……それならエピスさんがウンディーネ領を出るのは拙いのではありませんか?」


 エピスの憤慨した声音にシャルロットが心配そうに問いかけるが、彼女は問題ないとヒラヒラ手を振る。


「ああ、その心配なら無用だよ。水辺のウンディーネ族はとても強いし、何より街にはお母さまが居る。ウンディーネ領内でお母さまと戦うなんて無謀な真似はデモン族もしないよ」

「……ラティスさんってそんなに強いの?」


 強者に飢えている明日香が反応を示せば、エピスは豊かな胸を張って答えた。


「とっっても強いんだよ。〝水禍〟って異名を付けられるくらいお母さまは最強なんだ!」

「へぇ……意外だな。人は見かけに寄らないとはいうけど……」


 その言葉に男性陣は意外だと顔を見合わせた。一日しか接していないとはいえそれでもラティスの温厚な人柄は見ている。娘のエピスから天真爛漫さを取って替わりに包容力を付けたような雰囲気の持ち主――とても戦っている姿など想像できない。

 ラティスの戦う姿を何とか想像しようとしている男性陣を尻目にシャルロットの傍を歩くカティアが白髪を揺らして微笑んだ。


「それなら安心して旅ができますね」

「うん、そう――なんだけど……」


 と急に歯切れが悪くなったエピスの様子にカティアが不思議がる。


「何か気になる点がおありなのですか?」

「……最近、あいつらの動きが変なんだ。今までは散発的に他の領土に攻め入ってきていたのにここ最近はやけにおとなしくてさ。それに、あいつらは神剣を二振りも所持しているって噂もあるし」


 その言葉には誰もが身を固くした。神剣――〝王〟が創造した圧倒的な力を持つかの武器の脅威を一行は嫌と言うほど知っていたからだ。

 それに今も――この場には神剣が存在している。

 両腰に吊るしている二振りの剣柄に手を置いた新はエピスに問いかける。


「この大陸の神剣ってことは……〝精霊族〟の神剣か?」

「うん、私たちが崇める〝星辰王〟さまが創造した五振りの宝剣のことだよ。今現在、その在処が分かっているのは三振りだけ」


〝精霊帝〟が太古の昔から所持している〝秩序〟。

 光属性、セラフ族族長が所持している〝照破〟。

 闇属性、デモン族族長が所持している〝破邪〟。


「残る二振りは長い歴史の中でほとんど所持者が現れなかった所為で今どうなっているのか分からないんだ。もしかしたら〝星辰王〟さまのお手元に還っているのかも、っていう話もあるくらいだし」

「……なるほど、じゃあその残りの二振りの内どちらかがデモン族の手に渡った可能性があるってわけだな」

「うん。……もしそうなら大変だよ。これまでは三振りの神剣がそれぞれ別々の種族にあったから力関係は拮抗していた。それなのにデモン族がもう一振り所持したとなったら……」

「力の均衡が崩れる。つまり――戦争になるってことか」


 神剣はたった一振りだけでも戦況を変えうる強大な力を秘めた武器だ。故にそれの増減は現状の均衡を打破することができる。


(だがこっちには〝人族〟の神剣がある。仮にデモン族が二振りの神剣を所持しているのだとしても俺がセラフ族かもしくは〝精霊帝〟と共闘できれば十分に対抗できるはずだ)


 と新は己を安堵させるように言い聞かせるが、本心では不安を隠せないでいた。


(けれど俺はこいつの力をまだまだ引き出せていない未熟な状態だ。もしも相手が力を完全に引き出せる状態なら……)


 それがノンネに敗北した原因でもあり友である一瀬勇の暴挙を止められなかった原因でもある。

 新が〝干将莫邪〟の力を完全に引き出せていればあの時の結果はまた違ったものになっていたであろうことは疑いようもない事実だ。


(このままじゃ駄目なのは分かっている。けど、どうすれば力を引き出せる……?)


 伝承において神剣には意思が存在し、その意思が望む在り様や決意を所持者が示せば加護を与える――とされていた。


(〝干将莫邪〟、お前は俺に何を望んでいる……?)


 両腰の双剣に意識を向けても明確な答えは返ってこない。だが、漠然とではあるが何かしらの意思を感じるのもまた事実。

 ならば――この旅路の中でその答えを見つけてみせよう。

 そう決意した新は暗くなった雰囲気を打ち消そうと別の話題を広げるエピスの背を追った。



*****



 同時刻。西大陸東部寒冷地帯。

 寒々とした風が吹いている。

 生命を蝕む極寒の世界――その中にあって冷気を弾く場所があった。

 デモン族が暮らす大都市テネブラエである。

 雪原にぽっかりと空いた空間に位置するこの都市の面積は広大であり、ウンディーネ族の都であるリーヴの十倍以上もの大きさを誇っている。

 都市は真上から見ると円形になっており、その中心部には巨大な宮殿が鎮座していた。

 デモン族族長が住まう宮殿――ウェネヌムである。

 豪奢かつ華美な装飾の施された宮殿の玉座の間には二人の男が居た。


「ねぇ、エクサル。軍団の準備もキミ自身の〝調整〟も終わったんだし、そろそろ動かないかい?」


 蝋燭の頼りない火だけが光源の玉座の間に少年の声が響き渡る。その声音には歳不相応な邪悪さが孕まれている。

 その声に反応するのは玉座に座するエクサルと呼ばれた大男だ。


「言われるまでもない。だが……貴様の方はどうなのだ、ナイトメアよ。貴様が我が前に姿を見せた時は神剣の力を完全に引き出せていないと言っていたではないか」


 決して大声というわけではない。それどころか溜息にも等しい声量だった。

 けれどもそこに宿る覇気が重圧を生み出し場を圧迫している。

 重々しい覇者の声音――しかしそれを向けられた少年は重圧などまるで感じていないとばかりに軽口を叩く。


「問題ないさ。既にこの子はボクを完全に受け入れている」


 そういって笑う少年の手元に突如として一振りの槍が現出した。

 暗闇にあっても尚、圧倒的な存在感を放つ槍――鮮血のように鮮やかな赤色の槍だ。

 それを小柄な身体であっても軽く振るう少年は玉座に眼を向けた。


「逆に聞くけどキミの方は本当に大丈夫なのかな?〝調整〟がすんだばかりなんでしょ?」

「愚問だな」


 あっさりと少年の懸念を切り捨てた大男の前に戦槌が浮かんでいる。黄金の装飾が美しい槌――荒々しい魔力を放っている。

 大男――エクサルは玉座から立ち上がると無造作にそれを掴み取って振るった。

 ほんの軽い一振り――それだけで玉座の間を支える柱の一つが砕け散った。


「千二百年もの遊びは終わりだ。往くぞ――戦争に」


 覇者の宣言に少年――ナイトメアは舌なめずりをして笑みを深めた。


「そうだね……この大陸の何処かで静観している〝王〟をあぶり出し行こうじゃないか」

「そして〝王位〟を簒奪し――我が新たな神となる。そうだな?」


 エクサルの言葉にナイトメアは湧き上がる愉悦を押し殺して返した。


「勿論だよ――キミが新たな〝王〟となるんだ」

「ならば良い」


 そう短く返答したエクサル――デモン族族長は玉座の間から出て行く。

 その背を見つめながらナイトメアは彼に気付かれない程度に鼻で嗤うのだった。

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