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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
八章 光明と代償
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六話

続きです。

「……なるほど、南大陸では今そのようなことが」


 全てを語り終えた時、ラティスは短く息を吐いてそう言った。その声音には憂慮の色が濃く表れている。


「アインス大帝国は〝絶海〟を越えることのできる魔導戦艦を何百、何千隻と有しております。それらをもって他大陸に侵攻を開始するのは明らかなのです」


 アインス大帝国現皇帝の領土拡張路線を鑑みれば自然とたどり着く答えだ。よもやあれほどの規模の戦艦群をただ隣国を侵攻するためだけの使用に留めるはずもない。南大陸をある程度安定化させたら打って出てくるのは間違いないと言えた。


「我らの飛空艇ですら〝絶海〟を越えこの西大陸にたどり着くことが出来たのです。我らよりも技術の進んでいる帝国の戦艦であれば踏破は容易いでしょう」


 そしてアインス大帝国がこの大陸に攻めてきたら〝精霊族〟が対抗できるかは怪しいところだ。

〝精霊族〟は基本的にそれぞれの属性毎に住まう地がありそこから出ることなく生活している。各々が自活出来ているから交流する必要性がない為である。

 対して敵は皇帝という旗頭の元、一致団結して攻め入ってくる。数も少なく見積もっても百万、加えて神剣所持者、固有魔法持ちも多く存在している。


「確かに〝精霊族〟はそれぞれの属性魔法において突出した才をお持ちだ。しかし帝国は物量、質共に圧倒的です。このままでは西大陸の各地にて各個撃破されてしまうことでしょう」


 とテオドールが話せば、シャルロットが席から立ち上がって頭を下げた。


「お願いします、ラティスさま。どうか帝国の魔の手を振り払う為、そしてわたしたちの故国を救う為――お力をお貸しください!」


 主に続いてテオドールらも立ち上がって頭を下げれば、事の成り行きを見守っていたエピスが慌てた。


「ちょっと皆、頭を上げてよ!お母さまからも言ってあげて!」

「――そうね、まずは頭を上げてちょうだい。それから席に戻って。話はそれからよ」


 娘の言葉にラティスはそう告げて一同を落ち着かせる。

 それから再びシャルロットたちが席に腰を落ち着けたことを確認して再度口を開いた。


「アインス大帝国……かの〝英雄王〟が建国の礎を築き上げ、〝獅子心王〟が長期政権を行い土台を盤石なものとした国家が、そのような道を選択したことは残念に思うわ。どうやら彼らの遺志を後世の皇帝たちは受け継がなかったようね」

「〝双星王〟の遺志……ですか?」

「ええ…………彼らは千二百年前の大戦が終結した後、一つの理念の元にアインス大帝国という国家を建国したのよ。〝種族の別なく共に歩むことのできる国を〟という理念の元にね。それがまさか真逆の考えをもって再び邂逅することになるなんてね……」


 ラティスは滅び去った当時のウンディーネの英傑から直接アインス大帝国誕生の経緯を聞かされている。故にこそ嘆息が出てしまうのだ。

 ラティスは深々と息を吐くとしばし思案し……一つの決断を下した。


「確かにあなたたちの言う通りであるならば状況は悪いものでしょう。協力するのもやぶさかではありません」

「っ、では……!」


 ウンディーネの長の言にシャルロットが喜色を浮かべるもテオドールの顔色は浮かない。

 何故なら――、


「ですが、それはあなたたちの言葉が真実であるのなら、という前提があればです。現状、あなたたちの主張が真実であるかの確認のしようがないわ。それでは一族の長として協力を約束することはできない」

「それは……っ!」


 シャルロットは反駁しようとしたがすぐさま言葉に詰まった。何故ならラティスの主張は正しいからだ。

 現状、ラティスの側からしてみれば千二百年ぶりに邂逅した他種族が同族との争いに手を貸せ、でなければ対立している存在がお前たちにまで牙を剝きかねない、と言ってきていると認識できる。

 そのような脅しじみた台詞、通常であれば単なる妄言と一蹴されてしかるべきなのだ。ラティスが冷静に聞いてくれているだけでも奇跡に等しい。

 だがそれでも――とシャルロットが口を開きかけた時、機先を制するようにしてラティスが蒼き瞳を向けてきた。娘のエピスと同じ色彩の瞳には深い思慮が宿っている。


「ですから――私たちにあなたたちを信じさせてちょうだい。そして亡命政府というからには一国家との取引になる。なら――〝信〟と〝実〟を提示してみせて」


 信用と実益――双方が伴わなければ一族の運命を左右する決定など出来はしない。ラティスはそう言っているのだ。

 そんなラティスの言葉にすぐさま宰相であるテオドールが頷く。


「ごもっともなご意見です。〝実〟に関してはこちらにまとめております」


 といって書類を取り出し眼前の机に置けば、ラティスは一枚一枚に眼を通していく。

 緊張の瞬間だ。これが通らなければ今後の他種族との取引も内容を見直さなければならなくなる。

……そして最後の一行まで眼を通し終えたラティスは深く息をついた。それからテオドールを見つめる。その双眸には信じがたいと言わんばかりの疑いの色が濃く表れていた。


「この内容……本当なのかしら。確かにここに書かれていることが全て履行されるというのなら私としても――いえ〝精霊族〟全体としても利があると判断するわ。でもこれはあまりにも……」

「前例なら千二百年前に一度あるでしょう。それに……これは良い機会でもあるのです。かつて成し遂げられなかった協調を今一度成すという」

「…………良いでしょう」


 しばしの沈黙の後、ラティスは賛意を示す。だが、彼女の言葉はこれで終わりではなかった。


「〝実〟は十分、なら後は〝信〟よ」

「……それはどのようにすれば得られますかな?」


 警戒するようなテオドールの問いかけにラティスは微笑みを見せる。


「そう身構えないでちょうだい。無茶は言わないわよ。ただ――他の属性種族と〝精霊帝〟様の協力を得るだけよ」

「っ、それは……」

「無茶ではないでしょう?それにどのみちあなたたちにとっては避けては通れない道よ。どの属性種族であっても最終的に〝精霊帝〟様の許可がなければ大陸を出ることは叶わないし、その〝精霊帝〟様を説得するには最低でも闇属性以外(、、、、、)の族長の協力を取り付けてからでないとおそらく無理よ」

「……つまり、どちらが欠けていても〝精霊族〟の協力は得られないと?」

「そういうことよ」


 言っていることの難易度は高いが確かに無茶苦茶を強いているわけではない。

〝精霊族〟は〝精霊帝〟の元に団結する。逆を言えば〝精霊帝〟がいなければ団結しない、ということでもある。

〝人族〟と違い国家毎の主に従うのではなく種族全体の長に従う。いうなれば各属性種族の長は〝精霊帝〟の代理統治者といったところなのだろう。

 ならば――とテオドールがシャルロットに視線を送れば、彼女は理解の頷きを返してきた。そしてそれは了承の意でもある。

 テオドールは視線を再び正面に座するラティスに戻し告げる。


「……承知した。では我らは他の属性種族の元に赴いた後、〝精霊帝〟殿との謁見に臨む。よろしいですかな」

「ええ、良いでしょう。では後程私から各属性種族の長宛に手紙をしたためるわ。それを渡すからそれぞれの長と会った時に見せると良いでしょう。きっとあなたたちの助けになるはずよ」


 後は、とラティスは実の娘を見やった。外の世界に憧れ毎日冒険と称して近場を探索するおてんば娘の顔を見つめて微笑む。


「案内役を付けましょう。あなたたちはこの大陸に来たばかりだから案内役が居ないのは辛いでしょう。それにアインス大帝国の侵攻まであまり時間(、、、、、)もない(、、)ことですし」

「……っ!ありがたい……感謝致します」


 茶目っ気たっぷりにそう告げるラティス――その言葉からは彼女個人としてはこちらを信じているという意思が感じられた。故にテオドールは深い感謝の意を示した。

 そんな彼の生真面目な態度を好意的に捉えながらラティスは続ける。


「案内役には――」

「はいはい!私、私が行きますお母さま!!」


 母親の言葉を遮ってエピスが大声を発した。その瞳には溢れんばかりの稚気と好奇心が宿っている。

 族長の娘が危険な旅に同行は拙いだろう、とエルミナ王国一同は思ったが、ラティスはそうは考えなかったようで。


「ふふ、良いわよ。行ってきなさい、エピス」

「え、いいのお母さま!本当に?」

「ええ、構わないわよ。良い機会だから見識を広めてきなさい。彼らのご迷惑にならないようにね」

「やったぁ!ありがとう、お母さま!!」


 何やらとんとん拍子でとんでもないことが決まってしまったようで――テオドールは慌てて口を挟んだ。


「お待ち頂きたい、ラティス殿。案内人を付けて頂けるのはとてもありがたい事ですが、それがエピス殿――族長の娘というのは……」

「あら、何か問題でもあるのかしら。むしろウンディーネ族長の娘が同行しているとなれば私からの手紙も信じてもらいやすくなるでしょうからそちらとしてはお得でしょう?」


 それに、とラティスは抱き着いてくるエピスの頭を優しく撫でた。


「この子はこう見えてもウンディーネの中でも頂点に位置するほどの水属性魔法の使い手よ。ちょっと世間知らずな所はあるけれど、必ずあなたたちの役に立つことでしょう」

「む……しかしその身に何かあれば――」


 尚も懸念を示すテオドールにラティスは相手を黙らせるような笑みを向けた。


「あらあら、あなたたちはウンディーネ一人も守れないほど弱いのかしら?そんな様子では協力する話も検討しなおした方が良いかしらねえ」

「…………最善を尽くさせて頂くとお約束致しましょう」


 数多くの貴族諸侯を相手にしてきたテオドールも、そう返すのがやっとであった。

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