五話
続きです。
一行は道中自己紹介をしながら東へと進み――やがて海辺の大きな街へとたどり着いた。
「じゃーん!ここが私たちの街――リーヴだよ!」
先導していたウンディーネの少女――名をエピスという――が振り返って両腕を大きく広げて見せた。
そんな少女の天真爛漫さに苦笑を浮かべながらも一同は眼前の街に眼を奪われる。
街には攻められることを一切想定していないのか外壁はなく、外側から街並みが観察できるようになっていた。
「凄い……水だらけだ!」
「っていうかこれ本当に街なのか……?」
明日香が興味津々とばかりに眼を輝かせる中、新は疑問符を浮かべていた。
それだけリーヴがこれまで見てきたどの街よりも奇抜であるということでもある。
リーヴは大地の至る所に窪みがあり、そこには水が張られていた。それら窪みは街中を巡る幾つもの川に繋がっており、その水流が行き着く先は海だ。
建物と呼べる建物はほとんど存在せず、暮らしているウンディーネたちは窪みに溜まった水を出入りしているのみである。
「私たちウンディーネは水と共に生きる種族――だから家も水の中なんだよ」
「……なるほど、だから雨風を凌ぐための家が必要ないのですね」
驚きに包まれる〝人族〟一同にエピスが説明すれば、テオドールが納得したと頷きを見せる。
だが、と今度は彼の息子であるクロードが口を開いた。
「お見受けしたところエピス殿は人型――我らと変わらないように思えますが……?」
「私?私もみんなと一緒だよ。ただこの姿になれるってだけでさ――ほら」
「きゃ!?」
突如発光したエピスにカティアが驚きの声を上げる。
しかしその光は刹那のことで、次の瞬間にはエピスが居たところには空色の球体が浮かんでいた。
「――どう、驚いたでしょ。これも私だよ。私は人型にもなれる〝高位精霊〟って呼ばれる存在なんだ」
「〝高位精霊〟……文献に乗っていました。千二百年前、一部の〝精霊族〟が他種族と言葉を交わす為に進化した存在であると。……失礼ですがあなたはかの時代を生き抜いた存在なのですか、それともその末裔なのでしょうか」
「私は後者だね。割と長命でもある〝精霊族〟の中でも千二百年前から生きているのは〝精霊帝〟様だけだと思うよ」
「〝精霊帝〟――かつて〝精霊族〟を率いて〝英雄王〟の元に集ったとされるゼヒレーテ様のことですか?」
「おお、短命種なのによく知っているね。そうだよ、今も昔も私たち〝精霊族〟の代表は初代にして当代の〝精霊帝〟――ゼヒレーテ様なんだ」
千二百年前――神話の時代の生き証人。そのような存在がいると想定はしていたが、やはりこうして生存を当たり前のような口調で言われると驚いてしまう。
とはいえ驚きはそれだけではない。これまで黙って事の成り行きを見ていたシャルロットが尋ねる。
「エピスさま、千二百年前から現代まで存命でいらっしゃるお方は〝精霊帝〟さまだけなのですか?〝精霊族〟は長命と伺っておりますが……?」
〝精霊族〟は純粋な魔力の塊が意思を持った存在だ。故に滅ぼされることはあっても時の流れに屈することはない。
一同の疑問を代表したシャルロットに対し再び発光して人型に戻ったエピスが表情を曇らせた。
「……ゼヒレーテ様しかいないよ。千二百年前を生き抜いたみんなは〝終焉〟との戦いで負った傷が原因で消滅してしまったからね」
「〝終焉〟……?」
全く聞いたことのない単語に一同は顔を見合わせるも知っている者はいなかった。
そんな〝人族〟たちの様子に無理もないと言わんばかりにエピスは苦笑いを浮かべた。
「知らないのは当然だよ。〝終焉〟は千二百年前の大戦の最終局面で討滅され、中央大陸の大部分と共に海に沈んで行ったんだから」
「……聞いたことがあります。千二百年前の大戦――その終わりは〝獅子心王〟と〝英雄王〟に率いられた各種族の英傑たちが中央大陸で〝何か〟と戦い勝利したことで得られたものだと。その〝何か〟がエピスさまの仰られる〝終焉〟なのだとすれば……」
「辻褄はあう……ってところか。ったく、神々と英雄たちが共闘しないと倒せなかった奴が相手なら生き残りが一人しかいないのも仕方のないことなのかもな」
神々――〝王〟と呼ばれる絶対種と各種族の英雄が総力を結集して打ち倒した相手、それが〝終焉〟と呼ばれる存在なのだろう。
それほどの戦力で挑まなければならなかったとはあまりにも恐ろしすぎる。新たちが戦慄する中、明日香だけが瞳に戦意を宿していることには幸いにも誰も気づけなかった。
さて――とエピスが長い青髪を風になびかせて言った。
「じゃあ、そろそろ族長の元に案内するね!ついてきて!」
彼女はこれまで同行していたもう一人のウンディーネ――青色の球体と別れて水の街の所々に架けられた木製の橋を渡りだす。
目指す先は街の中心部にポツリと佇むこの街において数少ない建物だ。
*****
リーヴの街の様子を眺めながら族長が居るという建物――木製二階建ての家屋にたどり着いた一行。
と、ここで一行を案内してきたエピスが扉を叩かずに勢いよく開けて中へ飛び込んでいく。
「お母さまー!ただいま!!お客さんを連れてきたよー」
「――あらあら、相変わらず元気ねぇ。一週間も何処をほっつき歩いていたのかと思えば珍しいお客さんを連れてきたみたいねぇ……。ほら、皆さんをお連れしてちょうだい」
はーい、と家屋内にいる人物――声音から察するにおそらく女性――に元気よく返したエピスが外に出てきてシャルロットの手を取った。
その動作にクロードら忠臣たちが慌てかけたが新は視線で制してエピスの好きなようにさせる。
確かに主であるシャルロットを先に行かせるのは危険だ。何かあったら拙い。しかしここは下手に目くじらを立てる場面ではないと判断したのだ。エピスはどう見ても善人だし今後協力を願い出る立場である以上、ウンディーネ族長の娘との関係は良好である方が良いからだ。
とはいえ全くの無警戒ではいけない。故に新は明日香に目配せしてエピスたちの真後ろにつかせた。
彼女は何時でも戦闘態勢に移行できるように全身に魔力を流し込む。
そんなこちらの様子に鋭く気付いたのか、扉の先から穏やかな女性の声が聞こえてきた。
「ふふ、そんなに警戒しなくても取って食ったりはしませんよ」
「……失礼致しました。しかし必要な措置であるとご理解頂きたいのです」
「構いません。その慎重さは〝人族〟の良い点と理解していますから」
エピスの後に続く形で入室した一行が眼にしたのは質素な、それでいてどこか暖かな雰囲気を感じさせる部屋の中央に置かれた長椅子に座る女性の姿だ。
青髪青眼の美しい女性――まるでエピスをそのまま成長させたような美貌の持ち主だ。
「初めまして〝人族〟の皆さま。私の名はラティス。〝精霊族〟水属性を司るウンディーネの長を務めている者です」
自己紹介をした女性――ラティスは朗らかに笑って周囲にある長椅子を指し示した。
「南大陸からの長旅、さぞやお疲れでしょう。まずはどうぞ座って。私たち〝精霊族〟は食事を必要としないからお茶菓子はないけれど――新鮮なお水ならご用意できるわ」
確かに疲れてはいたし何よりこれから語る話は長くなる。
故に一行はラティスの厚意を受け取って柔らかな長椅子に腰を落ち着けるのだった。
環境の変化等により執筆時間を確保するのが困難となり更新がかなり遅れてしまいました。
申し訳ございません。
最近やっと落ち着き始めてきましたので徐々に更新ペースを速めていけたら、と考えております。




