表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
七章 たとえ我が名が天に焼かれようとも
168/227

三十話

続きです。

 そして時は戻り――エルミナ王国東方国境、バルト大要塞。

 王都陥落の報――その詳細を受け取った夜光はしばし沈黙していたが、やがて轟きわたる爆発音に急かされるようにして口を開いた。


「……よくわかった。だが、やるべきことに変わりはない」


 そう言って夜光は〝銀嶺騎士団〟団長へと顔を向ける。


「〝銀嶺騎士団〟は命令通り、この場から離脱せよ。道中可能な限り味方を助けてやって欲しい」

『無論のことです、閣下。しかしながら……本当に宜しいのでしょうか。王都が落ちたとなれば……』

「あなたの懸念はよくわかる。だがそれほど心配しなくても問題ないだろうと俺は考えている。敵国の王都といえどもこれからは占領地となる場所だ。そこに住む民に手荒な真似をするのは愚策――これからの統治に悪影響を及ぼす。それが分からないほど帝国の指揮官級は無能ではないだろう」


 団長は騎士として王都に住まう民のことを心配しているのだろうがそれは杞憂だろうと夜光は考えていた。


(アインス大帝国の現皇帝の急速な領土拡大政策を見るに彼の眼は既に大陸外――他種族が住まう他大陸に向けられているはず。なら侵攻計画の基盤となる南大陸の統治を円滑なものにしたいと考えているはずだ)


 この世界にはほとんどが海に沈んでいる中央大陸を合わせると五つの大陸が存在する。

 そこにはそれぞれ五大系種族と呼ばれる五つの種族が暮らしておりそれぞれが崇める神もまた異なっていた。

 言語こそ千二百年前に共通となったアインス語があるが、それ以外――文化、思想、身体的特徴、有する能力など様々な面が異なるのだ。そういった未知の相手を敵として戦っていくのならば本拠地である〝人族〟が暮らす南大陸は安定させたいと考えるはずだ。


「だから弾圧や過剰な締め付けは行わないだろう。それに帝国に対する憎悪や嫌悪などの悪感情だが、それらは帝国に向けられる前にまず裏切り者(、、、、)に向けられるだろう。その利をみすみす捨て去るほど皇帝は愚かじゃないはずだ」


 全ては予想に過ぎない。けれどもまともに考えればその選択肢を選ぶはずだと夜光は考えている。

 そんな夜光の言に団長は頷き兜を被って言った。


『閣下のお言葉信じましょうぞ。それでは我らは往きます。……どうかご武運を』

「……ありがとう。あなたたちにも〝月光王〟の加護がありますように。……後は頼む」

『御意……!』


 深々と首を垂れた団長に従い騎士団員たちもまた頭を下げてくる。その敬意と忠義には惚れ惚れするものだ。夜光は微笑を浮かべて彼らを見送った。

 白地に蒼き盾――〝王の盾〟に仕えし〝銀嶺騎士団〟の紋章旗が戦火にはためく。

 それが遠ざかっていく様を眺めやりながら夜光はぼんやりと熱風に身を晒す。


「まだ……終わりじゃない。それは分かっているだろ、ルイ第二王子?」


 謀反を起こしたルイ第二王子――彼の均整の取れた素顔を思い浮かべて夜光は眼を細める。

 それから背後を向けば白地に黄金の槍が描かれた紋章旗の焼け焦げた切れ端が風に乗って足元に落下してきたのを確認し拾い上げた。


「〝烈火騎士団〟の紋章旗……そうか、クラウスさんが逝ったか」


 意識を集中させれば今まで感じ取れた荒々しくも何処か暖かな気配が失われていることに気付く。代わりに感じ取れたのは禍々しくおどろおどろしい気配である。しかもその気配はこちらに向かって近づいていた。


「……責任を、取らなくちゃな」


 自らが企てた計画のせいで多くの人々が死んだ。特にこの地――バルト大要塞を守護していた騎士や兵士たちの命は夜光が捨てさせたようなものだ。

 十万を超える大軍勢が己の命令に従って死んでいく。あまりにも重い事実に今更ながら夜光は吐き気を覚えてえずいた。


「俺が……殺したようなものだ」


 王国の守護者たち――東方軍も、〝烈火騎士団〟も、王都守備隊も、中央貴族の私兵たちも。

 全部夜光の計画通り(、、、、)に散華していく。彼らを殺めたのは敵国たるアインス大帝国の者たちだが、彼らを死地に追いやったのは紛れもなく夜光であった。


「ごめん、ガイア。俺はお前と同じ場所には――天国には至れそうにもない」


 自分が堕ちるのは地獄――永遠の責め苦を受けることでしか罪を償うことは出来ないだろう。

 否――あるいは許しなど与えられないのかもしれない。

 己が所業と結末に苦い笑みを浮かべた夜光。そんな彼は存在を隠すことなく正面からやってきた黒衣の男を見やって表情を引き締めた。


「……お前がクラウスさんを殺したのか」


 分かりきった問いに黒衣の男――アインス大帝国、護国五天将シュバルツ大将軍は僅かに除く口元を動かして。


「その通り――次はキミの番だよ、ヤコウ大将軍?」


 死刑宣告を行って手にする黒刀を胸元まで持ち上げた。

 そんな彼に対して夜光は眼帯をむしり取って左眼を外気に晒した。もはや隠す必要もなければ抑えておく必要もないと判断したためだ。

 これより己は修羅となりて最後の最後まで戦う――そういった覚悟の現れであった。

 武骨な眼帯の下から現れた青紫に輝く瞳に仮面の男――シュバルツは若干の警戒を織り交ぜた声音を出した。


〝死眼〟(バロール)……三種の魔眼の一つにして生と秩序を司る〝白夜王〟の瞳、か。やはりキミは彼女の後継者のようだね」

「そういうお前は〝王〟か〝眷属〟だろ」

「おや、わかるのかい?」

「お前からはノンネや〝日輪王〟みたいな気配がするからな。大方あの屑共と同じなんだろうと思っただけだ」

「自虐かい?それとも自分だけは違うとでも言いたいのかな」

「……前者だ。俺もまた屑の一人だからな」


 そう言った夜光は右手に〝天死〟を、左手に〝王盾〟を持ちて臨戦態勢を取った。妖し気に輝く左眼と殺意に侵された右眼がシュバルツを射抜く。

 虹彩異色の双眸に睨まれたシュバルツは、吹き付ける黒煙交じりの風に揺られたにしてはおかしな蠢きを見せる黒衣を一撫でしてから黒刀を構えた。

 一瞬の静寂――そこに混じる両者の覇気と殺気がぶつかり合って空間を軋ませる。

 そして――、


「ハァアッ!」

「ウォオオオッ!」


――気炎を吐いた両者は同時に地を蹴った。

 夜光が〝天死〟(ニュクス)を振り下ろせばシュバルツは黒刀――〝黒神〟(フラガラッハ)で受け止める。

 たった一合の打ち合い、それだけで凄まじい衝撃が発生し受け止めたシュバルツの足元の大地が破砕してひび割れ、周囲に突風が吹き荒れ戦風をまき散らす。

 拮抗状態が生み出されるもシュバルツが身に纏う外套が蠢き裾を尖らせて夜光を襲った。

 対する夜光はその一撃を左手に持つ〝王盾〟(アイアス)で防ぐ。およそ布と金属がぶつかり合ったとは思えないほどの異音が鳴り響くもどちらも壊れず弾かれる。


「ッ……面倒な外套だな」

「そっちこそ異常な反応速度じゃないか。常人なら今の攻防で決まっていたんだけどね」


 悪態を吐く夜光に対してシュバルツは涼し気である。

 黒衣の男はそこから腕力で夜光を弾き飛ばすと宙に浮かぶ彼に向かって跳躍、〝黒神〟を振り下ろす。夜光は何とかその一撃を白銀の剣で受けるも空中に居たことで踏ん張ることができずに地面に叩きつけられてしまう。


「ガッ……!?」


 肺から強制的に息が吐き出される。だが休む暇もなく上空から黒い斬撃が無数に飛んできたことで夜光は必死に身体に力を入れて地面を転がることでそれらを回避した。

 傷は〝天死〟の神権で回復していくが痛みはどうにもならない。夜光は苦し気に息を吐きながら立ち上がり、如何なる御業か重力を無視してゆっくりと地上に降り立つ〝帝釈天〟を忌々し気に見やる。


(くそ、〝死眼〟でも何も〝視〟えないし、かといって捨て身の戦法はあの黒刀の能力が危険すぎて使えない……!)


 青紫に輝く夜光の左眼――相手の殺し方が分かる〝死眼〟には何も映っていない。このような事態はかつて勇者の一人である江守明日香と対峙した時以来のことである。

 それほどの力量差があるという事実だけでも絶望的だが、何より問題なのが相手が所持する黒刀だ。

 あれに斬られたクラウス大将軍は神剣の加護があるのに回復できずにいた。それを鑑みるにあの黒刀には回復阻害や呪いのような力があると考えた方が良い。

 しかしそうなると夜光が持つ〝天死〟の超速回復ですら対抗できない可能性がある。故にこれまで格上を相手に勝利を掴んできた夜光の捨て身の戦い方は使用できない。


(仮にやるとしても勝敗が決定的に決する場面じゃなきゃ無駄死にするだけだ。……〝王鎧〟を使うべきか?いや、でも今後(、、)を考えると今は表に出すべきじゃない)


 あの鎧は単に特殊な能力を持つ神器、というだけではない。あの鎧に選ばれたという事実はこの国において非常に重要な意味合いを持つからだ。

 故に今は――と考えを巡らせる夜光に対して地に降り立ったシュバルツは感心したような吐息を溢した。


「キミの動きは〝視〟えているけれど……驚いたな、どうやらキミには〝冥眼〟が通用しないらしい。〝生〟を司る〝王〟は〝死〟の呪いを弾く――いや、でもキミはまだ未覚醒のはずだけど……っ」


 何やら奇怪なことを呟いていたシュバルツだったが、不意に夜光を見て――より正確には夜光の背後を見て驚きを露わにした。

 だが背後には何の気配もない。こちらの気を逸らすためのハッタリだと判断した夜光は振り向くことなく黒き大将軍を睨んだ。


「……なんだよ」

「いや――ちょっと驚いただけさ。懐かしい顔が〝視〟えてね。でもこれで得心したよ。キミには彼女(、、)の加護がある。だから未熟な状態にあって僕と渡り合えているってわけだ」

「あん?何を言ってるのかわからないんだが?」

「知る必要はない。何せ――キミはここで死ぬんだからね!」


 そう言ったシュバルツは前動作なく唐突に夜光の眼前まで距離を詰めてくるなり黒刀を横薙いだ。

 ギリギリで反応した夜光が〝王盾〟で防げば、シュバルツは空いていた左拳で彼の頬を殴る。

 凄まじい激痛が迸ったが夜光はそれを無視するとしっかりと足に力を入れて踏みとどまると〝天死〟を振るった。

 

「取った――ッッ!?」

「残念だったね」


 完全に決まったと夜光は思ったが、彼が振るった白銀の剣はシュバルツが纏う黒き外套に巻き付かれて勢いを完全に殺されてしまう。

 そこですぐに剣から手を離せばよかったのだが、〝天死〟は愛しい人(ガイア)との思い出の品だ。故に夜光は一瞬手放すのを躊躇してしまった。



――それが致命的な隙だった。


「あ、が……ァアアアアアア!?」


 ストン、と何かが身体から一瞬にして失われる感覚がしたかと思えば灼熱の痛みが夜光を襲う。

 あまりの激痛に彼が悲鳴を上げながら痛みの発生源に視線を向ければ――左腕が無くなっていた。

 左肩から下が失われ夥しい量の鮮血が肩口から吹き出している。しかも一向に修復される気配がない。


「あ、ぐぁ……や、やっぱりその刀……ッ!」

「おや、気付いていたのかい?僕の持つ〝黒神〟は〝死〟の概念そのもの――故に斬りつけられた部位が神剣の加護やキミの持つ〝天獄の鍵〟の神権で治ることはない。まぁ、〝覚醒〟していれば話は別だったけれど……今のキミではいくら彼女の守護があるといえども再生は不可能だ。精々今起きているように出血が止まるくらいだろう」


 確かにシュバルツがそう語っている間に肩口からの出血は止まった。けれども失われた左腕が復活する兆しは全くない。おまけに痛みも一向に退く気配がなかった。

 地に膝をつき〝天死〟から手を離して左肩を抑える夜光の眼前で、シュバルツは奪った彼の左腕を掴み取ってしげしげと眺めやっていた。


「ふぅん、なるほどね……。かつて見た時よりも力強い輝きだ。前の所持者よりも力を引き出せているみたいだね」


 まあどうでも良いけれど、と言ったシュバルツは夜光の左腕を〝王盾〟ごと自身の黒衣に仕舞いこむ。

 それからゆっくりと夜光に近づいてきた。


「さて、この局面で〝王〟を喰らうことになるのは予想外だったけれど……予定が多少早まったと思えば良いかな」

「な、にを……?」


 苦し気に息を吐く夜光にシュバルツは嗤って答えた。


「決まっているだろう?――世界に〝王〟は七柱も要らない」


――次の瞬間、膝をつく夜光に向かって黒刃が振り下ろされた。



*****



 不意に胸騒ぎがして窓の外を見やれば、そこには流れゆく景色のみがあった。

 当然のことだ――シャルロットが現在いる場所は空の上、飛空艇オルトリンデの私室なのだから。

 シャルロットは座っていた寝台から立ち上がると窓辺へと足を向ける。その途中で部屋に設置されていた鏡に自分の姿が映りこんで思わず歩みを止めてしまう。


「…………」


 我ながら酷い姿だと思う。目元は泣きはらしたことで赤くなっており頬には血の気がない。

 身だしなみや髪はシャルロットを心配してくれるカティアが毎日整えてくれることで何とか体裁を保ってはいるものの、かつてのような向日葵の如き可憐さは失われていた。

 何とかしなければならないのは分かっている。この先他国に――それも異なる種族が住まう地に――赴き交渉するにあたってこのままではいけないことは百も承知だ。

 けれども――、


「お父さま、ルイお兄さま、セリアお姉さま……」


 生まれ育った国を離れることになり、家族とも離れ離れになってしまった。しかも彼らが無事である保証もない。冷静に戦況を見据えれば祖国は侵略者の前に膝を屈することになるとわかるだけに安易に希望も持てなかった。

 その上、


「ヤコーさま……」


 自らの守護騎士であり恋人でもある少年のことを想うと絶望がシャルロットの精神を蝕む。

 何せ彼はシャルロットを護る為に自ら死地へと赴いたのだ。生存は絶望的――もう二度と会えないと思うと胸が張り裂けそうだった。

 窓辺に寄ったシャルロットは流れゆく雲とその下に広がる大地に眼を向けた。燦然と輝く太陽が照らす世界には暖かな光を放つ月は見当たらない。

 シャルロットは身に纏う白き外套の胸元を握りしめて祈るように瞳を閉じた。


「お願いします〝月光王〟さま、お願いします〝白夜王〟(ガイア)さま……どうかみんなを、ヤコーさまを、お守り下さい……っ!」


〝人族〟を守護する神と愛する者を同じくする神に希うも、かつてのように顕現してはくれなかった。

 ただ静かに白き〝王〟から授かった〝天銀皇〟が、彼女を慰めるように包み込むのみであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ